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ダンジョン「地球」の管理者は、人生二度目の天使さま。  作者: 伊里諏倫
小鬼たちの哀歌

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108/122

焦眉の急(ジード)

 非常灯の明かりだけが灯る、薄暗い艦橋。

 その司令塔で一人、小鬼種(ゴブリン)族のジード・ラ・スタレイはぼんやりと宙を見つめていた。背もたれに体を預け、完全に脱力している。


 先ほどまでの喧騒が嘘のようだ。


 今、護衛艦リーヴァは巨大なクレーターの中にいる。

 未開惑星、地球(ア・リステラ)。その周囲を巡る衛星――地球人たちが「月」と呼ぶ星へ着陸したのは、今から数時間前のこと。士官たちと一緒になって、船員たちへ艦の修復や点検の指示を出し、ひとまず危機は脱した。


 今日明日、船が突然大破してしまう心配はない。

 それでも今後に不安が残る。


 だから少しでも士気を上げようと、特別に一人三杯まで酒類を解禁した。今頃、食堂では大宴会になっていることだろう。そんなおめでたい席に上官がいても、気持ちよく寛げない。後で顔だけ見せれば十分だ。

 それにジード自身、少し一人になりたい気分だった。


「…………」


 艦橋の窓から見える景色は味気ない。

 なだらかな上り坂が彼方まで続いているだけの、不毛の大地。

 ジードが知る、ゴブリン族にとっての月とはまた少し違う、異郷の月だ。


 不意に、この地へ案内した『天使』の姿が思い浮かび、身を震わせた。


「……はぁー」


 たまらず息が漏れる。

 彼は未だに、自分の首と胴が繋がっていることに信じられない思いがした。


(生きている。俺は、生きているのか)


 あの時。幸運にも救難信号が誰かに届いていたと分かった時。ジードは心の底から喜んだ。なにせ九分九厘、助けなど来ないと考えていたからだ。

 もちろん罠の可能性も考えた。しかし救助者から送られてきた識別コードは、間違いなく連邦が発行したものであり、偽ることが難しい。よって、現れた小型宇宙船を藁にも縋る気持ちで出迎えた。


 しかし、その船から一人の天使が、お供を連れて舞い降りた瞬間――


『小鬼種の皆さん、こんにちは』


 ――ジードは死を覚悟した。


 輝き、波打つ銀の髪。怜悧で、こちらを見透かす瞳は琥珀色。薄い胸の拍動に合わせ、純白の翼が微かに揺れる。ゴブリン族の価値観をして、美しいと感じるほどの立ち姿。見てはいけないと考えるのに、どうしても目を奪われてしまう。


 四神が一柱、祖なる霊樹の守護者。

 いと尊き神の化身。


 鈴を転がしたような可愛い声は、ジードにとって死刑宣告に等しかった。何故ならば、知らなかったとはいえ、彼は眼前の天使を――神族を()()()()()ことになるからだ。これを不敬と言わずして何と言うのか。


 どうしてこんな辺境に。

 そんな疑問はすぐさま押し込め、頭を下げた。

 せめてこの身が消し炭にされようとも、部下の命だけは助けて欲しい。そんな思いから飛び出していた。


 結果、ジードはまだこうして五体満足に生きている。

 それどころか、救いの手まで差し伸べられた。


(もしかして夢でも見てるんじゃないか。だとすれば、どこから……)


 あまりにも都合が良すぎる展開だ。あるいはまだ、自分はあの戦場にいて、生死の境を彷徨っているのかもしれない。

 そんな風に考えた時だった。


 背後で戸が開く音。

 現在、この船は必要最低限のエネルギーで動かしている。よって自動ドアは手動ドアだ。ゆっくり戸をスライドさせ、何者かがやってくる。


「おやっさん。やっぱりここでしたか」

「……オビー」


 ジードが首を少し傾けると、傍に一人のゴブリンが立っていた。

 まだ肌に皺が少ない、張りの感じられる若者。彼はジードの右腕にして、この船の副官だ。名をオブダイエンという。


「皆、おやっさんのことを探してましたよ」

「そうか。それは悪いことをしたな」

「ええ、まったく」

「…………」


 沈黙を誤魔化すように、ジードは胸ポケットから紙煙草を取り出す。

 そうして口に咥えたところで、


「火なら貸しませんよ」


 オブダイエンが声を上げ、非難がましく目を据えた。

 壁に掲げられた火気厳禁の表示がくすんでいる。


「っと、しまった。つい癖で……」

「いい加減、電子に変えたらどうですか。今日日そんな『骨董品』吸ってるのなんて、おやっさんくらいでしょうに」

「ほうっておけ。俺はこれが好きなんだ。第一、骨董品の何が悪い」

「そりゃ好みは人それぞれですけどね。ともかくここじゃ駄目ですよ」

「……ふん」


 ジードは鼻を鳴らして、煙草をポケットにしまい直した。

 上官と部下の関係ながら、二人の間に流れている空気は気安い。もっともオブダイエンに限らず、ジードは多くの船員から慕われていた。それは彼が責任感の強い、信頼できる上司だからだ。


