38.一宿と一飯と
宿直室の簡素なベッドで、フランベルは寝息を立てている。
時刻は深夜一時を回っていた。
女子寮の門限はとっくに過ぎているのだが……もしかして捜索願いが出されたりして、大騒ぎになってないだろうか。
女子寮まで行って様子を探ることも考えたのだが、もし俺が目を離した隙にフランベルがいなくなりでもしたら、それこそ事件だ。
「なあフランベル。そろそろ目を覚ましてくれ」
「ん……んん……すぅ……」
返事をするように小さくうめくと、フランベルは寝息を立てた。
長い手足を丸めて、猫のように眠る。気持ちよさそうな寝顔だ。
しょうがない。こんな風に安眠されちゃ、無理に起こす気力も失せた。
夜食でも食うか。
宿直室にはミニキッチンが備え付けられていて、簡単な調理ができる。
学園が王都近郊にある森の一部を拓いて作られたのも、この地に集まる自然魔法力を利用するためらしい。
魔力灯だけでなく、園内の様々な施設で自然魔法力が利用されていた。
召喚用の祭祀場なんかは、かなり立派なものだ。
閑話休題――。
コンロでフライパンを温め、ベーコンを焼いてその脂で目玉焼きを作る。
食パンを切ってベーコンエッグをのせれば出来上がりだ。
「ふあああ! ずるいよ師匠! ぼくもお腹空いてるのに」
ベッドの上から転げるように下りて、フランベルがミニキッチンにやってくると、俺の隣に立つ。
「まったく、飯に釣られて起きるなんて女子力の低下が懸念されるレベルだな」
「え? 女子力って?」
「なんでもない。先に食ってろ」
俺はできあがったばかりのベーコンエッグトーストをフランベルに譲った。
「わーい! 師匠の手料理だ! ベッドも師匠の匂いがしたし、この部屋は師匠の痕跡がいっぱいだね!」
「痕跡とか変な言い方をするんじゃない」
「ぼくを監禁してどうするつもりなんだい師匠?」
くりくりっと目を丸くさせるフランベルに、俺はそっぽを向いた。
「人聞きの悪い事を言うな」
「ここにはぼくと師匠の二人きりだから、人聞きが悪くても問題ないよ。それより二人きりの方が問題あるかな?」
楽しそうに笑うフランベルに「温かいうちにさっさと食ってくれ」と言いながら、俺は自分の分のベーコンエッグトースト作りに取りかかった。
◆
軽めとはいえ、腹にモノが入って俺もだんだん落ち着いてきた。
食後のコーヒーをフランベルの分まで淹れて、これからの対策を練る。
フランベルは俺のベッドに腰掛けて、両手でマグカップを包むように持ちながら笑った。
「きっと大丈夫だよ。ぼくが何もされてないって証言すれば問題ないんだし」
「いやいや、問題大ありだろ。男の部屋に一晩いて朝帰りなんて、何も無かったというほうが無理がある……というか、世間は信じてくれないだろ!」
「えー!? 師匠はそういうことをする人なの? 幻滅だなー。どうせ世間にわかってもらえないなら、いっそやっちゃおうって魂胆なんだ?」
「しないから! だけど、俺の部屋に保護されていたっていうのは非情にまずい」
フランベルは楽しげに頷く。
「そっかぁ。今頃、ぼくが寮にいないのがバレて騒ぎになってないのかな?」
その懸念はさっきから抱きっぱなしだ。
「そうだ! フランベル、今からこっそり寮に戻るんだ! 点呼の時にいなかったのは、トイレに行ってたとか言っておけばいい。よし、これで問題解決だな」
フランベルはポニーテールを揺らして、首を左右に振った。
「それはできないよ。夜道が恐いじゃないか」
エステリオの本校舎から、寮までは少し距離がある。
「わかった。俺が途中まで送るから」
「送るっていって、夜の闇に紛れてぼくを襲うつもりだね師匠!」
「襲うかよ!」
まったく、とんでもないことばかり言って……。
フランベルが不意に、熱っぽい眼差しで俺を見つめてきた。
「闇討ちの特訓なら、ぼくは大歓迎だけどな」
「そういう特訓もしないから! しかし、朝までここにいられても困るんだが……」
「どうして? 師匠はぼくに乱暴なことはしないんでしょ? むしろ、この世界で最も安全な場所はこの部屋じゃないか」
俺はフランベルに土下座した。
「お願いします帰ってください! こんなことが発覚下手したら俺、無職になるから!」
「その時はぼくの専属師匠として雇ってあげるよ! 一応、ぼくだって魔法使いの端くれなんだし、師匠一人養うくらいできるから!」
それは頼もしい……じゃない!
