65.解
俺が見せたのはあくまでモンスターの倒し方……というか、倒すにあたり使う魔法を見せることだった。
俺が構築した魔法式のいくつかを、クリスは継承してくれたと思う。
仕上げはこの試合だ。
戦いは静かな幕開けから始まる。
互いに距離を詰めず、離れることなくにらみ合いながら、ゆっくり円を描くように足を運ぶ。
慎重なクリスらしい、相手の出方を見る立ち回りだ。
「来ないなら先手を打たせてもらうぜ」
俺は斬りかかりながら、クリスの足下に重力系の理論魔法を展開した。
発動までのタイムラグは0.8秒に設定してある。
さらに魔法式そのものに、わざと綻びを作っておいた。
クリスの肉体は俺の剣檄に反応し、頭脳は式の綻びを突くようにして、理論魔法の打ち消しに使われた。
発動前に俺の構築した魔法式は無効化される。
続いて、設定を0.6秒にして、斥力場をクリスに押しつける魔法式を展開した。
もちろん、剣による攻撃は続行している。
ロングソードのリーチの分だけ、懐にさえ入られなければこちらが有利だ。
クリスの防御の意識が甘いところを攻め立てる。
ショートソードで弾きつつ、クリスも斥力場を生み出した。
式の構築から発動まで0.4秒か。
斥力場はシンプルな式ということもあって、さすがに早いな。
普段から使用しているためか、クリスの式は美しく淀みがない。
斥力場同士がぶつかり合い、その力を相殺する。
一瞬の攻防のあと、クリスは後ろに跳んで距離を測った。
「今度はこちらからいくわ!」
「おう。かかってこい」
互いに魔法式が見えているオープンな状態だ。
さすがにクリスの訓練に、魔法式の隠蔽を使うほど俺もやぼじゃない。
クリスは俺の背後に斥力場で壁を作ろうとしていた。
さらに真空系の魔法式を俺の目の前に構築している。
風の精霊魔法じゃなく、真空?
先ほど、世界ツアーの途中で魔物の一体を窒息させるのに俺が使った式を、さっそく使ってきたか。
しかも、アレンジがしてあった。俺のそれは真空状態を維持するものだが、クリスの式にはそれがない。
おもしろそうだな。
式に干渉すれば簡単に崩せるが、何か試そうとしているのは明白だ。
やらせてみよう。
クリスは自分から距離を詰めると、ショートソードで突きを放つ。
同時に俺の背後に斥力場の壁が発生した。
下がって避けられないようにするためか。
回避するなら左右の二択。こちらの選択肢を一つ潰したな。
少々頭でっかちなところはあるが、クリスなりに理論魔法を戦術に組み込もうとしていた。
ここは避けずに、あえて受けよう。
ロングソードでクリスの攻撃を弾こうとした瞬間、俺の目の前に真空が生まれた。
ぐいっとクリスの側に俺の身体が引き寄せられ、クリスもまた真空に引き寄せられることで加速した。
まるで磁石の相反する極同士が引き寄せられるように、互いの間合いが交錯する。
間合いの“中”に入られた。
ロングソードよりも、この場合、取り回しに優れたショートソードの方が有利だ。
「ハアアアアアアアアアアア!」
クリスの突きが俺の頬をかすめた。首を軽くそらして避けると、前蹴りで彼女の身体を自分の間合いから引きはがす。
「クッ……だめか」
素直に悔しそうな顔をするクリスに、俺は剣を構えたまま確認する。
「なんで風の精霊魔法じゃなく、理論魔法で真空を作ったんだ?」
「そうすることで、貴方は引き寄せられ、私は加速するから。一方向から吹かせる風の精霊魔法では、私に追い風でも貴方には向かい風でしょう?」
「考えついても実行するか普通?」
「私のコーチは普通じゃないもの。それに、なんでも受け止めてくれる……でしょ?」
「ああ。その通りだ」
クリスは俺をコーチとして信頼してくれていた。
その信頼に応えたい。
「いくわよレオ!」
クリスは次々と、理論魔法と剣術の組み合わせを俺にぶつけてきた。
さっきまでの秘境巡りで俺が使った戦術を、アレンジしたものまであった。
それにとどまらず、俺に攻撃を仕掛けながら、クリスは次々と技と魔法の組み合わせを思いついているようだ。
「やっぱり一本も取れないわね。悔しいわ」
「手加減なんてされたくないだろ?」
