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ダンジョン「地球」の管理者は、人生二度目の天使さま。  作者: 伊里諏倫
間章

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103/122

芽生えの鹿サンド・下(シエル・ディ)

【連続投稿 2/2】

 結果的に二人組の探索者を助けることに成功したシエルは、すぐさまその場を立ち去ろうとした。

 感謝の言葉は貰ったし、ドロップも枝肉を除き、魔石・毛皮・角の欠片と全て受け取っている。わざわざ足を止める理由が無い。ちなみに肉を貰わなかったのは、嵩張るうえ消費期限も限られているので、自ら断った形だ。


 しかし、そんなシエルに年老いたパーティーは待ったをかけた。

 曰く、せめてお礼をさせて欲しいと。

 かれらの片方は〈調理師〉で、ジャイアントディアーの枝肉で軽食を作るから、ぜひ食べて欲しいというのだ。


 探索者にとって〈調理師〉が作成する料理は、ダンジョンの中に限り能力上昇(バフ)効果がつく。その効力は調理から時間が経つほどに落ちていくので、まだ探索を続けるシエルにとってはぴったりの謝礼だと言えた。


 もっとも、他人と関わるのが煩わしいシエルからしてみれば、余計なお世話だ。

 一も二もなく断ろうとしたのだが……。



 ――ぐぅ。



 間の悪いことに、そのタイミングで小さなお腹が鳴ってしまった。

 思えば時刻はお昼時。ハーヴェン族が常飲する完全栄養食(ゼリー)は持ってきているが、在庫を減らさずに済むならその方が望ましい。


 そうして押しに負けるがまま、第七層の安全圏(セーフティエリア)に移動した。


 小高い丘の上に均された広場は、四方を石柱が囲み、ところどころ石のベンチや野営の跡が転がっている。

 幸い人気(ひとけ)がなかったため、三人はすぐに場所を取ることが出来た。


 早速、年老いた男性探索者が大きなリュックから調理器具を取り出し、まず火の準備から取り掛かる。次いで【保管庫(クーラーボックス)】も発動して、ジャイアントディアーの枝肉をはじめとした各種食材も手に取った。


 必然、シエルは残されたもう一人の探索者と対面することになる。


「いやぁ、この年で無理はするもんじゃないわねぇ。ほんと、アンタが来てくれなかったらどうなっていたことか」

「…………」


 白髪交じりの髪を後ろで一本に縛った気の強そうな女性だ。皺こそ目立つものの、まだ肌は垂れ切っておらず、意気軒昂という言葉が頭に浮かぶ。


「あ、挨拶が遅れたわ。アタシはエレン。エレン・コペル。職業は〈弓士〉よ。そして今あそこで肉を焼いているのが〈調理師〉のラーク。一応、アタシの旦那様」

「あの、エレン……“一応”はちょっと酷いんじゃないか。僕だってねぇ――」

「肉、焦げるわよ」

「あっ」


 シエルが黙っているのをいいことに、エレンと名乗った探索者が滔々とまくし立てる。年配の男性探索者――ラークも一瞬顔を出し、すぐにまたフライパンと向き合った。


「アタシたち、普段は一個上の階で活動しているの。第六層のモンスターなら二人でも何とか相手できるから。ただ、この間まで何かと騒がしかったでしょ? ようやく大手を振って外出できるようになったのはいいけれど、またあんな風に病気が流行るんじゃ……って考えたら、保険が欲しくなってねぇ」


 ここ「カロライナの大穴」において、ダンジョンとは下っていくものだ。すなわち、階を昇るといえば戻ることを指し、階を下ると言えば先に進むことを指す。


 苦笑いを浮かべながらエレンは続けた。


「風の噂でジャイアントディアーの角がポーションの薬効を高めてくれるって聞いたの。それで、いざって時のために取っておこうかしら……ってラークと話してね、挑んでみたのはいいんだけれど……。結果は見ての通り。本当に助かったわ!」

