41.意外な依頼
フランベルは寮での朝食を食べ損ねたと不満げだったが、エミリアの付き添いで医務室のベッドでしっかり休息し、始業には間に合った。
クリスとプリシラも朝からきっちり授業を受けている。
時折、作業の途中で三人が受けている授業風景をこっそり参観しつつ、俺は決まり切った日々の庶務を進めた。
授業でのクリスは優秀で、フランベルは居眠りをしていた。
プリシラはというと、授業でわからないところがあるたびに、こまめにクリスが教えているようだった。
作業に戻ると、自然とクリスのことが頭に思い浮かぶ。
いっそ彼女に俺の正体を明かせたら、どれほど楽だろう。
理性的な彼女なら受け入れて、秘密を守ってくれるかもしれない。
と、思う反面、そうじゃなかった時のリスクは大きかった。
俺が過去十年間放浪し続けたのも、結局のところ「正体がバレそうになる度に転居した」結果だ。
そろそろ落ち着きたいと思ったところで、学園の管理人になれたのは幸運だった。
今の平穏な暮らしを手放したくない。
それに、せっかく世界が「勇者」を必要とせず、人々が自由意思によって立ち上がろうって時に、過去の英雄が戻ってきて水を差すのも気が引ける。
俺が存在しない方が世界は前に進めるんだ。
◆
昼休みに入ったところで清掃作業を一段落させ、昼食と夕食の調達のため購買部に向かうと、ばったりクリスと出くわした。
「お、おう! クリスじゃないか。購買部で買い物か? 珍しいな」
どことなくクリスはばつが悪そうにしていた。うつむくと上目遣い気味に俺を見つめる。
「え、ええ。そういうレオは?」
「俺はいつも昼食と夕食の材料をこの時間に買っておくんだ。今、買っておけば学園の外に出て、食い物を調達しなくて済むからな」
「そ、そうなの。私たち生徒は、朝夕は寮の食堂で食事がとれるから……管理人は大変なのね」
「全然大変なことなんてないって。それで、クリスは何を買うんだ?」
「ええと、パンを買いに来たの。カフェテリアもいいんだけど……今日は手軽にパンを食べたい気分だから」
そう言うと、彼女はパンコーナーで六つも総菜パンを購入した。
「そんなに食べるのか!?」
「え、ええとこれはその……正直に話すから、笑わないと約束して」
神妙な面持ちのクリスに俺は頷いた。
「わかった。それで、どうしてそんなにパンを買うんだ?」
「実はちょっとしたゲームをプリシラとフランベルとしたのよ。負けた人間がパンを買ってくるっていうルールで、負けてしまったの」
「なるほど。使いっ走りにされたってわけか」
クリスはコクリと頷いた。
「全然笑いどころが無いぞ」
「そ、そうかしら? 私はなんというか、少し恥ずかしいわ。一人で六つもパンを食べると誤解もされてしまうし」
俺はほっと息を吐いた。
「そういうのって友達なら普通にすることだから、クリスが心配することなんて杞憂ってやつだ」
「と、友達!? 私に……友達が……」
「まあ、嫌がる相手に無理強いするようなのはおかしいけどな。そのゲームでプリシラが負けたら、彼女がパンを買いに来てたんだろ?」
「ええ、そうなるわね」
「クリスが苦手なゲームだったのか?」
「あまりゲームはしたことがないから……ただ、それほど難しいものでもなくて、運の要素が強いものだと思うわ。くじ引きみたいなものね」
クリスはゲームの事を思い出すように難しそうな顔をした。
理論魔法を使っている時の方が、よっぽど涼しい顔をしているな。
この様子だと、イジメって感じじゃなさそうだ。
クラスでも三人は仲良くしてるようだし……。
「じゃあやっぱり友達だ。俺はクリスが二人と仲良くできて良かったと思うぜ」
「…………」
クリスが恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「あれが友達というものなのね」
「ずいぶん仰々しい言い方をするな。もしかしてクリスも“ぼっち”だったのか?」
「ええと……その言い方だと、レオも“ぼっち”だということよね?」
「え、ええとだな……」
