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ダンジョン「地球」の管理者は、人生二度目の天使さま。  作者: 伊里諏倫
小鬼たちの哀歌

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109/122

天使さま、お茶会(圧)を開く

 月。それは有史以前から人類を魅了してきて、最も身近な天体だ。


 時代が進み、いつしか月はただ眺めるだけのものから、手が届くものへと変化した。たとえば現在進行中の「アルテミス計画」では、国家航空宇宙管理局(NASA)主導で月面に基地を建てようとしている。ただ月に人を送るのではなく、長期滞在と探索をも視野に入れているわけだ。

 前世、俺が地球でぼんやり暮らしていた頃のことを思い出すと、考えられないほどの進歩である。


 とはいえ、地球人はまだ月そのものを掌握出来たわけじゃない。

 むしろようやく初めの一歩を踏み出したくらい。


 だから俺は傷だらけでボロボロだった小鬼種(ゴブリン)族の護衛艦を、ひとまず月の裏側へ匿うことにした。そこでゆっくり船を修理して、帰りは俺が星間跳躍(ワープ)用の幽門(ゲート)を開いてやれば問題解決だ。

 別に月じゃなくても良かったんだが、一応、すぐ目の届くところにいてくれた方が安心だし、ぱっと思いついたのがここだった。


 なんだかんだ俺の心にもまだ、月に心惹かれる地球人としての感性が残っていたというべきか。ラスボスは月にいる! とか鉄板だしな。ゲームのラストステージって、なんか宇宙に行くことが多くないか?


「あ゛ー……くたびれました」

『お疲れ様でした。大変見事な立ち居振る舞いだったかと』

「うっ、そこそこ。やっぱりフクレのマッサージは天下一品ですね」

『……恐縮デス』


 ロゼリア号の私室にて。


 俺の細い肩をフクレの触腕がちょうどいい塩梅で揉み解してくれる。強すぎず、弱すぎず、癖になる気持ちよさだ。思わず相貌を崩してしまう。

 まぁここには俺たち以外いないし、いいだろう。


「修行以来、〈結界〉なんて久しぶりに張りましたよ。おかげで肩が凝るのなんの」


 ゴブリンたちの船を月に停めようと決めたはいいが、そのまま連れてきたら当然大騒ぎになってしまう。いくら地球から直接見えない月の裏側だからといって、そこら中、人工衛星という名の「目」があるし、観測方法だって視覚だけに限らない。

 そこで〈結界〉という操霊術(エーテリア)を使うことにした。


 設定したエリア内部のものを外部から見えなくさせるという、単純だが奥の深い技だ。腕が未熟だと、そこだけぽっかり空白が出来てしまい、結果的に何かがあるとバレる。上手いこと偽物の情報を渡すのがミソで、習得するのに大分苦労させられた。


 安心して眠りたかったら死ぬ気で覚えることだよ――そう言って、俺を危険な原生生物ひしめく星に一人置き去りにしたゼル爺のことを思い出し、怒りが再燃してきた。いやまぁ、おかげで覚えたけども。死ぬ気で覚えたけども!


『難しい術なんデスね』

「ロゼリア号に搭載されているステルス機能と仕組みは同じですよ。普通、機械に任せるべき技です。定点に張るのはまぁ、そう難しくないんですが、移動するものが相手だと途端に面倒くさくて……。何と言えばいいんでしょう。一生計算ドリルを解き続けなきゃいけない、みたいな」


 ただでさえ大きな護衛艦を運んでくるところから〈結界〉を張ってきたわけで、そりゃ体も固くなるよなという話だ。

 そうそう、その翼の付け根辺り……。


「んっ。……ありがとうございます、フクレ。おかげで大分軽くなりました」

『お役に立てたのなら幸いデス』


 フクレの頑張りを証明するように、ぐるぐると肩を回してみせる。

 いつもいつも貰ってばかりじゃ悪いし、今度、秘湯巡りにでも連れてってあげようかな。


 さておき。


「さ、お茶会の準備をしますかね」

『……間食(おやつ)の時間には、まだ早いかと愚考しますが』


 人を食いしん坊みたいに言うんじゃありません。


「違います。いや、あっていると言えばあってるんですが――改めて、ジードさんからお話を伺いたいなと思いまして。向こうも多少落ち着いた頃でしょうし」


 いつ動かなくなるかわからない船の中じゃ、ゆっくり会話する暇もなかったからな。これも何かの縁。せっかく知り合ったんだし、ゴブリン族のことや、ここまでどんな旅路を送ってきたのか聞いてみたい。

