81.対決! 道化魔人
相手が人間型であれば、対人格闘術を活かすことができる。
俺の体術は武器が無い状況で襲撃を受けているうちに、自然と身についた技だ。
そのため、後の先を取る返し技が主体だった。
だが、未知の相手に先手を打たれるのはまずい。
とりあえず式を隠蔽して一つだけ理論魔法を仕掛けておこう。
「な、なあ待てっておっさん! ほら、世界の破壊者っていっても、それはあくまで例えっつーか」
「悪いが祭祀場の強度試験は後回しだ。倒させてもらう!」
俺は一蹴りの跳躍で道化魔人アークに肉薄した。
「うわあああああああああああああ! ちょっと待て!」
突きを放つ。
が、かわされた!?
「あぶねぇなおっさん! いきなりなにしやがんだよ! 脳みそ入ってんのか?」
俺の背後側に滑り込むように逃げて、道化魔人は及び腰だ。
一見弱そうな素振りを晒したものの……かなりの達人と見受けた。
今、俺が放った突きに対して、こいつは後ろに引いて避けるのではなく、逆に距離を詰めて回避した。
いくら目が良く反応や反射速度に自信があっても、相手の攻撃力もわからない……下手をすれば死ぬかもしれない攻撃に“向かって”くるなんて、並みの神経じゃできないことだ。
俺の攻撃を避けたのにも驚かされたが、ああやって怯えているのを装い、きっちりと間合いをとる利口さも道化魔人は持ち合わせていた。
かなり場数を踏んでいるな。
試合ではなく、殺し合いの場数を。
となればやはり、こいつは今、ここで倒すべきだ。
普通ならそう……なのだが、今の踏み込み回避は、少しだけおもしろいと思ってしまった。
こいつの身のこなしなら、フランベルの近接戦のスパーリング相手にぴったりじゃないか。
「お前の存在座標の取得条件はなんだ?」
もしパスが手に入るなら欲しいと、素直に思ってしまった。
「は、はああ? 知るかよ! なにそのソンザイザヒョーって? つーか今、完全に俺を殺しに来てたよな!? ぷんぷん殺気漂わせやがって! テメェは勇者かなにかですかー!?」
なぜ……ばれた!?
いかん、動揺を悟られるわけにはいかない。
落ち着け冷静になれ。
さてと……どうやら道化魔人はパスの存在さえ知らないらしい。
こういう輩には説明するのが難しいな。
黙り込む俺を睨みつけ、道化魔人が吠え立てた。
「オイコラなに黙ってんだよ!? あぁん!? つーかもう頭に来たぜ。そこまで殺し合いがしたいってんなら、今度はこっちから行ってやらぁ!」
道化魔人の掌に、じわりと何かの液体が浮かび上がった。
薄緑色をしたそれは、まるで絞りたてのオリーブオイルのような匂いを発している。
未知の毒物か。
治療法がわからない以上、触れるのは危険だ。となるとうかつには近づけない。
「んじゃあ、おっさんに対してこの技を使うのはひっじょーに不本意だが……こいつを喰らって死にさらせええええええ!」
道化魔人が俺めがけて駆けてくる。
かなり俊敏だ。
しかも、走法が陸上選手のように美しかった。
俺の目前まで来ると、急に真横に跳んで回り込む。
「遅いぜおっさん!」
謎の液体をしたたらせた掌が、俺の首筋を狙った。
残念だがお前の動きは、最初に式を隠蔽して発動させた半径五メートル設定の感知魔法で丸わかりだ。
良い目はしているが隠蔽済みの理論魔法には、どうやら気付かなかったみたいだな。
掌に触れないよう、手首の辺りを腕で払うようにして攻撃を止め、振り向きざまにカウンターの正拳突きを、道化魔人の心臓めがけて放つ。
あくまで軽く、弾くように。
こいつは殺意を読むことに長けている。
なのであえて手加減をした。
人間型なら、この攻撃で心臓が衝撃を受けて動けなくなるはずだ。
だが、道化魔人はケロッとしていた。
「おっと、残念だったなおっさん! 急所を狙ったのかもしれんが、そこは空っぽだ」
道化魔人は両腕を振るって、毒液を俺の顔に飛ばしてきた。
腕を十字に組んで顔への付着を防ぐ。
「おうおう、良い反応じゃんかよ? おもしろくなってきたぜ。つーか夢だからアレも使えるんじゃねーの?」
まだ何か技があるというのか。
