72.決着!
魔族の肉体が二つに分かたれ、どさりとステージに崩れ落ちた。
召喚された甲冑兵たちも、地面に溶けるように元の世界へと戻って行く。
クリスとフランベルは限界だったらしく、フラフラとした足取りで俺の元にたどり着く前に、ステージの上で倒れそうになった。
プリシラと俺とで支えて、ひとまず石床に寝かせる。
プリシラが二人の手を握り、回復魔法で治療を開始した。
「まかせていいかプリシラ?」
「レオっちもお疲れでしょ? あたしはクロちゃんががんばってくれたおかげで、ぜんぜん元気だから」
笑顔をみせるプリシラだが、無理をしているのが見え見えだ。
学園に入学した直後に、まさか高位魔族と一戦交えるなんて、プリシラも思ってもいなかったろう。
「よくがんばったなプリシラ。少しの間、二人を頼む」
「うん! 任せて!」
俺は客席に視線を向けた。
来賓席にいたガンダルヴァが、力無くその場にひざまずく。
シアンが魔族だと知っていたんだろうか?
いや、あの様子からも、おそらく知らなかったのだろうな。
まぁ、俺はガンダルヴァ本人ではないから、詳しいところは事情を聞くまでわからない。
けど、きっと愛していたんだと思う。
いくら現役を退いていても、軍師ガンダルヴァ自身、超一流の魔法使いだ。
シアンが張った結界を破壊することもできただろうし、俺たちに加勢だって可能だった。
それをしなかった。心情的にできなかった。
シアンとは……娘とは戦えなかったんだろう。
責めるつもりはない。
おそらくガンダルヴァはこのあと、厳しい取り調べを受けることになり、最悪投獄されるかもしれない。
逃げないのは、あの老紳士が何もかも覚悟したからに、違い無かった。
問題は、シアンのもう一人の保護者の方だ。
まだステージ脇にはりついていたギリアムが、悲鳴をあげ続けていた。
「な、なにがどうなったのかはわからないが! 無効だ! こんな試合は無効だ! この大会は無効だ!」
俺はギリアムの元に歩み寄る。
「なあギリアム。お前、シアンとグルだったのか? 高位魔族しか知らない、未知の魔法理論目当てで、魔族の目論見に協力する邪悪な魔法使いがいるって話もあるからな。それで無期懲役を喰らった魔法使いもいるだろ?」
ギリアムの蛇のような顔が、ぐにゃりと歪んだ。
「ち、違う! 知らない! 本当に知らなかったんだ! 信じてくれ! シアン君が……いや、あの娘が魔族だったなんて! 私も被害者だ! アプサラス家の娘だから、特別扱いしてやったのに!」
悲鳴をあげるギリアムの姿は、この場の生徒たちはもとより、放映によって王都にまで広まっていた。
「お前が被害者? 笑わせるなよ。シアンが魔族だとも見抜けずに、のうのうと学園内で獲物探しをさせていたじゃないか。知らないで済むか。この被害を出す片棒を担いだのは、お前だろギリアム」
「ひ、被害なんて……出ていないじゃないか! いやあ平民と思っていたが、レオ・グランデ君。君も人が悪い。あれほどの使い手だったとは。私もどうして君を意識していたのか、今になって思えば、にじみ出る真の実力に脅威を感じていたからなのだよ! そして、あわや大惨事というところを、君は救った!」
ステージに上がってくると、ギリアムは突然、俺に拍手をした。
会場中の冷ややかな視線がギリアムに集まる。
「ど、どうしたのですみなさん! 英雄ですよ! 彼こそまさに勇者の再来! さあ、惜しみない拍手を……」
俺は笑顔で拳を握り込むと、魔法力もなにもこめず、腕力のみで目一杯……ギリアムの顔面を殴り抜けた。
「ギニャグオバアアアアアアアアア!」
ステージの上を転がり、縁から場外に落ちるとギリアムは動かなくなった。
殺しちゃいない。気絶させただけだ。
