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46.召喚魔法入門

祭祀場は召喚魔法の実践訓練のために利用される、エステリオの魔法学の粋を集めた特別な施設だった。


術者の実力を越えた、より高いレベルの召喚魔法が可能となる。


ランクを一つ上げた召喚獣と交流は、危険も大きいが得られる経験は貴重なものだ。


エステリオの敷地内――残された自然林の中に建てられた祭祀場は、四方に尖塔を持つ二十メートル四方のステージで、各種召喚を補助する魔法がステージそのものに組み込まれていた。


クリスが自分の親指と人差し指を、自身のあごに添えるようにした。


考える仕草がなんとも絵になる女の子だ。


「まだこの科目は座学のみで、実践訓練のカリキュラムは二学期からのはずよ? それに祭祀場を使うのはもっと先じゃないかしら?」


プリシラは不思議そうにステージや塔を眺めてから、首を傾げさせていた。


「ねえねえクリっち。ここってなんなの?」


クリスが驚いたような声で返す。


「もしかして、知らないでついてきたの?」


「だってレオっちがついてこいっていうからぁ」


「ええと……その……」


プリシラが召喚魔法を使いたがらないのは、周知の事実だ。


言いにくそうなクリスに変わって俺はニカッと笑った。


「ここは祭祀場。召喚魔法言語学の実践をする場所だ」


プリシラが首をブンブン左右に振った。ふわふわの金髪が大きく揺れる。


「えっ……だ、だめだめ! だめだよレオっち! 召喚魔法は!」


たしかプリシラは可愛い召喚獣しか出せないんだったか。


「プリシラが呼び出せる中で、一番大きな召喚獣を出してみてくれ」


ムッとした顔でプリシラは俺に詰め寄った。


「できないし! つーか、やりたくない」


「どうしてもか?」


「ど、どーしても……はずいし」


クリスが心配そうに俺を見つめた。今にも「無理強いはよくないわ」と仲裁に入りそうだ。が、俺はクリスを視線で制す。


以前のクリスなら、信じてもらえなかっただろう。


だが、今のクリスは俺が何者なのかを知っている。


聡明な彼女なら、俺のやることにきちんと意味があると解ってくれるはずだ。


小さく息を吐いて、クリスはコクリと頷いた。


どうやらこの場は俺に預けてくれるみたいだな。


俺はプリシラに向き直った。


「よし! どれだけ可愛くて戦いに不向きか、召喚してみせてくれ。それで俺が納得したら、召喚魔法は交流戦で使わない育成計画に切り替える」


プリシラは不本意そうにため息をついた。


「それ、約束してくれる?」


「ああ。約束する」


うつむき気味にプリシラは呟いた。


「じゃあ……ちょっとだけだからね。レオっちだから、特別だよ」


プリシラは祭祀場のステージの上にあがった。


ステージの下で待つクリスにプリシラが確認する。


「ねえクリっち! このサイシジョーって、使うのに何か特別なこととかしなきゃだめかな?」


「ちょっと待って。私も机上の知識で……」


困ったクリスが俺に助けを求めるような視線を向ける。俺は頷いた。


このタイプの祭祀場は、ステージの上にいるだけで装置の恩恵が得られるものだ。


四方の尖塔は万が一のための結界で、ランクBまでの召喚獣を閉じ込める強固な結界魔法になっている。


万が一の事故にも安心の設計だった。


俺の視線を「問題無い」と受け取って、クリスがプリシラに手を振った。


「問題ないそうよ」


「え? なにその言い方?」


「ええと、問題ないわ! そのまま始めてちょうだい」


少し焦り気味に返したクリスに「変なクリっち」と、プリシラはぼやいてから、召喚魔法言語を歌うように奏でだした。


プリシラの召喚魔法には魔法歌の要素が自然と重なっている。


亜流というか我流というか……ただ、悪くない。


