73.リングウッド・アッシャーの誘い
73.リングウッド・アッシャーの誘い
俺は学園長室に呼ばれていた。
学園長――リングウッド・アッシャーは長く蓄えた白いあごひげを撫でながら、ゆったりと椅子にかけている。
「ガンダルヴァとは戦友でな。あやつの功績を考慮すれば、恩赦も十分に考えられるというのに、自ら獄に入りおった」
「は、はぁ……そうですか」
突然、話し始めたかと思えば、こっちのことなどお構いなしに老人は続ける。
「まあ、お主にゃ関係のないことじゃ。それでなんじゃが、一つ困ったことがあってのぉ。宝物庫に侵入者があったようなんじゃが、お前さん知らぬか?」
「さあ? ちょっとわかりません」
「そうかそうか。ならええんじゃ」
焦点の合わないぼんやりとした視線で、学園長は俺の顔を見つめる。
「いやぁ……名も無き……とは失礼じゃが、名乗ることもせぬから、みな勇者殿と慕っておった。あのお方がもし生きておられるなら、今頃お主のような立派な青年になっておったろうなぁ」
「へ、へぇ~~。そうなんですか」
完全にバレてるな。
だが、はっきり言わないならこちらもシラを切り通させてもらおう。
「ところで、もう一つ困ったことがあってのぉ」
「一つだけじゃないんですか?」
「長く生きていようと、いつまでたっても悩みの種とは尽きぬものじゃ。それでのぉ……理論魔法使いの優秀な教員が一人、我が校を去ってしまって空席があるのじゃよ。今はその、生徒たちには臨時で別の学年の教員がついておるのじゃが……」
「それは大変ですね」
髭を撫でるのを止めると、老人はフガフガと口を動かした。
「ほうほう! ふがふが!」
「入れ歯、外れかけのままで喋らないでください」
かぽっと口の中で音を立てて、老人はニコリと笑う。
「そうそう。庭園のオールドローズは実に見事じゃのぉ。あれはお前さんの仕業かえ?」
「ええ、まあ」
「それに、我が校の四人の美少女も綺麗に咲かせおって。この色男め」
「はあ?」
いきなり何を言い出すんだこのジジイは。
本当に学園の最高責任者なのか?
「じゃから、新任教員のエミリア君に、一年生で入試主席の天才クリス君。それにギャル可愛いプリシラ君に、ぼくっ娘剣士のフランベル君。みな、お前さんとの交流で良い顔つきになった。大輪じゃ」
「いや、俺は別に……臨時でコーチをしただけですから」
老人はゆっくり頷いた。
「そこでどうじゃろう? 我が校の教員にならんか?」
「俺が……ですか?」
「そうじゃよレオ・グランデ君……いや、本当の名で呼んだ方がええかのう」
「昔の名前は忘れました」
勇者として活動していた頃は、名前から足取りを追跡されるのを嫌って偽名すら名乗らなかったからな。
おかげで“ぼっち”が加速したが、あの時はそうしないと、俺に関わる人間がみんな魔族の標的にされかねなかった。
老人は愉快そうに目を細める。
「そうかそうか。レオ君。どうじゃろうか?」
「俺には管理人の方が性に合ってます」
「じゃあクビ」
「はああああ!? ちょ、ちょっと待った! いきなりクビはないだろ!」
「今わしのことクソジジイとか思った?」
思ったよクソジジイ!
老人は、わははと笑う。
「管理人の仕事は平民で募集をかけておるし、魔法使いのレオ君にやらせるわけにはいかんからのぉ」
「人質ならぬ職質かよ!」
「それでどうじゃ? 素直にクビになるか? それとも教員への道を進むか?」
老人の視線が一瞬だけ鋭さを取り戻した。
「少し考えさせてくれ」
「ああ、いいともいいとも」
俺が学園長室を出ると、廊下でクリスたちが待っていた。
エミリアが駆け寄って俺に聞く。
「レオさん! 学園長はなんと? やっぱり、平民と素性を隠して管理人をしていたことが、問題になったんですか?」
「いやまあ、そのこともあるんだが……」
プリシラがほっぺたを膨らませる。
「あたしが文句言ってあげるし! レオっちをいじめたら、クロちゃんけしかけるから!」
「おいおいやめてくれよプリシラ。クロちゃんなんて見せたら、学園長のじいさん心臓が止まるぞ」
フランベルが落ちこんだようにうつむいた。
「師匠は学園に残れるんだよね?」
「それは……その……」
クリスがじっと俺を見据えた。
「はっきり言ってちょうだい。レオはどうしたいの?」
「俺がどうしたいかだって?」
「そうよ。もし管理人でいたいなら、私が直談判するわ。法の力を駆使して、管理人が平民でなければならないというルールそのものを改定させてみせる。だからレオには……ずっと、この学園にいてほしいのよ」
エミリアが頷いた。
「私もまだまだ未熟ですから、レオさんに学園に残っていてほしいです」
プリシラが笑顔を浮かべた。
「そうだよレオっち。王都でまだ行ってないデートスポットもいーっぱいあるし! それに、交流戦の打ち上げだってしてないんだからさ!」
フランベルがゆっくり顔を上げて俺を見つめた。
「ぼ、ぼくとの約束だって、まだだよね?」
約束ってアレだよな。
頼むからこれ以上、突っ込んだことは言わないでくれよフランベル!
