48.開戦
獅子王はずしっと腕を組むと、牙をちらつかせながら威嚇するように宣言した。
「己の力量もわきまえず、我を呼び出した報いはその命によってのみ、あがなえるであろう」
殺気100%の視線をぶつけてくる獅子王に、俺は口元を緩ませる。
「つまり、俺たちを殺すってか? そいつは早計だな。少し話を聞いてくれよ」
「無礼な男だ……問答無用!」
獅子王が乱暴に腕を振るった。
「おっとっと!」
俺はよろけるフリをして二歩下がる。
瞬間――目の前の石床がごっそりと獅子王の一撃で削り取られた。
「待って! あ、あたしが呼んだんだから、レオっちは関係ないし!」
プリシラが前に出ようとするのを、俺は制するように止める。
「待てプリシラ、それにクリスも」
俺が攻撃されるのに呼応して、クリスは俺を守るための斥力場を展開していた。
式の完成と斥力場の展開までのタイムラグはおよそ0.5秒。
間に合いはしなかったが、なかなかの速度だ。
クリスは獅子王に対して、消滅の魔法式を展開しようとしていた。
「それは使うなクリス」
「で、でも……」
「この場は任せてくれ」
召喚獣も王ほどになると、ランクAの理論魔法さえ無効化するような輩はゴロゴロいる。
おそらくクリスの理論魔法は、獅子王に通じなかっただろう。
即死系は格上に通りにくい。
俺に攻撃をかわされたことに首を傾げながら、獅子王が嗤った。
「運が良かったな小僧」
俺は不敵に嗤い返した。
「いきなり殴ってくるなよ。危なっかしい奴だ。それにお前が何者であれ、プリシラに呼び出された事実は変わらないだろ。立場と口の利き方に気をつけろよ」
獅子王の青い瞳がプリシラに敵意をもって注がれた。
「この娘の力ではあるまい。この場の力だ。ますます腹立たしい」
「まあな。半分は祭祀場の力だ。けど、召喚は召喚だろうに。こちらの世界に来たんだから、ルールには従ってもらう」
プリシラがブンブンと頭を左右に振った。
「止めようレオっち! もう二度と呼んだりしないから帰って!」
獅子王が吠えた。
「ふざけるな小娘が! 覚悟も無く我を呼んだというならば、ますます許すわけにはいかぬぞ」
クリスがすかさず身構える。すでに斥力場の魔法式を九割がた構築していた。
あとは座標入力をするだけの状態だ。
さらにもう一つ、クリスは獅子王に向けて魔法式を完成させていた。
「理由はあるわ。プリシラに力を貸してちょうだい!」
「ではその忌々しい拘束の力はなんだ? それがものを頼む態度か?」
クリスが展開していた重力の足かせをつける魔法式は、あっさり獅子王に看破されていた。
そもそも隠蔽の魔法式の組み込みは、対象とする魔法が高度になるほど難易度も上がる。
それに経験がモノを言う分野だ。
魔法式を看破されて、クリスは苦々しくうめいた。
「うっ……そ、それは……」
今まで、高度な魔法式を理解できた同世代がいなかったのだから、わざわざ魔法式の隠蔽なんてしたことなかったんだよな。
理論魔法使いが格上と戦うということは、こういうことなのだ。
言いよどむクリスに獅子王が再び吠えかかる。
「やはり人間など信用できぬ。皆殺しだ。この檻もやぶり、この地の人間という人間すべて殺し尽くしてくれる。蹂躙だ」
学園の生徒を皆殺しにしそうな勢いで、獅子王は言い放った。
「では始めよう。まずは貴様から引き裂いてくれるぞ」
獅子王がプリシラめがけて跳びかかろうとする。
その瞬間を狙って、俺は獅子王の地面を蹴る足に、突くような蹴りを入れた。
絶妙なタイミングでガスッ! と、俺の蹴りが獅子王の膝を打ち抜く。
「俺の可愛い生徒に何しようってんだ畜生が」
「――!?」
人間ごときに動きを止められて、獅子王は大いに驚いているようだった。
「ぐ、き、貴様……いったい……」
本能で戦う獣の王は知らないだろう。
人間には研鑽し、師匠から弟子へと伝承されてきた格闘の技術がある。
より最小限の力をもって、最大の効果を得る攻撃方法だ。
「どうした獅子王」
「偶然は三度は続かぬぞ」
さすがに軽く蹴っただけなので、膝を砕くまでには至らなかったか。
ランクA+……頑丈だ。
憎らしげに俺を睨みつける獅子王に、俺は告げた。
「殺すのなんのの前に、ルールを守れっつってんだよ」
獅子王は憎らしげに言う。
「なぜ我が貴様らに合わせてやらねばならぬ?」
「なあ獅子王。お前の存在座標を開示する条件はなんだ?」
存在座標というのは、住所みたいなものだ。これを知ることができれば、次からは祭祀場の補助なしにも、こいつを呼び出せるようになる。
「ぬう……」
獅子王は唸るだけで返答しない。
「言えないとは言わせねぇ。あるんだろ? 俺はお前に、情報の開示を請求する」
相手が人語を解するのを良いことに、俺は感情魔法を言葉に織り交ぜて交渉を続けた。
「無いでもない。我らの力を得たいのであれば、我に一撃を食らわせてみせよ」
「なるほどな。シンプルな条件で助かったぜ」
例えば美味しいケーキを食べさせろだの、ギルカを億単位でよこせだのと、召喚獣の性格によって条件はまちまちなのだが、獅子王には単純に力を示せば良いらしい。
俺は振り返ると二人に言った。
「じゃあ、さっそく三人でこいつに一撃くらわせるとしようぜ」
クリスが不安げに聞いてくる。
「だ、大丈夫なのレオ?」
プリシラは半分泣いていた。
「もうやめよう! ね! 殺されちゃうよぉ!」
俺は笑って返す。
「なーに。今日までの特訓の良い力試し……」
言い切る前に俺の身体は横に吹き飛ばされた。祭祀場の柱に叩き付けられる。
獅子王が嗤った。
「まず一人」
俺を小突いて吹き飛ばしただけで、勝ったつもりでいるようだ。
あんまり油断してると俺の生徒たちに足を掬われるぜ?
立ち上がろうかと思ったが、俺はしばらく倒れたままの姿勢を維持した。
なぜなら、今まで泣きっ面だったプリシラが、俺を背に庇うようにしてクォータースタッフを構え、獅子王に立ちはだかったからだ。




