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36.一閃

武器用具室の主に一筆残して、俺はフランベルのロングソードを返却し、打刀を手にしたフランベルとともに、外に出た。


校庭側ではなく、桜並木が続く正門までの道だ。


フランベルは刀の刃が下に向くように、鞘をベルトに装着している。


「師匠。もう、遅いけど……ぼ、ぼくに稽古をつけてよ!」


「そうだな。新しい相棒だ。試してみたくてしょうがないだろ」


俺は箒を構えた。校庭ほど拓けてはいないが、まあ軽く合わせるくらいなら昇降口前でも問題無いか。


月明かりの下、打刀を構えた剣士と箒を手にした管理人が対峙する様は、ちょっとシュールだ。


「い、いくよ! 師匠!」


「おう。どーんと胸を借りるつもりで……ッ!?」


鋭い踏み込みからの斬り上げに、俺の口から変な声が出た。


すごくいいじゃないかフランベル! とても初めて振るったとは思えない。


「し、師匠!? 大丈夫?」


「心配するな。そのまま続けろ」


「うん! じゃあ次は……」


フランベルが白刃を斬り下ろす。箒で弾くと、直後に間髪入れずフランベルの突きが飛んできた。


俺が弾くと予想して、次の攻撃の準備動作に組み込んでいたのか。


すごいな! おもしろい!


俺には無いセンスだ。


それに、そもそもアイディアとしてその攻め方を思いついても、練習も無しにいきなり実行なんてできないだろうに。この野生児め!


突きが通じないとみるや、伸びきった腕をフランベルは振るい、そのまま薙ぐようにした。


俺の喉笛に刃が迫る。


スライディングしながらのけぞって、刃の下をくぐり、俺はフランベルの足下を箒でさらうように足払いを狙う。


彼女は軽く跳ねて避けた。


こちらからの反撃にも、きちんと対応できるだけの冷静さを彼女は併せ持っていた。


跳ねるように立ち上がりながら、俺は箒を構え直す。


「師匠。不思議だよ。出来るよぼく! この刀がまるで道を示してくれてるみたいだ!」


「な? 相性が良ければ最初からうまくいくものだ」


ただ、今のフランベルは動きだけならロングソードを手にしていた時と、大して変わらないとも言えた。


打刀を持たせたのは、彼女の気持ちを切り替えるためだけじゃない。


「師匠! もう一回お願いします!」


自然と敬語になっているフランベルに、俺は首を左右に振る。


「待てフランベル。少しだけ指導するから」


ドキッとした顔をして、フランベルの目が泳ぐ。


「え? あ……ぼ、ぼくの今の動きはダメだったかな?」


「上出来すぎて、教えることがなくなるかと思ったぞ」


月明かりの下で、フランベルが嬉しそうに瞳を輝かせた。


「ほ、本当かい師匠!?」


「本当だ。そこでさらなる向上を目指すために、お前に一つだけ技を見せてやろう。ついてきてくれ」


俺は昇降口付近から、正門方面に向かう。


「も、もう帰るの?」


「俺が帰るのは宿直室のある校舎だからな」


「じゃあ、これから夜の街に繰り出すんだね!?」


「出ないから! まったく、どこでそういう知識を覚えてくるんだお前は」


フランベルは「それは乙女の秘密だよ!」と胸を張った。嫌な秘密だ。


「けど、じゃあどうするの? ぼくを寮まで送って送り狼かい?」


「実はそうしようと思っていたんだが、見抜かれたか!?」


はにかむようにフランベルは笑った。


「ほ、ほほほほ本当に!? 師匠のことは尊敬してるし、敬愛に値する人だとは思うけど……こ、困るよ、ま、まだ心の準備ができてないし」


「冗談だって。真に受けるな」


フランベルは胸をなで下ろした。


「よ、良かったぁ」


まったく、大人をからかうんじゃない。


「ともかく、きちんと指導するから着いてこい」


「う、うん!」


子犬のように駆けて俺を追い抜かすと、フランベルは戻って来た。


「うわっと! 行きすぎた!」


落ち着きが無いようにも見えるが、元気を取り戻してくれたみたいで一安心だ。



正門へと続くまっすぐな道の両脇には、桜がまだ多くの花びらを枝に抱えるように咲き誇っていた。


俺とフランベルは並び立つ。


夜風に揺れて花びらが月夜に舞う光景は、幻想的だった。


「綺麗だね師匠。これをぼくに見せたかったの?」


「ああ。けど、見せたかったのはこれだけじゃない」


不思議そうにフランベルは首を傾げさせた。


「ちょっと刀を貸してみてくれ」


「ええと、師匠が振るってもその……べ、別に師匠の実力を疑ってるわけじゃないけど……」


「いいからいいから。魔法武器としてでなくても、振るう分には問題無い」


フランベルは打刀を鞘から抜こうとした。


「いや、鞘ごとだ」


「鞘ごと? 鞘なんてどうするのさ?」


「鞘が重要なんだ」


片刃の曲刀ならではの剣技は、おそらく王都でも使い手などそうそういないだろう。


マイナーな武器であればあるほど、相手にプレッシャーも与えられるし一石二鳥だ。


俺はフランベルから鞘に収まった打刀を受け取った。


腰のベルトに鞘ごと収める。


「いいかフランベル。こいつの鞘は刃を上にして差すんだ。カーブがかかっている方が上になる」


「そ、そうなんだ。勉強になります師匠!」


そこで「最初に教えてくれないなんてイジワルだ!」と、ならないあたりもフランベルらしい。


さて、ここからが本題だ。


本来、この技は納刀状態で攻撃を受けた時に、いかに反撃に転じるかという類いのもので、メリットも攻撃動作が読みにくい……くらいなものだが。


俺は柄に手を添えた。


脱力する。速度を出すことよりも、重要なのは一定のリズムとテンポだ。


「師匠? その構えはいったい……」


「日に何度もできる技じゃないからな。一度で見て吸収してくれ」


魔法力の補助無しにやるのは少々しんどいのだが、これも可愛い弟子のためだ。


「行くぞ……」


風が吹き抜け、桜吹雪が舞った瞬間――。


俺は鞘側を引き抜くような体裁きで打刀を抜き払った。


抜刀術だ。


俺たちの目の前で、桜吹雪は真っ二つに割れた。


刀の柄を握る手は、刀身が月光に閃くまでピタリと動いていない。



案外、身体が覚えてるものだな。さて、この抜刀術をフランベルはどう吸収するだろう? 楽しみだ。

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