天使さま、ゴブリンを拾う
広々とした格納庫だった。
そこに投げ出された偵察機たちは全て五体満足といかず、傷ついているものも沢山ある。軽く見回すだけで激戦の跡が感じられた。
ただ、そんなものよりも目を引くのは――
「お、お願いいたします! 責は全て、この私めにありますれば、どうか他の者たちはご寛恕のほどを、何卒、何卒……!」
――俺の目の前で地面にぬかづき、必死に頭を下げる初老の「ゴブリン」だろう。
震えながら、それでも懸命に言葉を振り絞っている。
見ているだけで憐れみを誘う光景だ。
「…………」
一体、何と返したものか。
口元に手を当てようと体を動かしただけで、周囲にいるゴブリンたちも、びくりと反応してしまう。これじゃ下手に受け答えも出来ない。
俺は内心、頭を抱えた。
どうしてこんな状況になってしまったのか。
始まりは、ほんの少し前へ遡る……。
◇ ◇ ◇
小鬼種族。それは銀河連邦に所属する歴とした『人間』だ。
緑色の肌をした者もいれば、青色や黒色の肌をした者もいる。頭部から伸びた二本の小角が特徴的で、総じて小柄。平均寿命は年々伸びて、現在100歳前後らしい。近年、技術の発展目覚ましく、文明レベルも3に上がったばかり。
かれらの本星があるビーニーヴ銀河は、鬼人種族や大鬼種族などと生息域が近い。近いといっても、それは銀河スケールの話で、何千光年も離れているんだが、角持つ種族たちが住まう銀河を一纏めにして、「鬼哭海域」なんて呼んだりもするくらいだ。
その昔、オーガ族が一帯を治める帝国があったことから、そんな名称がついたんだとか何とか。まぁ、全部ゼル爺からの受け入りである。
地球とは遥か離れた場所で暮らしているはずのゴブリン。
そんなかれらが何の因果か、『近所』に迷い込んできたという珍事。
しかも救難信号まで出すからには、相当困っているんだろう。
何故なら、銀河連邦の開発が済んでいない「未踏領域」は基本的に安全と言えないからだ。下手に信号なんてわかりやすい目印を出した日には、連邦を追われた後ろ暗い勢力や霊子の波に釣られた害獣がやってきてしまう。
まぁ、地球の周りは調べたところ、まだそうした危機と無縁だったが。
ともかく事態の真相を確かめるため、俺はフクレに指示を出してロゼリア号を発進させた。目的地はもちろん信号が発された地点だ。
「念のため、この船の兵装を確認しておかないといけませんね」
『レグ様は、これが陽動かもしれないとお考えなのデスか?』
「まぁ警戒するに越したことはないでしょう。宇宙では、自分の身は自分で守るしかありませんから。もっとも、相当確率が低いと思っていますよ」
信号を囮に、善意の人間を食い物にしようとする海賊行為は有名だ。
あるいは手に負えない害獣の擦りつけも。
しかしこんな、人がいるかどうかもわからない未開の辺境に、わざわざ海賊が来るとも思えず、星そのものを飲み込んでしまうような、第二種の特定災害生物がいないことぐらい既に調査が済んでいる。
まして、フクレに解析させた信号の種類は「遭難」を表すものだった。
今まさにゴブリン族の船が何かに襲われているわけじゃない……と思う。
信号に付随する識別コードを見て、小さく唸る。
「……それにしても、連邦の調査船ですか。周辺で開発が始まるとは聞いていませんが。それに一隻だけ、というのも気になります」
『跳躍事故を起こしたのでは?』
「それで帰るにも帰れず、と。なるほど、道理です」
広がり続ける宇宙に対し、銀河連邦もまたその勢力圏を日夜広げている。
毎日どこかで、星間跳躍を行うために必要なゲートを設置するべく、工事とその護衛を含めた調査船団を派遣しているのだ。従って、群れから逸れた調査船が一隻だけこの宙域に迷い込むというのも不可解だった。
何か、フクレの言う通り事故があったらしいことだけは確かだ。
「かれらが霊子通信を選んでくれたのは幸いでした。他の手段だったら、万一、地球人に届いていたかもしれません」
今、地球人がファーストコンタクトする異星人が小鬼種族だと、非常に困る。
身から出た錆びなんだが、いろんな意味で……。
