54.フランベルの苦悩
医務室のベッドで目覚めたフランベルは、目を開けたまま天井をぼんやり見上げていた。
俺はベッドの脇のスツールに座ったまま、彼女に聞く。
「体調はどうだ? 左肩はプリシラが回復魔法で応急処置したが、痛みはあるか?」
「師匠……ぼく……ぼくぅ……」
アイスブルーの瞳に涙が浮かぶ。
とりとめも無く雫がこぼれ落ちて枕を濡らした。
「勝てなかった……ぼくには戦闘実技しかないのに……シアンは理論魔法も感情魔法も、精霊魔法だって使ってない。なのに……勝てなかったんだ。師匠の言いつけまで破って、一閃を撃って……なのに、通用しなかった」
俺はそっとフランベルの頭を撫でる。
「打刀を握って数日だろ。フランベルはこれからさ」
「あと一週間も無いんだよ! クリスなら勝てるのかな? ぼくは……いい気になってたんだ。増長してたんだ」
「自信を持つことは何も悪いことじゃない」
ますますフランベルの顔はぐじゅぐじゅになり、すっかり鼻声だ。
「ししょおおおおおおおお!」
身体を起こすとフランベルは俺の胸に顔を埋めた。
フランベルの自信は彼女の打刀と一緒に、砕かれてしまった。
「どうじよう……せっかく……おし……おしえてもらっだのに……」
問題は打刀だな。代用品はエステリオにはもちろん、王都の魔法武器工房にもあるかどうか。
一閃は長剣では使えない技だが、オーダーメイドするには時間も予算も足りない。
王都に工房を構える名工なんて、向こう三年は予約でいっぱいだろう。
シアンの可変槍に負けない性能を求めるとなると、王都じゃ事実上、刀を入手するのは不可能だ。
適当にあつらえた粗悪品なんて話にならん。
が、刀という武器とフランベルの相性から、今さら長剣に戻すのも惜しい。
悩ましいところだ。
「フランベルは良くがんばってるぞ。俺の教えもちゃんと吸収できてるしな」
技のキレならシアンと同等だ。
まだフランベルが届かない部分が多いことも事実だが、それを自分で解っているからこそ、フランベルもこんなに悔しがっているんだろう。
シアンには得意な突き技を放ったあとに、消耗しきって眠るような弱点は無い。
それに戦闘実技しか使わなかった。各種魔法と組み合わせた戦術は、当然シアンも用意していてしかるべきだ。
入試次席に目立った弱点は無いだろうな。
「ぼ、ぼくなんて……うぇ……うぇえええ」
「あんまり自分を卑下するなって」
彼女の頭をそっと撫でる。
夕日射す医務室に、しばらく沈黙が続いた。
フランベルは呼吸も荒く、えずきっぱなしだ。
悔しかったんだな。つらかったんだな。
よしよし。大丈夫だ。俺がついてる。
「師匠……ぼく……どうしたらいい? どうしたらもっと強くなれる?」
「フランベルくらいの年齢なら、一日で見違えることだってある。焦りは禁物だ」
「師匠もそうだったの? 一日で見違えるほど、強くなったことがあるの?」
「ん? あ、ああ」
そっと俺の胸から離れると、フランベルは涙混じりの目をこするようにして顔を上げた。
「どんな修行をしたの!? 教えて師匠!!」
一番効果的だったトレーニングは、魔王とタイマン……かな。
さすがにこれはおすすめできない。
「うーん、教えるって言っても、俺の場合はその……フランベルが俺と同じ修行をしても、うまくいくとは限らないし」
おすすめはしないが、高位魔族との殺し合いに勝る実戦経験は無いだろう。
シアン・アプサラスの戦いを垣間見たが、実力の片鱗は感じられた。
あの年齢でフランベルを圧倒したところをみると、かなりの修羅場をくぐってきたんだろう。
もしかしたら、シアンには魔族との戦闘経験があるのかもしれない。
四賢人――アプサラス家が養女に迎えたのも、おそらくその実力を高く評価したからだ。
最高品質の武器を与え、世界最高峰の環境であるエステリオに送り込み、一流の教員のクラスに学ばせる。
アプサラスは次世代の勇者でも育成しようってのか?
さて――。
「し、師匠? どうしたの? ……やっぱりぼくじゃ、シアンには勝てないのかな? ううん……シアンだけじゃないよね……ギリアムクラスの誰が出てきても……」
フランベルはしょんぼりとうなだれた。
そういえば、ギリアムクラスの代表は誰になるんだろう。
正直なところ、シアン以外は誰が出てきても一緒な気がした。
まるで負ける気がしない。
今日のフランベルの一閃の仕上がりなら、成績上位者だろうと同じ一年生で反応できるやつなどそうそういない。
技を外さなければ勝ちだ。
フランベルが力を出し尽くして倒れる前に、相手が場外までぶっ飛んでいくのが目に浮かぶ。
「勝てるぞフランベル。まだ一週間あるんだ。これからもビシビシ行くぜ!」
「し、師匠おぉ……」
再びフランベルは鼻声になって瞳を潤ませた。
「けどまあ、打刀は砕かれちまったな」
シアンとの試合で、明確に勝敗を分けたのは武器のクオリティだ。
もし同格の武器なら、一方的にフランベルが吹き飛ばされるようなことは無かった。
「ど、どうしよう……あの刀、すごく良かったのに……ぼくの力が足りなくて……作った人にも申し訳ない気持ちでいっぱいだよ」
やばい、落ちこませてしまったぞ。
「まあまあ、そんなに責任を感じるなって。きっとあの刀を作ったやつも、力を出し切って折れたと解れば、お前を責めたりしないって。むしろもっと良いものを! って、奮起するさ。あの刀には、そういう前向きな魂が感じられたからな」
困り顔になりながら、フランベルは小さく「そうだね。うん……そうだといいな」と頷いた。
「フランベル。今日はもうクリスとプリシラは帰したから、お前も寮に戻ってゆっくり休んでくれ」
「えっ!? でも……刀が……武器用具室に、もしかしたら打刀があるかもしれないし」
「そっちは俺に任せてくれ」
申し訳なさそうにフランベルは「うん」と頷くと、ベッドを出て立ち上がる。
「痛たた……」
左肩にまだダメージが残っているみたいだ。
プリシラが傷を治して痛みもある程度緩和させてくれたみたいだが、それでもまだ回復しきっていないのか。
「明日の朝練は休んでいいぞ」
フランベルはブンブンと首を左右に振る。
「一日だって惜しいよ!」
俺は軽く彼女の脳天に手刀を「こんっ!」と当てた。
「痛っ!」
「休息も修行のうちだぞフランベル」
「うう、師匠の愛の鞭が痛いよ!」
身体の傷も心の傷も、まだふさがりきっていないフランベルを、俺は校舎の外まで送る。
昇降口で彼女は振り返ると、小さく笑った。瞳は悲しげだ。
無理して笑っているのがみえみえだぞ。
「師匠! ここまででいいよ」
外は日が落ちすっかり暗くなっていた。門限ぎりぎりだ。
「正門まで送るぞ?」
そっと目を伏せて、フランベルはかすかに首を左右に振った。
「大丈夫だよ。師匠のおかげで、ぼくはもう……大丈夫だから。いっぱい泣いて、いっぱい悔しくて……スッキリしたよ」
ダンスのターンをするように俺に背を向けて、フランベルは葉桜の並木を正門方面に向けて歩き始めた。
口では大丈夫と言っても、挫折から立ち直るきっかけを、フランベルは模索している。
今夜は大仕事になりそうだ。




