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69.暗雲

「その技、私の前で一度見せたのが命取りね」


クリスは折れたショートソードを捨て、計算尺によって複数の魔法式を完成、発動させていた。


一瞬のタメの間にクリスは三つの理論魔法でシアンの攻撃に備える。


「貫くッ!!」


シアンが構わず槍を打ち込んだ。


その切っ先が滑ってクリスの身体を逸れる。


槍の切っ先は吸い寄せられるように、ステージの床石を穿った。


その場に大きなクレーターが発生する。


クリスは斥力場で正面から受けるのではなく、巧みに相手の力の動きを誘導して、その攻撃のエネルギーを地面に受け流したのだ。


さながら避雷針のようだった。


しかも自身は空中に透明な足場を作って立ち、地面を穿つ破壊力からきちんと身を守っている。


「――ッ!?」


不発に終わった一撃に、シアンは目を大きく見開いた。


彼女の戦う遙か後方で、ギリアムが叫ぶ。


「なんと無様な! その程度の理論魔法を見落とすなんて……それでも我がクラスの代表ですか!」


ガンダルヴァ・アプサラスが来賓席にいるのも忘れたように、ギリアムの白い顔が真っ赤になった。


シアンが槍を地面から引き抜く。


「ふふ……ははは……なるほど。どうやら本気を出さざるを得ないか。弱者のままなら、見逃してやってもよかったのだがな」


突然、シアンの口振りが変わった。


異変に気付いて、クリスが大きく後ろに跳ぶ。


空気が変わった事に気付いているのは、対峙したクリスと俺と……そして、来賓席のガンダルヴァ・アプサラス。


ガンダルヴァは席から立ち上がると、シアンをじっと見据えた。


あの老紳士が顔面蒼白だ。


いったい何を恐れているんだ?


『おおおっと! クリス選手気圧されたかぁッ! 距離をとって様子をうかがっているうう! 一方、渾身の一撃を防がれたシアン選手はどう攻めるのかあああ!?』


実況も観衆も、シアンの変化に気付いていない。


プリシラとフランベルが声を上げた。


「クリっち! ハッタリだよ! やっちゃえやっちゃえ! 攻撃は最大の防御っていうし!」


「気をつけてクリス! まだ他にも、技を持ってるかもしれないよ!」


二人の意見は正反対だが、ともにクリスの身を案じ、その勝利を信じている。


ステージの中央で審判が選手二人に促した。


「双方、戦闘を続行せよ!」


クリスが先に動く。


シアンの不気味さは感じているだろう。


だが、それでも攻めに転じる。


クリスが構築したのはシンプルな重力反転の魔法式だ。


シアンを浮かせて、その先に偏向の魔法を設置し、場外にぶっ飛ばすという、クリスが俺に仕掛けたこともある組み合わせだった。


あの時よりも発動が早い……が、それは不発に終わった。


クリスの表情が緊迫する。


理論魔法使いのギリアムが笑った。


「おやおやクリス君。式の構築を間違うなんてらしくないですねぇ?」


クリスはギリアムの声に耳も貸さず、再び同じ式を構築する。


俺はその過程に集中した。


シアンの視線がクリスの魔法式を追いかけている。


そして……干渉しやがった。


クリスが計算尺を用いて構築した式を、それより早い速度で上書きしているのだ。


なんの補助装置も無しに。


人間業とは思えなかった。


「嘘……式が……崩れるなんて?」


混乱するクリスめがけて、シアンが跳ぶ。そして可変槍を乱暴に振るった。


洗練された突きではない。棍棒のようにクリスに叩き付ける。


「クッ!? どうしてッ!?」


クリスは寸前のところで斥力場を張った……はずだった。


だが、魔法式が不発に終わる。


振るわれた槍の柄にすくい上げられるように、クリスの身体が宙で弧を描き、彼女らしくもなく自由落下して地面に叩き付けられると、転がった。


普段のクリスなら着地の衝撃を緩和するくらい、無意識のうちにしているはずだ。


「グハッ!? なん……で……」


倒れたままのクリスのそばにシアンがゆっくり歩み寄る。


クリスは立ち上がろうとした。


その腕を、足を……四肢をシアンは打ち据える。


「――――ァッ!?」


声にならない悲鳴をあげるクリス。


審判が止めに入ろうとすると、シアンは何かを口ずさんだ。


感情魔法だ。


審判はまるで何が起こっているのかもわからないように「続行」を命じた。


まずい。何かがおかしい。


プリシラが悲鳴をあげる。


「や、やばいよレオっち! 試合を止めて!」


「そ、そうだよ! クリスには悪いけど、本当にここまでだ!」


俺はステージ脇から審判に向けて叫ぶ。


「試合を止めてくれ! こちらの負けだ!」


「………………続……行」


審判の目はうつろだった。そのままステージ上にばたんと倒れる。


シアンがゆっくりと俺の方に顔を向けた。


氷のように冷たい笑みを浮かべ、そっと眼帯を外す。


そこにあるべき黒曜石色の瞳は、金色に染まっていた。


高位魔族の証だ。


エステリオに魔族は入れないよう、結界が施されているはずなのに……。


いや、今はそんなことはどうだっていい。


現に、こうして入りこんでいたのだ。


シアンは俺に告げた。


「この女を殺されたくなかったら、正体を明かせ」


言いながら足下めがけて槍を振るう。


打ち据えられてクリスが悶絶した。


俺の正体を明かせ……か。


ステージに倒れたままのクリスが、振り絞るように声を上げた。


「レオ! 来ちゃだめぇッ! 私は……大丈夫だからッ!!」


この光景は王都にも映像が流れている。


ここでの出来事は、学園どころか王都の民まで知るところになるだろう。


クリスは俺を庇っていた。


「こんなの試合じゃないよ! あたしが止める!」


「ああ! いくらなんでもやり過ぎだ! ぼくも手伝うよプリシラ!」


二人が一斉にステージに上がろうとするのを、俺は制した。


「シアンの標的は俺だ。二人は下がっていてくれ」


俺はステージに上がった。



予感はしていたが、どうやら管理人の仕事は今日で終わりのようだ。

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