42.金色と夕闇
放課後――。
エミリアにも手伝ってもらいながら、俺は三人にきっちり指導した。
少し早めに切り上げて、明日の早朝持久走のスケジュールを確認してからクリスたちを寮に帰すと、今日はエミリアに片付けをお願いして、俺は独り王都に向かう。
エステリオから王都行きの乗合馬車の最終便に、うまく滑り込むことができた。
ギリアムから渡された割り符も忘れていない。
店は確か八番街のミョルニル通りにあるアンタレス書店だったか。
八番街というと王都の中では、あまり治安が良くない場所だ。
書店なら四番街の学者通りが充実してるんだが……あの界隈で扱っていない学術書は無いという品揃えなのに、わざわざこの店を選んだのはどういうことだ?
よっぽど珍しいものなのかもしれない。
馬車はあっという間に王都の城門をくぐって、中央の0番街で俺は降車した。
馬車の停車場から、広場中央の勇者像がよく見える。
月夜に浮かぶ巨像の勇姿を見るだけで、歯がゆい気持ちになった。
八番街は南西の方角だ。馬車に乗れたおかげで時間的にも余裕があった。
夜でも王都の目抜き通りは明るい。
八番街は歓楽街で、夜にだけ咲く花のような妖しい雰囲気のある街だった。
店の客引きの目を盗むように、俺はミョルニル通りに向かう。
そこはどことなく鬱蒼とした雰囲気の裏町で、ミョルニル通りというのも名ばかりの、狭い路地が続いていた。
表通りからその路地へと一歩踏み入れば、人の気配はあっという間になくなって、不気味なくらい静かになる。
路地を奥へ奥へと進む。
途中、店まであと数百メートルのところで立ち止まり、俺は振り返った。
視線を感じる。
「誰かいるのか?」
路地裏には猫さえいない。気のせいだろうか。
もう一度前を向いた瞬間――。
俺の右腕めがけて、風の精霊魔法が放たれた。
真空波だ。寸前の所で避けたが、上着ごと肩口からスパッともっていかれた。
裂傷は身体の表面を軽く裂いたに過ぎないが、かなりの切れ味だ。
しかも、発動の直前までこちらに気付かせないよう、入念な隠蔽魔法が組み込まれている。
その場で半身の姿勢で身構えた。発射された真空波の方向から、おおよそ位置を割り出す。敵はずっと、俺の背後よりやや高い場所から狙っていたらしい。
道を挟んで左右に立ち並ぶ建物の上からだ。
すぐさま、気配を隠蔽した精霊魔法が矢継ぎ早に飛んでくる。
軽く跳んで避けるが、途中で軌道修正して俺の方に風の刃が飛んできた。
精霊魔法に対象への誘導効果のある理論魔法を組み込んだか。
実に効果的な組み合わせだ。
避けきれないならと、路地裏に置かれていた木箱を投げつけて、威力を相殺する。木箱は真空波でスパッと真っ二つだ。
襲撃に風の精霊魔法を選ぶのは、火の手をあげないためだろう。
地属性の魔法では、地震のような震動で、街の人間に気付かれる可能性もある。
風の精霊魔法が暗殺に向いているのを知っているようだ。
プロの可能性が極めて高い。
「俺に何の用だ? もう風の精霊魔法は見きったぞ」
視線を上にあげると、黒い人影が屋根の上から俺を見据えていた。
全身黒ずくめの暗殺者。東方のシノビのような装束で、顔も隠していた。
わずかにのぞくのは、その瞳だけ。
金色の瞳が俺を見据える。
魔法使いの瞳の色は宝石のようにカラフルだが、金色というケースはない。
それは高位魔族だけが持つ、特別な色だった。
刺客は性懲りも無く風の精霊魔法を連打してくる。
避けてばかりじゃらちがあかないな。
それに相手が魔族なら、遠慮もいらない。
俺は暗算で理論魔法式を構築と同時に即、展開した。
気付かず刺客は風の刃を放つ。が、それは俺の目の前に発生した斥力場に阻まれる。
「――ッ!?」
相手の焦りが伝わってくる。
理論魔法による斥力場に攻撃を阻まれたことは相手も理解しただろう。だが、俺がいつ斥力場の魔法式を完成させたのか、おそらくわかっていない。
少し本気を出せば、俺はノータイムで理論魔法を構築し発動できた。
これくらいできなければ、生き残れなかったからな。
「一度だけ警告する。このまま去ればよし。まだ戦うというなら、お前は確実に死ぬ。俺は脅しはしない」
沈黙が返答だった。逃げれば良いのに刺客は屋根の上から下りてくる。
その手には刃を漆黒に塗った剣を携えていた。暗がりで間合いを計りにくくするための暗殺剣か。
剣にはなんらかの魔法がかけられているようだが、ランクAの理論魔法でその魔法効果を隠蔽している。
なるほど、高位魔族らしい。
連中の中でも隠蔽術に秀でた使い手か。
