78.つーか、全部見てたのかよ!?
ドラゴンは倒れたクリスにのしかかろうと上半身を反らせて身構えた。
これでトドメといわんばかりだ。
「させるかああああああああああああああ!」
スプーンの柄を握りこみ、俺は剣山のように尖ったドラゴンの背中に飛びかかった。
背中をよじ登り、ぴったり張り付くと、俺は無心でスプーンの柄をドラゴンの鱗に付き立てる。
「ギヤボラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ドラゴンは身体を大きくうねらせて、俺をふりほどこうと暴れ回る。
振り落とされないようしがみついてみたものの、俺の腕から“掴んでいる感覚”がフッと消えた。
どうやら俺の行為はこの世界では“反則”になるらしい。
落下したのはドラゴンの足下だった。
頭上から、俺の身体をまるまるつぶせる大きさの、ドラゴンの足の裏が振ってくる。
ここまでか。
諦めかけたその時――。
「レオは絶対に……殺させない!」
クリスの声が響き渡った。
そうだ、まだ彼女の体力は半分残っていたのだ。
クリスの声に、一瞬、ドラゴンの動きが止まる。
這いつくばったまま、俺の視界に飛び込んできた次の光景は……。
クリスが大剣を投げ捨てて、理論魔法式を構築している姿だった。
「待て待て待てまてええええええい!」
すでにクリスの装着していた制御リングは、彼女の魔法力に耐えきれず内部の魔法式が破損して、機能を失っている。
故意ではなく、クリスは俺を救おうと咄嗟に力を使ってしまったんだろう。
制御リングを一発でお釈迦にするほどの、高負荷な魔法式の正体は……連続破壊魔法だった。
「落ち着けクリス! これは全部幻影だっての!」
俺は自分が装着している制御リングにダミーの魔法式を走らせて、一時的に機能を凍結すると魔法式を構築した。
「くらえええええええええええええええええええええええええええええええ!」
クリスが幻影のドラゴンに破壊魔法を二連射する。
「間に合ええええええええええええええええええええええええええええええ!」
それに合わせて俺も防壁魔法を二つ、ドラゴンの幻影に合わせ放った……が、遅い。
間に合わない!!
今は制御リングが壊れようとも、即座に防壁魔法を展開すべきだった。
クリスの放った破壊魔法はドラゴンを透過して、部屋の壁に炸裂した。
ボロボロと壁が崩れて、通路までの風通しが良くなる。
同時に、俺の身体を包み込んでいた魔法的な斥力場が解けた。
幻影魔法による映像も一瞬、輪郭が乱れたかと思うと……火山の光景も巨大なドラゴンも消え失せる。
「あ、あれ? あの……あっ!」
白い壁に空いた穴を見て、ようやく状況を理解したクリスは、その場に崩れ落ちるように床に膝をついた。
「やだ……私……またやってしまったわ。これは器物破損に威力業務妨害も……ど、どうしよう」
フランベルがケロッとした顔をして立ち上がった。
「あれ? もうおしまいなの? さてはぼくらに恐れをなして、ドラゴンは逃げたんだね!」
どこまでも前向きだなフランベルは。
プリシラも身体を起こしながら、ため息混じりに呟いた。
「やだもー! 一度やられちゃうと復活できないのこれ?」
二人の視線が壁の穴と、放心したように口をパクパクさせるクリスを交互に確認した。
プリシラが青ざめる。
「も、もしかしてクリっち……魔法使ったし?」
クリスは力無い声で返す。
「わ、わた、私……レオがやられちゃうって思ったら……ごめんなさい。言い訳のしようもないわ」
うわー。まいったな。
壁を壊したことよりも、クリスの罪悪感の方が問題だ。
プリシラが焦り出す。
「ど、どどどどうしようレオっち!」
一方、フランベルは余裕の表情だ。
爽やかに朗らかに、彼女は俺たちに提案した。
「よし。ここは見なかったことにして逃げよう!」
こっそり出て行こうとするフランベルを、俺は呼び止めるように言う。
「いやダメだろそれは! クリスの罪悪感が増えるだけだから!」
逃亡の罪まで上乗せされるだろうに。
「じゃあ、クリスの記憶をレオに消してもらおう!」
「できるかそんなこと! フランベル……お前結構鬼畜だな」
「そうかな? クリスも救われるし、ぼくらも逃げられるしいいと思うんだけど」
プリシラが首を左右に振った。
「無理だよ逃げ切れないって! うちらの顔……つい最近、交流戦の放映で王都のみんなに見られたばっかりだし。制服着てなくてもすぐバレるって!」
クリスがそっと、両手の手首のあたりをくっつけるようにした。
「隠し立てはしないわ……私、きちんと裁きを受けるから」
潔いのはいいけど、それですべてを棒に振るのはどうなんだ?
