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70.レオ・グランデ

ステージに上がった俺を、ギリアムが指さし糾弾した。


「お、おい! 平民! し、試合中になにをしているのかね! き、君はこの試合をぶちこわすつもりか!?」


ギリアムの声は震えていた。


シアンの行為はあきらかに行きすぎだ。


「き、君らの負けだな! 反則負けだ! さあ、試合はおしまいだ。シアン君、戻ってきたまえ」


シアンはギリアムに一瞥もくれず、じっと金色の片眼で俺を見据えた。


「来たか……レオ・グランデ」


「俺の生徒に手を出したからには、覚悟は出来てるんだろうな?」


シアンは口元を緩ませた。


「貴様がなぜ力を隠すのか理解できない。が、こうすれば出てくるというのはわかっていた。さあ、あの夜の続きといこう」


俺は首を傾げる。


「あの夜?」


シアンはゆっくり頷いた。


「王都での貴様との殺し合い……心が震えたぞ」


「あー。襲撃者はお前だったのか?」


ギリアムに魔導書の受け取りを頼まれ王都に赴いた日の夜――。


八番街で俺に襲撃を仕掛けてきた暗殺者の正体は、シアンだったということか。


道理でシアンからは、殺し合いを前提とした実戦経験を積んだ者特有の“臭い”がしたわけだ。


「学園のどの教員も雑魚ばかりで、殺す価値すらない連中揃いだったが、貴様のような使い手がいるとは思わなかったぞ」


「お前はシアン・アプサラスなのか? それとも、シアンと入れ替わったのか?」


「シアンという人間はもとから存在しない。人間としてアプサラス家に取り入るくらい、私の隠蔽魔法をもってすれば簡単なことだ」


自信たっぷりにシアンは言う。


この高位魔族がアプサラス家の養女になるまでのいきさつは想像もつかないが、軍師ガンダルヴァ・アプサラスに正体を看破されず、学園の誇る結界も欺く実力の持ち主という事実は揺るがない。


