96.意外な繋がり
トーナメントが終了し、再び講堂に場所を移すと壇上にフォルネウスが姿を現した。
「諸君らの試合の間に筆記試験の採点を行った。これより結果を正面のスクリーンに投影する」
受験者たちが前のめりになる中、俺はあくび混じりだ。
そういえば、先日のエステリオでの事件のことで、俺を知る人間がいなかったな。
王都に放映されていたといっても、知らない人間は俺の顔なんか覚えていないか。
もしかしたらいたのかもしれないが、あえて話しかけてくるような状況でもないしな。
ともあれ、今回は悪目立ちもせず、すんなり帰れそうだ。
筆記試験の結果が映し出された。
首位は……セリオ・ミズガルド。100点満点中98点。
それに続くは残りの四天王。
そこから先も他の受験者の名前がずらりと並ぶ。
俺は口を半分開けて、唖然としたまま文字を目で追う。
レオ・グランデの名前が挙がったのは64番目。
最下位だ。しかも得点は……0点だった。
壇上でフォルネウスがため息混じりに続ける。
「以上。筆記と実技の総得点から試算した結果、今回は……該当者無し。以上で本年度の理論魔法学科試験を終了する」
次の瞬間、講堂は阿鼻叫喚となった。
泣き崩れる者や叫ぶ者。
拳を床にたたき付ける者もいれば、壁に頭を打ち付けるような奴までいる。
いや、ちょっと待て。待て待て待て待て待て。
「待ってくれフォルネウス教官!」
俺の声に講堂がしんと静まり返った。
俺とフォルネウスの間を、他の受験者たちの視線が交互に行き来する。
講堂を去ろうとしていたフォルネウスが足を止め、俺に向き直ると頷いた。
「これは実技試験トーナメント優勝のレオ・グランデ君。洗練とはほど遠い戦い方とはいえ、優勝は優勝だ。おめでとう。心から祝福しよう。本年度の受験者のレベルの低さが貴殿に思わぬ幸運をもたらしたようだ」
「トゲのある言い方だな」
「私は事実を述べたにすぎない。では失礼する」
「いや待てって。どうして俺の筆記試験の採点が0点になるんだ!」
フォルネウスは眼鏡のブリッジ部分を中指でクイッと押し上げた。
「公式の基準に照らし合わせた結果、貴殿の魔法式は公式から逸脱している。結果のみならば全問正解だが、それを認めるわけにはいかない」
「公式から逸脱……って、解答は正解なんだろ?」
俺の理論魔法式は、戦いながら最適化していったものになる。
同じ結果を生じさせてはいるのだが、裏道やショートカットを駆使した異形の産物だ。
そこを突かれたか。嫌な奴だな。
フォルネウスは目を細めた。
「あえて言わずとも賢明な貴殿には理解できただろう。私の採点に間違いは無い」
「解にはたどり着いているんだから、0点ってことはないんじゃないか?」
「貴殿は教員になったのち、このいびつな式を生徒に教えるというのか」
「公式なんて……何年前のモノだよ? 俺の式の方が……」
「貴殿の式を採用するために、すべての教科書を刷新するわけにはいかない」
「更新していかなきゃ進歩しないだろ? いつまで化石にしがみついているんだ?」
「これらの式の走らせ方で教えられる教員は限られる。そもそも実戦でこのような式を使うことはリスクが高い。貴殿の魔法式は失格だ」
クッ……言い返せない。
こればかりはフォルネウスの言い分に理があった。
確かに俺の魔法式は、普通の理論魔法使いじゃ制御しきれない。
クリスくらいの天才じゃない限り、暴発や失敗の危険性が高いだろう。
ああ、俺って教員には向いてないのかもしれないな。
「反論はあるか?」
「公式を一般的なものに改めればいいんだろ?」
「来年、その成果を見せてもらおう」
いかん。取り付く島がないぞ。
「ま、待て待て! 実技の評価は十分だよな?」
「実技を100点とした場合でも、筆記の成績を考慮すれば不合格の判断は妥当だ」
うおおおおおお! どうすりゃいいんだ!?
そもそも誰も受からないとか、いったい何のための試験なんだよ。
ほかに何か説得できる材料はないか?