「――ネタばらしには、まだちょっと早いですからね」
せめて一つくらいはダンジョンがクリアされてから。
何て考えていると、高速で進むロゼリア号がついに目的地付近に到着する。ここからは船速をゆるめて慎重に近づいていかなくてはならない。
アクティブソナーは使わず、あくまでも静かに、星々の間を縫って進む。
自然、俺とフクレの口数は途絶えた。
『「…………」』
小さな反応一つ見逃すまいと目を細める。
ここまで近づいて、何の騒ぎも捉えないということは、少なくとも遭難船が『何か』に襲われてるって線はなさそうだ。もっとも、既に破壊されていたら知らないが。そうだとしても爆発の痕跡くらいはキャッチ出来るはず。
もしくは息を潜めていて、こちらを奇襲しようと待ち構えているのか。
いざという時にいつでも操霊術が発動出来るよう、意識を集中させた時だった。
「……!」
星屑の中に混じって、異物を一つ、レーダーが感知する。
間違いない。この先だ。
やがて、少し大きめの漂流岩を見つけた。その陰にロゼリア号を滑り込ませ、一旦停泊させる。落ち着いて周囲の状況を確認してから、件の発信者――遭難船を映し出させる。そうして、俺は小さく息を呑んだ。
「これは……随分手酷くやられたようですね」
モニターに投影された船は、大型の軍艦だった。
ただし装甲があちこち傷ついて、中には剥がれ落ちた個所も見える。黒煙こそ上がっていないものの、ひしゃげ、一部の区画が潰れていた。明かりが点いているからには、まだ動くんだろう。ただ素人目に見ると「ズタボロ」という表現が似合っていた。
それに、ところどころひっかき傷や焦げ跡のようなものがあるのも気になる。
フクレもまた、その異常に気づいたらしい。
『爪痕……?』
「十中八九、大型の害獣に絡まれたんでしょう。なるほど、何が起きたのか大体見えてきました。まだわからないことも多いですが」
『レグ様、いかがいたしましょう』
「そうですね……」
僅かに悩む。
このまま放っておく、という選択肢はない。かれらが万一、地球人に接触すると――銀河連邦の規定でそれは許されていないが、緊急時であるし――困るのは俺だ。それに第一、何もしないで帰るのは寝覚めが悪い。
「いきなり近づいたら警戒させてしまうでしょう。回線を繋いでください。まず私から話してみます」
『ハイ、承知しました』
もし、かれらが本当に困っているのなら、ロゼリア号からの通話に応じるはずだ。フクレに任せ、固唾を呑んで見守る。
やがて両船が霊子通信によって結ばれ、モニターに一人のゴブリンが映し出された。
金のエンブレムが特徴的な帽子を被った小鬼だ。彫りが深く、皺が少し目立っているから、たぶん五十代ぐらいだろうか。俺は、あんまり小鬼種の造詣に詳しくない。だから年齢の見積もりも大雑把だけど、たぶんあってると思う。
そのゴブリンは俺が口を開くよりも前に、まずしゃがれた声を響かせた。
『こちらは銀河連邦・第802調査船団所属、護衛艦リーヴァ。私は艦長のジード・ラ・スタレイだ。まさかこんな辺境で人に会おうとは。これも剣神様のお導きか……。そちらは一体、何者か?』
俺の背に生えた翼を見れば、わざわざ聞かなくてもわかりそうなもんだが――って、そうか。向こうには音声だけしかいってないんだな。
こほん、と空咳ひとつ。
「こんにちは、ジードさん。私はこの宙域にある有人の未開惑星を、連邦からの委託により開発を任された、しがない開拓使です。念のため確認ですが、救難信号を出したのはあなたたちで間違いありませんね?」
『……ああ、間違いない』
「良かった。詳しい事情は後にして、まず、そちらへ近づく許可をください。もちろん敵意はありません。当機の識別コードを送りますから。……フクレ」
コードさえ見てもらえれば、俺の発言が嘘じゃないとすぐに分かる。名前を呼ばれたフクレは素早くコンソールを叩き、つつがなくデータを転送してくれた。
『確認した。ロゼリア号、貴方との出会いに感謝を。我々は決して、貴方たちを傷つけないと誓おう。見ての通り、そんな元気もないがね』
「…………どうも」
もしかして今、笑うところだったか?