手元に剣があれば二~三打ち合って、この暗殺剣を解析したいところだが、あいにくこちらは丸腰だった。
刺客は無言で距離を詰める。良い足の運びだ。こちらの呼吸を読んで心理的な死角のできるタイミングで踏み込んでくるため、時折刺客の姿がブレたように見えた。
並みの人間ならとっくに刺客の姿を“認識の外”にロストしているだろう。
が、すでに俺を中心として半径十メートルの半球型エリアには、感知魔法を仕掛けてある。もちろん、隠蔽済みなので刺客はそれに気付いていない。
隠蔽は何もお前の専売特許じゃないんだぜ。
俺の領域内にいる限り、動きは手に取るようにわかった。
剣による突きをかわし、なぎ払いを放つ腕を軽く蹴り上げ、それでも諦めず攻撃を続ける刺客に俺は問う。
「目的は俺の命か? 誰に雇われた?」
魔族の息づかいが荒くなるのを感じる。
攻撃が当たらないことに焦りを覚えているんだろう。
動きは鋭く洗練されていたが、いささかこの刺客には固さが感じられた。
魔族の暗殺者に、経験不足で若いという印象を受ける。
「ギリアムに雇われたのか?」
こちらの問いには一切応えるつもりはないらしい。
俺は言葉に感情魔法を混ぜた。
「お前の正体を開示せよ」
「言う必要はない」
きっちりと対抗する言葉に魔法力を込めて、俺の感情魔法をうち消した。
声に細工までして素性を隠すのも忘れていない。
仕方ない。倒そう。
俺が魔法式を構築した瞬間――俺の作った半球型の感知領域に、新たに何者かが踏み込んできた。
「レオ! そいつは何者なの!?」
「クリス……なんでお前がこんなところに?」
まずい。刺客の意識がクリスに向いた。人質を取られたら……。
刺客が理論魔法式を構築する。それはランクAの破壊魔法だった。
消滅のように相手を消し去るものではなく、回復不能な肉体の破壊と、最大限の苦痛ををもたらす。
消滅も禁呪に近いが、即死させるだけまだ楽に死ねた。
クリスも刺客の理論魔法に気付いたらしい。
「えっ……嘘……でしょ? なによその式……」
破壊の魔法式はおそらくエステリオを含め、人間の魔法使いで知る者はごくわずかだろう。
魔族が用いる特殊な魔法式だ。クリスは斥力場さえ展開するのを忘れていた。
「――ッ!」
刺客の放った破壊の理論魔法が、音も無く静かにクリスに牙を剥く。
俺は奥の手を使った。
短距離瞬間移動魔法。現在の理論魔法が今だに到達していない、ランクA以上の術式だ。
俺の身体は一瞬でクリスの目の前に立った。同時に破壊魔法を中和する魔法式で破壊のそれを防ぐ。
俺が張った防壁を破壊魔法は完膚無きまでに破壊しつくした。
破壊魔法は完全に防ぐことこそ難しいのだが、着弾前に別のものを壊させれば、その効果のほとんどを失う。
ただ、瞬間移動と同時に魔法式を展開した結果……俺は、地面に膝をついてしまった。
平和な暮らしになれすぎて、身体がすっかりなまっていた。
急激に高負荷をかけ過ぎたようだ。
回復まで五秒はかかる。その間、俺は無防備だった。
「――!!」
刺客の瞳が金色の輝きを増した。再び破壊の理論魔法が放たれる。
俺は回復しきっていない状態で、刺客の破壊魔法式に直接介入を試みた。
いくらか威力を減算させたが……発動を許してしまう。
「逃げろクリス!」
「貴方を置いて逃げられるわけないでしょ!」
クリスは計算尺を構えて、魔法式を構築する。
それは俺がたった今見せたばかりの、防壁の魔法式だった。
不完全ながら防壁は機能して、破壊魔法と相殺される。
とはいえ、俺の減算が間に合っていなかったら、うち消しきれなかったかもしれない。
あがいて良かった。そして……クリスが天才だったおかげで、俺は命拾いだ。
立ち上がると俺は口元を緩ませる。
「残念だったな。今のがお前の最後のチャンスだった。もう俺はお前に魔法を一切使わせない。それに、俺の後ろにいるクリスはランクAの理論魔法使いだ……それでも、まだやるか?」
「…………ッ」
刺客は重力制御魔法で体重を相殺し、軽々と地面を蹴って、建物の上へ上へと跳び去っていった。
戻ってくる気配も無さそうだが、念のため感知魔法の半径を百メートルほどに拡張しておこう。
引いたか……刺客の存在は感じ取れない。
「ふう……どうやら行ったみたいだな」
額の汗をぬぐうと俺は息を吐いた。
クリスが俺の前に回り込む。
「ね、ねえ……レオ……今、高度な理論魔法を使っていたわよね?」
あ、あああああああああああああああああああ!
久しぶりに殺されかけて、やっちまった。
クリスのいる目の前で、俺は堂々と理論魔法をぶっぱなしまくってしまったのだ。




