43.秘密の共有者
「い、いやあクリス。月の綺麗な夜だな。しかし感心しないぞ。こんな所に独りで来るなんて」
「ごめんなさい。貴方を尾行していたことは謝るわ。ただ……心配だったの。ギリアムが何か仕掛けてくるんじゃないか……って」
気丈な彼女が瞳をうるっと涙で潤ませた。俺を心配して、護衛してくれてたのか。
クリスを危ない目に遭わせたのは、素性を隠して平民のフリをしていた俺の責任だ。
「ええと……だな……俺はこれからギリアムのお使いを済ませるから、終わったら一緒にエステリオに帰ろうか?」
「待って。ちゃんと私の質問にこたえて欲しいの。貴方は理論魔法使いなのよね? しかも、ランクA以上の……」
じっと俺を見つめる彼女に、これ以上嘘はつけなかった。
「ああ……ごめん。ずっと隠してて。クリスが言う通り、俺は魔法使いだ」
クリスの表情が一瞬だけ嬉しそうに晴れた。それからすぐに、いつもの怜悧な瞳に戻して彼女は頷く。
「やっぱり。これで色々と納得もできたわ。模擬戦をした時も、私の魔法式なんて全部透けて見えていたのね」
俺は視線を落とすと、呼吸を整えてからクリスに告白を続ける。
「色々あってエステリオに流れついて……ここで平民として暮らそうと思ったんだ。なのに半年とちょっとでバレるなんて……俺って全然学習しないな。いつも流れ着いた先で、同じようなことを繰り返してきたんだ」
自嘲気味に言うと、クリスはフクロウのように瞳を丸くさせた。
「どうしてそんな嘘をつかなければいけなかったの? 魔法使いとして生きればいいだけの話だと思うんだけど」
「少し長くなるが、いいか?」
俺の言葉にクリスは不安げな表情を浮かべつつも、ゆっくり首を縦に振る。
魔法使いとバレたなら、もう隠すことも無いか。
「俺、勇者なんだ」
「え? ……ええっ!?」
素っ頓狂な声をあげるクリスがどことなく愛らしい。こんな話してしまう自分が嘘みたいだ。
「本当だぞ」
彼女の瞳がかすかに潤んだ。
「う、疑ったりはしないわ。ただ、本当に心の底から驚いているの。勇者は魔王を倒してこの世界を救い、どこかへと消えてしまった。幼い頃から、ずっとそう聞いてきたから」
「あんまりかっこよくなくてごめんな」
「そ、そんなことはないと思うわよ。レオはその……ルックスだって悪くない……というか、良いと思うし、背もほどほどに高いし……って、何を言ってるのかしら私……」
困り顔で眉尻を下げるクリスに俺は笑顔で返す。
「無理にフォローしてくれなくてもいいって。願わくば、今まで通り普通に接してもらえると嬉しいけどな」
「そ、そう。じゃあ遠慮はしないわ。それにしても……勇者が目の前にいるなんて……」
どことなくぽやーっとした視線でクリスは俺の顔をのぞき込む。
「そんなに見られると恥ずかしいんだが」
「ご、ごめんなさい。それに知らなかったとはいえ、世界を救った英雄の貴方に無礼の限りを尽くしてしまったし、その……ビンタまでして」
「気にしてないから! というか全部ノーカン。俺がクリスたちを騙していたんだから、悪いのはこっちだ」
クリスはそれでもばつが悪そうにしていた。
「どうして……こんなことを? 勇者という素性は隠しても、わざわざ平民のフリをするなんて……」
「エステリオの管理人が平民を募集してたってのもあるけど、地方都市だと魔法使いってだけで目立つんだ」
「本来なら勇者は国の運営にも関わらなきゃいけない立場でしょ?」
「堅苦しいのは苦手なんだ。それに、勇者が世界から消えて、みんなそれぞれががんばろうって思い始めたこの世界の流れに、水を差したくない」
思い詰めたようにクリスはうつむく。
「そう……だったのね」
「まあ、そのくせ困ってる人がいると、ついお節介を焼いてバレそうになって……十年くらい流浪の生活をしてきたってわけさ」
ゆっくりと顔をあげて、クリスは小さく息を吐いた。
「不器用ね。レオって……」
「ああ。自分でも嫌になるくらい不器用だ。残念勇者だろ?」
クリスは首を左右に振った。
「ううん。そんなことないわ。立派だと思うし、私が想像していたよりもずっと素敵よ。ええと、人物的に素晴らしいという意味だからね」
「あんまり褒められると、なんだかこそばゆいぞ」
再びクリスは真剣な顔つきを取り戻した。
「あのねレオ。みんなには悪いと思うんだけど、もし良ければもうしばらく『平民』のまま、エステリオの管理人を続けてほしいの」
「続けて……って、じゃあ、クリスは黙っててくれるのか!?」
「ええ。貴方の許可があるまで、正体について私は一切口外しないわ。それに、貴方が理論魔法を使った時は『私がやった』という風にフォローもする」
「それじゃあクリスまで共犯者だぞ?」
「ええ。構わないわ。むしろ光栄ね。勇者の仲間になれたみたいで」
はにかんだようにクリスは笑う。その口振りは無邪気で楽しげだ。
「そうか。ありがとうクリス……俺の仲間になってくれ」
「ええ。喜んで……勇者様」
ニコリと微笑む。まるでクリスは聖女のようだ。
「勇者様は勘弁してください。お願いします」
「じょ、冗談よ。今のはその……本当に、言ってみたかっただけだから」
月の照らす裏路地で、俺とクリスは笑いあう。
“ぼっち”だった勇者の初めての仲間は、天才理論魔法使いの少女だった。