俺が感情魔法で情報を引き出すまでもなく、彼女は自信たっぷりに自ら告白を続けた。


闘技場の観客席は水を打ったように静まり返っている。


「ずいぶん、ぺらぺらとおしゃべりするんだな?」


可変槍を頭上で回転させるように振るってから、シアンは腕と身体で柄を挟むようにして構え直した。


「何もわからぬまま殺してしまってはもったいないだろう……人間」


シアンの左目にも、ぼんやりと金色の光が宿った。


その姿が少女のそれから禍々しい魔族へと変容していく。


肌の色が青みがかり、金色の瞳は輝きを増した。


山羊のような角を生やし、黒い髪は燃えるような紅に染まっていく。


エステリオの防御魔法が縫い込まれた制服も、変容して半裸のようなあられも無い姿になった。


女性型の実に魔族らしい出で立ちだ。


『こ、これは……どういうことでしょう!? 身体変化の魔法でしょうか!?』


『そんな馬鹿な……なぜ結界のある学園に……』


シアンの正体をやっと理解したリチャードソンが、声を震えさせた。


生徒や一般客は魔族など見たことがないだろう。


教員だって似たようなものだ。


一切動じない俺に、シアンが不思議そうに首を傾げた。


「レオ・グランデ。貴様こそ何者だ?」


「俺はこの学園の……エステリオの管理人だ」


傷つき倒れ動くことさえできないクリスは、シアンのすぐ足下だ。


殺そうと思えば、すぐにシアンはクリスにとどめをさせるだろう。


「嘘をつくな。あれほどの使い手がただの人間のはずがない」


平民を通り越して、人間じゃないとまで言いやがるか。


槍の切っ先が、倒れたまま動けないクリスの喉元に突きつけられた。


ごめんなクリス。


怖い思いをさせて。


喋っている間に隠蔽魔法を織り込んで構築した理論魔法を、俺は展開させた。


発動と同時に、クリスの姿が「フッ」と消える。


シアンが目を丸くさせた。


そして、再びクリスが姿を現す。俺の腕の中に。


俺は彼女を空間転移で引き寄せたのだ。


「レオ……力を使ったら……もう、言い訳はできないわ」


「いいんだクリス。それより、すぐに助けてやれなくてすまなかった」


彼女の四肢は完全に折れている。


俺は回復魔法ランクAの完全治癒をクリスに施した。


淡い光がクリスの肉体の損傷を修復し、受けた痛みを消し去り、失われた生命力を再び甦らせる。


「あったかい……レオって、回復魔法も得意なのね……」


俺の腕の中でクリスが弱々しく呟いた。


「得意ってほどでもないさ。使えなきゃ生き残れなかったってだけだ」


クリスの傷が癒えたのを確認すると、俺はそっと彼女の身体を解放し、背中側に庇うようにして一歩前に出る。


シアンが苦々しい顔をした。


「そのような芸当もできるとは……おもしろいぞレオ・グランデ」


ステージの向こう側で、ギリアムが金魚のように口をぱくぱくさせていた。


ガンダルヴァも来賓席で石像のように固まっている。


「シアン。お前の目的はなんだ?」


「本気の貴様と戦うことだ。私は強くならねばならない。魔王候補だからな。だが同胞と戦うことは禁じられている。なればこそ、強い人間の魔法使いが必要なのだ!」


会場内に向けて、シアンの声が響き渡った。


異形の姿と、クリスへの容赦の無い攻撃。


シアンは魔族だ。


だれもがそれをようやく認識したのと同時に、パニックが起こった。


一斉に生徒や一般客が席を立ち、逃げだそうとする。


「動くなッ!! 人間どもッ!!」


シアンが理論魔法を発動させた。


瞬間、会場全体を結界が覆い尽くす。


それは半球系の斥力場で、第零番闘技場全体をすっぽり覆い尽くしてしまった。


「この会場の人間は一人残らず人質だ。妙な動きをすれば、無差別に破壊魔法をばらまく」


「人質をとって俺をなぶり殺しにしようってか?」


「私の望みは言ったはずだ。全力の貴様との血湧き肉躍る戦いを所望する。貴様の強さに触れるほど、私の力は増幅するのだ!」


強敵と戦うことは、何よりの修行となる。それは人間も魔族も変わらないというわけか。


「そうか……」


俺は大きく息を吐いた。


シアンが笑う。


「レオよ。何人殺せば貴様は本気を出す?」


「お前なんざ本気を出すまでもないぜ」


「笑止!」


俺は振り返った。


「クリスたちはステージから離れていてくれ」


「私も戦うわ!」


クリスだけでなく、プリシラとフランベルも頷いた。


「せっかく強くなったのに、出番無しなんてやだよ!」


「ぼくだって、師匠の役に立ちたい!」


俺は首を左右に振る。


「気持ちは嬉しいんだが……」


プリシラは不満そうな顔で俺を見上げた。


「ねえ、レオっちって……魔法使いだったの?」


「ああ。事情があって隠していたんだが、そうもいかなくなっちまったな」


フランベルはまっすぐに俺を見つめる。


「やっぱり師匠はただ者じゃなかったんだね」


「それはずっと昔の話さ」


クリスが真剣な眼差しで訴える。


「絶対にレオの足はひっぱらないわ! だからお願い! 手伝わせて!」


強い相手と戦うのは、何よりの訓練。そうだ。良いことを思いついた。


「わかった。プリシラとフランベルはどうだ?」


プリシラがにっこり笑う。


「準備はばっちし整えてきたし!」


フランベルも刀の柄にそっと手を添えた。


「蒼月が力を発揮したいって、うずうずしてるよ」


しょうがない。今日で修行を仕上げよう。


「なら、三人とも上がってこい。俺が戦闘管制をするから、自由に戦ってきていいぞ」


クリスが不思議そうに首を傾げた。


「戦闘……管制?」


「まあ、やってみればわかるって」


俺自身は攻撃に参加せず、状況を読み、適時魔法による支援を行う。


自分で戦った方が早いので、こういうのはあまり得意じゃないんだが……ここは教え子のためにも一肌脱ぐとしよう。


三人をステージに上げると、俺はシアンに向き直った。


「というわけで、俺と戦いたければ、まずはこの三人を倒してからだ」


シアンの表情が歪んだ。


「ふざけるな! 雑魚などとうの昔に喰い飽きたのだ!」


まだわかっていないようだなシアン。



喰われるのは俺たちじゃない。お前のほうだ。

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