ここは俺がなんとかしなきゃな。
「そんなことしたら退学になるだろクリス! だから……バレる前に修理すればいいんだ。雑用一筋半年間! なんでもこなすエステリオの管理人さんをナメんなよ!」
クリスは絶望的な表情のままだった。
「修理しようにも、破壊魔法を使ってしまったから、壁に使われている石材は消失してしまったようなものだし……いくらレオでも材料が無かったら無理よ! こんなところにどうやって、材料を運び込むっていうの?」
泣き出しそうなクリスに、俺はゆっくり頷いた。
「ともかく大丈夫だから任せろ。きっとあいつなら、石材くらい簡単に用意できるだろうし」
俺は召喚魔法言語を奏でるように口ずさんだ。
すぐに足下に魔法陣が発生する。
「ははー! レオ様! 本日はどのようなご用件で!?」
恭しく一礼したまま、獅子王が魔法陣の下からせり上がってきた。
プリシラが真顔になる。
「ちょ、ちょっとレオっち! なんでクロちゃんのお父さん呼んでんの! あたしと次に会ったら、一族郎党殺すとか言ってたじゃん!」
プリシラの声に気付いて、頭を下げていた獅子王がビクン! と全身をわななかせた。
ゆっくり顔を上げてプリシラの方を向くなり、獅子王は宣言する。
「ここで会ったからには、貴様との約束……果たさせてもらうぞ!」
クワッと目を見開く獅子王に俺は告げる。
「それはまた今度にしてくれないか?」
「ぬうう。それでは我が威厳が保てぬ」
振り返った獅子王は、声こそ威圧的だが、今にも泣きそうな情けない顔で俺に懇願した。
「ぬうじゃねえよ。次に会った時じゃなくて、次にプリシラが自力でお前を召喚したらって話だろ? な? そうだよな? それがお互いのためだと思うぞ。プリシラがもっと強くなってからでも、試練を与えるのは遅くないって!」
軽く睨むと獅子王は小声で頷いた。
「え、ええと……はい」
そしてプリシラに顔を向けるなり、獅子王は告げる。
「命拾いしたな人間の娘よ」
「うわ……ダッサ」
プリシラの容赦ない感想に、獅子王の顔がぐにゃりと歪んだ。
「ほらやっぱりこうなる! めちゃくちゃナメられたじゃないですかレオ様!」
「お前もキャラ変わりすぎだろ。ともかく、これから俺が言う素材をそろえてくれ。相応のお礼はさせてもらう。向こうで何か困ってることあるだろ? 腕力魔法力には自信があるから、何でも倒すぜ」
「知ってますよそれは! ええ、蟲退治の件は本当に助かりましたが、そもそもうちは素材屋じゃないですから! 誇り高き獅子の血族なんですよレオ様!」
外見に見合わない喋りっぷりの獅子王に、フランベルが首を傾げた。
「もしかしてこの人がクロちゃんのお父さん?」
初めて見るフランベルに、獅子王は胸を張る。
「ふはははは! 我は獅子王! 人間の小娘よ……気易く話しかけるとは、その軽率な態度は万死に値する」
凄んでみせる獅子王にフランベルはケラケラ笑った。
「レオ師匠の友達なんでしょ? 全然怖くないよ」
獅子王は涙ぐんだ。
「レオ様……お願いだからもう、他人がいるところで召喚するのだけはやめてくれませんか!?」
「わかったわかった……だから早く石材を頼む……こっちも時間がな……」
最後まで言いかけて、俺は言葉を呑み込んだ。
第三者の視線が、壁の穴の向こうからじっとこちらに向けられていたのだ。
あれ? いつのまに……つーか、全部見てたのかよ!?




