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86.マーガレットの愉悦

マーガレットは涼しい顔で、耕作地の柵のそばまでやってきた。


目鼻立ちの整ったマーガレットは美人だとは思うが、美女ってことはないだろう。


プリシラがマーガレットを指さす。


「れ、れれれレオっちは大人のおねーさんが好きだったんだ!?  うう、ショックだし。あたしの小悪魔キュートなキャラクターと真逆じゃん? 大人の余裕ばりばりだし!!」


フランベルがその場でわなわな震える。


「ぼ、ぼくも傷ついたよ。レオ師匠が美女を好きになるのは、男の人として至って正常だと思うよ。それにレオ師匠が何人好きになっても、あの約束さえ果たしてもらえれば、ぼくは一向に構わないけど……美女と会ってることを、ぼくらに隠そうとするなんて!」


「隠してないから!」


というか、さらりと“約束”をぶちこんでくるんじゃない! あれはその……承諾した覚えはないからな!


クリスはすっかり困り顔だ。


「そ、そうよね。レオも大人なのだし、私たちとは年齢だって一回りは違うわけで……」


三人の瞳がうるうるし始める。


マーガレットがニッコリ笑って俺に告げた。


「生徒に手を出しちゃダメじゃないレオ君。しかも三人も同時に泣かせるなんて……罪作りな人ね」


「出してないから! 冤罪だから!」


「これが世に言う修羅場ってものかしら?」


「言わないだろ! 修羅場ってもいないし」


プリシラがうわずった声を上げる。


「うっ……ううっ……大人と大人の余裕を感じさせる小粋なトーク感出てるしぃ!」


いや、なんだよ!? 今のやりとりのどこら辺に小粋さがあった? 無かったよな?


プリシラは真顔で俺に聞く。


「レオっちDT捨てたの!? なんで報告してくんないの?」


「するようなことじゃないだろ! というか、その話題はもう勘弁してくれ!」


俺がプリシラに構っている間に、その脇でフランベルが蒼月を抜き払った。


「お、おいフランベル。いきなり抜刀するのは危ないだろ」


「ぼくもあれから刀について調べたんだ。東方の剣士は進退がきわまると……切腹するんだよね。こうなったらぼくも、剣士らしく散華するよ」


「するなよ! 今、どこに進退がきわまる部分があった? というかダイナミックすぎる潔さはもっと別のところで活かせって!」


すぐには思いつかないけど! なにかこう、あるだろ探せば、持ち前の潔さを活かせるところが。


――視線を感じた。


気付けばクリスが我慢するような顔で、じーっと俺を見つめている。


「……………………」


「いや、なんか言って! クリスはちゃんと言いたいことを言っていいんだから、遠慮しないで!」


「ゆぅ……」


「やめて!」


俺の本当の正体以外でお願いします。


いかん、なんだかわからないが収拾が付かなくなってきたぞ。


それにさっきから、涼しい顔のマーガレットが不気味だ。


「ところで紹介してくれないのかしら?」


おお! そうだった。


最初からきちんとマーガレットの事を三人に紹介すれば、誤解も解けるに違い無い。


「いいか三人とも。このピンク色をした白衣の生き物は、魔法薬学科のマーガレットだ。えー、マーガレット。順番にエミリアクラスの生徒のプリシラ、フランベル、そしてクリスだ」


紹介した途端、クリスがぼそりと呟いた。


「レオが先生ってつけないで、名前で呼び捨てしたわ」


マーガレットはその場で軽くターンをした。


白衣の裾がふわりと花弁のように開く。


「うふふふ♪ レオ君とは大人のお付き合いをさせてもらっているわ」


「これ以上状況をかき乱すなッ!」


フランベルの手から蒼月がどさりと落ちた。


「し、師匠……大人の関係って……あ、あの……」


言いながら、慌てて刀を拾って鞘に納める。


釣られてクリスとプリシラの顔が真っ赤になった。


「レオっちやっぱりDTを……」


「男の人って……そ、そういうものよね……生理学的にも」


「いいか三人とも。俺とマーガレットは大人同士、節度ある交流をしているんだ」


マーガレットも頷いた。


「もう! おませさんたちね。レオ君はタイプだし、実は何度となくあたしはアタックしてるんだけど、残念ながら連戦連敗中なのよ」


いつしてたんだよ! 気付かなかったぞ。いや、されても断るが。


マーガレットの宣言で、クリスが目を丸くさせたまま硬直する。


「え、ええと……それじゃあ、二人は交際しているというわけじゃない……と?」


白衣の魔法薬学教員は頷いた。


「ええ。それよりあなた、理論魔法使いかしら? なんだかすごく似合いそう! ちょっと待っててちょうだい! あ、レオ君これ飲んでね」


俺にお盆ごとグラスとガラスポットを押しつけると、言うが早いかマーガレットは研究棟に帰ってしまった。


本当に、思いついたら即実行だな……あいつ。


差し入れのお茶を飲もうにも両手がふさがってしまっている。


どうしたものかと思案しているうちに、マーガレットが帰ってきた。


「ごめんなさいね。私のお古だとちょっと大きすぎて。うちのラボの女の子のを拝借してきちゃったけど、着てみてちょうだい」


いきなり白衣を押しつけられてクリスは目をぱちくりさせていた。


「え、ええと……」


「いいから早く! ね! 絶対に似合うと思うのよ!」


怪訝そうな顔つきだが、クリスはマントを外して白衣に袖を通す。


すると……。


「わあ、クリっちなんだか超似合うね」


「うん! ぼくもそう思う! 脳筋のぼくには、その知的な服は着こなせないよ!」


二人が思わず褒めてしまうほど、クリスの白衣姿は様になっていた。


「あ、あの……マーガレット先生これはいったい?」


「あなたはきっと、魔法薬学を学ぶために生まれてきた逸材よ! さあ、共に歩みましょう! 狂気的魔法薬学研究者マッドサイエンティストの道を!」


クリスはそっと白衣を脱ぐと、綺麗に畳んでマーガレットに返却した。


「お断りします。マーガレット先生」


「あら残念。ええと、ところでクリス君とプリシラ君と、フランベル君は薬学科になんの用かしら?」


マーガレットに聞かれて三人は言いよどんだ。


「俺の様子を見に来ただけだ。そうだよな?」


三人それぞれ頷く。


色々あったが、とりあえずこれで俺に向けられた疑いは晴れたはずだ。


これ以上、この場の状況がおかしくなるようなこともないだろう。


そう思った矢先――。


「レオさん! あの、クッキーを焼いてきたんですけど、味見をしていただけませんか!」



小さなトレーに山盛りの焼き菓子を載せて、眼鏡を曇らせ気味にしながらエミリアが俺たちの前に姿を現した。

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