「……角」

「ああ、勘違いしないでおくれよ! アレはアンタが倒したんだから、アンタが受け取るべきさ。アタシらは肉が貰えただけでも十分。何なら、貰い過ぎなくらいさ!」


 正直、いらなかったから押しつけただけで、それにまで感謝されてしまうと、シエルとしては何とも返しようがない。

 仕方が無いので、フードを被ったまま小さく首肯した。


「そう……」


 シエルは会話が苦手だ。

 同族とのコミュニケーションは大抵〈念話〉で済ませてきたし、第一、社交的な人間なんて母星にはほとんどいなかった。皆、自己の探求に忙しすぎて、せいぜい家事手伝いのシルキーへ命令する際に声を出すくらいだった。


 したがって、話を打ち切るように俯いたのだが――


「ラーク、まぁだぁ?」

「まだだよ」

「アタシ、お腹と背中がくっつきそうよ。はぁ~……何だか、こうしてると小さい頃を思い出すわねぇ。ああ、そうそう、昔と言えば」


 どうやらエレンは口から先に生まれてきた人間らしい。

 ごく自然と、詰まることもなく語り出す。


「アタシたちね、前はここからもっと南の方にある土地に住んでたの。山間の……緑が深いところでねぇ。ジャイアントディアーほどじゃないけど、おっきな(グリズリー)だって出るのよ。買い物一つ苦労させられる有様で……。子どもたちも、大きくなったらみーんな家から出てっちゃった。アッハッハ!」


 果たしてそこは笑うところなのだろうか。

 シエルが持つ知識によると、沈黙が正解と出た。


「で、今から六年前に息子たちに呼ばれてこっちへ越してきたの。もう快適快適! でも、どうしてかしらねぇ。時々、無性に故郷へ……あの、夜は静寂(しじま)に沈む、むせ返るような緑の山へ、帰りたくなる瞬間があるのよ」


 郷愁、とでも言うのだろうか。

 その感覚だけはシエルにも分かるような気がした。


 ハーヴェンという種が生まれつき内向的で、長じてからも外に出ないで母星に引きこもっているのは、天恵の儀や歩んできた歴史に起因するところが大きい。ただ、もう一つ切り離せない要素がある。

 それは霊樹の存在だ。


 ハーヴェンは本能的に、魂に刻まれたレベルで霊樹へ親しみを覚える。

 よっぽどの変わり者でもない限り、母星を離れて暮らしたいとは思わない。

 そうした霊樹への親愛は自然崇拝へと繋がって、暮らしの周りになんとなく緑がないと落ち着かないのだ。


 だからシエルはエレンの言に同意しようと、口を開きかけたのだが。


「ああ……ウサギのスープに鴨ロース、クマ鍋に鹿肉のソテー……それからニジマスのムニエル……思い出したら涎が垂れてきたわ」


 懐かしさの方向性が想定とあまりに違っていた。

 シエルは思わず閉口し、じとっとした目線を送る。


 もっとも記憶は五感と密接に結びついていることを思えば、あながち馬鹿に出来ないかもしれない。

 幼い頃から祝辞にカレーが振る舞われる家庭で育てば、大人になってからも、カレーの匂いを嗅ぐたび何となく浮足立った気持ちになるだろう。エレンの場合は嗅覚でなく、味覚が郷里を思い起こすファクターというわけだ。


「……それ、ぜんぶ僕が作ったやつじゃない?」

「そういえばそうね。記憶を遡ってみたら、お皿の横にラークもいたわ」

「うん、逆なんだよね」


 パートナーにツッコミを入れながら、ラークがシエルたちの方にやってきた。

 見ると、その手に二つ、銀色のマグカップが握られている。


「エレンの食い意地はともかく、僕らにとってダンジョンは身近な“自然”なんだ。それで年甲斐もなく働き蟻(ワーカー)になったんだよ。本物の自然と違って命を取られることもないしね。はい、これ」

