51.召喚士
獅子王が元の世界に戻るのを見送り終えて立ち上がると、プリシラが俺の元に駆け寄ってきた。
彼女は両手で包むようにして、俺の手を握る。
度重なる訓練で彼女の掌はマメだらけだ。
「レオっち、怪我してない?」
「大丈夫だ。な? クリス」
突然話を振られて、クリスは一瞬ぎょっとした顔になったが、すぐに小さなせき払いを挟んで頷いた。
「ええ。問題無いわ。レオへの攻撃は減算の魔法式でほとんどカットしたし、せいぜい派手に吹っ飛ばされたくらいでしょ?」
俺はゆっくり頷いた。
「そういうことだ。じゃあ、さっそくクロちゃんを呼んでみようぜ?」
プリシラは「ええー」と不満げだが、クリスがじっとプリシラを見つめる。
「私もすごく気になるかも」
手にしたアダマンタイトスタッフをバトンのようにクルクル回して、プリシラは「しょうがないなぁ」と息を吐いた。
すぐにも召喚を始めようとするプリシラに、俺はストップをかける。
「ちょっと待った。もうクロちゃんとは慣れてるだろうし、祭祀場の外でやってみてくれ」
祭祀場の力を借りないで召喚できなければ、交流戦で力を借りられないからな。
「えー! ちょっと! そういうのは早く言ってよ。もう!」
少しだけ不機嫌そうなプリシラを、クリスが「まあまあ」とたしなめた。
祭祀場のステージを降りると、さっそくプリシラが召喚魔法言語を奏でるように口にした。
俺は秒数を計る。
五秒でプリシラの足下に魔法陣が浮かび、そこからピョン! と、黒い獣が飛び出してきた。
「え!? クロちゃんなの? マジで!?」
呼びだしたプリシラが一番驚いていた。
俺もクリスも、先ほど見たクロちゃんとは似ても似つかぬ別の召喚獣が出てきたのかと、錯覚するほどだ。
精悍な肉体と、美しい毛並み。
スッと伸びた四肢を持つ雄ライオンの成獣だ。
無邪気な瞳だけはクロちゃんの面影がかすかに残っている。
獅子王のような冷たさはなく、どことなく愛嬌のある顔だった。
プリシラに顔をスリスリさせて、クロちゃんはころんとその場に転がると、おへそを見せるようにひっくり返った。
ランクCの召喚獣。
正直、エステリオの一年生が扱える代物じゃない。
なにより召喚獣とのパスの強度……信頼関係の構築が済んでいるってところが強みだ。
こればかりは一朝一夕じゃ育たない。
クロちゃんの豹変振りに、クリスが困り顔になる。
「あ、ああ……仕草は可愛いけど……こんなクロちゃん嫌かもしれないわ」
プリシラが少しだけムッとする。
「クリっちってば見た目で判断しすぎぃ! この子はクロちゃんだよ!」
「ご、ごめんなさい」
素直に謝るクリスにプリシラは「ぷっ!」と吹き出した。
「ぷ、ぷふ……あは……あははははは! もうこれじゃ抱っこは無理だけど、背中に乗せてくれるって!」
なに!? マジか。俺はつい、前のめりになる。
すげぇ! 乗ってみたいぞ!
「俺も乗せてくれるのか!?」
プリシラは口を尖らせた。
「ざーんねん! クロちゃんは雄だから、男は乗せない主義なんだって!」
「なんだよ男女差別かよ!」
あとで親父(獅子王)を呼び出して説教だな……こりゃ。
クリスの顔がぽやーっと赤くなる。
「それ、いいかも」
プリシラがクロちゃんの喉のあたりを撫で撫でしてから「それじゃね!」と、元の世界に送り返した。
「ところで、プリシラはクロちゃんの言葉がわかったのか?」
俺に質問されて、あっ! と、プリシラは声をもらした。
「そういえば……幻体を呼びだしたあとって、会話できなかったのに……なんでだろ? 今は自然と、お話できてた気がするし!」
「プリシラがそれだけレベルアップしたってことだな」
「うーん、ちょっと実感ないけど……でもでも、レオっちに言われてやってみてよかったのかな? なんか、迷惑ばっかりかけちゃったけど」
クリスがそっと首を左右に振った。
「そんなことないわ。誰かと連携して戦うことなんてなかったから、私の方こそすごく勉強になったもの。ありがとうプリシラ」
プリシラは恥ずかしそうにうつむいた。
「えへへ……クリスに言われると、悪い気しないし」
二人は笑い合う。
「ところで俺には何にもなしか?」
プリシラは「うん!」と力強く頷いた。
「レオっちは、わがままなあたしの方が好きなんでしょ?」
「お、おう! 男に二言はない」
腕を組んで胸を張る俺に、プリシラは詰め寄ると……そっとカカトをあげて背伸びをした。
チュッ――。
と、柔らかい感触が、唐突に俺の頬に触れる。
「ありがとレオっち!」
いきなりプリシラに……キスされた。
ほっぺただけど。
ほっぺたでも。
ほっぺたであろうとも!!
え、えええええええええ!? いや待て! い、いきなりどうしたんだ?
プリシラご乱心か!?
「あ、あの……ええと……あの……ふ、二人ってそういう!?」
クリスの目が点になる。プリシラは上機嫌だ。
「こんなの挨拶じゃん! クリスってば焦りすぎぃ」
俺だって焦ったぞ。
プリシラは目を細める。
「せっかくだから、これからはクロちゃんにも……頼ってみちゃおっかな? あたしって、わがままだもんね?」
彼女は小悪魔っぽくスマイルを浮かべてみせた。