 もしかしたら、ダンジョン経営の良いアイディアに繋がるかもしれないし。


「ふんふーん♪」


 そうと決まれば善は急げ。

 フクレにジード艦長を呼んできて貰うよう頼んで、俺はお菓子の山を切り崩しにかかった。何なら喜んでくれるかなぁ。



   ◇ ◇ ◇



「あの……。少し顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」


 銀河連邦でよく流通しているポピュラーな紅茶。その湯気の向こうに、初老のゴブリンが座っている。護衛艦リーヴァの艦長、ジードさんだ。脱帽して、ロゼリア号の食堂に置かれた長椅子に腰かけた様子は、何故だか緊迫感に満ち溢れていた。


 ただでさえ緑色の顔が、何となく青ざめているように見える。

 小型転移装置(ミニポータル)での移動に酔っちゃったんだろうか。


 ちなみに、俺がどうぞと言っても中々座ってくれなかった。


「お気遣い、痛み入ります。ですが問題ありません」

「はぁ」

「……何やら愚拙に用があるとお聞きしました。どうぞ、何なりとお申し付けください。この身尽き果てるまで、力を尽くす所存にございます」

「……?」


 なんか、なんだろう。

 いつからこの部屋は陣中になったんだ。戦国時代じゃないんだぞ。


 酷い行き違いがあるような気がして、俺は首を傾げた。


「ちょっと、フクレ」


 傍に控えていた妖精種(シルキー)を呼び寄せる。

 こしょこしょと、ジード艦長に聞こえないよう囁いた。


「あなた、何と言ってジードさんを呼び出したんですか」

『レグ様がお待ちなので急いで来るようにと』

「……おお、もう」


 それじゃん! 明らかにそれが原因じゃん!


 いや、考えてみれば俺が悪い。だってフクレの――シルキーにとっての優先順位は常に(ハーヴェン)が第一だ。フクレがヘマしたとかじゃなく、これはもう、そういう生物なんだから仕方ない。

 つまり予測出来るトラブルだった。


「こほん。すみません、ジードさん。どうやら行き違いがあったようです」

「……は」

「私はただ、あなたと歓談がしたかった。そのためにお呼びしたんです」

「…………は?」


 声に出してから不味いと思ったらしい。

 ジード艦長が慌てて首を振る。


「あっ、いえ! 身に余る光栄にございます!」

「まぁまぁ、そうかしこまらずに。同じ連邦の仲間じゃないですか。特に小鬼種族は文武相著しく、向上心に満ち溢れた種族と聞きますよ。ぜひここまでの道のりや、あなた方の文化について、詳しく聞かせてください」


 ちょっと持って回した言い方だ。半分くらいお世辞が入ってる。



「……私はきっともっと、知らなくちゃいけないんです。この世界のこと」



 ただし、最後のは本音だ。

 管理者として知識はいくらあっても困らない。たとえほとんど暇つぶしが目的だったとしても。


 ジード艦長が目を見開いた……ような気がする。

 この人、基本的にむっつりしてて表情がわかりづらいんだよな。


「それは……良いお心がけでございますね。あいわかりました。羽神様の望む限りに」

「ありがとうございます。では、本星を発ってから、かれこれもう一月と聞きましたが、その間、ナリイタチ以外にトラブルはなかったんですか?」

「そう、ですね――」


 俺はゴブリン族の味覚についてよく知らない。

 だからテーブルの上に甘いのやら辛いのやら、酸っぱいのやら苦いのやら、いろんなお菓子を用意した。時折それらを勧めつつ、ジード艦長の話に耳を傾けた。


 彼の語りは朴訥としていて飾り気がない。

 その代わりすっと頭に入ってくる。


 第802調査船団が全てゴブリン族で構成されていることや、そのほとんどが技師であり、自分たちのような軍人は一握りであること。ナリイタチに襲われる前、最後の寄港地でしっかり物資を補給したので、あと三カ月は耐えられることなど。


 ただ、今回の襲撃で艦の運行能力が落ちてしまったため、帰り道に必要な燃料――霊子核が足りなくなる可能性があるらしい。

 あと護衛艦に乗っているのは、全てゴブリン族の正規軍なんだとか。


 そうした事情を聞きつつ、話題はかれらの生活に移る。

 ここまで来て、ようやく俺も口を挟むことが出来た。


「――じゃあ、あなたたちは幼い頃から剣の道を歩むんですか」

一生支剣(いっしょしけん)、と申しましてな。身に着けた技は生涯己を助け、一人で立つための支えになると教えられるのです。たとえ振るう機会がなくとも、心に一振りの剣を持て、と。もっとも……」