「俺が今、ここを離れると交流戦に向けて、みんなの特訓が続けられないだろ? フランベルはそれでいいのか?」
「それは困るよ師匠!」
やっとフランベルが俺の言葉に耳を傾けてくれた。
「だろ! だから帰るんだフランベル。俺を助けると思って!」
フランベルはコーヒーを一口飲むと、ニコリと笑う。
「あー。師匠の淹れてくれたコーヒーは美味しいなぁ。この部屋、なんだか居心地もいいし、また遊びに来ていい?」
「話をそらすな!」
自身の顎を親指と人差し指でつまむようにして、フランベルは首を傾げた。
「うーん、ぼくが思うに、たぶん大丈夫だと思うんだよね。むしろ、無理に帰って寮長に見つかって咎められる方が、答えに窮すると思うんだ」
一理ある……か?
たしかに、生徒が寮から消えたというなら、宿直室の内線通話機になんらかの留守録が残っていてもおかしくない。
捜索のための人手として、管理人に要請が来ている気配は無かった。
となると、彼女の不在はバレておらず、むしろフランベルがこの時間から寮に戻るのを、誰かに目撃される方が危険……か。
「わかった。けど、もし寮にお前がいないことがバレてたらどうするんだ?」
「その時は、持久走の自主練を夢中でしていたら、一晩中走ってたとでも言うよ」
出来てしまいそうだな、フランベルなら。
「それよりほら、ここに座って。遠慮無くどうぞ」
彼女は腰掛けているベッドのとなりをポンポンと叩いた。
「そこは俺のベッドだし、フランベルはもう少し遠慮してくれ」
「大丈夫だって。コーヒーをこぼして染みを作ったりするようなへまはしないから」
そういうことじゃないんだが。
「座ってくれないと、今夜の出来事を脚色して大々的に公表するよ」
「脅迫かよ! ああ……まったくしょうがないな」
俺がベッドに腰掛けると、フランベルはカップをテーブルにおいて、俺の膝に頭をごろんと乗せてきた。
いわゆる、膝枕というやつだ。
「師匠! 今日はぼく、がんばったからこれくらいのご褒美を所望するよ」
「所望もなにも、実行に移してから事後承諾してるじゃないか」
「うん。何か問題でも? ぼくはいま、とても高い満足感を得ているよ。あとは、そっと優しく頭を撫でてくれるだけで、ぼくはもっと強くなれると思うんだ」
本当に変わった女の子だな……。
けど、まあいいか。実際、フランベルはがんばったわけだし。
俺は彼女の頭をそっと撫でた。
「えへへ。師匠に褒めてもらっちゃった。ぼくは嬉しいよ」
「フランベルはがんばったからな」
「ぼくががんばれたのは師匠のおかげさ。今までのぼくは、がんばることって辛いことだと思い込んでたみたい。今日はすごく楽しくて、夢中になれて、驚きでいっぱいで、自分をちょっぴり信じられた。全部、師匠が導いてくれたから……ありがとうね、師匠」
これまでのフランベルの“がんばる”は、出来ないことに思い悩むことだ。
できることならどこまでも、夢中になって集中して、楽しんで成長できる。
誰だって褒められて成長したいよな。
できない事や難しい壁にぶつかった時は、支えてあげる。
先生ってそういうものなのかもしれない。
ま、俺は教員じゃないし、理想論だろうけど……。
「……zzz」
撫でているうちに、フランベルは寝息を立て始めていた。
こののまま寝るなよ! 俺はどうすりゃいいんだよ!?
と、心の中で叫ぶ反面、あまりに気持ちよさそうな寝顔をするので、フランベルを無理に起こす気はどこかに飛んでいってしまった。