しかし――。
改めて思う。
みんな俺を必要としてくれているんだな。
「まあ、心配するな。なんとかするから。それより、午後の授業が始まるぞ。俺も溜まった仕事を片付けなきゃならんからな。ほら行ってこい!」
四人の背中を声で押すようにして、俺は日々の仕事に戻っていった。
◆
交流戦期間も終わり、今日から学園は平常運営だ。
魔族が入りこまないよう、結界の強化計画が早くも動き出している。
宝物庫の防犯魔法の刷新が決定したため、俺も関連する雑務で大忙しだ。
変わった事と言えば、教員や学園の他のスタッフたちから、声をかけられるようになったことが一つ。
そのどれもが好意的なものだった。
ギリアムがいなくなって、学園の空気が健やかになったのが一つ。
あとはまあ、生徒たちが俺の作業を手伝ってくれるようになったりしたくらいだ。
魔法薬学教員のマーガレットが気を利かせて、忙しい俺に特別な栄養剤を調合してくれた。
そいつで一服しつつ、俺は校舎の屋上からエステリオの全景を眺める。
「先生ってのも……悪くないか」
俺は再び、学園長室のドアをノックすることに決めた。
◆
老人はぼんやりとした顔で、相変わらず椅子に深く腰掛けて俺を待っていた。
「どうじゃ? クビになる決心はついたか?」
「その件なんだが……教員をやってみようと思う」
「そうかそうか」
老人はゆっくり頷くと、椅子から立ち上がった。
小型犬のようにプルプルと震えている。大丈夫か?
「では決定じゃの! レオ・グランデ君」
「は、はい!」
「君には……教員採用試験を受けてもらう!!」
「え?」
「じゃから、試験じゃよ試験! パスできなかったら教員にはなれんぞ! そしたらクビじゃ! 解雇じゃ! 無職放免じゃ!」
「ちょ、ちょっと待て! 俺の実力なら試験なんてしなくてもいいとか、そういう流れだろ普通!」
「わしゃあ特別扱いはせんのじゃ。きっちり試験を受けてもらったあと、教員研修もしてもらうでの。日程が決まり次第、王都へも行ってもらうことになるじゃろ」
ジジイは「ふぉっふぉっふぉ!」と愉快そうに笑った。
釣られて俺も笑う。
「あーっはっはっは! そうか試験か! いいぜやってやる!」
勇者だった頃は、良くも悪くも特別扱いされるのが普通だった。
考えてみればジジイの言う通りだ。
少しだけ、俺の心の中にあったモヤモヤとした部分に、晴れ間が射した気がした。
◆
その日の夕暮れ。
俺は特別外出許可をもらったクリスたちと、エミリアと一緒に王都のピザ店に足を運んだ。
予約しておいたテーブルを五人で囲むと、髭面の店主が俺たちの顔を見て笑顔になる。
「お! 見たよあんたら! この前、エステリオを魔族の襲撃から救った英雄なんだってな! 今日は飲み物サービスするから、じゃんじゃん食って飲みまくってくれや!」
王都で放映があったおかげで、しばらくは時の人扱いだな。
ドリンクを注文してそれぞれに行き渡ると、さっそくプリシラが音頭を取った。
「交流戦お疲れさまでしたー! かんぱーい!」
「「「「かんぱーい!!」」」」
さっそく焼きたてのピザをほおばり、麦酒やワインを飲みながら俺は四人に報告した。
「俺、今度エステリオの教員試験を受けることになったんだ。合格したらエミリアの後輩だな」
全員がピザを口にしたまま、時が止まったように固まった。
「お、おい! ちょっとなんだよ。そんなにおかしいか?」
クリスが首をブンブンと左右に振る。
「そ、そんなことないわ。ぴったりよ!」
フランベルも頷いた。
「ぼく、来年はエミリア先生のクラスか、レオ先生のクラスがいい!」
プリシラが小悪魔チックに笑った。
「じゃあフラっちはちゃーんと勉強しなきゃね? 戦闘実技だけじゃ、人気クラスには入れないし」
「プリシラだってそうじゃないか! 成績優秀で選び放題のクリスがうらやましいよ」
二人の羨望の眼差しにクリスは困り顔だ。
エミリアが頷いた。
「素晴らしいと思います。レオさんのクラスなら、一年目から大人気ですね! ええと、教員の先輩として、ビシビシ教えていくので覚悟してください!」
自信たっぷりにうなずくと、エミリアの胸も一緒に大きくたぷんと上下した。
「あっ! レオっち今いやらしー目でエミリア先生みてたでしょ!」
「やっぱり大きい方が好きなんだね!」
プリシラとフランベルに茶化されて、エミリアの顔が真っ赤になった。
「俺をからかうのは良いが、エミリア先生を巻き込むな!」
クリスが小さくうつむいて、真剣な顔になる。
「わ、私の成長期はまだ本気を出していないだけだから」
気にするほど小さくないぞクリスも!
「と、ともかく、教員になれたら改めてよろしくな! というわけで、俺は学園に残るために努力をする。クリスの事は心配してないけど、プリシラとフランベルは単位を落とすなよ!」
プリシラがぷくっとほっぺたを膨らませた。
「もう! 信用ないなー」
フランベルは口を真一文字に結んだ。
「師匠ががんばるのに、弟子のぼくが怠けてはいられないね!」
クリスが再びうつむいた。
「私のことも、もう少し心配してくれてもいいんじゃないかしら?」
「わ、悪い。クリスにはついつい、頼っちまうからな。エミリア先生、こんな事を言うのも変だと思うけど、教員試験や研修期間で、俺がいない間、みんなを頼む」
「はい! がんばります!」
こうしてお疲れさま会は俺の壮行会も兼ねて、ささやかながらも楽しい時間が過ぎていった。
試験の日程が決まるまで、管理人としての忙しくも、平和な日々がしばらくは続きそうだ。