 滔々と語るばかりだったジード艦長の歩みが、初めて滞った。


「時代に取り残された……骨董品のような言葉でございますが」


 まるで苦いものでも噛んだような。

 奥歯になにか挟まった物言いだ。


 俺がここまでに抱いたジード艦長の印象は「武人」だ。腰に下げた剣のせいで余計にそう思うんだろうが、彼の本心がどこにあるのか気になった。


「それは、その。どういう……」

「近年、我々は急速な発展を遂げました。あくまでも、小鬼種という尺度に限った話ではありますが。つまり剣を持たずとも良い時代が来た、というだけの話にございます。喜ばしい進化でありましょうや」


 覗き込んだ水面は確かに揺れていたと思ったのに。

 あくまで変わらず、淡々と答えが返ってくる。


 もう一度つついてみるか。迷っている間に、水を向けられた。


「ところで、羽神様は開拓事業をなされているとのことでしたが……。僭越ながら、何故(なにゆえ)私たちの存在を隠されるのでしょう。何か不都合がありましたら、すぐ改めるようにいたしますよ」

「……あー」


 ついに来たか、この質問が。まぁ気になるよな。


 銀河連邦では文明レベル0の未開惑星に対し、その星固有の文化を守るため、みだりな接見を禁じている。けれど俺という正規の開拓者がついた以上、普通、その時点で霊子文明の存在を知るわけだから、ゴブリンたちの存在もひた隠しにする理由がない。

 ジード艦長が疑問に思うのも当然だ。


「あの星に住まう人間たちは、この宇宙に自分たち以外の生命体がいることを、まだ知らないんです。だから驚かせないようにしたくて」

「それは……いえ、しかし、おかしな話ではありませんか」

「順を追って説明しましょう」


 謎かけするつもりはないし、単刀直入に言葉を紡いだ。



「――私は今、ダンジョンを運営しています」



 もしこの場で名刺を出す必要があるのなら、俺の肩書は「ダンジョンマスター」になるだろうか。ジード艦長が目を瞬く。


「だんじょん」

霊子(エーテル)によって再現した拡張現実空間シミュレーションルームのことです。そこでは感応器官を持たない普通の人間でも霊子を動かすことが可能となり、その力でもって、挑戦者たちは様々な敵対生物(モンスター)を蹴散らしていく。すると報酬として、霊子核をはじめとした素材が落ちます」


 言葉だけじゃわかりにくかろうと、操霊術で光を編んで人形劇を開始する。鎧を着こんだ人間が四足の獣を倒すと、大粒の宝石が湧きだした。それを手に喜ぶ人間たち。とまぁそんな具合だ。


「霊子の扱いを体で覚えさせるとともに、文明の発展に必要な物資も配給する、正に一挙両得の策です。私はダンジョンを適切に管理・運営することで、あの星の開拓を進めようとしています」


 ある意味、ここからが本題だ。

 一度落ち着いて息を入れ、言葉の穂を接いだ。


「ただしその意図も、私の正体も、現地の人間には全て秘密にしています。かれらからすれば、ある日突然、ダンジョンという名の超常現象が発生したように感じているでしょう」

「……理由をお聞きしても?」

「いろいろありますが、一番は本人たちのモチベーションを維持するためです」


 そういえばこんな話を、地球に向かう時、最初にフクレとしたような気がするな。

 あの時はまだ自信がなくて、半分くらい願望が混ざっていた。


「誰かに強制されるのではなく、自分たちが必要だと思うから覚える。それこそが上達の近道であり、私が直接知識を与えたとて、それではただの後追いになってしまいます。結果的に辿り着く場所が同じだとしても、私は可能性を狭めたくない」


 本当はもう一つ、その先に続く言葉があった。

 ただ雰囲気にそぐわないので飲み込む。


 誰もがワクワク出来るようなファンタジーを、地球に。


 俺の考え方は昔から変わらない。

 お仕着せの知識を与えられ、言われるがまま目標に向かって。

 たとえ効率的だとしても、そんなのちっとも――――楽しくない。


 一生チュートリアルガイドに付きまとわれるゲームを想像してみろ。

 げんなりすること間違いなしだ。



「なるほど、道理ですな」



 意外なことに、ジード艦長は深々と頷いた。もちろん、彼の立場からすれば俺の考えを否定出来るわけがない。ただ、嫌々同意しているようには見えなかった。


「剣の道も同じこと。大切なのは、進もうとする意思。意思無き刃に魂は宿らない。それを諭された思いです」


 お、おお……。凄く好意的に解釈してくれたような気がする。本当に武人って感じだ。ゴブリンは皆こうなんだろうか? それともジード艦長が特別そういう人なのか。

 思わずじっと見つめると、微かに口元が緩み、牙が覗いた。


「しかし、羽神様は殊の外厳格(スパルタ)にございますね」

「……かもしれません」


 ゴブリン族の軍人からしてみてもそう感じるんだから、やっぱり一般人に戦闘させるっていうのは、開拓における一番の障害だ。なんとか少しでも敷居を下げることが出来ればいいんだが、うーむ。


