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39.早朝練習

結局俺は一睡もできず、フランベルの枕を務めることになった。


眠らないことにも慣れているので、これくらいはどうってこともないのだが、膝枕っていうのが少し……いや、かなり慣れない。


彼女が首を痛めてしまわないか、少し心配だ。


それにしても、本当に気持ちよさそうに眠ってるな。


そっと頭を撫でると、フランベルは「ふやあああ」と満足げな声をあげた。



翌朝、日も昇る前にフランベルは目を覚ますと、自身の発案通り「朝まで持久走をしてしまった」という言い訳と、類い希なるマイペースさを携えて、独り寮に戻った。


――そして迎えた朝五時半。


宿直室備え付けの熱いシャワーで心身に覚醒を促してから、俺はどうどうと何事も無かったように、学園の正門前にやってきた。


俺より早く、エミリアが着いている。


「おはようエミリア先生」


「あ! おはようございますレオさん。今日から特訓もパワーアップですね!」


「あ、ああ。けど、エミリア先生は持久走が終わった頃に来てもいいんだぞ?」


エミリアは小さく首を左右に振った。


「わたしだけ寝坊してる場合じゃありません! あっ! 三人が来ましたよ!」


運動着姿で武器とタオル類が入ったバッグを肩にかけて、クリスたちが女子寮方の道から姿を現した。


フランベルも一緒だ。何事も無かったようにしている。


俺は心の中で胸をなで下ろした。


「師匠ー! さっきぶ……昨日ぶりー!」


手を振るフランベルに俺の表情は凍り付いた。


すると、急にプリシラが駆け足でやってきて俺の目の前に立つ。


「昨日はナニしてたのかなぁ? レオっちは」


ニヤニヤが止まらないって顔だな。


「は? ナニってなんだ?」


「あたしらは大変だったんだよ? クリスと二人で寮長に誤魔化すの。この貸しは高くつくかんね?」


プリシラが小悪魔っぽく笑う。


「お、おい待て! いやその……」


エミリアが俺とプリシラのやりとりを、きょとんとした顔で見つめていた。


「何かあったんですかレオさん?」


「いや、べつに何もないから」


思い詰めたような顔をしてエミリアは頷いた。


「はあ……あの、こうして助けてもらってばかりですけど、レオさんも何か困ったことがあったら、相談してください。わたしでお力になれるかわかりませんが、調べ物とかは得意ですから」