軽くバックステップして距離を取ると、道化魔人はタイツのような服のポケットから、白いチェスの駒らしきものを取りだした。
「おー! んじゃあテメェに決めたぜ! ガルーダ!」
道化魔人が駒を空中に放り投げると、光が爆ぜ、それは一瞬で巨大化し、美しくも巨大な鳥の魔物に変化した。
なんだいったい? 召喚魔法言語も無しに、いきなり魔物を呼び出すなんて。
「おらおら! おっさん俺を怒らせちまったのが運の尽きだなぁ。つうわけで、土下座ったら命だけは助けてやっから! ひゃーっはっはっはっは!」
どうやら道化魔人は高度な召喚術士でもあるらしい。
俺は意識を巨鳥――ガルーダに向けた。
ガルーダが悲鳴のような声を上げる。
「キイエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」
超音波だ。
俺は咄嗟に空気の遮断膜を形成し、音の暴力から身を守る。
衝撃に強くなったはずの尖塔に、次々と亀裂が走った。
まずいな。
こいつらをこの世界に解き放つわけにはいかない。
見れば……なぜか召喚した道化魔人が両耳を押さえて悶絶していた。
「うるせえええええええええええええええ! ガルーダテメェなんだアホなのか鳥頭か? いきなりかましてんじゃねぇよ!」
「キュイイ?」
どうやら道化魔人とガルーダは連携が取れていないらしい。
興味の尽きない相手で少しもったいない気もするが、遊びは終わりだ。
俺は理論魔法式を複数同時展開した。
耳を軽く押さえながら、道化魔人が冷淡な口振りで告げる。
「ったく、ほらガルーダ。そこのおっさん、好きにしていいぞ」
「キュイイイイイイイイイイイイイ!」
ガルーダが羽ばたいて浮き上がった瞬間――。
俺は重力系の理論魔法を重ねて打ち込んだ。
ガルーダの身体がステージの石材にぐしゃりと落ちる。
その衝撃でステージに巨大なクレーターが生まれ、余波で四本の尖塔が破裂するように音を立てて崩れ去った。
道化魔人が呆然自失気味に立ち尽くす。
「あ、あの……あれ? あっれぇ? マジかよ……これ」
俺はゆっくり頷いた。
「覚悟はいいな?」
「ちょ、ちょっと待って! いや、待ってくださいおっさ……れ、レオさん! あの、一発芸やるんで許してください! マジで!」
「一発芸?」
「俺のとっておきなんスけど、ええと……えい!」
突然、男の顎のあたりから、にょきにょきと紅と白の繊維状のものが生え始めた。
かなり気持ちが悪い。
「毛穴からカニかまが出る能力!」
「もういいから帰ってくれ」
俺はつい、破壊魔法を乱射してしまった。
「んぎゃあああああああああああああ! あんまりだああああああああああああ!」
絶叫しながら道化魔人の肉体がボロッと崩れ去り、足下の魔法陣にずぶずぶと沈んでいった。
潰れたガルーダも雲散霧消する。
召喚の魔法陣を閉じて、俺は破壊され尽くした祭祀場にぽつんと立っていた。
「ええと……設計強度不足……っと」
学園長にはそう報告しておこう。というか、それ以外に言いようがない。
そもそも鳥の鳴き声ごときで、亀裂が入る尖塔が悪いのだ。
……さてと。祭祀場は崩壊しちまったけど、今日もはりきって午後からの仕事をしていきますか!
あー……これやばいな。クビかもな。ははは。
◆
――放課後。
学園長室に向かった俺が、正直に経緯を報告したところ……学園長は「ではしょうがないのぉ。祭祀場の強化に追加予算を申請しておくでな。物理面だけでなく魔法面でも、もう少し強度を上げるよう指示しておこう。ご苦労じゃった」と、俺におとがめ無しだった。
「いや、いいのかよそれで!? 予算無いんだろ?」
「そこらへんをどうにかするのも、学園長の役目じゃ。お主は遠慮無く思うた通りにやるとええ」
「は、はい?」
「お主が少しくらい本気を出して暴れても、尻ぬぐいしてやれると言うとるだけじゃ。ほれ、もう用は無いぞ。わしは昼寝で忙しいんじゃ。行った行った!」
半ば追い出されるような格好で、俺は学園長室から退室させられた。
てっきり脅迫でもしてくるのかと思ってたんだが拍子抜けだ。
あれ? もしかして学園長っていいやつなのか?