「とにかくそういうわけですから、あなたたちの滞在を公には出来ないんです。窮屈な生活を強いてしまい申し訳ありませんが、理解いただけると……」

「とんでもございません! むしろ、我々が何か粗相をしたのではないかと心配しておりましたので、安心しました」

「……そう、ですか」


 ほっと胸を撫で下ろすジード艦長。

 彼を見ていると、いい加減、俺の中の良心がチクチクと痛みだす。


 航海のことや、ゴブリン族の生活について聞くため呼び出したというのは、嘘じゃない。でもそれ以外にもう一つ理由があった。

 俺はもじもじと指先を弄びながら、ついに本題へ触れていく。



「…………実はもう一つ、その。あなたたちに謝らなければならないことがありまして」


「はぁ。なんでございましょう」


「先ほど、ダンジョンには様々なモンスターが出ると説明しましたよね。実はその中に、小鬼種族と非常に酷似した存在もいまして――いえ、最後まで聞いてください」



 世の中、知らぬが仏という言葉がある。

 わざわざ教えることで向こうを不快にさせてしまうかもしれないが、もしゴブリンたちが何かの弾みで地球を覗いたり、あるいは現地のネットワークを閲覧したら、不意打ちで、とんでもなく衝撃を受けることになってしまう。


 それに隠しておくのはアンフェアだ。

 何か言いかけたジード艦長を手で制し、話を続ける。


「私はモンスターたちの造形を考える際、大部分、あの星に伝えられる空想を参考にしました。本人たちが一目見て敵だとわかるような、闘争心を煽るために」


 実際、ダンジョン発生初期、人々はダンジョン内で出会う敵対生物を等しく「モンスター」だと認識した。それは地球人たちが持つある種の物語性や、共通認識に頼ったところが大きい。

 おかげで戦闘に対するハードルもいくらか下がったはずだ。


「ただ問題だったのは、そうして創造したモンスターたちが大抵、実在する何らかの種に似通っていたこと。さりとて、この大宇宙のいかなる種とも被らない、そんな生物など創造しようがありません。そこで申し訳ありませんが、小鬼種とよく似た、けれど野卑で粗暴なモンスターを実装することにしたのです」


 まさか、生物の形をしていないような、名状しがたい冒涜的な何かをダンジョンに配置するわけにもいかない。入った瞬間、正気度チェックが始まってしまう。ファンタジーからコズミックホラーへ、とんでもない方針転換である。


 ただ、それはあくまでも俺にとっての事情だ。


「これは言い訳になりますが……。いつか、地球人たちが霊子の秘密を解き明かした時。私は全ての情報を開示するつもりでいます。すなわちダンジョンが作り物であり、あくまでも夢幻の世界に過ぎないのだと。星の海で出会う幾多の生命が、果たして敵なのか味方なのか。それは己が目で確かめるよう」


 思うに俺はここ一年で随分ずうずうしくなった。


 ダンジョンによって波及するあれやこれやに、うじうじ悩んでたってしょうがない。ゼル爺とか、フクレ、時々龍二なんかも背中を押して、ここまで進ませてくれた。だから申し訳ないとは思いつつ、これからも我を通すつもりだ。

 最後は絶対、|終わりよければ全てよし《ハッピーエンド》にしてみせるから。


 そんな決意を滲ませて、言う。



「私を信じてくれとは言いません。けれど有翼人種(ハーヴェン)族のレグ・ナとして、最善を尽くすと誓います。それが今の私の、偽らざる気持ちです。……ええっと、その。どう……でしょうか?」



 口にしたあとで、もこもこ不安が湧いてくる。

 一気に説明したのは、そうじゃないと誤魔化してしまいそうだったから。我ながら情けない話だ。結果としてまくし立てる形になってしまった。


 これじゃ俺もフクレをどうこう言えないなと、内心自嘲しながら、伏し目がちにジード艦長を見やる。

 初老のゴブリンは一度目を閉じた後、俺を真っすぐ見据えて口を開いた。


「原始文明において、まだ見ぬ異種族を敵と描くことは、そう珍しいことでもありません。それこそ、我々にとって隣人(オーガ)は侵略者だった。もちろん今は違いますが。熱心な歴史主義者など、かれらを掴まえて未だに蛮族と呼ぶくらいです。兎角、人は自分の信じたいものを信じる。ただそれだけなのでございましょう」


