75.ビビらんでもいいだろうに!
そして――
あっという間に土曜日がやってきた。
時刻は午前十時。待ち合わせの時間ぴったりだ。
王都の中央広場で待ち合わせだ。
馬車から降りると、クリスが停車場で待っていた。
彼女は黒のジャンパースカートに、薄いクリーム色のシフォンブラウスという出で立ちだった。
足下も黒のパンプスで、少しヒールが高い。
服のコーディネートにぴったり合っているんだが、こういう靴って歩きにくそうだな……と、つい野暮なことを俺は考えてしまった。
全体的に清楚で気品がある感じだ。良く似合っていた。
「クリスの私服は大人っぽいな」
途端に彼女の顔が赤くなる。
「に、似合わないかしら?」
「いや、良く似合ってるよ。落ち着いた感じで、大人っぽいな」
クリスは小さくうつむくと「ありがとぅ」と、蚊の鳴くような声で呟いた。
「ところでクリス。プリシラとフランベルは?」
「え、ええと、書店に用事があって、私だけ早めに王都に来たのよ」
「書店が開くのはだいたいどこも十時からだろ?」
「そ、そそそそういえばそうだったわ。私らしくもなく、うっかりしていたみたい」
焦るクリスに俺は聞いた。
「もしかして、今日の事が楽しみすぎて早く目が覚めて、いてもたってもいられなかったのか?」
クリスが一度「うん」と頷きかけてから、首をぶるぶる左右に振った。
「ち、違うわよ子供じゃあるまいし!」
ムキになるあたり十分子供だぞクリス。
そんな話をしているうちに、停車場に次々と馬車が入って来た。
その一台からフランベルがプリシラの手を引いて降りてくる。
プリシラは珍しく、スカートではなくパンツルックだった。
といっても、ピンクのホットパンツにスニーカーと、白いキャミソールにドット柄の薄手のパーカー姿だった。
健康的に日焼けした生足の曲線美が美しい……って、何を見入っているんだ俺は。
そして、一人眠そうな顔で、髪もうまく整っていないフランベルはというと、パーカーにジーンズとスニーカーという、中性的……というか、男の子っぽい格好だった。
「あれ? クリっちやっぱり早く来てたんだ。はっはーん! さては、レオっちが早めに来ると思って、待ち伏せしてちょっとの間っでも独り占めできると思ってたとか?」
クリスが目を丸くさせた。
「え、ええと……」
フランベルがあくび混じりに告げる。
「ふあああぁぁ。抜け駆けなんてひどいよぉ」
クリスがぶんぶんと大きく首を左右に振って、その場で小さくピョンと跳ねた。
「してないから! そんなつもりなかったわ!」
俺は「まあまあ、それくらいで勘弁してやってくれ」とプリシラに言いつつ、フランベルに視線を向け直した。
「それにしても、ずいぶんと眠そうだなフランベル」
「楽しみすぎて一睡もできなくてさ」
プリシラがため息混じりに続けた。
「これからが本番なのになぁ。それじゃあみんなついてきて! ほら、フラっちもがんばって!」
「うーん……眠いよぉ。レオ師匠助けてぇ」
しょうがない。俺は感情魔法を使った。
「簡単な眠気覚ましの魔法をかけてやる。すぐに目が覚めるぞ」
発した言葉にランクEの睡眠時間を制御する魔法を織り込んだ。
これは現在の眠さを後の時間にずらすという類いの魔法になる。
完全不眠の魔法もあるのだが、フランベルの場合、感情魔法が効きすぎることがあるからな。
みるみるうちに、フランベルの表情が冴えていった。
「すごいや師匠! 目が覚めて頭のぼんやりした感じも綺麗に消えたよ!」
プリシラがにっこり笑う。
「それじゃあ行こっか! こっちこっち!」
プリシラが目指したのは、王都の北北東にある、一番街方面――魔導影街だった。
◆
影の街とはいうものの、魔導影街自体は怪しくもいかがわしくもなく、むしろ技術的な施設が集まっている街だった。
先日の交流戦で映像を放映した転送機や映写機などは、この街の技術が支えている。
カラオケ装置もまたしかり。
音響や映像を魔法工学の力で再現する、先端工学の街という一面と、それらを使った娯楽施設が発展した享楽の街という、まるで光と影が同居しているような混沌とした街だった。
その一角にあるドーム状の施設の前で、プリシラが立ち止まると振り返る。
「じゃじゃーん! 到着したよ!」
クリスとフランベルがドームを見上げた。
「結構大きな施設ね。第一闘技場くらいはあるかも」
「もしかして試合するの? あっ! 蒼月持ってきてないよどうしよう!?」
プリシラが「しないし」と苦笑いを浮かべた。
俺が施設を見上げて聞く。
「で、この建物はなんなんだ?」
「魔法映写機やいろんな魔法装置を使って、その場にいながらいろんな体験ができちゃうんだって!」
「例えばどんな?」
俺に聞かれて、プリシラは上着のポケットからパンフレットを取りだした。
「えっとねー……世界の七大秘境に行って、モンスターと戦えるみたい! あっ! 戦うっていっても、全部魔法で作った幻影なんだって」
クリスが目を見開いた。
「そ、そうなの。わぁ……楽しみね」
全然楽しそうじゃない! というか、めちゃくちゃ棒読みみたいな口振りになってるぞクリス。
一方で、フランベルの瞳がキラキラと輝いた。
「すごいよプリシラ! ぼくもとっても楽しみだよ! レオ師匠はどうかな?」
「あー。楽しみだな」
どれくらい本物に近いんだろう。気になるところだ。
「ところでプリシラ。お前らしくない気もするんだが……戦うのは嫌いだよな?」
俺が聞くと彼女の眉尻が下がった。
「う、うん。戦うのも痛いのも嫌いだよ。けど、戦わなきゃいけない時があるって、レオっちに教えてもらったし……それに、この施設は全部幻影で嘘っこだからね!」
クリスが小さく首を傾げた。
「ところで、私たちの他に利用者はいないのかしら?」
プリシラが笑う。
「実はさー。まだオープン前なんだって。カラオケのお店の店長さんに、プレオープンチケットもらっちゃったんだけど、そろそろ使用期限だったんだよね」
そういうと、プリシラは四枚のチケットを取りだし、俺たち一人一人に配った。
なるほど。
チケットは四枚あった。
エミリアじゃなく俺を引率にしたのもこういう理由だったからか。
たしかにエミリアじゃ、幻影相手でも戦えるようには思えない。
「それじゃあ一つ、お手並み拝見といこうか。なあクリス?」
突然俺に話題を振られて、クリスはビクンとした。
「え、ええ! そうね!」
むしろ実物を知ってるんだから、そんなにビビらんでもいいだろうに!




