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44.これからの二人

ギリアムのお使いを済ませた俺は、エステリオの敷地までクリスの家のお抱え馬車に乗って戻った。


馬車を用意できるあたり、クリスの家は裕福なようだ。


警戒はしているが、刺客が再び姿を現す気配も無い。


馬車の中で俺は、クリスと今後の方針を話し合った。


「今さらなんだが、エミリア先生やプリシラやフランベルを、騙しっぱなしなのは……やっぱり少し悪い気がするな」


「その罪悪感の半分は、私が受け持ってあげるわ」


俺が正体を明かしてからのクリスは、どことなく表情が柔和になった気がする。


「悪いなクリス。時が来たら俺の口からみんなに言うよ」


当面、俺が勇者であることはプリシラにもフランベルにも、エミリアにも秘密にすることにした。


三人を信用してないわけじゃない。ただ、いきなり「俺が勇者だ」と言われても、受け止めきれないだろう。


クリスも同意してくれた。


クリス自身、俺の告白にショックで常識が根底から揺らいだそうだ。


感情の起伏が激しいプリシラや、気弱なエミリアが知ったら混乱は必至だろう。


心配そうにクリスの眉尻が下がった。


「それよりも……刺客のことは大丈夫なの?」


馬車は夜道を月明かりに照らされて疾走する。学園の敷地までは舗装された街道が続き、周囲も拓けていて視界が通る。


身を隠しての奇襲には向かないだろう。


俺が暗殺者の立場なら、遠距離狙撃を狙うところだ。


移動する馬車をピンポイントで狙う技術があるなら、もうとっくに仕掛けて来てもおかしくない。


エステリオまであと少しだ。


「学園の敷地に入れば、魔族はそうそう入って来られないし問題無いだろう」


少女はほっと息を吐く。


「刺客を逃した以上、今後も学園の外で狙われる可能性があるのよね?」


「命を狙われるのには慣れっこだ」


クリスは伏し目がちになった。


「今後は……今日と同じ事が起こるかもしれないわね」


いっそう深刻な顔で彼女は呟く。


「ん? どうしたんだ?」


「魔族が貴方と知り合った人間を人質にとることもあり得るから」


なるほど。それは最も効果的な方法だな。


俺が一番恐れていることだ。


クリスの不安をこれ以上広げないよう、俺は笑った。


「その時は全力で助けるさ。それに学園に張り巡らされた結界は対魔族に特化されたものだから、敷地内は安全……そうだろ?」


「ええ……そうね」


こればかりは気にしたところでどうにもできない。襲撃者はこちらの都合などお構いなしだ。


エステリオの結界が“ある部分において不完全”なのは、魔族に対して特に有効になるよう設定されているためだった。


おかげで、時々その結界の網の目をすり抜けて侵入する害獣を、駆除をする必要性はあるんだが……開校以来、学園は魔族の侵入を一度として許していない。


クリスはため息混じりに呟いた。


「ところで、私への特訓はどうなるのかしら? レオ先生」


「せ、先生ってなんだよ?」


「あなたはランクA……ううん、それ以上の理論魔法使いなんだから、私に教えられることはたくさんあるでしょう? さっきの破壊魔法と対抗策となる防壁魔法も、私の知らない魔法式だったわ」