遠くでプリシラが手を振る。
「レオっち! クリっちとフラっち、気がついたよ!」
クリスは少しボーッとした顔のまま、ゆっくり立ち上がる。
フランベルも、まだ意識が半分朦朧としているような雰囲気だ。
二人とも魔法力的な負荷を一気にかけたわりに、復帰が早かったな。
これも日々の訓練の成果と言えるだろう。
フランベルも蒼月の力で、一閃の威力を上げつつも、復帰まで数時間も眠らなくていいようになったようだ。
二人の無事を確認したところで、俺は“総仕上げ”をすることにした。
「まだ……終わって……いない」
見れば、ステージの中央で上半身と下半身を分断されたシアンが、肉体を再生させていた。
クリスが目を丸くさせて警戒する。
「レオ! シアンはまだ戦うつもりよ!」
フランベルもプリシラも、フラフラになりながら互いの得物を構えようとした。
「三人はそこで見ていてくれ。あとは俺がやる」
肉体の接合を終えたシアンが、幽鬼のようにゆらりと立ち上がる。
「やっと……やっと私と戦ってくれるのだな。嬉しい。心待ちにしていたぞ! さあ、楽しもうレオ・グランデ! 貴様の力に触れるほど、私はより強くなる!」
「残念だったな。高位魔族の育成はしてないんだ」
俺は理論魔法を展開した。
同時に、感情魔法を込めて、召喚魔法言語を奏でる。呼び出すのは時間を司る神の断片だ。
神を迎え入れるため、並列起動した四大元素の精霊魔法を制御して、森羅万象の理を得る。
肉体が負荷に耐えきれるよう、戦闘実技の身体強化と、回復魔法の身体強化を最大レベルで重ね掛けした。
「フランベル。蒼月を貸してくれ」
「う、うん! もちろんだよ! これはぼくと師匠の……こ、子供みたいなものだから」
嘘じゃないが言い方というものがあるだろうに。
投げてよこされたフランベルの蒼月を手にすると、俺は抜き払った。
剣と刀の差はあるが、まあ出来ないことはない。
それに“あの時”とは違う。
これから放つのは応用技だ。
シアンの黄金の瞳が燃え上がるように輝いた。
「どうした? こないならこちらから行くぞ!」
破壊魔法を連続で放つシアンだが、俺はゆっくりと前に歩みを進める。
すべての時が遅延するように、ゆっくりと流れていく中を、俺だけがその速度を普段通り維持していた。
魔王ならこの時間の流れが加速した世界に、入り込んでくる。
シアンは自らを魔王候補と言った。
それが伊達でなければ、この領域まで入ってこい。
「――ッ!?」
シアンもまた、世界の加速する領域に手を伸ばし、侵入してくる。
おそらくステージ上では、俺が消え、シアンの姿も消えたように見えているだろう。
「これは……なんだ!? 身体が重い。魔法力が四散する……なんだというのだレオ・グランデ!?」
「先代の魔王はこの領域でも普通に戦ってたぜ?」
時を制御した世界。
ここぞという時に俺が使う大技だ。
「ま、まさか……貴様……貴様が……わかったぞ! ははは! 魔王様! 復讐の時が来た! 勇者は私が倒します!」
浮かれたようにシアンは笑い出した。
無視だ無視。
言うべきことだけ言っておこう。
「さてと。それじゃあ、もし、お前の仲間に拾われたなら、こう言っておけ。“エステリオには手を出すな” いいか? 覚えたなシアン?」
「何を言っている! 私と戦え! 勇者よ!!」
「望み通り戦ってやる。ただし……」
俺はシアンを射貫くように見据えた。
黄金色の瞳が揺らぐ。
「ただし……なんだ?」
「圧倒的な力の差があると、訓練にはならないんだ。一撃で決めてやる。まあ、少しでも俺から経験値を得たいなら、せいぜい前面に防御系の魔法を集めておくことをおすすめするぜ」
俺は蒼月で突きの構えをとった。