 そも、と語りは続く。



「御身の為されたいように為さいませ。愚拙ごとき、どうして気に病まれる必要がありましょう。憚りながら、申し上げます。それは――()()()()()()()()()


「……!」



 がつん、と頭を殴られたような衝撃だった。

 まさか説教されることにはなると思わず、目を見開く。


 ずっと壁際で控えていたフクレが、やにわにいきり立つ。


『汝、口の利き方に気をつけろ。いくらレグ様がお優しいからといって――』

「いいえ。よく言ってくれました」


 ジード艦長の言葉は的を射ている。

 俺なりの噛み砕き方になるけど、たぶん「甘えるな」ってことだろう。


 そもそも小鬼種からしてみれば、神族のやることに口を出せるわけがない。歯向かうことさえ出来ない、絶対的な力の差があるんだから。そんな相手が「許してくれ」と言ってきたなら、それはもう謝罪でなく脅迫だ。

 ただ俺が楽になれるだけ。いくらなんでも虫がよすぎる。


 神の在り方ではない――その指摘は厳しくも、優しかった。

 目を伏せ、薄く自嘲する。


「どうやら、徒に困らせるだけになってしまったようですね」

「……出過ぎた真似をいたしました」

「構いません」


 俺に対する気遣いは不要だと続けようとして、口を噤んだ。

 結局のところ、それも相手に負担をかける言葉でしかない。どこまでいっても俺は神族で、彼はゴブリンだ。もし心の底から俺が彼と仲良くなりたいと思うなら、それは言葉でなく、行動で示さなきゃならない。


 すっかり冷めてしまった紅茶を、どちらともなく口に含む。


「……しかし、あれですな」


 ジード艦長のマナーは完璧で、カップを手に取ってから置くまで一切音を立てなかった。


「さすがに、少しも気にならないと言えば嘘になります。そのダンジョンとやらにおいて、我らを模したモンスターは、どのくらい脅威なのでしょう」

「うっ」


 危うく吹き出しそうになって、なんとか堪える。

 峠を越えたと思ったら、むしろここからが本番だった。


 う、ううん。どうしよう。

 まさかゴブリンたちの扱いが、いわゆる「雑魚モンスター」なんですと言うわけにはいかないよな……。さすがの俺でも、それぐらい不味いとわかる。伝えるにしたってもうちょい言い方があるだろう。


「……ダンジョンのゴブリンは、そうですね。初心者たちにとっての登竜門――手始めに乗り越えるべき試練みたいな存在でしょうか」

「初心者……? それはつまり、新兵にとっての稽古相手のような?」

「まぁ、はい。言葉を恐れずに言えば、そうですね」

「…………左様ですか」


 ああ、明らかにしょんぼりしてる!

 ずっと表情が変わらなかったのに、今日一、明らかに()()()としてる!


 なんだかその様子が、雨に濡れた子犬みたいに見えて、


「ですが、心配ありません!」


 気がつけば、俺はそう宣っていた。

 口にしてから「しまった」と思ったが、もう止まれない。


 出会って数時間ながら、ジード艦長が良い人だってのは十分伝わってきた。だからうっかり、その気持ちに応えたいと見切り発車で走り出す。幸い、一年半以上にわたる管理者生活は、俺の演技力を底上げしてくれたらしい。


「その状況はあくまで一時的なもの。直、地球人たちは、ゴブリンに対する認識を改めることになるでしょう。まぁ見ていてください」


 我ながら、よく次から次へ言葉が湧いてくるもんだ。

 胸に手を当て、にやりと笑う。



「――私に良い考えがあります」



 と、言ったはいいものの。策なんて何にもないわけで。

 不敵な笑顔の裏側で、俺はびっしょり冷や汗をかくのであった。


 マジでどうしよう。……詰んだか?


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― 新着の感想 ―
あー……アレかな?暇を持て余してしまっている小鬼族の皆さんにゴブリンアバター作らせてイベントボスとして猛威を震わせるトカ?
実は今まで出てきていたゴブリンはレッサーゴブリン。 真のゴブリンは武人なのだ。といって強いゴブリンを出すとか。
ダンジョン内の謎の商人(どう見てもゴブリン)を実装してもし舐めてかかって殺害や盗みを働くようなら圧倒的な剣技で悪即斬されるとか、地球におけるダンジョンのお約束で良いですよね
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