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88.幸せお薬効果

俺は自分の理論魔法と精霊魔法を組み合わせ、光学迷彩でやり過ごすことにした。


トウモロコシのように背の高い作物の中に分け入り、息を潜めて姿を消す。


「レオ! どこなの! 寂しいの! 身体の奥が熱くて……けど、とっても寒くて心細くて……お願いだから出てきて!」


俺が立っている数十センチ横を、腕を広げて作物のこともお構いなしになぎ払いながら、クリスが突き進んでいった。


俺の光学迷彩に隙は無い。


このまま逃げようと思えば、短距離瞬間移動で済むのだが……それでは問題が解決しなかった。


しかし、どう立ち向かう? 薬効が切れるのを待つしかないのか?


息を殺していると、正面からのっしのっしと黒い塊が、作物を踏み荒らしてやってきた。


背中にプリシラを載せたクロちゃんである。


「ガオウウウウウウン!」


クロちゃんは一度吠えると、俺の顔をベロっと巨大な舌で舐めてきた。


しまった……。


相手は人間だからと、気配遮断をつけ忘れていたのだ。


耐えろ……耐えるんだ俺!


べろんべろんべろんべろん。


「……ぃいッ!?」


ざらつく舌が顔を撫でる感触に、思わず変な声が出た。


「レオっちみーつけたぁ!」


プリシラがクロちゃんの背中を跳び箱のようにして、正面にいるであろう俺めがけてジャンプ&ダイブしてくる。


普段なら受け止めるところだが……ごめんなプリシラ!


俺はバックステップしながら、彼女の落下点に重力緩和の理論魔法を仕掛けて、作物の林立する畑の外に出る。


ダイナミックに飛び込んで来たプリシラは、俺の魔法でふわりと地面に落ちた。


落下の衝撃も無いため、すぐに立ち上がってこっちを見る。


動いたことで俺の光学迷彩は切れていた。


「ねえレオっちぃ……あたしね、レオっちと一つになりたいの!」


プリシラだけでなく、クリスもフランベルもエミリアも、四方から俺を囲むように距離を狭めてくる。


フランベルが頷いた。


「ぼくもレオ師匠と一緒に……は、初めてはレオ師匠がいいかな……」


エミリアは泣きそうな声で訴える。


「レオさんにこんなことしちゃいけない。いけないです。先生なのに、生徒のみんなに示しがつかないのに……でもしたいんです! 抑えきれません! わたし、先生失格です!」


まずいな。みんなもういっぱいいっぱいだ。


クリスが苦しそうに呟く。


「クッ……ハァ……ハァ……逃げてレオ……私の意識が……呑まれる前に……」


だんだんと小さくなる包囲網の中、クリスが足を止めた。


彼女の一角だけ隙が出来た格好だ。


しかも、クリスの背後側には薬学科の研究棟があった。


「すまないクリス! マーガレットにどうにかできないか聞いてくる!」


俺はクリスの側へと駆ける。


瞬間――。


クリスが俺に抱きついてきた。


「やったー! 私が一番ね!」


なん……だと!? 理性で抗うフリをしながら退路を作って誘い込んだっていうのか。


「騙したのかよ!」


無邪気に笑うクリスは、まるで子供みたな表情だった。


普段の凛とした雰囲気が別人のようだ。


「戦いは駆け引きって教えてくれたのはレオじゃない? あふぅ……レオとくっついてるとすごく幸せな気分ね」


どこか視点が定まらないまま、クリスは言う。


しかし、何も起こらない。


抱きつかれてそれっきりだ。


捕まった瞬間、石にでもされる……とは言い過ぎだが、なんらかの悪いことが起こるんじゃないかと警戒していたのに、拍子抜けするくらいにクリスはただ、俺を抱きしめるだけだった。


クリスと俺を取り囲んで、三人がそわそわする。


「いいなあぁクリっち。次はあたしだかんね!」


「ずるいよプリシラ! ここはくじ引きとかじゃんけんで決めよう!」


「わ、わたしは最後でいいですから、その分、たっぷりしてほしい……です」


困惑したまま立ち尽くしていると、研究棟の方から白衣の悪魔が俺たちの元に戻ってきた。


「あら、もう捕まっちゃったのね?」


「これはどういうことだマーガレット。エミリア先生に何を吹き込んだ?」


「んー。別に吹き込んでないわよ。ただ、幸せを味わえるレシピと特別な魔法薬スパイスをエミリア先生にプレゼントしただけ!」


やっぱり黒幕はお前かよ。


思わず感情魔法を込めて俺はマーガレットに聞いた。


「詳細を説明しろ」


「いいわよ。エミリア先生はレオ君と仲良くなりたがっていたみたいだから、クッキーのレシピと一緒に、新開発した『ダキシメタン2000』をプレゼントしたの」


「なんだそりゃ?」


すると、クリスが突然、変な声をあげた。


「え、あ、あれ!? どうしてあたし、レオの事を抱きしめてるの!?」


飛び退くように俺から離れると、クリスはその場しゃがみ込んで顔を地面に向けたまま頭を抱える。


「ええと、ええと……あれ? どうして……は、恥ずかしすぎるわ!」


困惑するクリスの隣で、プリシラとフランベルが勝負を始めた。


「「じゃんけーんぽん!」」


フランベルが拳を突き上げる。


「ぼく二番~!」


「ちぇー。三番かぁ」


だきっ! と、擬音が出そうな勢いで、フランベルが俺の背中にまとわりつくように抱きついた。


「レオ師匠の背中……おっきいなぁ」


マーガレットが薬効を確認して、ふむふむと頷く。


「なるほど。複数が一人を対象とした場合は、順番で実行するようになるみたいね」


「おい……お前、いったいどういう薬を作ったんだ?」


「投与後に、初めて見た異性を抱きしめたくて仕方がなくなる薬よ。ただ、強壮効果の副作用があるのよね。これだとつい激しく燃え上がっちゃって、優しくて甘い時間じゃなくなってしまうのが、今の所難点なのよ」