「当然よ! さあ、次よ次! 新しいアイディアを思いついたわ!」
クリスの攻撃の手は緩まない。
俺が思いつかない攻め手もあれば、よく使う騙しのテクニックや、まったく使い物にならない奇策もあった。
そのどれも、クリスは今、俺と対峙しながら生み出し続けている。
高位魔族と命のやりとりをして俺は強くなったけど、こういうのも悪くないな。
五十回目の戦術を試し終えたところで、俺は彼女に聞いた。
「疲れないのか?」
「夢中になると、疲れなんて感じてる暇はなくなるのよ!」
「さすがにもう、アイディアは出尽くしたろ?」
「ま、まだまだ行けるわ!」
口ではそういいつつも、ついにクリスの戦術も品切れが近いらしい。
今の彼女は、水分を絞りきってカラカラに乾いた海綿だ。
そろそろ頃合いか。
クリスにコーチを始めた当初から、気付いてほしかった事がある。
俺は剣を構え直した。
瞬間――クリスが飛び込んでくる。
魔法式の構築は無し。
考えるより先に身体が動いたような反応だった。
それでいい。それが剣士だ。
俺は彼女の一撃を弾くと、その剣を巻き上げるようにして打ち上げた。
「――ッ!?」
クリスの手からショートソードがはね飛ばされる。
「え? あれ……今の……どうして私は……」
自分でも、なぜ攻撃したのかクリス自身、理解できていないようだった。
「よくやったぞクリス」
クリスはムッとした顔になる。
「武器を弾かれて、良い事なんてないとおもうんだけど?」
「クリスは今、本能で動いたんだ。実に剣士らしかった」
怒っていたかと思えば、今度はキョトンとした顔でクリスは首を傾げた。
「そういえば、魔法式の構築もせずに攻撃を仕掛けてしまったわ」
「普通の人間はクリスほど、剣も魔法も併用できないんだ。どちらかを使う時はどちらかが止まる。魔法武器しか使えない奴なら、迷いもない。その強さはクリスも知ってるだろ」
うんと頷くと、クリスは息を吐く。
「フランベルのことね。彼女の剣が速いのは、思考を挟まないから……と、いうことかしら」
「ああ。その剣士にクリスは一瞬だけど、なることができたんだ」
クリスは首を左右に振った。
「とてもじゃないけど、フランベルに剣で勝てるとは思えないわ」
「もちろん、クリスは理論魔法使いだからな。剣で勝つ必要はない」
困ったようにクリスは眉尻を下げる。
「じゃあ、今の動きのどこが良かったというの?」
俺は笑った。
「良かったぞ。どうして今の攻撃を仕掛けたか、少し考えてみてくれ」
頷くとクリスは少し間を置いて「攻めやすそうに見えたら……」と呟いた。
「そういうことだ。実は、わざと隙を作ったんだ。剣士なら攻めたくなるような、相手に“誘っている”と悟られない程度の小さな隙をな」
クリスは目を見開いた。その瞳が輝く。
「そう……だったのね。わかったわ! レオが私に剣を持たせた理由が!! 目の前が拓けた感じがする……これがこの問題の解なのよ」
納得したように、クリスはうんうんと頷いた。
「どういう解か聞かせてくれないか?」
「剣士の本能的な動きは、レオが言葉で私に説明しても、私は知識として蓄えてしまう。だから剣を使わせた。机上の外に私を連れ出すために!」
クリスは解放されたように、天高く声を上げる。
「良い解が出たな」
「今までのどんな魔法式が解読できた時よりも嬉しいわ!」
「それで、この解をどう応用する」
「レオがやったとおりにするわ。できるかどうかはわからないけど……やってみせる! 剣士が本能的に攻めたくなる隙を作って、そこを……叩く!」
ぐっと拳を握るクリスに俺は頷いた。
「満点の解答だ。けど、その解答はまだ机上にあるだけだからな。今日は残り時間いっぱいまで、俺が剣士の打ち込みたくなる隙の作り方を伝授する」
「よ、よろしくお願いします!! 勇者様!」
「その呼び方はやめてくれ!」
「ご、ごめんなさい。つい、感動してしまって」
変な所で感動してくれるなよ。
ともあれ、クリスの気力と体力が続く限り、俺は自分の技術を教え続けた。
クリスは乾いた砂が水を吸い込むように、俺の指導を吸収していく。
机上の理論魔法使いは、俺の手で剣士殺しの実戦型理論魔法使いへと変貌しつつあった。




