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92.白い影

準備を済ませて学園から出る馬車に乗り、無事、王都に到着した。


王都の中央停車場で降りる。時計塔の大時計の針が指し示す時刻は正午過ぎだ。


ここから王都の東側――三番街方面に向かう路線馬車に乗り、その先の行政区画を目指すわけだが……。


二時までまだまだ時間があるな。


試験は筆記に実技と長丁場そうだし、今のうちに何か腹に入れておこう。


ただ……飯時ということもあって、中央停車場付近の飲食店はどこも混雑していた。


目抜き通り沿いの店はどこも無理そうだ。


市場のある五番街方面に足を伸ばそう。


飯屋を探しているつもりが、人混みを避けるうちにだんだんと人の気配も店の数も減っていき、いつのまにやら俺は路地裏にぽつんと立っていた。


それにしても……腹が……減った。


改めて周囲を見回してみたものの、飲食店そのものが見当たらない。


下町の密集した住宅街に迷い込んでしまった感がある。


なんとなしに懐中時計を取り出して時間を見ると、かなり歩き回った気がするのに時刻はまだ十二時半だ。


「引き返してパンでも買うか」


店で座って食べるのを諦めかけたその時――。


「待ちやがれクソガキがああああああ! どこ行きやがった畜生!」


男の怒声と足音が複数、路地の向こうから俺の元に届いた。


耳を澄ます。先行するのは足音のテンポの早さから、どうやら子供のようだ。


それを追いかけるのは五人。こちらは全部成人男性の歩幅だった。


速度からして、逃走者が追いつかれるのは時間の問題だろう。


あと3メートル……2……1。


俺の視線の先……T字路に交差点に、白いマント姿で仮面をつけた小柄な少女が飛び出してきた。


赤がね色をさらに明るくしたような、独特の髪色から魔法使いなことは一目瞭然だ。


彼女のつけた白い仮面は、目元のみを覆うタイプのものだった。


金細工で縁取りされていて、額の部分には第三の目のようにルビーがはめ込まれている。


少女の瞳の色と、良く似た色だ。


身なりもしっかりしていて、衣類はどれも素材からして高価なのがみてとれる。


縫製も熟練工による名品の品質だ。


さらに言えば、下手な金属鎧よりも、よほど強固な魔法式が彼女の服やマントには走らせてあった。


腰のベルトには立派な装飾の施されたレイピアを下げている。


宝石をちりばめたそれは、まさに宝剣という雰囲気を醸し出していた。


「そこをどくのじゃ!」


「追われてるのか?」


すぐにも男たちが追って来そうだ。


路地は細く、隠れられるような場所も皆無で、淡々と石壁が続いている。


俺は少女の手を取ると、壁に背中をつけさせた。


いわゆる“壁ドン”の姿勢だ。


路地が狭いため、俺もできるだけ壁際による。小柄な少女に触れる寸前まで詰め寄った。


道側を空けないと、何かの拍子に男たちと接触しかねない。


「な、ななななにをする!」


「少し黙っててくれ」


即座に理論魔法と精霊魔法を組み合わせた、光学迷彩を展開した。


男たちが路地に姿を現し、左右をきょろきょろと確認する。


「おい! どっちだ!?」


「向こうから声がしたぞ!」


「手分けしていくぞ。お前らは右。俺らは左だ」


五人の男たちは二手に分かれた。その別れた三人組の男たちが、俺の背後を何事も無かったように素通りする。


その瞬間、少女が「ひゃっ!?」と声を上げた。


男の一人が立ち止まる。


「今、なんか聞こえなかったか?」


「隠れる場所なんてねぇだろ! 行くぞ!」


先行するリーダー格に促されて、三人の男たちの背中は路地の向こう側に消えた。


見送りつつ光学迷彩を解く。


「大丈夫か?」


少女が顔を上げて俺を睨みつけた。


「あ、あの程度の輩、わらわの剣で一網打尽であったぞ!」


「それはまずいんじゃないか? 相手は平民だろ?」


「正当防衛は許されるのじゃ!」


そう言ってから、驚いたように少女は口をぽかんと開いた。


「なぜ、わらわが魔法使いとわかったのじゃ?」


「腰に下げているその剣を見れば一目瞭然だ。ただ飾りで宝石をちりばめているようには見えないからな」


「ほ、ほほう。わが宝剣フレイヤを、きちんと評価できるとは見込みがあるぞ。先ほどの連中とは大違いじゃ」


「そんな剣をぶら下げて町を歩いているから、ああいうのに絡まれるんじゃないのか?」


腹を空かせた肉食獣の群の中を、全身に生肉を巻き付けて歩くようなものだ。


本当の価値がわからない人間にも、宝剣にはめ込まれた宝石をばらして売れば、一生遊んでくらせるくらいのことはわかるだろう。


「ともかく世話になったの。わらわは忙しいのじゃ。達者で暮らせよ」


そう言うと白いマントを翻し、俺に背を向け少女は進む。


その背中が小さくなる前に、彼女は真顔でこちらに向かい走って引き返してきた。


「居たぞクソガキがあああ!」


「なぜ戻ってくるのじゃあ!」


どうやら、先ほどのゴロツキが引き返してきたのと鉢合わせしたらしい。


仕方ない。相手をしてやるか。


と、思ったところで少女が剣を抜いた。


細身の刀身は水晶の柱から削りだしたような透明なものだった。


宝剣というか……宝石剣だったか。