「ん、あー……ええと……ゴホン」


俺は小さくせき払いを挟んだ。


クリスの美しいエメラルド色の瞳が期待に輝く。


「俺が知っててクリスの知らない魔法は、ほぼ試合で使えない禁呪ばかりだからな。それより、クリスはショートソードの間合いを理解するのが先だ」


「わ、私は勇者になりたいわけじゃないから、剣を使いこなせるようになる気はないわ」


不機嫌そうにクリスはムッとしながら俺を睨む。


「しょうがないな。ヒントを一つやろう。逆に考えるんだ」


「え? 逆……って」


クリスがキョトンとした顔になる。


「謎が解けたら、クリスの理論魔法は机上から外に出た実戦型になるぞ」


「ちょ、ちょっと! 意味が解らないわ! ただでさえ特訓ができる日数は限られてるのに……」


クリスのようなセンスの塊には、理論魔法の特訓はあまり効果が無い。


なにせ、破壊魔法と防壁魔法のぶつかり合いを初見で理解して、クリスは不完全ながらも防壁魔法の再現までしてみせた。


出来ない人間には一生掛けても不可能なことを、彼女は生死の際の一瞬でやってのけたのだ。


「ともかく、今は理論魔法を教えるつもりはない」


少しだけしょんぼりした顔で、クリスは「けち……」と、聞こえないくらいの小声で呟いた。



馬車が学園の敷地に入る。しばらく車内は沈黙に包まれた。クリスの眼差しは「まだ諦めてないわよ」と雄弁に語っている。


そろそろフランベルとの組み手で、クリスが気付いてもおかしくないんだが。


俺があれこれ言ったせいで、難しく考えすぎてるのかもしれない。


剣士の思考を持つこと。これがクリスの課題だ。


自分が剣士ならどう攻めるか。それが解るだけで、近接戦における理論魔法による駆け引きは、一気に柔軟に、そして複雑になる。


剣士が攻めたくなる隙の作り方を習得するなら、剣士の視点は必要不可欠。


戦闘実技のスペシャリスト――シアン・アプサラスと戦うなら、なおのことだ。


クリスのセンスがあるなら、きっとマスターできるさ。



翌朝の持久走の順位は、相変わらず一位のフランベルがぶっちぎりだった。


戻ってきた彼女に刀の型を指導している間に、僅差でクリスとプリシラが校庭に戻ってくる。


「クリっちにまた負けたぁ」


ついに呼び名の訂正を諦めたらしく、クリスは小さく息を吐いた。


「プリシラはペース配分をした方がいいわよ」


「ペースとかよくわかんないし!」


エミリアが二人に「お疲れ様です」と、タオルとドリンクボトルを手渡した。


フランベルが素振りを終えて二人を出迎える。


「おかえり! さあクリス! ぼくと勝負だ」


「受けて立つわ。始めましょう」


プリシラがその場にぺたんとお尻をついた。


「ああもうぅ……二人ともタフすぎるよ。こっちは朝から魔法力が空っぽだし」


三人とも一日ごとに、戻ってくるまでのタイムが上がってきている。


が、クリスは戻ってきてからフランベルと手合わせできるだけの力を残して、ペース配分をしているようだ。


プリシラはクリスについていくのがやっとみたいだな。


「エミリア先生。クリスとフランベルの組み手をみててくれ」


「は、はい! それじゃあ二人とも準備してください」


数日でエミリアもコーチの補佐がこなれて来た感じだ。


俺は地面に座り込んだままのプリシラに手を差し伸べた。


「大丈夫か?」


「う、うん。ありがと!」


俺の手を取って立ち上がると、プリシラは困り顔だ。


「座ったままでいると身体が冷えるから、プリシラは俺と一緒にクールダウンの体操だな」


「えー! めんどくさいなぁ」


口ではそう言いながら、プリシラと俺はゆったりと調整するように体操を続けた。


その間に、クリスとフランベルの組み手が展開される。


クリスは計算尺無しのしばりを続け、フランベルは抜刀術の一閃を封印しての対決だ。


二人の戦いを見ながらプリシラが寂しげに呟いた。


「やっぱすごいなぁ。クリっちもフラっちも……あたしだけおいてけぼりか」


プリシラもクリスと攻防を分けた組み手をして、十分に自衛できる力がついてきている。


ただ、二人と違って魔法力を攻撃力に転化できていなかった。


「二人に追いつきたいか?」


「え? 無理無理絶対無理だって! そもそも才能が違うし。あたしはその……もちろん、人数合わせとはもう思ってないし、最後まで全力で戦うって決めたけど……ほら、二人みたいには出来ないっていう現実も受け止めてるから」


いつも明るいプリシラらしくない、寂しそうな言葉だった。


そろそろ、こちらからプランを切り出そう。


「お前にしか出来ないことが、もう一つあるだろ」


「え? あたしにしかできないって……」


「召喚魔法だ」


俺の言葉にプリシラは「うーん、それはちょっとなぁ」と、まるで乗り気にはなってくれなかった。


「可愛い召喚獣を戦わせたくないんだろ?」


「う、うん。だって可哀想じゃん」


「ならプリシラは、俺みたいにかっこいい召喚獣を出せるようになればいい」


そう言った途端、プリシラは目を丸くさせて「はああああ!? まだそれ言うわけえぇ!?」と声を裏返した。



俺は大まじめに言ってるんだけどな。

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