異種族交流は気をつけないと、すぐ相手の逆鱗に触れてしまうから、緊張するんだよな。小粋なゴブリンジョークをスルーしてなきゃいいんだが。
ともかく詳しい被害状況や、どうしてこの宙域に迷い込んでしまったのかを調べるため、俺たちは岩陰から姿を現し、ゴブリンたちが操る護衛艦リーヴァの元へ船を寄せていくのであった。
◇ ◇ ◇
傷だらけで、それでもまだ稼働を続けている軍艦。
重たい動きで格納庫の扉が開き、滑るようにロゼリア号が中へ滑り込む。
と、ここまでは良かったのだ。
ゴブリンたちも相手が巨大な戦艦でなく、小型の旅客機レベルとわかって緊張を解いたらしい。歓迎ムードな雰囲気の中、俺とフクレはするっとデッキに降り立つことが出来た。ただ俺たちの姿が見えた瞬間、一気にざわついたのが見て取れた。
「小鬼種の皆さん、こんにちは」
まずは気さくな挨拶から。
そう考えて、可能な限りにこやかな笑顔を作ろうとした刹那。
俺を遠巻きに囲む一団の中から、先ほど通信で見たジード艦長が進み出てきて――地面にめり込まんとする勢いで土下座したのだ。
「申し訳ありません!!」
「……はぇ?」
思わず気の抜けた声が出てしまったのも仕方ないことだ。だって、誰がこんな展開を予測出来るだろう。隣にいるフクレもさぞ驚いているに違いないと見てみれば、何故か触腕を組んでふんぞり返っていた。
「ま、まさか神族様だとは露知らず……! とんだご無礼を!」
まるで言葉を挟む暇がない。
声を震わせながらも、初老のゴブリンは滔々と謝罪を重ねる。
「お、お願いいたします! 責は全て、この私めにありますれば、どうか他の者たちはご寛恕のほどを、何卒、何卒……!」
そうして、冒頭に戻る。
困った末、他のゴブリンたちに目をやれば、かれらも艦長に続いて地面に体を投げ出す始末だ。俺は生贄を要求する質の悪い神様か何かか? ただまぁ、艦長の発言から大体の事情を察することが出来た。
今更だが、俺は有翼人種族のレグ・ナだ。
その身で霊子を感じ取れる数少ない生命であり、この宇宙において神のごとき血族と畏れ崇められる人種。ぶっちゃけ俺にそんな自覚はないが、神族以外の種からすれば、文字通り神様みたいな存在らしい。
もし、瞬き一つで自分を消し去れる上位存在が目の前に現れたら、どうするか。
もはや逃げることさえ叶わないなら。
その答えが今、俺の目の前にあった。
「ええっと」
何か言わなくちゃと思って声を出したら、びくり、と可哀そうなぐらい船員たちが震える。正直こんなに怯えられるのも不思議というか。よっぽど過去に酷いことがあったんだろうと疑ってしまう。
「まず、落ち着いてください。あなた方を害する意思は、私にはまったく、これっぽっちもありませんから。……ね?」
俺が出せる最大限の優しい声音で伝えると、ジード艦長は恐る恐る、こちらを見上げた。そんな怖がらないでもと思う反面、同時に「おや?」となる。仕草の割に、彼の目は真っすぐで、怯えとは無縁の色をしていたからだ。
これならちゃんと聞いてくれるかもしれない。
「さぁ立って。その姿勢じゃ話しづらいことこの上ありません」
「……寛大な御言葉、感謝いたします」
「そんな大げさな――ああ、待ってください。その気遣いは不要です。どうぞ、帯剣したままで構いませんよ」
ジード艦長がもう一度大きく頭を下げ、それから立ち上がるついでに腰の剣を外そうとしたので、待ったをかけた。
「それは、あなた方にとっての『誇り』でしょう」
「……!」
前、ゼル爺が聞かせてくれたことがある。
曰く小鬼種とは「文武両道」の一族なのだという。かれらは比較的頭が働くことから、文人としての一面にフォーカスされがちだが、むしろその成り立ちを見ると、常に武――それも剣と供にあったらしい。
――だからあの子たちにとって、剣は魂と同じなんだよ。
そう言って微笑んでいたゼル爺の顔が、ふっと浮かんでは消えていった。
きっと俺にとってのゲームみたいなものだから、引き離すのも忍びない。それに、こういっちゃ何だが、仮に斬りかかられたところでどうとでも出来る。表面上にこやかにしているけれど、いつだって準備万端なのだ。
「……かたじけのうございます」
そう言って、胸に手を当てお辞儀するジード艦長の姿は、とても堂に入っていた。そのまま彼は近くにいた、部下と思しきゴブリンに声をかける。
「おいオビー。羽神様を貴賓室へ――」
「いえ、必要ありません。話をするならこの場所で結構。こうして悠長に会話している時間さえも惜しい。それくらい、事態は一刻を争う。違いますか?」
「……はい。おっしゃる通りです」
唇を噛み、悔しそうに項垂れる小鬼の艦長。
俺はどうして、かれらが痛めつけられ、この宙域に逃れ出る羽目になったのか、改めて聞いてみることにした。
「起きた事をありのまま、時系列順に話してください」
「はっ! 始まりは、蒼雷大鼬。第二種特定災害生物の襲撃を受けたことでした――」