幾重にも織り込まれた魔法式によって、刃の強度もおそらくアダマンタイト並に引き上げられているだろう。


見た目の美しさも申し分無いが、剣としても魔法武器としても一級……いや、特級品だ。


ちょっと値段がどれくらいになるか、見当も付かないな。


「下がっておれ。ここはわらわがなんとかする」


「なんとかできるなら、なんで逃げ回っていたんだ?」


「え、ええい! いきなり大人数に囲まれて少々混乱してしまったのじゃ!」


俺は路地を塞いだ三人の男たちに視線を向けた。


「なあ、何があったんだ? このちびっ子白マントが、お前たちになにか悪さでもしたのか?」


男の一人が粗末なナイフを抜いて一歩前に出る。


「あぁん! どっから湧いて出たんだかしらねぇが、てめぇにゃ関係ねぇだろ?」


ビュンとナイフで空を切って男は俺を威嚇する。


「いや、そんな物騒なものを向けられた時点で俺も巻き込まれてるから」


「つうかうっせーんだよ! そのガキ攫って身ぐるみ剥いでうっぱらえば、良い金になるってこともわかんねぇの?」


その言葉に俺は頷いた。


「なるほどな。それなら正当防衛だ。さてと……」


足音が背後からも近づいてきた。さっき別れた連中の片割れも、戻ってきたようだ。


少女が剣を構える。


「おい貴様。さっきから何を勝手に喋っておる? ここはわらわにすべて任せて逃げるのじゃ」


「じゃあ前の三人は任せる」


俺は身を翻した。ゴロツキが二人、俺と少女の退路を塞いでニヤついている。


振り返った俺に反応してゴロツキたちがナイフを抜いた瞬間、俺は踏み込み間合いを詰めると、ナイフを持った手首を蹴り上げる。


「こいつッ!?」


男の手からナイフが民家の屋根の上に放り上げられた。


蹴られた方が唖然とし、蹴られなかった方は声を上げ、俺めがけてナイフを振るった。


この距離なら斬るより突いた方が効果的なんだが、どうやら殺すためのナイフ術というよりも、こいつらにとってナイフはただの脅しの手段に過ぎないらしい。


動きがまるで素人だ。


俺は両手の手刀で二人の頸動脈を素早く「トン」と叩く。


頸動脈への血流を一瞬止めるだけで、人間はあっさり昏倒する。


振り返ると、残り三人の男たちが唖然とした顔のまま凍り付いていた。


俺は少女に聞く。


「なんだ、まだ倒して無かったのか?」


「え? あっ……き、貴様いったい……いや、わ、わらわの力を貴様に見せつけてやろうと思ってな! 待っておったのじゃ。あーっはっはっは! この仮面ジャスティスが、一般人に救われたなどと、あらぬ噂が立っては沽券に関わる」


仮面……ジャスティス? つい最近聞いたような気がする名前だ。


白いマントに仮面をつけた魔法使いの少女は、宝剣の切っ先をゴロツキのリーダーに向けた。


「くらえ! 火竜砲!」


少女の宝剣に渦巻く炎が宿る。火と風の属性を組み合わせた高度な精霊魔法だ。


しかも、彼女は理論魔法による補助無しで放とうとしていた。


「ちょっと待て! もう少し火力を押さえられないか? 風の精霊魔法が強すぎて、必要以上に広範囲だ。このまま撃ったら三人とも殺しちまうぞ」


「な!? そ、それくらいわかっておる!」


コンロの火を強火からとろ火にしたように、宝剣を取り巻く炎の勢いが衰えた。


とはいえ、十分に殺せる火力であることには違い無い。


宝剣は学園で生徒たちが扱う魔法武器と違って、リミッターの類いが最初から組み込まれていなかった。


「こ、これでよし! 改めて……くらえ火竜砲!」


よくないから。


俺はすかさず減算の魔法式で、少女の魔法の威力と範囲を制限する。


さらに発射の仰角も上方向に偏向させた。


燃え上がる炎の渦が、男たちに着弾する寸前で浮き上がるような軌道を描いて、空中に解き放たれる。


炎が男の一人の頭部をかすめた。


ジュッ! と、一瞬、焼けるような音がして、男はその場にひっくり返る。


ゴロツキのリーダーの髪は炎の通り道に沿うように、ちりちりに焦げてしまっていた。


「おお! さすがわらわじゃ。殺さぬ程度の威嚇が、ぶっつけ本番でできてしまったぞ」


いやいや、俺が細工しなかったらゴロツキの頭部が消し炭だったぞ。


危なっかしいやつだ。


普通、魔法使いは自分の力を伸ばすために努力するものだが、彼女に必要なのは抑え込む方向の技術だろう。


才能だけでこれだけのことができるなんて、よっぽど良い魔法使いの家系の生まれに違い無い。


が、自身の魔法力を制御できない人間が、白昼堂々魔法をぶっぱなすなんて危険すぎる。


王国の警備隊は、こんな危険人物を野放しにしているのか。


まだ子供だからエステリオには入学できないだろうけど、私塾なり学校なりで、きちんと教育しろよ……まったく。


「あ、ああ……兄貴ぃ」

「ひ、ひいい……」


おっと、忘れていたな。


俺は残ったゴロツキ二人を睨みつけた。


「死にたくなかったら失せろ」


「「はいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」」


男たちはそろって路地を表通り方面に逃げていった。



ゴロツキはこれでいいとして、問題はこの仮面の少女だ。どうしたものか……。

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