「……?」


 シエルとエレンに一つずつ。

 手渡されたカップには黄金色のスープが泳ぎ、美味そうな湯気を立てていた。


「あとちょっとで出来るから、それでも飲んで待っていて。温まるよ。今朝の作り置きだけど、ここは風が強いから」

「あらラーク、気が利くじゃない」

「僕はいつだって“きめ細やか”な男だよ」


 鼻を鳴らして再び火の方へ戻ったラークを見送り、シエルはマグカップに目を落とす。思い出したように空腹が蘇ってきた。

 僅かに逡巡した後、少しだけ口に含んでみる。


「っ……」


 どうやら保温瓶でしっかりと熱を保っていたらしい。

 あるいは〈調理師〉のスキルで温め直したのか。

 作り置きという割に出来立てのような熱さで、思わずびっくりしてしまった。


 すかさずシエルが周りを見回すも、幸いなことにエレンはカップに夢中、ラークも調理に集中していて、誰にも見られずにすんだ。

 赤い顔を隠すため、フードをまた目深に被り直して、今度こそ一口。


 野菜の滋味が溶け出した雑味のないスープがするりと喉を通り過ぎ、腹の中から体を温めてくれる。


 ――――ほぅ、と息が漏れた。


 完全に、無意識の反応だ。

 シエルは慌てて口を塞いだが、ニヤリとエレンが笑った。


「どうやら、恩人さんの口にもあったみたいだ」

「ほんと? そりゃ良かった」


 別段、恥じることなど何もないはずだが、シエルは俯く。

 成熟した社会に生きる人間として、理性から外れた生の感情を表に出すのは、何となく恥ずかしいことのように思われたのだ。


「…………くぴ」


 それでも、また一口。


 今までシエルは母星の食文化――毎食同じゼリーを啜ることに、抵抗も疑問も覚えることはなかった。調整に調整を重ねられた完全栄養食は栄養バランスもさることながら、何度食べても飽きがこない。

 勘違いされやすいが、別に不味いなんてことはないのだ。


 だからそれだけ食べていれば健康でいられるし、時短なうえ、日々のメニューに頭を悩ませる必要もない。

 まさに神がごとき種が食すに相応しい食物。


 シエルは地球にやってきてから、いくつか現地の食事に手を出してみた。しかし、繊細な味蕾を備えるハーヴェンにはどれも濃すぎる味付けで、栄養素も偏り、無駄の極みという他なかった。

 すぐに元の食生活に戻ったのは言うまでもない。


(何か、違う)


 そこに来て、この黄金色のスープは何故だかシエルの気を引いた。

 まず、単純に調理者――ラークの腕が良いというのはある。しょっぱすぎず、薄すぎず、溶けだした野菜の甘味が仄かに舌をくすぐって、つい、もう一杯という気持ちにさせられるのだ。


 シエルがこれまで食べてきた“足し算”の地球食と違って、とても地に足ついている。むしろ物足りないとさえ思う。決して悪い意味でなく、食欲を刺激され、次は何を食べようかという前向きな考えが浮かぶのだ。

 それは食事=栄養補給という従来の思考からかけ離れた感覚だった。


「……ぁ」


 気がつけばカップの中が空になっている。

 それに一瞬でも寂しさを覚えてしまったことがシエルには衝撃だった。


「おまちどおさまー」

「お、きたきた! エリック、今日はサンドイッチなのね!」

「うん。せっかく新鮮な鹿肉が手に入ったからね。薄く焼いて香草と一緒に挟んでみたんだ。味付けは王道にデミグラスで。パンも【加熱(ヒート)】で温め直したから、焼き立てみたいにフワフワだよ」

「〈調理師〉ってほんと、便利よねぇ」


 組み立て式の簡易テーブルが設置され、その上にラークが三つトレーを置く。

 眼前に置かれた木皿には、二切れのサンドイッチが鎮座していた。パンの間にたっぷり挟まれた肉が今にも零れそうだ。てらてらとした美味そうな脂は生地に吸われ、ソースの豊潤な香りが鼻孔をくすぐる。


 先ほどのスープが前菜だとするならば、これこそがメインのはず。

 知らずシエルの喉が小さく鳴った。


「さ、どうぞ召し上がれ」

「恩人さん、服が汚れるから、せめてフードは外したらどうだい? それに今日は風が気持ちいいよぉ」


 言われてみればその通りだ。

 食器が用意されていないということは、これは手掴みで食べる料理だろう。上品に切り分けて口元へ運ぶ、なんて作法にならないはずだ。つまりかぶりつく必要があるわけで、フードが汚れてしまうかもしれない。


