62.準備の準備
管理人室に行く前に、俺は一度、武器用具室を訪ねた。
「…………」
相変わらず用具室の主は口数も少ない。
いや、少ないというよりも皆無って方が正しいな。
「よお。出物はあるか?」
「……ない」
喋った!? 結構渋い声だ。
「そ、そうか。まいったな」
「……なぜ武器が必要なのだ?」
しかも、主の方から話しかけてくるなんて。
驚きで一瞬、返答が遅れた。
「ん、あ、ああ! 生徒に相談されててな。俺自身は魔法武器を扱えないけど、良い武器かどうか見る目はあると自負してるから。はっはっはっは!」
俺の乾いた笑いを意にも介さず、主は続けた。
「……刀、どうした?」
「刀っていうと……あっ。悪いな。この前は勝手に交換して」
「……わざわざ返却する必要は無い」
用具室の主は、机の下からフランベルが使っていたロングソードを取り出すと、俺に投げて寄こした。
キャッチして鞘から抜いてみる。
「手入れしてくれたのか?」
「…………」
用具室の主は無言で頷いた。
魔法武器への愛がある男だ。ロングソードは綺麗に刀身が磨き上げられていた。グリップ部分も貼り替えられて、新品同様だ。
クリスとの特訓に向けて、得物を借りようと思っていたので渡りに船だ。
このロングソードなら申し分ない。
ちょっと、言いにくいんだが“あの事”も報告しておこう。
「あの……悪い報告があるんだ。この前、ロングソードと交換で持っていった刀なんだが、練習試合で折られちまってさ。ごめんな」
主はじっと俺を見つめると、軽く首を左右に振った。
「……かまわない。作った人間には、練習試合で破損したと伝えておく」
「そうか。ありがとうな。作り手にも悪かったと伝えてくれ。それじゃあ……」
ロングソードを持って出ようとしたところで、用具室の主に呼び止められた。
「……時に、お前は魔法武器を作成できるのか?」
「な、なんだよ急に」
振り向くと主は真剣な眼差しで、俺を射貫くように見つめてきた。
男に熱心に見つめられても嬉しくないぞ。
主が低い声で聞いてくる。
「……どうなんだ?」
「平民がそんなこと、できるわけないだろ?」
「…………」
ジトッとした眼差しになると、用具室の主は頷いた。
「悪いが急いでるんだ! じゃあな!」
俺から視線を外すと、用具主はまた彫像のように固まってしまった。
フランベルと魔高炉で作業をしていたのを、知っているんだろうか。
うーむ、俺はまた、放浪していた頃と同じ事を繰り返そうとしているのかもしれない。
が、構わない。
全部、俺が好きでしていることだ。
学園の管理人の暮らしに未練が無いといえば嘘になるが、今はクリスたちを勝たせたい。
正体バレのリスクなんて、勝利の前には些細な問題だ。
◆
得物を手に入れた俺は、続けて魔法薬学科の研究棟に向かった。
マーガレットに頼んで魔法薬を分けてもらう。
クリスのため……ではなく、俺用の調合だ。
薬効が強すぎるため、クリスが飲んだら気絶しかねない。
そんな劇薬を何に使うのか、マーガレットは俺に聞かなかった。
薬学科の研究棟を出て、管理人室前に戻ると、クリスがドアの前で俺の帰りを待っていた。
「どこに行っていたのレオ?」
「ちょっと準備をしてきたんだ。もしかして、廊下でずっと待ってたのか?」
「ううん。待ったといっても数分のことだから」
教室でのことが無かったように、クリスは普通に俺に接してくる。
「プリシラたちは来てないよな?」
「ええ。レオが指示した通り、二人はエミリア先生と一緒に、第七闘技場で訓練中よ」
プリシラとフランベルは仕上げの段階だ。
今日はずっと、二人で組み手をして互いの弱点を攻め合うよう指示しおいた。
エミリアもしっかりサポートしてくれるだろう。
「俺たちもがんばらないとな」
「ええ。二人においてけぼりにされたくないわ」
真剣な顔つきでクリスは首を縦に振った。
プリシラもフランベルも強くなったが、今でもクリスの方が総合力は上だ。
成長する二人を間近で見続けて、クリスは自信を失ってしまったんだろうか。
クリスが急にそわそわし始めた。
「それで、これから私たちはどこへ?」
「ああ、それなんだけど……」
説明しようとしたところで、俺たちの背後から聞き覚えのある、あまり耳にしたくない声が呼びかけてきた。
「これはこれは平民。お互いに指導する生徒を連れているとは奇遇ですね?」
無視すれば余計にからんできそうな白蛇顔男――ギリアムが愉快そうに笑う。
しぶしぶ振り返ると、ギリアムの隣には眼帯をしたままのシアン・アプサラスの姿があった。




