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56.侵入者

魔族の砦や城を襲撃しては、略奪の限りを尽くす。


それも勇者の仕事のうちだ。


今回はそれとは少々、同じノリではいけそうにない。


結界は破壊せず、気付かれないように開いて閉じる必要があった。


俺はまず建物正面の扉に手を触れる。


「レオ? 私は何をすればいいのかしら?」


「まずは見張りだな。まあ、夜の学園内をうろつく輩なんてそうそういないだろうが、時々教員が置き忘れた資料なんかを、取りに戻ってくることがあるんでな」


クリスは小さく頷いた。その間に俺の右手が結界の解析を終える。


さすがエステリオが誇る宝物庫だ。


扉を開ければ石化の魔法。


床や壁に触れれば麻痺の魔法。


庫内の質量が変われば重力魔法で地面に張り付け。


他にも細かいトラップをあげればキリがない。


トラップ魔法は芸術的な組み方で、一分の隙もなかった。


それらすべてが警報魔法に直結し、少しでも異変が起これば守衛ゴーレムや王国の警備兵がスッ飛んでくるようになっている。


この入り口さえダミーで、開けても向こう側が壁だった。


本当の入り口は地下か。


これも厄介だ。


大地属性の精霊魔法で穿って入り口を露出させようものなら、その魔法に反応して警報が鳴る仕組みだった。


鍵を持って近づけば、入り口のあるフロアが自動で地の底からせり上がってくる仕組みである。


「どうなのレオ? なんとかなりそう?」


「壊すんなら二秒もかからないが、壊さないようにってことになると正攻法じゃ無理だな」


外壁は強靱な魔法障壁材で、魔法力によって様々な種類の魔法への抵抗性が高められていた。


学園全体の魔法力供給を止めて障壁材の防御魔法機能を無効化しても、壁の厚さは一メートル近くある。


壁はただの石材ではなく、岩石を魔法技術で圧縮して硬度をダイヤモンド並みに引き上げていた。


組成もいじっているようで、硬度は高いが衝撃に弱いというダイヤモンドの特徴は、うち消されていた。


ちなみに、普通の魔法使いなら建物や扉に触れて、解析魔法を使えば一発アウトである。


隠蔽系の魔法を多重展開した上で解析して、やっと監視魔法の目をそらすことができた。


「さてと、どう攻めるかな」


不安そうにクリスが俺を見つめる。


「リスクが大きすぎやしないかしら? もし、こんなことをしていると学園側にバレたりしたら、査問どころか刑事告訴されるわ」


「法律が怖くて勇者ができるかよ!」


クリスがムッとする。


「それは聞き捨てならないわね」


「悪い悪い。そう怒るなって。それじゃあクリスには……そうだな。俺はこの場でもう少し内部の構造を解析するんで、魔高炉の保管室に行って、鋼材のブロックを二つほど持ってきてくれ。一つが一キログラムのやつだ」


俺はベルトにつけた鍵束から、魔高炉のある建物の鍵を外して、クリスに投げて渡した。


「え、ええ。わかったわ。五分ちょうだい」


「じゃあ、その五分でこいつを丸裸にしてやるぜ。どっちが早いか勝負だ!」


クリスは勝負と聞いて、駆け足で魔高炉のある校舎の北側に向かった。


再び、俺は集中して宝物庫の内部構造の把握に努める。


内部は地下一階。地上六階か。武器類は地上部分、最上階から下三つ。そのうち剣型の魔法武器が保管されているのは……五階のようだ。


置かれている武器の詳細は、ここからじゃわからない。


この宝物庫は現存する様々な魔法に対応し、破壊から内部を守り、侵入者を拒む仕掛けが満載されている。


理論魔法ランクAの攻撃にも対応した、素晴らしい建造物だ。


そんなことを考えているうちに、三分ほどでクリスが戻ってきた。


「も、戻ったわよ!」


「ずいぶん早いな。身体強化だけじゃなく、理論魔法での加速と重力制御もしてきたのか」


「え、ええ。それで勝負の結果は?」


「残念。五秒前に解析は終了した。それより、鍵の掛け忘れなんてしてないよな?」


クリスは不機嫌そうに呟く。


「そこまでそそっかしくないわよ。けど、五秒か……惜しかったかも」


俺との勝負に負けたことを悔しそうに呟きつつ、クリスは俺に鋼材を手渡そうとする。


「どこにでもある鋼材だけど、これで何をしようっていうの?」


「まあ、しばらく持っててくれ。必要になったら呼ぶから」


「え、ええ。わかったわ。それと、もし誰か来たらどうすればいいのかしら?」


「その時は柔軟に対応して、うまく誤魔化すんだ」


クリスの顔が緊張でこわばる。


「そ、そんなこと、できないわ! アドリブが一番苦手なのよ!」


「じゃあ、苦手を克服するチャンスだな。といっても、こんな時間に姿を現すようなバカはそうそういないって!」


ムズムズと落ち着かない口振りでクリスが言う。


「ともかく、早く仕事を済ませてちょうだい!」


「OKボス! お任せアレ!」


「その言い方だと、私が窃盗団の主犯みたいじゃない!」


ぷくっとほっぺたを膨らませるクリスが、フッと俺の眼下に移動した。


というか、俺が空中に浮かんだのだ。


ランクAの理論魔法。浮遊である。


吹き飛ばしたり落下速度を落とすのも理論魔法による重力制御だが、その究極は自在に空中散歩をする、浮遊飛行能力だと俺は思う。


理論魔法の痕跡が残ってしまうのは、この際仕方ない。


まあ、この痕跡が俺のものだと鑑定できるのは、正体を知るクリスだけだしな。


地上から俺を見上げて、クリスがぽつりと呟く。


「すごい……安定性もそうだけど……なんて美しい式なのかしら」


「そんなに褒められると照れるな」


「使い手のいい加減な性格が嘘みたいね」


チクリと俺を一刺しして、クリスは微笑んだ。俺はクリスに告げる。


「クリスと会話できるよう、通話魔法のパスを開いておく」


「わかったわ。ええと……こちらは特別になにかした方がいいかしら?」


「いや、特にはないから。俺がそばにいるつもりで話してくれ」


クリスが頷いたのを確認して、俺は高度を上げると目的の階層の前にやってきた。


空中に静止したまま、入念に魔法式を構築する。


先日、緊急回避的に使った時は荒い展開をしてしまったが、今回は精密な演算を心がけた。


式が完成し、発動させようとしたその時――。


ん? 足下のクリスの様子がおかしい。彼女の視線は宝物庫の建物ではなく、校舎側を向いていた。


そして、すぐに俺に向かって、顔をぶんぶんと左右に振る。


どうしたんだ?


焦るクリスの視線が再び校舎方面に向くと、夜の闇の中に白い人影がぼんやりと浮かび上がった。


ギリアムだ。


なんであいつがこんなところに!? よりにもよってこのタイミングで!?


というか、まずいな。


ギリアムが少しでも上を向いて、空に浮く俺を目撃したら、申し開きがたたない。


ごめんクリス。



この場はなんとか誤魔化してくれ!!

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