強壮効果の方が副作用かよ! なんて薬だ! 魔法薬学知識の無駄遣いか!


「レオ師匠ぉ……ぼくはレオ師匠のシャツになりたい。そしていつもくっついていたいよぉ。汗に濡れて張り付くシャツになりたいんだぁ」


「フランベルしっかりしてくれ。これ以上、喋れば喋るほどあとで後悔するぞ」


俺が心配になって視線を向けると、混乱が収まり冷静になり始めたクリスが、いっそう深く沈み込むように身をかがめていた。


「ち、違うのレオ。寂しいとか思ってないし、それに捕まえてドヤ顔なんてした覚えないから」


あー、全部記憶が残るのかー。そうか、それは辛いなークリス。


「マーガレット。薬害訴訟を起こされても知らないからな」


「あら? ずいぶん幸せそうに見えたし、大丈夫なんじゃない? それよりレオ君もレオ君よ。なんで効かないのかしら? 本当なら、レオ君がエミリア先生を熱く抱擁して、めでたしめでたしのはずだったのに」


「お前に薬漬けにされて、元々効きにくい上に耐性ができたんだろ」


「あら素敵! レオ君の身体に興味がわいたわ。解剖していい?」


「いいわけないだろ!」


そんなやりとりをしていると、フランベルが「ハッ!?」と声を上げた。


「あ、あれ? 師匠の背中に……ぼくは師匠を……師匠の背後を取るなんて、ぼくは弟子失格だあああああ!」


言うが早いかフランベルも俺を解放すると、逃げるように三歩下がって地面に膝をついた。


「次はあたしね! レオっちを抱きしめるなら……こうっしょ!?」


プリシラが横からぴたりとくっついてくる。


胸が二の腕を圧迫していた。このぷにぷにとした感触……何度目でも慣れない。


「ねぇレオっちぃ。どう? 気持ち良い?」


「そういう発言は命取りだ。あとで死ぬのはお前だぞプリシラ」


「あたしが恥ずかしがるわけないじゃん! それよりレオっちは遠慮しないでいいんだかんね?」


―― 一分経過 ――


「死にたい! いくらなんでもやりすぎだし! なんでレオっち止めてくんなかったの! あれじゃあたし、変態みたいじゃん!」


クロちゃんを元の世界に返して、プリシラは涙声で叫ぶ。


三人目のorz勢が加わって、エミリアクラスの実力者TOP3は揃って轟沈した。


恐るべし魔法薬。


「あ、あの……レオさんいいですか」


もじもじしながら、エミリアはその場で、おあずけをされた犬が我慢するような顔で立っていた。


「まあ、そうしないと治らないみたいだしな。おいでエミリア先生」


「は、はい……」


俺は彼女の身体を正面から受け入れるように抱きしめる。


一切の邪念を断って。純粋な気持ちで。これは治療だと自分に言い聞かせて。


でなければ水蜜桃の圧力に耐えきれない。


俺の腕の中で顔をあげると、エミリアはにっこり笑う。


「とっても幸せな気持ちです。お薬って気持ちいいんですね」


「いや、その言い方はまずいから。教員であるエミリア先生が言っちゃいけないやつだから」


「す、すみません。勉強不足で」


エミリアは恥ずかしがるように、俺の胸に顔を埋めると、きゅーっと抱きしめてくる。


マーガレットがため息混じりに呟いた。


「摂取したのがクッキー一つ分くらいなら、もう薬効はとっくに切れてるはずなのに……不思議ね。クッキー生地に練り込んだ事で効果時間が延びたのかしら?」


瞬間、エミリアがパッと俺の身体を離す。


「わわわわたしはいったいなにをしていたんでしょう。ああ、レオさんすみませんすみません。自分でも、どうしてこんなことをしてしまったのか、わからないんです」


少し棒読み気味でエミリアは言うと、俺にちょこんと頭を下げた。


そのまま反転して、クリスたちにも頭を下げる。


「みなさんにもごめんなさい。わたしがクッキーを焼いたから」


クリスもプリシラもフランベルも首を左右に振った。


「私たちが食べたからいけないんです」


「エミリアせんせーは悪くないよ」


「ぼくの食い意地が張ってたせいさ」


三人の言葉の後で、俺が付け加える。


「悪いのは危険な薬品入りクッキーの製法と材料を教えたやつだ」


マーガレットがニコリと笑う。


「いいじゃない。みんなを幸せになったんだし。あたしもおもしろいものが見られて、WIN-WINの関係でしょ?」


「いいわけあるか!」



これが薬学科のマーガレットという生き物なのだ。

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