 有事の際、自分の命を投げ出すことさえ厭わないほどの。


「……変わった神様でしたね」

「ああ」

「……生きてるんですよね、俺たち」

「ああ」


 意識せず、話題はかれらを助けた『上位者』へ移る。


「自分は、神族というのはもっと傲慢で、自分勝手な存在なんだと思っていました」

「あまり滅多なことを言うな。聞かれたらどうする」

「……すみません。迂闊でした」

「気持ちはわかるが、な」


 この宇宙で普通に生まれて、普通に生きていく分には、神族と関わる機会などまずない。だからその存在自体がお伽噺の領域だ。何となく敬い、畏れている種族も多い。しかしこと小鬼種族にとって、伝説は真実だった。



「今、俺たちがこうして話せているのも、全ては剣神(エルダ)様の尽力があればこそ。その事実を忘れるんじゃない。命を無駄にするな」



 ゴブリンたちは特定の宗教を持たない。

 けれど土着信仰のように、広く、漠然と敬われている存在がある。


 ――剣神エルダ。


 その『ゴブリン』が歴史に登場したのは、はるか昔。


 かつて、小鬼種(ゴブリン)族は鬼人種(オーガ)族の奴隷だった。

 ゴブリンたちの住まうビーニーヴ銀河は、運の悪いことにオーガたちの生まれた銀河と()()()にあった。かの近在種は、ゴブリンたちよりも早く文明を発達させ、星の海を越えて侵略にやってきたのだ。


 当時のゴブリン族は現在で言うところの文明レベル0。

 霊子さえ発見していない未開の『蛮族』だった。

 抗う術などなく、あっという間に蹂躙され、ゴブリンたちの暮らす星はオーガ帝国の植民地となった。


 すなわち、小鬼種の歴史は屈服の歴史だ。

 長らく消耗品として、人ではない扱いを受けてきた。

 ゴブリンたちは正しく『家畜』だったのだ。


 やがて崩神大戦と呼ばれる、数多の銀河を巻き込んだ大戦争が勃発する。

 四つの神族がぶつかりあった、ただ一度きりの大喧嘩。


 オーガ族は当時、四神が一柱、武闘派の竜角人種(ガンダー)族に仕えていた。霊子文明もかれらから与えられた借り物であり、その力で帝国を築き上げたのだ。必然、尊き神族に付き従って、オーガたちも戦争に参加した。

 数多の奴隷――ゴブリンという肉壁を携えて。


 前線に送られ、無為に命を散らしていく若者(ゴブリン)たち。

 だがその中で一人、めきめきと頭角を現す者がいた。

 名を、エルダ。


 彼はどんな死地でさえも乗り越え、生還した。生まれながらにして持つ鋭い直観力と、眩いばかりの剣の才。一説によれば彼は神族でしか知覚できない霊子(エーテル)を、肌で感じ取ることが出来たという。

 嘘か誠か。その剣は操霊術(エーテリア)さえ斬り捨てる、と。


 ともかく、名もなき戦士はゴブリン族の希望になった。

 彼がいれば絶望的な戦いにも勝てる。だから諦めず、自由を掴み取ろう。

 小鬼たちは口々にそう励まし合い、上を向いた。


 けれど戦争は激化していく。

 ゴブリンどころか、オーガでさえも数を減らし始め――最終局面。ゴブリン族はオーガ族を逃がすため、絶望的な撤退戦に投じられる。命を使い、時を稼げと告げられたのだ。


 そんな絶体絶命の窮地にあって、進み出る男が一人。

 剣士エルダは言った。


 ――殿は自分一人で十分だ。皆はどうか、逃げてくれ。


 戦争は終わった。

 神族に付き従った下位種族の実に九割が死滅するという、未曽有の被害を叩き出して。それでも争いは終結し、辛くもゴブリン族は生き残った。消えた星々の数を思えば、とてつもない幸運と言えよう。


 エルダは、帰らなかった。

 たった一人きりで、彼は種族の明日を繋いだのだ。

 それが不死身と呼ばれた剣士の最期だった。


 戦後、神族たちは恒久平和条約を結び、銀河連邦の礎を作り上げる。

 それに伴いゴブリン族も奴隷の身分から開放され、自由になった。


 ゴブリンたちは偉大な英雄、エルダのことを忘れないよう、その武勲を寝物語として語り継ぐことにした。

 すなわち、「剣神伝説」の誕生である。


「確かにあの羽神(かみ)様は、俺たちの知る()()と随分違うらしい」


 生粋の軍閥家系に生まれたジードは、幼い頃から耳にタコが出来るくらい剣神伝説を聞かされて育った。その中に出てくる神族は冷酷無比で、絶望の象徴だ。少なくとも、下位種族にくれてやる優しさなど欠片もないように思える。


