57.大泥棒レオ
俺は短距離瞬間移動魔法を発動させた。
外の風景が一瞬で闇の世界に切り替わる。
建物の内部に入っても、俺は浮遊したままだ。壁にも床にも天井にも触れていない。
中は真っ暗だが、うかつに光源魔法は使えない。光に反応するトラップもこのフロアにはかけられていた。
目の中に入る光の量を増幅させる、暗視魔法でも無理そうだ。
内部の湿度や温度は魔法によって一定に保たれている。
おかげで、酸欠になるようなことだけは免れた。
連絡のため、クリスにターゲットしておいた通話魔法が声を拾った。
建物の外の会話が俺の耳元に届く。
『おやおや。こんな夜更けに寮にもおらず、貴方はいったい何をしているのでしょう?』
『え、ええと……』
『その手にしているのは……鋼材ですね? いったい何に使うというのですか?』
『べ、別にいいでしょ。貴方には関係ないわ』
『関係なくもありません。私のクラスの生徒でなくとも、教員である以上、素行不良の生徒を指導しないわけにはいきませんから』
『べ、別に不良じゃないわ。これは……特訓よ!』
不意に、クリスの『ハッ! ハッ! ハッ!』という、短く気合いのこもった声が聞こえてきた。
『こうして! 鋼材を持って! その重さの負荷をかけて身体を動かす訓練よ!』
『なんと原始的で非効率的なトレーニングをしているのでしょう。ああ、情けない。それもあの平民の指示ですか? 愚かしい。実に滑稽だ。訓練ではなく体罰でしょうに』
『これはレオの指導じゃなくて、私が独自に生み出したものよ!』
『そんな嘘までつかせて……。ハァ、貴方という傷の無いエメラルドの原石を、あの平民はいったいなんだと思っているのでしょう。今からでも遅くはありません。貴方も我が栄光のギリアムクラスに来ませんか? 貴方は特別な存在なのですから』
『断るわ。何度も言わせないでちょうだい』
『そうですか……しかし、こんなことは言いたくないのですが、私としては寮を抜け出し夜の学園で訓練をしていた貴方を、どう報告すべきか悩ましいところですね。寮の規約違反ではありませんか?』
『一時帰宅のため外泊許可はとっているわ。今日はその……一度は自宅に帰ったけど、訓練がしたくて学園に戻ってきたのよ。この訓練が終わったら、寮ではなく自宅に帰るわ』
『おかしな人だ。その奇妙な体操なら、寮であれ自宅であれ、できるでしょうに』
『手頃な鋼材が無かったのよ! こ、この鋼材が今の私にはぴったりなの』
『……そもそも、その鋼材はいつ持ち出されたものですか? 鋼材の刻印はエステリオのモノですよね?』
『え、ええと……それは授業中よ! その……外に隠しておいたの』
『隠した? まあ、基本鋼材の利用はすべての生徒に認められていますから、窃盗には当たりませんが……無断の持ち出しは褒められる行為とは言えませんよ。それにおかしいですね。そもそも一年生の一学期には魔法工学の授業はありませんが?』
『魔法工学に興味があって、空いた時間に自主的に見学に行ったのよ! その時、手頃な大きさと重さの鋼材があったから、わ、分けてもらったの』
『いったい誰にです?』
『それは……その……たまたま、居合わせた名前も知らない男子の先輩よ。余った鋼材だというから』
『ふむ……』
執拗な尋問がようやく止まった。すかさずクリスが聞き返す。
『そういう貴方は、なんでこんな時間に学園の敷地にいるの?』
『明日の授業で使うテキストの修正案を思いつきましてね。関連資料と教材を取りに戻ったんですよ。ついでに散歩をしていたところ、人の気配を感じたので来てみれば、貴方がいたというわけです』
スラスラと淀みなくギリアムは続けた。
『私は運命を感じました。このように偶然さえ味方して、貴方と引かれ合うことが、あらかじめ決められていたかのようです』
がさりと物音が聞こえた。
『あの……それ以上近づかないでもらえますか?』
不穏な空気だ。どうする? 一旦戻るか?
『何を怖がっているのです? 私は紳士ですよ。さあ、今日はもう遅いですから、あの平民にでも吹き込まれたであろう、くだらない特訓と言う名の体罰はそれくらいにして……』
『だから……この訓練はレオの指示じゃないわ!』
『そうですかそうですか。まあ些細なことですね。そうだ! せっかくですし家まで送って差し上げましょう! 家の方も私のような一流の教員が送り届けたとなれば、無断の夜間外出であっても信頼してくれるに違いありません』
『余計なことはしないでください』
『まあまあ……そうですね、では、こういうことにしましょう。貴方は私の個人レッスンを受けていてこんな時間になってしまった……と。言い分として完璧ではありませんか?』
『私に構わないで』
クリスの声色が緊迫した。
仕方ない。もう一度短距離瞬間移動魔法で外に出るか。
『いい加減にしてほしいものです。子供は大人の言うことを聞いていればいいんですから』
ギリアムの声が怒気を孕んだ。ああ、こりゃあ爆発寸前だな。
二人の死角に出るように、瞬間移動の魔法式の演算を開始した矢先――。
ゴトンと重い音とともに……。
バチンッ!