うっ……何も思いつかない。
「では解散。諸君らの今後の活躍を影ながら祈らせてもらう」
フォルネウスが今度こそ退室しようとしたその時。
「待てフォルネウス。話は聞かせてもらったが、ちと早計じゃ」
少女の澄んだ声が講堂に響き渡った。
赤がね色の髪にルビー色の瞳の小柄な影が、講堂の中に入ってくる。
耳に憶えのある声と口振りに、俺はつい少女の顔を指さした。
「お、お前は……仮面ジャスティス!?」
少女が俺の方を向くなり、目を丸くさせて返す。
「き、貴様はさっきの……い、いや知らぬ。初対面じゃぞ。だ、だいたいなんじゃ? 不敬なやつめ。わらわは仮面ジャスティスなどという、正義の味方ではないぞ!」
嘘が下手すぎる――!? この子、正直すぎるだろ!
顔を真っ赤にして少女は俺から視線をフォルネウスに向け直した。
「いかに筆記試験で問題があろうと、あの者は実技トーナメントで優勝したではないか。まあ、見ていた限り情けない勝ち方ばかりじゃったが」
「今年は不作だったのです……フローディア様」
仮面ジャスティスの本名はフローディアというのか。
講堂内がざわついた。誰もがフローディアに視線を釘付けだ。
そんなに有名人なのか?
フローディアは腕組みをすると、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「フンッ! 貴様からみれば、わらわもその“不作”なのじゃろ」
どうやら二人は知り合いらしい。
「そのようなこと、一度として思ったことはありません」
高圧的な教官の口振りが、フローディアに対してはへりくだる。
フローディアがフォルネウスに詰め寄るように講壇に上がると、その後から恰幅の良い男がドタドタとした足取りで入室した。
身なりからして高位の貴族風だ。
顔に刻まれた皺の雰囲気から五十代といったところか。
切りそろえられた髭は綺麗に整えられている。絵札のキングのような顔つきだった。
貴族風の男は声を上げる。
「お待ちくだされフローディア姫! ここはなにとぞ! お静まりくださいませ!」
「黙れネイビス。わらわはフォルネウスに話があるのじゃ」
恰幅の良い貴族風の男――ネイビスの登場で、ざわついていた講堂がしんと静まり返った。
この二人はいったい何者なんだ?
というか、フローディア“姫”って言ったのは俺の聞き間違いだろうか。
「なあ、フォルネウス教官。この二人はいったい何者だ?」
俺の質問に周囲の空気が凍り付く。
フォルネウスはため息を吐いた。
「どうやら理論魔法使いとしての能力以前に、常識が欠落しているようだ。不合格は妥当な判断と言えるだろう」
「意地の悪いことを言わずに教えてくれよ?」
フローディアが「ふふ、あははは。あーっはっはっは!」と声高らかに笑った。
「わらわを知らぬとは、田舎者にもほどがあるな!」
ネイビスがせき払いを挟んで俺を睨みつけた。
「こちらにおわすはタイタニア王家第三王女……フローディア様にあらせられる。一同頭が高いぞ」
ネイビスがそう言った途端、受験者たちが全員その場にひざまずいた。
ええと、ダイサンオウジョ……王女?
――王女だとッ!?
フローディアが困ったように眉尻を下げた。
「みな面を上げよ。ひざまずく必要はない。堅苦しいのは苦手じゃ」
ネイビスが「姫様の仰せだ。全員起立して楽にせよ……先ほどからずっと楽にしている不届き者もいるようだがな」と、俺を一瞥した。
悪かったな。俺も堅苦しいのが苦手なんだ。
フォルネウスが改めて少女に言い含める。
「フローディア様。この場は私にお任せください」
「黙れフォルネウス・スレイマン。貴様はこの候補者の何が気に入らぬというのじゃ?」
ん? どこかで聞いたような名字だなフォルネウスって。
フォルネウス・スレイマン……スレイマン……ギリアム・スレイマン……!?
「お、お前、ギリアムの兄弟か親戚なのか!?」
執事服の青年は淡々とした口振りで俺に告げた。
「弟が世話になったな。レオ・グランデ」
思いっきり私怨があるじゃねぇかよ! どこが公平なんだよこの試験!