気持ちのこもった優しい音色だ。


召喚魔法言語による疎通が完了すると、プリシラの足下に魔法陣が生まれた。


そこからぴょこんと、黒い猫科の小動物が飛び出してくる。


「召喚! クロちゃん!」


「にゃああああああああああああああああああああああん!」


黒猫……なのか? 猫にしては前後の足が太くがっしりとしていた。


大きめな黒猫の登場に、クリスがうるっと瞳を潤ませる。


「か、かわいい……」


艶のある毛並みに、青い瞳が印象的な黒猫(?)風の召喚獣だった。


人間の言語を操る知性はないようで、にゃーにゃーと鳴いてはプリシラの足にスリスリしている。


プリシラが抱き上げてステージのふちまでやってきた。


「ね? 可愛いでしょ?」


「にゃああああん!」


力強い鳴きっぷりだ。ツメをひっこめてぬいぐるみみたいだが、牙もなかなか立派なものだった。


「わ、私も……その……さ、触ってもいいかしら?」


確認するように俺の方を向くクリスに、頷いて返事をした。


召喚者以外がステージ上にいても、問題ない作りになっている。


まあ、それでも召喚者が集中しやすいよう、詠唱中はみだりに上がらない方が良いんだけどな。


俺はお手本を示すように、ステージに上がった。それを見て問題無いと理解したクリスも、ステージの上にやってくる。


言葉にしなくても、クリスにはなんとなくで伝わった。不思議な感じだ。


と、俺が思っている間に、プリシラがクロちゃんをクリスに抱っこさせようとしていた。


「にゃーん!」


「ちょ、ちょっと! いきなり抱っこは難易度が高すぎるわ。まずは撫で撫でから始めさせてちょうだい」


プリシラがにんまりと口元を緩ませる。


「クリっちってば、こういうのは習うより慣れろだよ?」


そっと、赤ちゃんを抱かせるような素振りで、プリシラはクロちゃんをクリスの腕に抱かせた。


「にゃーん!」


クリスに抱かれて居心地が悪そうに、クロちゃんは身をよじらせる。


プリシラがすかさず「クリっち、お尻のあたりに手をそえて! そうそう良い感じ」と抱っこのやり方を指導する。


クリスが言われた通りにすると……。


「にゃおーん……ゴロゴロ」


クロちゃんはクリスの腕の中で気持ちよさそうに喉を鳴らしだした。


クリスの両肩がプルプル震える。


「か、かわいい……」


プリシラもにっこり優しく微笑んだ。


「でしょでしょ? こんな子を戦わせるなんて無理だし」


俺は首を傾げつつプリシラに聞く。


「他には何か召喚できないのか?」


「できるけど、みんなこの子よりちっちゃいよ? この子が一番大きな子なの」


そうか……。


プリシラの召喚魔法言語は構文の間違いもあるし、正確とはいいがたい。


が、歌うような心地よさに惹かれて、小さくて可愛い召喚獣が呼び出されやすい傾向にあるのかもしれない。


プリシラが勝ち誇ったように胸を張った。


「どう? レオっち! これであたしの召喚魔法が戦いに全然向いて無いって思い知ったでしょ?」


自慢することか! まったく……。


見ればクリスがクロちゃんに夢中になって、ほおずりまで始めていた。


大人びた態度を取りがちなクリスが、ここまで無邪気な顔を見せるなんてなかなか希少な光景だ。


クリスから視線をプリシラに向け直し、俺は腕組みをして胸を張った。


「そんなことはないぞ。召喚魔法の基本はできてるし、この祭祀場を利用してちょっと工夫すれば、強い召喚獣も呼び出せるぜ」


一度呼び出すことに成功して、仲良くなれば、以降は祭祀場じゃなくても呼び出せる。



まあ、その仲良くなる方法――パスの通し方ってのが、召喚獣ごとに違うのが、やっかいなところだが。そこら辺は人間を相手にするのと同じだな。

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