本気で心配されて大変心苦しいですエミリア先生。


プリシラと入れ替わりで、クリスが俺の隣に立つと耳元でささやく。


「フランベルの不在は私とプリシラで誤魔化したわ。けど、こういうことは二度はごめんだからね」


「すまないクリス。ありがとう」


「どういたしまして。けど、この貸しは高くつくから覚悟してちょうだい」


プリシラが言うと半分くらいは冗談に聞こえるのに、クリスが言うと本気度が違うな。


「お、おう。覚悟だけはしておくよ」


最後にフランベルが俺の元にやってきた。


「今日もご指導よろしくおねがいします、師匠!」


「ああ、こちらこそお手柔らかに頼む」


一礼するとフランベルが荷物を置いて、持久走のスタート位置についた。それにクリスとプリシラも並ぶ。


「今日もクリっちには勝たせてもらうし」


「20㎞のペース配分は計算済みだから、私に負ける要素はないわ。もしかしたらフランベルよりも速いかもしれないわね」


「ふっふっふ! 脳筋のぼくに持久走で勝とうなんて、二人とも百年早いよ!」


「えー! あたしはクリっちに勝つって言っただけで、フランベルとは勝負しないし」


三人のおしゃべりを遮るように、俺は軽く手を叩いた。


「それじゃあ今日は外周コースを一周して、終わったら校庭で軽く組み手だ。よーい……スタート!」


号令とともに三人は走り出す。ああ、フランベルのやつペース配分もせずに、最初からトップスピードだ。


プリシラがそれに釣られたようで、普段の彼女らしくもなくペースが早い。あのままだとバテるな。


クリスは冷静に速度を維持していた。自分から言うだけあって、ペース配分は完璧なようだ。


エミリアと俺は正門前で三人を送り出した。


「それじゃあ校庭に荷物を運んでおくとするか」


俺は三人分の武器とバッグを手にする。


「あっ! レオさんお手伝いします」


「いいっていいって。エミリア先生はドリンクの準備を頼む」


「は、はい! すぐに用意しますね」


慌ててエミリアは校舎の方に走っていった。


エミリアは女の子走りだ。本当に運動は苦手らしい。


俺は校庭に荷物を運ぶと、軽く準備運動をして三人の帰りを待った。



持久走はフランベルがぶっちぎりの一位だった。


二位に十分差をつけてなお、余裕があるというか、軽く流して走ってきたという感がある。


二位はクリス。呼吸に乱れもなく、想定していた時間ぴったりで戻って来た。こちらもまだ余力を残しているという印象だ。


五分遅れで、すっかりバテバテになったプリシラがゴールする。


校庭の片隅でドリンクを飲みながら、プリシラが怒り気味に言った。


「クリっちひどいよ! 先に行っちゃうなんて!」


「私は一定の速度を維持していただけで、後れたのはプリシラよ」


「うー。数少ない勝ってる部分だったのにぃ。はぁ……超つかれた。もうちょい休ませて」


一気飲みして空になったプリシラのドリンクボトルを、受け取りながら俺は頷く。


「20㎞走の一回目にしては、プリシラも十分速かったぞ」


「うー。悔しい! っていうか、フランベルがさらに速くなってるのって、やっぱりあれかなぁ……夜の個人レッスンってやつ?」


「うわあああああああああああああああああああ!」


思わず、プリシラの言葉尻をかき消すように悲鳴をかぶせた。


エミリアが俺に視線を向けて、驚いたような顔をする。


「どうしましたレオさん? 大丈夫ですか?」


「あ、ええと……なんでもないんだ」


プリシラがぺろっと舌を出した。


恐ろしい相手に借りを作ってしまった気がするな。


フランベルが笑う。


「師匠、どうしたの?」


「どうもしないから。ええと……じゃあ休憩もこれくらいにして、二十分軽く組み手をして、朝練は終了だ。組み合わせは……」


唐突にクリスが挙手をした。


「私とフランベルでさせてちょうだい」


エメラルド色の瞳が、射貫くように俺を見つめる。


「積極的だな。何か考えがあるのか?」


「考えというほどのことじゃないわ。ただ“成果”を知りたいのよ。フランベルは武器を変えたみたいだけど、私を相手に試してみたいと思わない?」


軽く挑発めいたクリスの提案に、フランベルはうんと頷いた。


「いいの! やるやる! やろうやろう!」


俺が教えたことで、フランベルがどう変わったのかクリスも気になるみたいだな。


「よし。それじゃあ組み手はクリスとフランベル。プリシラはいつもの素振りだ」


「えー! また素振りなのぉ」


プリシラは不満げだが、それ以上反発することもなく、しぶりながらもクォータースタッフを手に取った。


「エミリア先生、プリシラの素振りを見ててもらっていいか?」


「え? は、はい! あの、試合形式の組み手の判定は、わたしがしなくてもいいんでしょうか?」


「ちゃんと俺が見て、危なくなる前に止めるから心配しないでくれ。俺も、今後の訓練方針の参考のため、二人の勝負を見ておきたいんだ」


「わかりました! それではプリシラさん。びしびし行きますからね!」


「ちぇー。けど、エミリア先生にびしびしされても、全然痛くないし」


プリシラが軽く素振りを始めると、エミリアの眼鏡がキラリと光った。


「脇が閉まっていません。腕の角度も寝かせすぎで、踏み込みと上半身の荷重移動のタイミングがバラバラです。レオさんみたいに教えられませんが、書物で基本的なクォータースタッフの動き方について勉強してきましたから!」


「鬼が増えたし!」


半泣きになりながら、プリシラは素振りを続けることになった。


勉強してきたというだけあって、指導方針に間違いは見られない。


プリシラには悪いが、エミリアにお願いして大丈夫そうだな。



俺は改めて、組み手の準備を終えたクリスとフランベルに視線を向け直した。

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