68.クリスVSシアン
監督の役割はただ一つ。
試合の棄権を判断する。それだけだ。
他の形式の対戦ならいざ知らず、一対一の決闘方式の場合、戦いが始まってしまえば指示の出しようもない。
選手がどこまで戦えるのか、その実力は指導した人間なら当人以上に解っている。
だから、戦いに集中している選手の限界を判断するのが監督の務めと言えた。
開始と同時に、先に動いたのはクリスだった。
「てええええええええええいッ!」
気合いを込めて斬りかかる。それをシアンは軽々と避けた。
大振りして体勢を崩したクリスに、シアンは足払いを仕掛ける。
「きゃっ!」
と、女の子らしい声をあげて、クリスはドテンと尻餅をついた。
ステージの下でプリシラとフランベルが声を上げる。
「ぜんぜんクリっちらしくないし!」
「どうしちゃったの!? 緊張してるのクリス!!」
シアンはクリスではなく自身の周囲を警戒していた。
実況席の女子生徒が叫ぶ。
『おーっと! クリス選手がダウンしているのに、シアン選手は攻撃しません!』
『ダウンした選手への攻撃は問題ありませんが、シアン選手はどうしたというんでしょう』
解説のリチャードソンも怪訝そうだ。
お尻の辺りをさすりながら、クリスは立ち上がる。
「痛たたぁ……やるわねシアン!」
「ふざけているのか?」
シアン戦について、俺は一切アドバイスはしていない。
真面目な顔つきでクリスは返す。
「私は本気で勝つつもりで戦っているわよ」
再びショートソードを構えて、クリスはシアンと対峙した。
「では、次は私から行かせてもらおう」
先制攻撃に失敗し、呆れさせ、相手に攻めさせる。
結果、クリスが得意とするカウンターの条件が整ったのは偶然……ではない。
どじっ子キャラを演じて作った状況――クリスの駆け引きの成果だ。
シアンの可変槍は長槍モードだった。
鋭い連続突きで、あっという間にクリスをステージの際に追い込む。
『おーっと! これは目にもとまらない連続攻撃! クリス選手大ピーンチ!!」
手数は多いが、クリスにはシアンの攻撃が当たらない。
落ち着いている。よく相手の動きが見えている。
『後が無いぞクリス選手! それ以上下がれば場外に転落だああああ!』
シアンの突きにクリスが一歩下がる。
「場外決着とはつまらぬな」
シアンの突きがクリスをさらに一歩下がらせた。
ステージからクリスが落ち……ない。
彼女は空中に、つま先が収まる程度の小さな足場を構築していた。
とどめに放った突きによって、シアンの腕が伸びきったところをクリスは狙う。
空中に浮かせた足場を蹴って前に踏み込むと、シアンの懐に入って胴を薙ぐように、ショートソードの一撃を加えた。
シアンの身体が派手に吹き飛び、ステージ中央まで押し戻される。
途中で、シアンは重力制御系の理論魔法で衝撃を和らげ、すんなり着地した。
そこにすかさず、クリスが風の精霊魔法を放つ。
発射速度は低速で、簡単に見切れそうな緩い攻撃だ。
「チッ……こしゃくな」
シアンが風の刃を可変槍で弾くと、着弾のタイミングに合わせてクリスがステージを一直線に駆ける。
遅い攻撃魔法は、相手との距離を詰めるための布石だ。
走りながらクリスはなんらかの理論魔法を、シアンの目前にセットした。
シアンもクリスが理論魔法式を構築したのは見えているらしく、前には出ずにその場で迎撃の姿勢をとる。
「てええええええええいッ!」
再びショートソードでクリスはシアンに斬りかかった。
シアンがカウンターのタイミングを計る。
が、クリスとシアン、二人の間合いは急激に、何かに引き寄せられるように狭まった。
「なんだと!?」
シアンがなんらかの力に、自身の身体が引き寄せられたと察知した時には、クリスは再びシアンの内側の間合いに潜り込んだ後だ。
二度目の剣檄がシアンを捉える。
シアンが後ろに跳んで衝撃を逃そうとすると、背後数センチの位置に斥力場の壁が発生した。
「いつの間に」
「風の精霊魔法と同時に仕込んでおいたの。精霊魔法は二重の囮よ」
牽制とカモフラージュ。
一つの魔法で複数の戦術的効果を狙うあたり、いかにも合理的なクリスらしい。
見えない壁に退路を断たれ、シアンは可変槍を短槍にすると、クロスレンジでシアンと斬り合った。
五秒ほどで斥力場の壁は消えたが、クリスが攻め込みシアンに下がる隙を与えない。
ガキン! ガキン! ガキン!
金属同士のぶつかり合う音がステージ上に鳴り響く。
『激しい応酬だあああ! クリス選手は理論魔法使いということでしたが、戦闘実技にも精通しているのか!? どうなんでしょうリチャードソン先生?』
『資料によると、クリス選手の入試時の戦闘実技の成績はランクDですね。しかし、組み合わせの妙とでもいいましょうか』
『ほうほう! 組み合わせの妙ですか!?』
『彼女が得意としている理論魔法や精霊魔法と剣術の組み合わせが、実に素晴らしい。特に、大振りというか、過剰な威力になってしまいがちな理論魔法を、最低限の範囲で精密にコントロールしているため、式の構築から完成、発動までがスムーズです』
リチャードソンの専門は精霊魔法だが、どうやらクリスの理論魔法が見えているようだな。
でなければ解説役など受けないか。
『やはり入試主席の天才少女は伊達じゃなかったあああ!』
『天才かどうかはともかく、入学からの短期間で戦闘実技ランクBのシアン選手と、同等以上に戦えるほど成長したのも、彼女の努力あってこそ……ですね』
客席の生徒たちがどよめいた。
一般客はクリスのピンチからの反転攻勢に大盛り上がりだ。
エミリアクラスの連中の中にも、クリスの試合を熱心に見つめる視線が増えつつある。
俺の唱えるお題目より、今のクリスの姿の方がよっぽどガツンと来るだろう。
天才と呼ばれるクリスでさえ、努力を惜しまない。
その姿に嫉妬でも、羨望でもいいから、燃えるような感情を抱いてほしいぜ。
剣檄の音色が次第に鈍いものに変化し始めた。
シアンがクリスに告げる。
「残念だったな。やはり、その剣では勝負にならない」
クリスのショートソードの刃は、度重なる可変槍との打ち合いでボロボロと崩れ……。
ガキーン!
断末魔を上げて、クリスの剣は叩き折られた。
『おおおおおっと! クリス選手の魔法武器が破壊されてしまったああああ!? これで形勢は再び逆転!! シーソーゲームもここまでかッ!?』
俺はプリシラとフランベルに左右から腕を掴まれ揺すられた。
「無理だよレオっち! 早く止めて!」
「そうだよレオ師匠!! いくらクリスでも武器がなきゃ太刀打ちできないよ!」
俺は試合を止めない。
クリスの目は死んでいないのだ。
むしろ不敵に笑ってやがる。
本当に誰に似たんだか。
「終わりだ。クリス・フェアチャイルド」
隙だらけのクリスをシアンの渾身の一撃が狙う。
「穿てッ!! 軍国流!!」
一瞬のタメから一気に魔法力を解放して叩き付ける、フランベルの一閃を打ち抜いたシアンの必殺技だ。
武器を失い隙を晒したクリスを仕留める、最高のタイミングと言えるだろう。
――隙だらけ。
シアンは勝負を決めに来た。
それをクリスが待っていたとも知らずに。