 地球へ来てから、皆が皆シエルの顔を注視してきた嫌な記憶が蘇る。

 本人からすれば何をそんなに見る必要があるのかと疑問で仕方ない。


 ただ、不特定多数から遠慮のない視線を向けられるのと、対面する相手から見られるのとでは意味合いが違った。



「……ん」



 だから、迷った末にシエルはフードをよけた。


 肩よりも上で短く切り揃えた、青みがかった銀髪が躍る。頭頂部のくせ毛が抑圧から解放されて、ぴょこんと跳ねた。形の良い相貌に浮かぶ瞳は、夏の朝を思わせる空色。少し伏し目がちで大人しそうな印象を受ける。

 小さな背丈と相まって、可愛らしい西洋人形(ビスクドール)のよう。


 もはや、細部まで拘りぬかれた芸術品だ。

 当然、ラークとエレンは目を見開く。


 ――かれらも歯の浮くような賛辞を口にするのだろうか。


 シエルは感情の見えない表情で二人の方を見た。

 すると。


「おやまぁ、驚いた。こいつは別嬪さんだ」

「……今はキミみたいな歳の子もワーカーになるのかい? ううん、僕らの孫とほとんど変わらないじゃないか」

「あの子たちも可愛いけど、アンタには劣るねぇ。ま、若い頃のアタシも負けてなかったけど。ね、ラーク?」

「え――うっ、ごほ! う、うん、そうだね、エレンは昔から綺麗だったよ……」

「それを言うなら今も、でしょ!」


 何やら言い淀んだラークの腹にエレンの肘が突き刺さる。

 突如始まった夫婦漫才にシエルは目をぱちくりとさせた。どうやら、かれらはシエルの容貌を綺麗だとは感じつつも、特別なものと思っていないようだ。


 年の功がそうさせるのか、あるいは愛すべきパートナーがいるからか。

 いずれにせよ、今まで見てきた地球人とは違うらしい。


「食べて、いい?」


 懸念事項は消え去った。

 ならば後は目の前の料理を楽しむだけだ。


 もっとも、誇り高い神族の舌を満足させてくれるとは限らないが――


「っと、もちろん! 冷めない内に召し上がれ」

「うひゃあ、美味そうだ! ラーク、愛してるよ!」

「うん、僕も愛してるよ」


 小気味良い会話もそこそこに、二人は目を閉じ、諸手を組んだ。


「……天にまします我らの父よ」

「今日も日ごとの食物をお与えくださることに、感謝いたします――」


 ハーヴェンに神はいない。

 けれど神論については膨大な数が頭に収められている。時にそれがアイデンティティに繋がるということも。だから邪魔をせず、静かに見守った。


 やがて短い祈りが終わり、ようやくと食事にありつける。

 小さい口を精いっぱい開けて、シエルはサンドイッチにかじりついた。



「…………!!」



 まずやって来たのは香ばしい麦の香り。

 それから外はカリっと、中は柔らかく焼き上げられた鹿肉の食感。

 肉の旨味と、春の野を思わせる香草、野趣に負けないソース。それらを混然一体と包み込むマヨネーズのまろやかさ。口に残る脂っこさはパンに吸い込まれて消え、早く次を寄越せと催促してくる。


 知らず、シエルの目は輝いていた。


(欠けだらけのはずなのに)


 栄養バランス、味の調和、どれを取ってもハーヴェンの常用食に劣る。

 だというのに“美味い”と感じるのは何故なのか。


(むしろ、足りないから?)


 これはもっとじっくり調査する必要がありそうだ。


 つまり、もう一口。

 いや、もう二口。

 いやいやもう三口――


「ふふ、お気に召したかな」

「……それなり」

「その割には良い食いっぷりだけどねぇ。アンタ、細っこいんだからもっとお食べよ!」

「うんうん。お代わりもいーっぱいあるよ」


 何が嬉しいのか、にこやかな表情を浮かべるラークとエレン。

 シエルはぷいとそっぽを向いたが、横目で己の皿を見る。二切れのサンドイッチはあっという間に胃に収まって、もう何も残っていない。


 ここでお代わりをくれと言ったら、食い意地が張っていると思われないだろうか。それは困る。いや、誰に何を思われようと困ることはないはずだが、追加の要求をするなんて卑しい行為だ。

 自分は銀河連邦盟主の一角、ハーヴェン族のシエル・ディなのだから。


 しかし――向こうから勧めてきたなら、話は別では?