「過去は詮索しないと言ったけど、もし良かったらレオの事を聞かせてほしいわ。貴方の気が向いた時でいいから」
凛とした真剣な眼差しでクリスは俺の瞳を射貫くように見つめた。
「あ、ああ。考えておくよ。それより、あんまり二人を待たせてると、空腹で暴動を起こすんじゃないか?」
パンの入った紙袋を抱えてクリスは微笑んだ。
「それもそうね。早く届けてあげないと……」
俺も自分の買い物を手早く済ませて、クリスと一緒に購買部を出る。
そこに……エステリオで顔を合わせたくない人物ナンバーワンが、俺たちを待ち構えるように立っていた。
「これはこれは平民コーチとクリス君ではありませんか」
ギリアムめ。何しに来たんだ。
「こんにちはギリアム先生。急いでいるので失礼します」
軽く会釈をして立ち去ろうとするクリスを、ギリアムが呼び止めた。
「待ちたまえクリス君。今日が何の日か利口な君なら知っているだろう」
「なんですか? ハッキリ言ってくれないとわかりません」
敵意すらにじませた視線をクリスはギリアムに向けた。
「いやあ恐い恐い。そんなに睨まないでくださいよ。それよりあの話、考えてくれましたよね?」
クリスは「なんのことでしょう?」と、突っぱねるように言う。
「貴方が代表を辞退するという件ですよ」
なに!? そんな交渉を持ちかけていたのか。もしクリスが離脱したら、戦う以前の問題だ。
ギリアムは憎たらしげな笑みを浮かべて、続ける。
「今日の放課後までが期限です。手続きについては私に任せてください。貴方が出ないとなれば、エミリア先生も仕方ないと諦めるでしょう。辞退することは何の恥にもなりませんよ」
クリスは眉尻を上げた。
「言ったはずです。私はエミリアクラスの代表として交流戦に参加します。そうよねレオ?」
「お、おう! そうだぞ! つうかギリアム。お前、俺やエミリアの見てないところでクリスに何を吹き込もうとしていやがるんだ?」
軽くイラッときたので、お前のクラスの黒板消しだけ粉まみれのままにしておくからなギリアム。
「平民は黙っていなさい。クリス君……これが最後通告ですよ。私の申し出を断るというのであれば、覚悟をしていただきます」
引きつった笑みで余裕がなさ過ぎるギリアムとは対照的に、クリスは落ち着いたものだ。
「ギリアム先生。あまり大きな事を言うと、負けた後で恥を掻きますよ?」
クリスはニコリと笑ってみせた。これにギリアムが声色も荒く返す。
「い、良いでしょう! 教員に対するその無礼な態度を改めるよう、交流戦できっちり教育してあげますとも」
クリスの懐柔は不可能とようやく理解したのか、ギリアムの矛先が突然俺に向けられた。
「そういえば……ええと、そこの平民雑用係」
「俺の名前はレオだ。頭の良いランクAの理論魔法学教員なら、早く覚えてくれよな」
「いちいち平民の名前を覚えるなど、記憶領域の無駄遣いでしかないので。それで一つやって欲しいことがあるのだよ。理論魔法学の学術書が王都の書店に届いていてね。あいにく私は多忙の身。そこで今夜、君に一つお使いを頼んであげようと思うわけだ」
「はあ!? なんで俺が?」
「規則により学園の管理人は、教員の要請に可能な限り応えなければならない……違いますか? それにこの専門書を欲しがっているのは、我がクラスの生徒なのだよ。生徒のために身を粉にして働きたまえ雑用係」
うっ……そう来たか。まあ、俺を頼ってくれる教員なんてエミリアと魔法薬学科のマーガレットくらいなんだが、まさかギリアムから言われると思いもしなかった。
加えて生徒の向学心からの願いときたものだ。
拒みようがない。
「それとも君はエミリア先生の頼みは聞けても、この私の頼みは聞けないというのかね? そうであるなら、公平性において管理人としての適性に難ありと委員会に報告することになるな」
まあ、今夜王都に本を取りに行くくらいは構わないか。意地を張ってつっぱねて、学園の上層部に問題提起されるほうがやっかいだ。
「わかった。代金はどうなってるんだ?」
