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98.危険な高評価

俺が学園に帰ってこられたのは、生徒たちの授業が終わった午後四時前のことだった。


懐中時計をそっと上着のポケットにしまう。


学園長から借りたこの時計は機械式をベースにしたものだが、自動巻の魔法がかかっていた。


いつ時間がズレたんだかと思いつつ、俺は学園長室に報告に向かう。


ドアをノックして中に入ると、普段のローブ姿ではなく作業用のツナギに身を包み、軍手をした学園長が椅子に浅く腰掛けて待っていた。


「よう戻ったな。して、どうじゃった?」


「その件なんだが、少し奇妙なことになっちまってな。持ち帰れたのは教員免許じゃなくて、王城の招待状だ」


帰り際、俺はフローディア付きの侍女から、城の入場許可の割り符を渡された。


魔法が掛かっており、手続きを省いて城内に入ることができるという代物だ。


そういったいきさつもひっくるめて、俺が話し終えるまで、学園長は時々相づちをうつくらいで特別驚くような様子は見せなかった。


「なるほどのう。それで家庭教師という運びとなったわけじゃな」


「今回はすぐに“クビ”とは言わないんだな」


「クビの皮一枚つながっておるじゃろ。自分からやめるならともかく、お主がやるというなら切るわけなかろう」


俺はポケットから懐中時計を取り出すと、机の上にそっと置いた。


「これ、貸してくれてありがとうな。遅れてたんで、こっちで調整しておいた」


「ほう、しばらく使っておらんかったからズレておったか。すまんすまん。まあ、その詫びというわけでもないんじゃが、そいつはお主にプレゼントしよう」


「いいのか?」


「ええとも。もしもの時の退職金代わりじゃ。売ればそこそこの値はつくしのう」


「嫌な言い方をしてくれるなよ」


俺がジト目で睨むと学園長は「万が一にもお主がフォルネウスに引けを取るとは思っておらんよ」と笑った。


そして付け加える。


「というわけじゃから、しばらくの間、お主の午後からの庶務は引き続きわしが受け持とう。じゃから安心してフローディア姫の家庭教師をするがええ」


「お、おう。なんかずいぶんとすんなり行かせてくれるんだな。ちょっと怪しいぞ」


「勘ぐるでない。試験を受けさせたのはわしなのじゃから、協力するのは当然じゃろ」


一度は机に置いた懐中時計を、俺は手にとって上着のポケットにしまい込んだ。


「それじゃあ、報告はこれで」


「うむうむ。心配はしておらぬが、この先なにが起こるかはわからぬからな。努々(ゆめゆめ)油断するでないぞ」


「ああ。わかってるって」


返事をしつつ学園長室を出ると、俺は小さく息を吐いた。


しばらくは学園と王城を行き来する生活か。


さてと、これからどうなることやらな。



翌日の昼休み――。


昨日、学園長が俺の代わりに務めた仕事に不手際があったので、その尻ぬぐいをしてから購買部に行くと、すでに長蛇の列ができていた。


「あっ! レオさんだ!」


「おい列を空けろ! レオさんが来たぞ!」


「マジか! うわーレオさん今日は何を食うんだろ?}


人混みの真ん中に道ができる。


生徒の一人が「ささ! レオさん買ってください!」と、俺を促した。


「いや、いいって。俺も並んで買うから」


「そうおっしゃらずに! 俺たちレオさんに憧れてるんッスよ! レオさんは購買のパンを食べて、あの強さを身につけたって……いや、もちろんそんなわけないってわかってます! けど、あやかりたいっつーかなんつうか」


交流戦以降、学園内の生徒たちの空気が好意的に変わったのはいいんだが、これはちょっと困りものだな。


俺が立ち往生していると、後ろからポンと肩を叩かれた。


「レオっち! パンならうちらが先にいーっぱい買っておいたから、一緒にたべよ?」


振り返ると三人がいた。


プリシラが笑顔を浮かべ、パンの入った紙袋をクリスが持ち、フランベルは飲み物のボトルと四人分のカップを手にして立っていた。


「どうしたんだ三人とも? それにそのパンの袋は……」


クリスが小さく頷いた。


「ここ数日で、購買部の利用者数が増えていたからレオが困っているんじゃないかと思って、昼休みに入ってすぐに買っておいたのよ」


「悪いな。けど、これからはそういう気遣いはいいから。お前たちの休み時間を奪うのもなんだし」


フランベルがぶんぶんとポニーテールを左右に振った。


「そんなことないよ師匠! さあ、早く師匠の部屋で食べよう!」


無邪気なフランベルの一言に、購買部に集まっていた男子生徒たちの表情が愕然となる。


「いやいや何を言ってるんだフランベル。俺の部屋? いったいなんのことだよ」


「だから宿直室だよ! 師匠の淹れてくれるコーヒーがまた飲みたいなぁ」


ひそひそと男子生徒たちの噂する声が聞こえた。


先ほど俺を先導してくれた男子がじっと俺を見据えて言う。


「さ、さすがッス。レオさん! なんかわかんないけどさすがッス!」


他の連中も俺を嫌悪するどころか「三人まとめて昼間っからとか、パネェ」やら「実力あってのことだよなぁ」などなど。


おかしいだろ。そこは普通にドン引いてくれよ!


持ち上げられる方がいたたまれないし、クリスたちだって変な噂を立てられたら迷惑に決まって……。


「ちょっといい加減にしてちょうだい! 私たちはレオとは、あくまでコーチと生徒の関係で、いかがわしいことなんてないんだから」


「そーだよ。つーかこれだから同い年くらいの男子ってガキに見えるんだよね。レオっちと比べたら月とすっぽんって感じ?」


「ぼくらはレオ師匠の一番弟子なんだし、みんなうらやましがるのはしょうが無いよね」


やめてくれー! この場に立っていることが辛くなってきた。


「と、ともかく行くぞ三人とも」


俺は宿直室とは反対方向の、階段方面に向かった。


「師匠? そっちじゃないよ?」


この騒動のきっかけを作ったフランベルは、けろっとした顔のままだ。


「いいからついてこい」


プリシラが愉快そうに笑う。


「はっはーん。さては本当にエロいことするつもりだねレオっち?」


「するかよ!」


クリスが不思議そうに首を傾げた。


「レオに限ってそんなことはしないと思うけど、それじゃあどこに行くの?」


「飯がゆっくり食えそうな場所だ」


俺は階段を昇って昇って昇りきり、屋上への出入り口までやってくると、持っていた鍵束でドアを開けた。


普段は閉鎖されている場所だが、利用できてしまうのは管理人特権ってやつだな。


今日は屋上で昼食だ。

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