と、俺の耳元で破裂音が鳴った。
自分がやられたわけでもないのに、つい俺は頬をさする。
先に爆発したのはギリアムではなく、クリスの方だった。
『最低ね。貴方』
『教員に手を上げるとは……いったいどういうつもりですか!?』
『どうもこうもないわ。手首……離してくれないかしら?』
どうやらクリスはギリアムに腕を掴まれていたらしい。
掴まれていない方の手から鋼材を手放したクリスが、ギリアムにビンタを食らわせた……ってところか。
『離して』
クリスの感情のこもっていない口振りから、彼女がどれだけ冷たい視線をしているのか想像がついた。
『……君は一度、本当に痛い目をみなければわからないようだね』
『脅迫ですか?』
『いいや。大人からのアドバイスだよ』
スッと熱気が引くように、ギリアムの口振りは落ち着きを取り戻した。
しばらく沈黙が続く。
それから、かすかに足音が遠のいていった。
『もう大丈夫よレオ……。ごまかせたと思うわ。それにしても……心臓に悪いわね。作業を続けてちょうだい。それと、できるだけ早く終わらせてね』
俺はこちらから、クリスの耳元に声を飛ばした。
「ありがとうクリス。よくがんばったな」
『何かあればレオが助けに来てくれると思ったら、普段よりも怖い物知らずになれたみたい。すぐに手が出るのは、いい加減直さなきゃいけないわね』
「ギリアムにはあれでいいさ。さっそく取りかかるから、鋼材を手に持っていてくれ」
通話魔法越しに彼女が『わかったわ』と返答したのを確認して、俺は建物の内部に音響魔法を使った。
音の反響によって物体の位置を把握する。
塗りつぶしたような闇の中を浮遊しながら進むと、俺は再び音響魔法を放った。
頭の中に室内の構造が描かれる。
色の無い輪郭だけの情報だが、十分だ。
収められている剣の種類こそ多いが、本数はそれほどでもない。
各ジャンルの剣、それぞれ一種類ずつが収蔵されているようだった。
長剣や短剣。曲刀。上腕に直接装着するアームブレードなんて変わり種もある。
そのどれもが、音響魔法の反射音だけで純度の高い精密な仕上げの、名工の作品だとわかった。
そんな中から、俺は目当ての一本を見つけ出す。
打刀とほぼ同じ長さの刀身だ。
幾重にも隠蔽魔法をかけた右手の人差し指で、柄に触れる。
その重さを確認した。
1422グラム。
俺は魔法式を構築すると、クリスが手にしている鋼材からきっちり1422グラムを物質転移魔法で切り取り、瞬時に刀と入れ替えた。
物質の引き寄せの魔法の応用だ。
この建物内の重さは、一瞬たりとも変わっていない。
作業を終えると、俺は短距離瞬間移動魔法で壁の外に出た。
「――ッ!?」
少し焦って浮遊魔法を切らし、地上五階の高さから俺は墜落する。
外に出た安堵感で、油断したな。
「レオ! 危ない!」
地面にぶつかる寸前のところで、クリスが重力制御魔法で俺の墜落の衝撃を無効化してくれた。
俺は腕の中に名刀を抱きながら、彼女の魔法でゆっくり地面に下ろされた。
「ふぅ……最後でちょっと失敗したが、なんとかなったみたいだな」
クリスはおっかなびっくりしたような顔だ。
「警報が起動した様子はないけど、いったい何が起こったの? 急に私が持っていた鋼材が消えて……でも、一部はこうして残ってるし」
「この刀の重量分だけ入れ替えたんだ。誰かが中に入って臨検でもしない限りは、バレないだろう。強固な防壁ほど、絶対に破られないという信頼が油断を生むって寸法さ」
立ち上がろうとする俺に、クリスは手を差し伸べた。
「ともかく、これでミッションは達成ね?」
「まあ、第一段階はな」
少しだけ怒ったような顔でクリスは続けた。
「けど、もうさっきみたいにハラハラするような事は、させないでよね」
強がる口振りに、クリスが怖がっていたことが痛いくらい伝わってきた。
「ああ。気をつけるよ」
名刀を手にできたのもクリスの協力あってのことだ。いくら感謝してもしきれないぜ。




