52.チャレンジャー
獅子王との特訓から一夜明けた、翌日の放課後――。
エミリアは教員会議で、今日の放課後の練習はお休みだ。
会議の内容は、あと一週間後にまで近づいた、交流戦の準備に関することらしい。
学園内の空気もにわかに、お祭りムードが漂い始めていた。
というわけで、本日の三人のコーチは俺に一任された格好だ。
ローテーションで、今はクリスとフランベルに実戦形式の組み手をさせている。
プリシラには、思わぬところで手に入った新武器に慣れてもらうため、相変わらずの素振りをしてもらった。
武器が重くなったと不平をもらしつつも、特訓を開始した当初とは別人のように、プリシラは真剣に練習に打ち込んでいる。
クリスと軽く刃を合わせながら、フランベルが少し不機嫌そうに呟いた。
「ぼくも戦ってみたかったなぁ……獅子王。強い敵を前にしてこそ、我が心の剣も燃えるんだよね。プリシラもう一回呼びだしてよ!」
プリシラが素振りをしながらあきれ顔になる。
「あれは運が良かっただけで、もしかしたら死んでたかもしれないんだよ?」
フランベルは意にも介さない。
「そっかぁ。ねぇねぇ! クリスはどうだった!? 死ぬかと思った?」
「え、ええ。死んでいたかもしれないわね」
フランベルはほっぺたを膨らませながら、口を尖らせた。
「いいなぁ。うらやましいなぁ」
クリスもプリシラも困り顔だ。
俺はフランベルの背後に回ると、後頭部に軽くチョップを食らわせる。
「痛ッ! 師匠! 組み手の最中に愛の鞭は勘弁してよ!」
「お前、ちょっと調子に乗ってるだろ?」
クリスに視線で組み手のストップをお願いしつつ、俺はフランベルの前に回った。
「べ、別にそんなことないよ! ただ、調子はいいと思うんだよね。まだ、一閃の力の配分はできないんだけどさ。それだって、あと一週間でモノにしてみせるよ!」
自信満々でフランベルは胸を張る。
増長しないよう軽く釘は刺したつもりだが、好調と自信はそのまま維持してもらいたいところだ。
クリスが再び、フランベルに向けてショートソードの切っ先を向けた。
「続けましょうフランベル」
「よぉし! やろうやろう!」
二人の組み手が終わったら、次はプリシラとクロちゃんのコンビネーション練習だな。
ただ、クロちゃんは隠し球だ。
ギリアムクラスの生徒が俺たちを警戒してスパイするなんて、連中のプライドが許さないとは思うんだが……。
念のため、召喚獣を交えた練習は室内闘技場を使うことにしよう。
今日は確か第四闘技場が空いていたはずだ。
三人それぞれ力をつけてきて、やれることが増えてきた。
教え甲斐も比例して増えて……ん? なんだ?
校舎の方から黒髪の女子生徒が、まっすぐこちらに向かってくる。
少女はその手には可変槍を携えていた。
クリスとフランベルも手を止め、プリシラも視線を向け直す。
「シアン・アプサラス……」
クリスが呟きながら息を呑んだ。
やってきたのはギリアムクラスのエースの少女だ。
シアンとはダブリン事件以来だが、いったい何の用だ?
それに、見れば彼女は右目に黒い眼帯をつけていた。
達人が片方の視野を封じて特訓をすることもあるんだが、それに倣ったとでもいうんだろうか?
シアンの放つ物々しい雰囲気に、友好的な要素は見受けられない。
スパイというには正面から堂々と、彼女は近づいてきた。
クリスたちには目もくれず、俺の前で立ち止まる。
「レオ・グランデ。今日はお願いがあって参上した」
「俺に? お願いとはずいぶんと下手に出たな」
「こちらに強制する権利はない。あくまで双方の合意がなければ成立しないからな」
プリシラがシアンの顔を指さし告げる。
「あんた、レオにコーチしてもらおうとか企んでないよね? っていうかその眼帯似合ってないし!」
シアンはプリシラに一瞥もくれない。俺の顔を見たまま返答する。
「この右目のことなら問題無い。そちらへのハンデと受け取ってくれて構わない。私は練習試合の申し込みに来たのだ」
ハンデを自ら背負って練習試合を申し込みにくるなんて、相当な自信だな。
先ほどからシアンは左目だけの視線を、俺からまったく外さない。
こちらの返答を待っているようだ。
「ギリアムに何か吹き込まれたのか?」
「この行動は私の意思によるものだ。返答を求む」
片方だけの黒曜石色の瞳に、迷いは見られなかった。
俺は口元を緩ませる。
「断る。対決は本番まで楽しみにしておくんだな」
シアンの視線がゆっくりとクリスに移った。
「自信がないというなら仕方ない。良かったな……守ってもらえて」
淡々とした口振りだが、シアンのそれは明かに挑発だ。
乗るなよクリス。
「わ、私は守ってもらうばかりじゃ……」
俺はクリスをたしなめるように目配せした。
下唇を噛むと、クリスはシアンから視線をそらす。
悪いがその悔しさは試合で晴らしてくれ。
そんなやりとりの一方で、プリシラが「しっし!」と手を扇ぐように振った。
「あたしら今忙しいの。消えてくれる?」
相変わらず、身内とそれ以外とだとプリシラは性格が豹変するな。
シアンは歯牙にも掛けない。
というか、顔こそ向けたがシアンはプリシラのことを見ていなかった。
手にしたアダマンタイトスタッフをじっと見据える。
「使いこなせもしない武器に振り回されるなどお笑いぐさだ」
あざけるように、シアンはプリシラも挑発した。
「あ、あたしのコレはおまけだし! “寄せ集め”だからって舐めないでくれる?」
召喚獣は隠し球だから、絶対にばらすなよプリシラ!
シアンが小さく鼻で笑う。
「貴様は人数合わせの捨て駒に過ぎない。興味はない」
プリシラの顔が真っ赤になった。
「あ、あたしだって勝つし!」
これはまずいな。
「プリシラ。それ以上相手にするな。というわけだから、お引き取り願おうか?」
シアンは小さく息を吐く。
どうやら次の標的はフランベルのようだ。
「貴様はどうだ?」
「いいよ! やろうやろう!」
フランベルがにっこり笑った。俺が止める前に勝手に話を進めるな!
「いや待てフランベル。コーチの俺がやらないと決めたのに、受けるなよ」
「いいじゃないか師匠! ぼくは自分の力がどれくらい通じるか試したいし、シアンがどんな風に戦うかも見てみたい! それに、本番でシアンと戦える保証もないからね」
シアンが頷いた。
「同意する。私は彼女に試合を挑む」
「ぼくはフランベル・スワロウテイル。勝負だシアン!」
シアンの実力を計るには、たしかに絶好の機会だ。
「フランベル。あの技は使うなよ」
「もちろんだよ師匠! だから……いいよね?」
クリスとプリシラは不安げだが、まあ、俺が見てる前で二人が戦う分には、いつでもストップをかけられるし、フランベルのやる気も十分だ。
「わかった。俺が審判に入る。構わないな?」
シアンは俺をじっと見つめると、小さく頷いた。
「了解した」
「そんなに怖い顔をするなよ。ジャッジは公平にするから」
「その点は心配していない」
「おっ! 俺ってそんなに信頼があるのか?」
シアンは首を左右に振ると、フランベルに可変槍の切っ先を向けた。
「誰が見てもわかる形で完膚無きまでに叩きのめし、私が勝利するからだ」
その言葉も表情も自信に満ちあふれ、シアンの本気がにじみ出ていた。