「先方には支払い済みです。八番街のミョルニル通りにある、アンタレス書店に行ってください。夜八時までは店にいるよう、店主にも連絡をつけてあります。この割り符を渡せば、本と引き換えてくれるでしょう」
ギリアムは少し苛立たしげに俺に割り符を手渡した。
割り符には魔法がかけられており、対になる割り符と合わせることで術者に「割り符が合致した」と知らせる効果がある。
偽装や偽造が難しく、貴重品のやりとりをする際の証明書として有用だった。
わざわざ魔法のかかった割り符を用意するくらいだから、そこそこ高価な本なのかもしれない。
「では頼みましたよ。本は明日、教務室に届けてくれれば結構ですから。それでは失礼」
ギリアムは立ち去った。
結局、クリスにケンカを売って俺に雑用を押しつけて……なんなんだあいつは。
クリスが心配そうに俺を見つめた。
「今日の特訓は大丈夫かしら?」
「夕方六時まできっちり見てやるから、そう不安そうな顔をするなって。王都までなら歩いても一時間だし、指定された時間には間に合うさ」
申し訳なさそうにクリスが眉尻を落とし気味に、頭を下げた。
「ごめんなさい。私のせいでギリアムなんかに目の敵にされて……」
「俺が自分でやりたくてやってることだから、クリスが責任を感じたり落ちこむ必要はないんだぞ」
顔を上げたクリスと目が合った。
お互いに言葉も出せず、見つめ合ったまま固まってしまった。
ところで――。
「あー! レオっちがいる! これはクリっちの帰りが遅くなるのも仕方ないかなぁ」
いつまで経っても教室に戻らないのを心配したであろう、プリシラとフランベルが購買部にやってきた。クリスの顔が真っ赤になる。
「え、ええと、これはその! レオとは偶然会ったの!」
プリシラが小悪魔っぽく笑った。
「本当かなぁ? ゲームで負けたのもわざとで、お昼にレオっちが購買部を使うの知ってたから、そうやって偶然を装ってみただけだったりして。全部計算してたんでしょ!」
「え? そうなのクリス? レオに会いたいなら普通に会いに行けばいいのに、わざわざ偶然っぽい状況を作るなんて、さすが策士だね!」
二人に茶化されてクリスは耳の先まで真っ赤になった。
「そんなわけ無いでしょ! た、たまたまよ」
プリシラが「冗談冗談! 怒らないで。それよりお昼にしよ!」と、クリスの腕の中にある、パンの入った紙袋を取り上げた。
フランベルもうんと頷く。
「ぼくはもうお腹がぺこぺこだよぉ。教室に帰るのも面倒だから、このままレオ師匠の部屋にあがりこんで、そこでみんなでランチにしよう! 師匠の淹れてくれるコーヒーって、結構美味しいんだよ?」
その言葉に即座にプリシラが反応した。
「えっ!? 宿直室でレオっちとコーヒー飲んだの!? マジで?」
「うん。それがどうしたの?」
「いつ飲んだの?」
「早めの朝食の後だよ」
「ふーん。じゃあ一緒にご飯も食べたんだぁ。本当に食べたのはご飯だけだったのかなぁレオっち?」
邪推にもほどがあるぞ! というか、コーヒーという単語からそこまで追及できる反応速度や観察力を、戦闘実技で活かせないのかプリシラ!?
「つうか、マジで俺の部屋で飯を食うつもりか?」
フランベルが笑った。
「いいでしょレオ師匠!? ここは弟子のためにも!」
「どうして弟子のためになるのかわからんのだが」
プリシラがほっぺたを膨らませた。
「それともレオっちは、フラっちなら部屋に呼べるけど、あたしやクリっちは呼べない理由でもあるのかなぁ?」
「わかった! そんな理由は無いから。好きにしろ!」
「「やった~」」
プリシラとフランベルがハイタッチする。
クリスは複雑そうな顔だ。
「ご、ごめんなさいレオ。また、私のせいで」
「そうだな……なーんて、言うわけないだろ。あんまり片付いてない部屋で恥ずかしいが、クリスも良ければ来てくれ」
「え、ええ。お邪魔させてもらうわ」
結局、時間も時間なので辺鄙な教室に三人は戻らず、宿直室でパンを食べ、コーヒーを飲んで、それから俺の部屋を談話室代わりしにして、昼休みいっぱいさんざんくつろいで、三人は帰っていった。