反応するように、シアンが斥力場を多重起動し、こちらの攻撃のベクトルをそらす魔法式や、反発の魔法式などをかき集める。
すべてお見通しだ。
俺は床石を踏み込み、一気に蹴ると突きを放つ。
速く! 迅く! 閃光すらも追い抜く速度で。
「反魔法剣改!」
使うのは魔王戦以来だ。
切っ先はシアンの張ったすべての魔法防御を無視して、その心臓を貫いた。
「……なぜ……剣が……届く?」
「お前がクリスたちと戦っている間に、お前の魔法の傾向はだいたい観察させてもらったからな。さてと、このまま滅ぼすこともできるんだが、ここからが“改”の真骨頂だ」
蒼月から伝わるシアンの情報を解析し、俺は魔法式を構築するとシアンの心臓にたたき込んだ。
「ウグアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! 魔法力が……我が力がああああああああ! な、なにをした!?」
「魔法を封じさせてもらった。これでお前は平民と同じだ。まあ、姿はそのままだけどな」
シアンの顔が悔しげに歪む。
「戻せ! 私の力を返せ!」
俺は蒼月を引き抜くと、にんまり笑う。
「断る」
「クッ……ならば殺せ!」
女騎士みたいなことを言いやがって。元高位魔族め。
「それもお断りだ。自殺したきゃ、好きにしろ。人間に呪いをかけられた魔族なんて、笑えるよな?」
「笑えるものか! 殺してやる殺してやる! 絶対に貴様を殺してやるからな!」
「はいはい。じゃあそろそろ消えてもらうぜ」
俺は魔法力を失い、一切の魔法的抵抗ができなくなったシアンに、長距離瞬間移動魔法をかけた。
「殺す殺す殺すころ……」
音も無く「フッ」とシアンの姿が消える。
行き先はこの世界のどこかだ。
たぶん、もう二度と会うこともないだろう。
「終わったな」
この領域の中は俺だけになった。
独りには慣れている。
そう、何もかも終わったのだ。
ここまでやって、王都にも大々的に知られてしまった以上、学園に俺の居場所はない。
「まあ、くよくよしていても仕方ないか」
俺は時の領域の魔法を解いた。
瞬間――。
俺がステージに姿を現し、シアンが現れないとわかると、大地が割れんばかりの大喝采が客席から俺の元に降り注いだ。
クリスとプリシラとフランベルが俺に抱きついてくる。
ほんの数秒、消えていただけなのに……三人は大粒の涙をこぼしていた。
プリシラが背後から首にぐるんと腕を回すように巻き付けて、俺をぎゅっと抱きしめ声を上げる。
胸が背中に当たってるんだが……。
「い、いきなり消えるとかびっくりしたし! レオっちのばかぁ!」
フランベルが俺の胸に顔を埋めてきた。
「師匠がいなくなったら、ぼくは生きていけないよ! よかった……師匠がもどってきてくれて」
俺はフランベルの頭をそっと撫でる。
クリスが空いている俺の手を両手で包むように握って、寄り添いながら告げる。
「本当に……心配させないでよ。心臓が止まるかと思ったじゃない」
クリスの手は冷たく震えていた。
「三人とも心配かけたな。もう大丈夫だ。シアンは俺が倒した。これからは安心して、エステリオで学んでくれ」
どうやら俺がぶっ飛ばす前に、ギリアムが演説した英雄……勇者の再来という言葉が、にわかに信じられてしまったらしい。
会場からの惜しみない拍手と声援の中、三階席で顔を真っ赤にさせたエミリア先生を見つけ出し、俺は手を振った。
「れ、レオさん! あなたは最高のコーチです!」
声は喝采にうち消されて届かないので、読唇術で読み解いた。
そういうことを恥ずかしげもなく言われると、こっちが赤面したくなるから!
――こうして、交流戦は一日目の初戦にしてクライマックスを迎え、その日予定されていた他の試合は、後日改めて執り行われることになるのだった。