 けれど、所詮伝聞に過ぎないのかもしれない。


「何せ、わざわざ帯剣までお許しになるのだから」

「ああ……。あれは驚きましたね」


 ゴブリンたるもの、男児と生まれたからには剣を振るうべし。何なら、女児だろうと心に刃を秘めるべし。小鬼種族の社会における普遍的な価値観だ。街を歩けば、我こそ剣神様の後継と謳う道場が幾つもある。

 ゴブリンたちにとって、剣とは自由の証だった。


 もっとも、近年その価値観が揺らいでいるが――


「そも羽神様と森神様は、元来穏健派だったと聞く。我らを立ててくれたというより、ただ些事と思われたのかもしれない……。それでも兎角、()()()な」


 ジードはいざとなれば、自分を犠牲にしてでも仲間の助命を嘆願するつもりでいたのだ。それくらい気を張っていただけに、雲上人から与えられた気遣いは、驚愕とともに大きな安堵を与えてくれた。

 少なくとも目の前の存在は、人に仇なす化け物ではないと。


 今も腰に下げた剣の鞘を撫でながら、苦笑いを浮かべる。


「まぁ、何度死んだと思ったかわからんが」

「……自分にも感じ取れるほどの圧でした。今思い出すだけで、震えが止まりません。まったく生きた心地がしませんでしたよ」

「そうさな。たったお一人で、この規模の〈結界〉を張られるなど、どうかしている。つくづく神族というのはイカれ――いや、恐ろしいものだ」


 今、護衛艦リーヴァは月のクレーターに停泊している。一見すると、それで陰に隠されているように見えるが、もう一つ見つかりにくい仕掛けが施されていた。目に見えない透明な膜が、ドームのように周囲を覆っているのだ。


 この膜があらゆる探知を遮断し、安全圏を作り出していた。

 羽神様(レグ)曰く、地球人に知られると困るからという理由で。


 あくまで艦のステルス機能が直るまでの措置だが、いともたやすく――少なくともジードたちから見れば――行われた御業に震撼するほかない。たとえ慈悲の心を持っていたとしても、気まぐれで自分たちを消し去る力があるのだと思い知らされた。


「オビー。いざという時はお前に指揮を任せる」

「……おやっさん。縁起でもないこと言わないでくださいよ」

「阿呆、聞け。必要なことだ。有事の際に大切なのは、あらかじめ心づもりを立てておくことよ。それに俺と違って、お前には家族がいるだろう。今2歳だったか?」

「それを言うならおやっさんだって――」

「俺に家族はいない」


 きっぱり答えてジードが首を振る。

 それから彼は小さく笑った。


「強いて言えばお前たちがそうさ」

「…………」


 オブダイエンは何事か言いたげに口を開いたが、何とか返したものか、言葉にならない。結局困って、ただ眉根を寄せた。


「兎角、命を拾えたことに感謝だな。今日はもう休んで――」

「失礼します!」


 不意に船員が一人、開け放たれたままのドアから顔を出す。息を切らし、かなり急いでいる様子だった。


 誰かが気を利かせて自分を呼びにきたのか。それにしては慌てているが、と訝しむジードの代わりに、まずオブダイエンが前に立つ。上官の姿を認め、その船員(ゴブリン)はすかさず足を揃え、胸に拳を当てた。


「お二人とも、ここにいらっしゃいましたか!」

「どうした、騒がしいぞ」

「あの、そのっ、それが……!」

「どうどう、落ち着け。報告は一つずつ、冷静に、丁寧を心掛けろ」


 慣れたもので、オブダイエンは言い聞かせるよう言葉を区切って、部下を落ち着かせにかかる。その甲斐あって、息を整える間が生まれた。


 ただし。



「――羽神様の使いがいらして、艦長をお呼びです。可及的速やかに、疾く来られたし……と!」



 もたらされた急報は、正に風雲急を告げるものだった。


 オブダイエンがさっと顔を青くし、ジードを見やる。

 そこには既に立ち上がり、帽子を目深に被る小鬼の姿があった。


「……今日が俺の命日かもしれんな」


 呟くジードの瞳に悲壮感はない。

 決意を漲らせ、一度だけ腰の剣を触る。

 それから彼は力強く足を踏み出すのであった。


 いざとなれば、あの剣神エルダのように、己も玉砕することを覚悟のうえで。


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― 新着の感想 ―
はぁ、今って月の衛星軌道に人工衛星飛ばしてるんだなぁ。そりゃ隠すわ てっきり、深宇宙探査機やら木星などの探査機のスウィングバイ軌道でついでの撮影しかしてないんだと思ってた
>今日が俺の命日かもしれんな なお名誉棄損の廉により土下座されるもよう
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