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64.クリスの勇者体験

ひやりとした風を頬に受けて、俺は意識が覚醒していくのを感じた。


隣でクリスが全身をわななかせる。


「あ、悪い。寒いか?」


「そ、そそそ、そうじゃないわよ!」


火口付近から噴煙が上がっている。


一見、盆地に見えるが、俺たちがいるのは間違い無く世界最高峰だ。


王国から遠く離れて2000㎞。


七大秘境の一つに挙げられる、大霊峰。


その山頂にたどり着き、無事に戻ってきた人間は、今だにいないとされていた。


まあ、本当にいないわけじゃないんだけどな。


少なくとも俺が踏破したわけだし。


「ちょっと待っててくれ」


俺は大地と火の精霊魔法で、地熱効果をクリスに纏わせた。


それでもクリスはブルブル震えっぱなしだ。


「あれ? おかしいな? ちゃんと温かくなったはずなんだが」


クリスは火口を指さすと声を上げる。


「あれ!! レオ! あれはいったいなんなの!?」


火口の中から全長二十メートルほどの竜が姿を現した。


スタンダードなタイプの火竜である。


大きさや感じられる魔法力からして、ランクA-ってところか。


アダマンタイトと同程度の硬度の鱗に身を包み、岩をも溶かす炎熱のブレスを吐き散らす。


しかも空を自在に飛び回るのだ。


こいつに襲われた場合、小国の城なら一晩で陥落するだろう。


完全にビビッてしまっているクリスに、俺は解説した。


「火口の熱を目当てに、ああやって卵を暖めに来るんだ」


クリスはゼーハーと荒く深呼吸した。


「そ、そそそそうなのね。レオの落ち着き振りから察するに、ああ見えても安全な生き物なのかしら?」


「いや。大切な卵を守るために気が立ってるんで、視界に入った生き物は皆殺しにするって習性があるんだ。たとえ旦那の火竜だろうと、襲いかかるからな」


ドラゴンが俺たちに向かって咆吼した。


火口からあがる噴煙からして、俺たちは風上に出てしまったようだ。


どうやら臭いで発見されたらしい。


「見つかったじゃないレオ!」


「そうみたいだな。じゃあ、お手本として俺が戦うから、じっくり観察するように。まあ、隙を見てクリスも理論魔法で参戦してくれてもかまわないぜ」


俺はロングソードを抜き払う。


「ちょっと待ってレオ! いくらレオでも、その剣であの化け物と戦うなんて無謀すぎるわよ!」


学園の武器用具室にある魔法武器は、刃付けもされずリミッターが内蔵されていた。


「まあ、ちょうどいいハンデだろ」


俺はロングソードに魔法力を込めた。


手入れはされていたが、前の使い手のクセまでは抜けていなかったな。


すぐにクセを魔法式で書き直して、俺用にカスタマイズする。


元から威力は期待していないが、折れても困るので魔法力による強化は、ロングソード自体の強度を上げる方向に設定した。


その間にドラゴンが俺たちめがけて翼を羽ばたかせる。


「飛ばれると厄介だ。お前、飛ぶの禁止な」


ロングソードで空を斬ると、ドラゴンの翼の翼膜がちぎれた。


バランスを崩して落下したドラゴンめがけて駆ける。


疾駆する。


久しぶりに、誰の目も気にせず運動が出来そうだ。


「ついてこいクリス!」


「わ、私がついていっても、こんなの相手に何もできないわよ」


「できなくてもいい。お前は見てるだけでも強くなれるんだから」


地上に降りたドラゴンの身体を、 八艘飛びで次々と駆け上る。


足場が無ければ理論魔法で構築した。


ドラゴンは前足で俺をなぎ払おうとする。


それをかいくぐってドラゴンの肩口に着地すると同時に、俺の身体は八方向に分身した。


ドラゴンは腕を無茶苦茶に振るい、尻尾を鞭のようにしならせてなぎ払い、口から炎の渦をまき散らして、俺のダミーを次々破壊する。


八体すべてを倒したところで、ドラゴンは異変に気付いた。


俺の姿が無いのだ。


理論魔法に精霊魔法を組み合わせて、俺は光学迷彩と気配遮断を行ったまま、ドラゴンの額の上に立っていた。


迷彩を解いて眼下のクリスに手を振る。


クリスはじっと俺を見つめて、戦いの観察に集中しているようだった。


俺はドラゴンの額にロングソードを突き立てる。


本来なら、このレベルの魔法武器では鱗を貫くことはできない。


が、俺の魔法で一時的に強度を上げた状態なら、鱗の隙間から滑り込ませて表皮を破ることも可能だった。


額を針で刺されたような刺激に、ドラゴンは首を振るって大暴れする。


俺は浮遊することで振り落とされるのを防いだ。しがみつくまでもない。


ドラゴンの動きが止まる。


暴れて呼吸の荒くなったドラゴンの額めがけて、俺は突き刺したロングソードを媒体に消滅魔法を送り込んだ。


巨大な頭部の内側に、数十センチの“空間”が生まれる。


そこにあるべきはずの脳の一部が欠損すれば、いかに屈強なドラゴンといえど死に至る。


魔法生物や魔導機械兵器や、魔族や不死者なんかに比べれば、まだ生物的な弱点を突けるドラゴンは、やりやすい相手と言えた。


