83.薬学科の魔女
研究棟のテラスに座り、俺とエミリアはマーガレットの特製アイスハーブティーと焼き菓子でもてなされた。
ハーブティーはミントが入った清涼感のあるものだ。サクッと香ばしいアーモンドの風味が香るクッキーも、すごく美味い。
エミリアがクッキーを一口食べて幸せそうに頬を緩めた。
「お、美味しいです! これなら何枚でも食べられちゃいそうです! マーガレット先生の手作りなんですか?」
マーガレットはドヤ顔だ。
「ええ。料理も魔法薬学も調合の比率が重要なのよ。今度、エミリア先生にもレシピを教えてあげるわ。意中の人がいるなら、手作りプレゼントをしてみたらいいんじゃない?」
エミリアが「ええええっ!?」と、奇妙な声を上げた。
「ふふふ。冗談よ冗談。まあでも、少し本気だけど。それよりレオ君、あなたはただ者じゃないと思っていたけど、理論魔法に詳しいとは思わなかったわ」
交流戦から数日――そのうち聞かれると思っていた質問が、このタイミングで飛んできたか。
「隠してて悪かったな」
「責めてるんじゃないわよ。ところで、どうして平民のフリなんてしていたの?」
「…………」
俺は口ごもる。下手な嘘を重ねるとあっさり看破されそうだ。
「あら? 言えないのかしら?」
「別にやましいことはないぞ。ただ、少し……疲れたんだ」
マーガレットは「そんなあなたに、とっておきがあるわ!」と、席を立つなり研究室の方に行ってしまった。
いきなりテラスに俺とエミリア、二人きりだ。
エミリアが伏し目がちに言う。
「とっても仲がいいんですね。マーガレットさんと話している時は、リラックスしているように見えます」
「まあ、良い関係だとは思うぞ。魔法使いだとバレる前から、マーガレットには色々と便宜を図ってもらってたからな。けど、あいつはあいつでかなり人使いが荒いし、人を新薬の実験台にするし……そこらへんは持ちつ持たれつって感じだ」
「そうなんですか。なんだかお二人の関係性がうらやましいです。わたしなんてレオさんに助けてもらってばかりで……」
「俺はエミリア先生にもいっぱい助けてもらってるぞ。イーブンさ」
「そう言っていただけると、とっても嬉しいです!」
落ち込みかけた顔を上げてエミリアは微笑んだ。
「あら、二人とも見つめあって何をしてるのかしら? あたし、もしかしてお邪魔だった?」
いつの間にか戻って来たマーガレットの言葉に、エミリアの顔が真っ赤になった。
「そ、そそそそんな! とんでもないです!」
「エミリア先生をからかうなよマーガレット」
と、言った瞬間エミリアはしゅんとする。
あれ? 俺……何か変なこと言ったか?
マーガレットが呆れ顔で俺に告げる。
「この病気は魔法薬じゃ治らなさそうね」
「何が治らないって?」
「なんでもないわ。はい、新開発の栄養剤よ。まだ英雄の秘薬にはほど遠いけど、自信作だから。あとで是非試して効能をレポートしてちょうだい」
ガラスの小瓶に密封された液体は、綺麗な青色だった。
「新開発か……ちょっと怖いな」
「いいじゃない。二回に一回は100%成功するんだもの」
それは半分は確実に失敗してるって意味だからな!
まあ、ある理由から副作用は俺には効きにくいわけだが。
「失敗した時の副作用の事を考えてくれよ」
「レオ君って、副作用が出ても割とすぐに快復するでしょ?」
「まったく。そんなんだから不名誉なあだ名をつけられるんだぞ」
「本当に失礼しちゃうわよね。“魔女”だなんて。こんなに善良なのに」
霊薬や秘薬を調合する腕を持ちながら、治験による被害者が後を絶たないことから、マーガレットについたあだ名が“薬学科の魔女”だった。
エミリアが心配そうに聞く。
「あ、あの、副作用って……大丈夫なんですか?」
「ああ、俺はその……特異体質なのか、昔から魔法薬に耐性があるみたいでさ。効きにくいんだ。もちろんまったく効かないわけじゃないけどな」
エミリアが目を丸くさせた。
「レオさんって、やっぱりすごいんですね!」
「そ、そうか?」
ごめんエミリア。特異体質というのは嘘なんだ。
俺の場合、身体が勝手に解毒するよう鍛錬済み――というのが正解である。
この身体になるまで、世界中のありとあらゆる毒持ちモンスターに噛まれたり、刺されたりした。
そんな苦行の甲斐もあって“悪い影響や効果を与える魔法薬”を身体が毒物と認識して、ある程度までなら無毒化できるようになっていた。
注意すべきは、この世界には無い未知の毒物と、薬の副作用くらいだろう。
副作用の場合、有効な薬効も発生するため、毒として認識してくれないことがあるのだ。
そのためマーガレットの薬を飲むと、時々とんでもない副作用に見舞われることがある。
まあ、一度喰らった効果は打ち消せるようになるので、彼女の薬を飲んで副作用を経験しまくるのは、俺にとってプラスになるんだが……。
一晩トイレから出られなかった時は、死ぬかと思ったぜ。
「レオさん? あの、どうしたんですか? そんなにげっそりとした顔をして」
「いや、なんでもない! 心配してくれてありがとう」
マーガレットが満足そうに頷いた。
「うんうん。レオ君は感謝の気持ちを口にできるくらい、素直な方がいいと思うわ。ところで、エミリア先生は魔法史学の教員なのよね?」
急に話を振られて驚いたのか、エミリアが肩をビクつかせた。
「は、ははははい! そうです!」
「なら英雄の秘薬のことはご存じかしら?」
「ええと……確か薬学史の本で名前を見かけたことがあります」
「あたしの夢は英雄の秘薬の完全再現。人生の目的と言っても過言ではないわね」
エミリアはそっと目を閉じた。
「たしか、名も無き勇者が魔王との戦いに備えて調合した完全なる薬品……としか、わたしが読んだ本には記述がありませんでした」
身を乗り出すとマーガレットはエミリアの手を取った。
驚いてぱちりとエミリアの目が開く。
指が長く大きな手で、そっと優しく包むようにマーガレットはエミリアの手を握った。
「ええそうよ! そうなのよ! いったいどんな薬効か詳細な記録はないし、素材も精製器具も方法も、何もかもが不明なの。ただ、その秘薬は美しい虹色をしていると言われていて、魔法薬としての成分も完璧なものだ……って。せめて一滴でもあれば、分析して再現に挑戦できるのに、方々探して回ったけど、出てくるのは水で薄めたような偽物ばかり……」
熱っぽく語るマーガレットの視線が不意にこちらに向けられた。
「で、理論魔法使いのレオ君には心当たりはないかしら?」
そこで俺に話題を振ってくるのかよ!?
まあ、誰が作った薬とは言わないが……さすが“魔女”の異名は伊達じゃない。
■マーガレット・???? エステリオ魔法薬学教員
召喚魔法言語学=E
理論魔法学=C
感情魔法学=E
精霊魔法学=B
魔法史学=C(薬学史特化)
回復魔法学=E
戦闘実技学=F
魔法芸術学=F
魔法工学=D
魔法薬学=A