こういう時、ゼル爺ならぽんっとマジックみたいに椅子を出してくれるだろう。生憎、俺にそんな技量はないので、お互い立ったまま話を進める。
幸いジード艦長の語りは簡潔で、かつわかりやすかった。
そもそも、かれら第802調査船団の目的は銀河連邦のインフラ整備にあったという。未踏領域に星間跳躍ゲートを設置するため、今からひと月前、ゴブリン族の本星を旅立った。ここまでは珍しい話じゃない。よく聞く類の「出稼ぎ」だ。
しかしいざ予定地へ辿り着き、工事に取り掛かろうとしたところで問題が起きた。
星海を渡るお騒がせ者。
蒼雷大鼬から襲撃を受けたのだという。
件の害獣はいわゆる特定災害生物――銀河連邦が定めた、宇宙環境に著しく悪影響を及ぼす生命体――に指定されている。
体長五メートルほどと、この手の害獣にしては小柄ながら、発電器官を持ち、全身から放電現象を巻き起こす。帯電しながらの攻撃も可能で、かつ四肢に備わった皮膜を使い空さえ飛んでみせる化け物だ。
しかも厄介なことに、ナリイタチは群れで行動する。
縄張り争いや繁殖期によって、かれらが星から星へ大移動を行う際、うっかり鉢合ってしまえばお終いだ。そんな災害に調査船団は巻き込まれてしまったらしい。
「一匹や二匹ならば我らの敵ではありません。しかしあの時、一帯を覆い尽くしていた群れは……まるで雲霞の如く。ご存じかもしれませんが、調査団というのは名ばかりなのです。その実態はただの出張工務に過ぎない。作業船ばかりで構成された本隊が、太刀打ち出来ようはずもございません」
握りしめた拳の音が、こちらまで聞こえてくるようだった。
俯くジード艦長が不意に顔を起こす。
「そこで護衛としての責を全うすべく、我々が、囮となることを決めたのです」
濃色の、満月のような瞳が俺を射貫く。
ただひたすらに力強い言葉だった。
「この船は小鬼種族の髄を結集して作り上げた、最新鋭の護衛艦です。羽神様からすれば児戯に等しいシロモノでしょうが、艦単体での星間跳躍も可能です。そこでナリイタチの群れを引きつけ、本体から十分に離した後で、霊界へと逃げこみました」
なるほど、船の損傷はその時に発生したのか。
と思ったが、まだ続きがあった。
「ただやはり、正規のゲートを使えないのは痛かった。不安定な跳躍により、奴らを完全に振り切ることが出来なかったのです。十数匹のナリイタチどもが落ちてきて、そのまま戦闘に縺れこみました。幸い勝利こそしたものの、霊界の中を一体どちらへ、どのくらい進んだのか。計器も壊れ、さっぱりわからなくなってしまい……」
「一か八かで跳躍を行い、この宙域に放り出されたと」
「……はい」
俺は深く息をついた。この船に乗ったゴブリンたちの悲運と、勇気を思って。
おそらく、かれらだけなら逃げることも可能だったに違いない。
それでも立ち向かったのは仲間のためか、あるいは矜持か。
わからないが、心の底から称賛に値する。
一方でちょっとずるいけど、安心もしていた。もしかれらが何かとてつもない脅威から逃げ出して、今なお追われていたのなら、俺はそれと相対しなければならなかった。だがゴブリンたちと一緒に霊界へ迷い込んだ害獣は、既に討伐されているという。
あえて酷い言い方をすれば、かれらが疫病神になって、更なる不幸を呼び寄せる心配はないってことだ。
だから、純粋に助けたいと思った。
「フクレ。この船はあとどれだけ動きますか?」
『……そうデスね。ツギハギで誤魔化しているようデスが、検知結果から概算して、一日が限界かと』
何気なくフクレに問いかければ、すぐ欲しい答えが返ってくる。
つくづく頼りになる相棒だ。
「そうなると座標だけ教えて、私が幽門を開けたところで、問題の解決にはなりませんね。なればこそ……」
「あの、羽神様?」
「――ジード艦長」
「っ、は! なんでございましょう!」
呼びかけると、初老の小鬼はすぐさま姿勢を正した。まるで頭からつま先まで芯が通されたみたいに、ぴぃんと直立する。こういう機敏さはダンジョンを観察していて何度も見てきた。具体的には自衛隊とか、各国の軍隊で。
もしかしたらこの船に乗っているのは、みんな軍人かもしれない。
「今あなたたちに必要なのは、落ち着いて整備が出来る環境です。生憎と、この宙域に大きな港や、まして工場などありません。ただ、接舷可能な土地ならいくつか心当たりがあります。そこで、どうでしょう」
なんせ文明レベルで言えば、ここは田舎も田舎のド田舎だからな。
腕のいい技師はおろか工場もない。コンビニすら存在しない山奥の一軒家だ。
しかし、だからこそ、駐車スペースなら無限にある。
「――皆さんを『月の裏側』にご招待する、というのは」
片目を閉じ、人差し指を立てながら、俺は言った。
今なら駐車料金0円で長時間借りたい放題!
……なんて冗談は、さすがに飲み込んでおきながら。




