63.密室と消失
廊下で偶然ばったり……というわけじゃないだろう。
ギリアムがシアンを連れて、わざわざ俺たちの元にやってきた理由はなんだ?
「何か用事かギリアム?」
「いえいえ、用事というほどのことはありません。むしろ用があるなら貴方の方を呼び出します。私たちは、たまたま通りかかっただけですよ」
嘘をつけ!
軽く睨む俺に、ギリアムは薄ら笑いを浮かべた。
「貴方も悪あがきに忙しいのでしょう。邪魔はしませんから、好きなだけコーチでもなんでもすればいい。まあ、すべて無駄になるのですがね」
言ってくれるぜ。
「無駄かどうかは、戦ってみればわかることだ」
ギリアムの視線が、俺の腰の辺りに落ちる。
ベルトにロングソードをぶら下げているのが気に入らないらしい。
「平民風情が魔法武器を手にして、何をしようというんです? 魔法も使えない平民では、クリス君の相手になるわけがない。ああ、本当に哀れだ」
にんまり口元を緩ませるギリアムに、俺は吐息混じりで返す。
「用事が無いなら、行かせてもらうぞ」
「いえねぇ。用事は無いのですが、そうそう! こんな僻地に来た理由を思い出しました。じつは教えておいてあげようと思いましてね。まあ、一勝はそちらにプレゼントしてあげようという、私の温情です」
「お前、何を言ってるんだ?」
「怒ると損をしますよ? 私はオーダーを伝えに来たのです。三戦の初戦にシアン君を立てようと思います。そちらは捨て駒をぶつけてくださって結構ですよ。ちなみに、残り二人は我がギリアムクラスのお荷物である、ミゲル君とアイリスさんにお願いしました」
どこかで聞いた名前だな。
たしか……クリスがギリアムクラスの勧誘を蹴ったおかげで、滑り込めた当落選ぎりぎりの生徒たちだ。
どっちが本当の当落線上にあったかはわからないが、なるほど……クラスの最下位と下から二番目の生徒でも“寄せ集め”の代表など、軽くひねれると言いたいのだろう。
上等だ。その余裕の表情を凍てつかせてやるぜ。
「じゃあ、こっちのトップはクリスだな」
クリスは小さく頷くと「当然ね。オーダーを変えて逃げるような真似だけはしないでちょうだいね」と、シアンを睨み返した。
「私が逃げる? あり得ない。笑えない冗談だ」
シアンは涼しい顔でクリスに返す。
二人の視線が見えない火花を散らしているようだった。
ギリアムが呆れ気味に笑う。
「なんと、平民はそこまで愚かでしたか? クリス君なら我がクラスの劣等生二名など、赤子の手をひねるようなものでしょうに。ギリアムクラスから“寄せ集め”が一勝を無償でもぎ取れるんですよ?」
「安心しろ。クリスがシアンに勝って、プリシラとフランベルがそれぞれ、そっちの代表のミゲルとアイリスに勝つ。エミリアクラスの三連勝で試合終了だ」
ギリアムは「そうですか。では、せいぜいがんばってくださいね。ふふふ……はははは」と、乾いた笑みを浮かべて、管理人室の前から立ち去った。
連れのシアンは一度立ち止まると、首だけ振り返り「敗北から学ぶことも多い」と、言い残した。
ギリアムともども、黒髪の少女の背中が廊下の向こうに消える。
「な、なによ! 敗北から学べだなんて……私が100%勝てないとでもいうつもり?」
普通の生徒が言うなら増長だが、クリスには入試主席という実績がある。
たぶんシアンが言いたいことは、こうだろう。
「発動までタイムラグの発生しがちな理論魔法使いに対して、戦闘実技の方が有利だっていう自信があるんだろうな」
クリスは眉尻を上げた。
「もちろん、そんなことは最初から解っていたことだし……レオはちゃんと対策を練ってくれているんでしょ?」
「まあな。それにしても、これからいざ行こうって時に出てきやがって。ギリアムって本当に空気読めないよな」
クリスがうんうんと力強く頷いた。
「宝物庫の時もそうだったけど、いったいなんなのッ!? って、感じがするわね」
俺は周囲を見渡した。
他に生徒の姿も教員の姿も無い。
「じゃあ、そろそろ行くか」
クリスの手をそっと握る。
途端に彼女の顔が耳の先まで真っ赤になった。
「ちょ、ちょっと待ってレオ! いきなりそんな……心の準備が……せめて、学園の外に出てからにしましょう! 手を繋いで歩くのは……その、う、嬉しいけど、人に見られるのはとっても恥ずかしいわ!」
「いやいや、一緒に外に出るためには、手を繋がなきゃならないんだ」
「え? ど、どういうことなの?」
俺は管理人室のドアを開けると、クリスの手をぐいっと引く。
「ちょ、ちょっと待って! ストップ! まだ校内にはたくさん人がいるし、その……こ、困るわよ!」
「困らないって。というかだな……廊下に魔法式の痕跡を残すわけにもいかないだろ。その点、管理人室は俺の城だ。滅多に客人も来ないからな」
「人が来ないからって、まだ日も高いのよ! こ、こんな時間から、あの……その……シャワーも浴びてないのに」
「シャワーなら管理人室にあるけど、使いたいのか?」
「え、ええと……」
クリスは黙り込んでしまった。口をもごもごさせて、顔も赤いままだ。
「ともかく、やることはやっておこうぜ」
「う、うう……レオの……ばか。勇者様だからって、強引すぎるわ。私の気持ちはどうなるのよ?」
「気持ちって、特訓がしたいんだろ!?」
「え、ええと……その、特訓にそういうことが……だ、男女の営みが必要というなら……し、仕方ないと思うわ! だけど……こ、心の準備が……」
変な風に察しすぎだぞクリス! そうじゃないから!
ようやく俺はクリスの言わんとしていることを理解した。
「落ち着け。ともかくまずは、部屋に入ってくれ。手も離すから」
俺が離そうとすると、クリスは自分からぎゅっと握り返してきた。
「い、いいわよこのままで! か、覚悟は決めたから」
まあ、特訓への覚悟を決めてくれるのは構わないんだが……。
絶対違う覚悟だよな! それ!!
ええい、説明するより実行した方が早いか。
俺は手を引いてクリスを管理人室の中に通す。
ドアを閉め、密室に二人きりになった。
「じゃあ、始めるか。ただ、あんまり見られたくないんで……」
俺は一度手を離すと、服のポケットから細長い布を取りだした。透視無効の魔法を込めて作成した目隠しだ。
これをクリスにつける。彼女は無抵抗だった。
「レオってこんな趣味があったのね。すごく……緊張してきたわ」
「お前は目が良すぎるから、魔法式を見せられないんでな」
「えっ!? そ、そういうことに理論魔法を使うの?」
「ええとだな……」
説明するほど、混線しそうだ。
もう一度、俺はクリスの手を握り直す。
彼女の手は汗で湿っていた。
「あ、あの……レオ? 私はどうしたらいいの?」
「全部俺に任せてくれ。それじゃあ始めるぞ」
俺は理論魔法式を展開した。
この魔法を使うのは本当に久しぶりだ。
ランクAを越えた、勇者オリジナルの理論魔法シリーズの一つに数えられる。
式が完成すると、一瞬「ふわっ」とした感覚が全身をかけぬけて、俺とクリスの肉体は管理人室から、フッと消失した。
長距離瞬間移動魔法。行き先は――ついてのお楽しみってやつだ。