 そもそも、まだ“調査”だって足りていない。


 結論、シエルが取った方針は。



「……どうしても、余ってるって言うのなら」



 上位者らしく、あくまでも上から目線で交渉することだった。


 もっとも、その可愛らしいお願いにラークとエレンが相好を崩したのは言うまでもなく。最近食が細くなった自分たちの代わりと言わんばかりに、山のようなサンドイッチを積み上げるのであった。



   ◇ ◇ ◇



「それじゃあアタシたちは行くよ」

「キミの良く末に神の御加護がありますように」


 安全圏を出て、なだらかな丘をゆっくり下っていくラークとエレン。二人はその姿が小さくなってよく見えなくなるまで、律儀にシエルへ手を振っていた。


 かれらがいなくなると、急に空気がしんとしたように感じる。

 ごうごうとした風の音が嫌に大きく聞こえた。

 とはいえ、ただ元に戻っただけだ。シエルはソロの探索者だし、この先も誰かと一緒に歩むつもりはない。


 先ほど〈調理師〉の手料理を()()()()食べたおかげで、四肢の隅々に渡るまで力が満ち溢れている。もちろん本来の能力にはほど遠いが、第七層程度、瞬きの間に攻略してしまえそうだ。


 気力充填、気を取り直して探索を再開しよう。

 一歩踏み出した足はしかし、すぐに止まってしまった。


「…………」


 思い返すのは終始笑顔だったエレンのことだ。

 ジャイアントディアーの突進を避けるため、彼女は無理な動きをしてしまい足を痛めた。そのせいかラークが配膳や片付けに勤しんでいた時も、ベンチから動く気配はなく、別れ際もずっとパートナーの肩を借りていた。


 探索者ならポーションくらい常備しているはずだが、既に使ってしまったのか。

 もし帰り口に向かう途中で、またモンスターに襲われたら。


 恐らく全滅必至だろう。



無意無価値(ナンセンス)



 ふと頭に浮かんだ考えを振り払うよう、小さく頭を振った。


 二人を助けたのは自分にとって利があったからだ。

 少なくともあの瞬間、シエルが欲しかったのはジャイアントディアーという獲物だけ。目的は既に果たして、これ以上得られるものはない。


「…………」


 こんな辺境の星ではるばる開拓を始めた同族も。

 振舞われた、完全無欠からは遠い皿も。

 何より、こんなダンジョン(くんだ)りまで来ている自分も。


 全ては無駄だ。


 ただいたずらに時間と労力を消費するだけ。


「でも」


 それなのに、どうしてだろう。

 その無駄にこそ惹かれてしまう自分がいるのは。

 停滞した自己を揺り動かしてくれるような気がしてしまうのは。



「遠くから見守るだけ……なら」



 誤魔化すように呟いて、シエルは踵を返す。

 その足が向かう先は、ラークたちが消えた方角だった。


 どんなに生物として円熟し、智慧を研ぎ澄ませようとも、人に宿る心はいつだって据え置きだ。太古の昔から何一つ変わらない。ただ環境の変化に伴って、強くなったり弱くなったりして見えるだけ。


 ゆえにシエルはまだ、自分の胸に萌芽した感情を言葉に出来ないまま。

 壊れないよう、そっと奥の方にしまいこんだ――



 アメリカ合衆国・第三号ダンジョン「カロライナの大穴」。

 働き蟻(ワーカー)と呼ばれる探索者たちが挑む、深き地の底。


 ある時からそこでは、老夫婦の後をちょこちょことついて回る小さな影が目撃されるようになる。その探索者はめっぽう強く、事あるごとに窮地へ駆けつけては、老夫婦を助けて“餌付け”されるのだが、あくまで本人は偶然を主張して、頑なにパーティーを組まなかったという。

 そんな強いけれど、どこか抜けて見える小さな勇士に、こっそり見守り隊(ファンクラブ)まで設立されるようになろうとは、今はまだ、誰一人知る由もない。


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― 新着の感想 ―
めっちゃおもろいやんけ! 一気読みしたわ
小鬼……ゴブリン…… ―――ゴブリンは、皆◯しだ(ゴブスレ並感)
ツンデレ、食レポはハーヴェンの標準装備なんですかね? ツアーの打ち上げは下手な料理屋よりレグ君の実家がいいかもしれませんね。
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