ドラゴンの身体が斬り倒される大木のように傾いた。


完全に倒れる前に、俺はロングソードをその額から抜いて飛び降りる。


着地の瞬間、重力制御魔法で落下のエネルギーを相殺した。


ちょうど、俺の戦いを見ていたクリスの目の前に着地できたのは、偶然だ。


「どうだクリス! 今みたいな戦い方、できそうか?」


「で、できるわけないでしょ! たしかにいくつかの魔法式は記憶したけど……見たことが無いものばかりで、困惑しっぱなしよ!」


言っていることとは裏腹に、クリスの口調は興奮気味だ。


「じゃあ、あとでレポートをまとめるように」


クリスの瞳にじわっと涙が浮かぶ。


「とても勉強になったけど……いきなり無茶しないでちょうだい。驚いて心臓が止まるかと思ったわ」


俺はぽんっとクリスの頭に手を乗せて撫でる。


「悪い悪い。じゃあ、これつけて」


俺は撫でながら、彼女の後ろに回り込むと目隠しをさせた。


「え? ちょっと?」


「勉強になったとか言うなよ。まだ始まったばかりだろ? あと六つは回るんだから」


「え、えええええええ!?」


クリスの悲鳴を残して、俺と彼女の姿は大霊峰の山頂付近……火口の近くから「フッ」と音もなく消えた。



――残りの七大秘境。


監獄島。紅の渓谷。鏡面の塩湖。昇竜の瀑布。蒼き氷海。肉食の原生林。


それから追加で、海底庭園と刃の洞窟群に、化石の森も加えて、合計十カ所ほど回り、そこに住むモンスターを討伐した。


勇者だった頃、修行して回った土地土地だ。


少し懐かしい気持ちになった。


しかし、現役時代ほど強力な魔物には遭遇しなかったな。


戦ったのはせいぜいランクB止まりだ。


できるだけ多様なタイプの魔物と戦い、それに合わせた理論魔法の選択と使用をクリスに実演するのが目的だった。


途中、ガス欠にならないよう魔法薬で回復しながら転戦を繰り返す。


クリスも途中から景色を見るくらいの余裕は生まれてきた。



最後に、俺は古の巨塔の頂上へと、瞬間移動の座標を固定した。


かつてこの世界に栄えた魔導文明の遺跡だ。


塔の高さはおよそ600メートル。


その頂点が最終目的地だった。


自然界にはこれよりも大きな神樹なんかもあるのだが、塔は人造物としては類を見ない高さを誇っている。


「フッ」という感触が終わると、俺とクリスは硬い石造りの床の上に着地した。


頂上部分は直径百メートルほどで、拓けて平らな、まるで闘技場のようである。


風の音もなく、塔の縁からのぞくことができる眼下には、滅んだ魔導文明の廃墟群が広がっていた。


王都からの距離はおよそ8000㎞。


人はもちろん、魔族さえもいない辺鄙な場所だ。


瞬間移動が終わると同時に、クリスが身構えた。


「つ、次はどんな化け物なの!?」


まあ、一番の化け物かもしれないな。


塔の上には俺たちしかいない。すぐにクリスは目をこらすようにして、感知魔法の範囲を半径20メートルほどで展開させた。


感知魔法も広げすぎれば精度が落ちるのだが、今のクリスの限界範囲はこれくらいか。


「クリス。ここには俺たちしかいないから安心してくれ」


「そ、そうなの……良かった。ずっとレオが戦うのを見てばかりだったけど、正直なところ、もう魔物はこりごりだわ」


「そういうと思って、この場所を選んだんだ」


クリスは吐息混じりに、塔の上から殺風景な灰色の廃墟群を見下ろした。


「休憩場所にしては、ずいぶんと寂しいところね」


「ここなら誰の邪魔も入らないからな」


廃墟群から俺の方に視線を戻すと、クリスは首を傾げた。


「邪魔……って? どういう意味かしら」


「準備運動も終わったところで、そろそろ本番だ」


「本番?」


「俺とやるんだよ」


「初めてがこんな場所なんて嫌よ!」


言った瞬間、クリスが耳の先まで赤くなった。


いやいや、悪かった今のは俺の言い方がよくなかったな。


「落ち着けクリス。いきなり無言で消滅魔法の式を構築して、俺をターゲッティングするんじゃない。やるのは俺との試合だ」


瞬間、彼女は構築した魔法式を分解した。


「お、驚かせないで! 本当にレオは人騒がせなんだから」


お前もちょっと、おかしいぞ。


なんというか、エロ方面に妄想しすぎというか……。


「人騒がせ程度で消滅魔法を対人でぶっぱなすなよ」


「レオは格上だから効かないでしょ?」


魔法が通りにくいとうのは、通ることもあるって意味だからな。


いくら何でも普通に死ぬから。


「いいから始めるぞクリス」


俺はロングソードを抜いた。


クリスもショートソードを抜く。


「これって……もしかして卒業試験……なの?」


「バカを言うな。まだ教えてないことは山ほどある。せいぜい中間試験か、交流戦という本番を前にした模試程度だ」


俺とクリスは塔の闘技場の中心で相対すると、互いの剣の切っ先を軽く触れさせた。


キイイイイイイイイイイイイイン! と、澄んだ音が響き渡る。



それが試合開始の合図となった。

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