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35.大きな変化

フランベルと二人、生徒たちが帰宅した後の、人の気配が消えた校舎を歩く。


俺にとっては暗い校舎なんて日常の一部だが、どうにもフランベルが落ち着かない様子だ。


彼女は俺に肩をぴったりくっつけ、寄り添うように歩く。


かすかに震えていた。


「し、師匠ぅ……なんか、不気味だよ」


「そうか? 夜警してるといつもこんなもんだぞ」


窓の外から月明かりが射し込み、暗い廊下を薄ぼんやりと照らしている。


魔王城へと続く100層あった地下大洞窟と比べれば、むしろ明るいくらいだ。


怯えた声でフランベルは呟いた。


「な、なにか良くないモノと遭遇しそうで恐いじゃないか」


「そんなに怯えなくても大丈夫だって。不審者がいたら俺が退治してやるから。それに、むしろ今回は俺たちの方が不審者っていうか、侵入者だ」


俺たちは長い廊下を抜けて、目的の部屋の前にたどり着いた。


扉の鍵を開ける。


結界や防犯の魔法は鍵と連動しているので、正規の手続きで入れば誰にも気付かれない。


「ほ、本当に中に入らなきゃだめ?」


「情けない声を出すなってフランベル。大丈夫だから。それともこの暗い廊下で独りぼっちで待ってるか?」


「し、師匠ぉぉぉ! 意地悪言わないでよ!」


彼女は涙を青い瞳にため込んだ。


「ごめんごめん。悪かった。さあ、行こうぜ」


フランベルの手を引いて、俺は部屋の中に踏み入る。


彼女の手は震えて、小さく縮こまっているようだった。



当然のことながら、用具室に寡黙な部屋の主の姿は無い。


部屋の魔力灯をつけると目立つので、暗いままお目当てのモノを探すことにした。


「やっぱり恐いよ師匠ぉ!」


俺の腕をギュッと抱くようにして、フランベルはプルプル震える。


「恐いと思うから恐いんだ。自己暗示は一種の感情魔法みたいなものだし、フランベルはかかりやすいんだから、むしろそれを利用するくらいの気持ちで行け」


「え? り、利用って言われても……ぼく、出来ないよ。不器用だし」


落ちこんだ声の彼女に、俺は続けた。


「自分には出来ないと思い込むことも、自分が不器用だと思い込むことだって、自己暗示だ。お前はなんでもできるし、暗闇も恐くない。そして……最強の剣士だ」


そう言い聞かせながら、部屋の片隅に安置されていた“それ”を俺は手にした。


ああ、良かった。まだ残ってたか。


月明かりの射し込む部屋で、フランベルが不思議そうに俺の手の中の魔法武器を見つめる。


「師匠……それ、剣みたいだけど……不思議な形だね。だけど、いい“気”を発してるかも」


「おっ! さすがフランベル。お目が高いな」


「うん。雰囲気でわかる。ぼくのロングソードにも良い“気”が巡ってるんだけど……それ以上だ」


どうやら鞘に収まったままでもフランベルにはわかるらしい。


俺は解説を続けた。


「こいつは打刀という東方の片刃剣を模した魔法武器だ」


部屋に入るまで、あんなに怯えていたのが嘘のようにフランベルは青い瞳を輝かせる。


「へぇー。師匠はそれを取りにきたんだね? それで僕に稽古をつけてくれるのかな?」


「いいや。平民の俺が魔法武器を抜いても、なまくらだろ。これはお前が使うんだ」


驚いたように、フランベルは肩をびくつかせた。


「ぼくが? む、無理無理無理無理! 片刃の剣なんて使ったことないよ!」


「何事にも初めてはある」


「ぼくって全部我流だから、使い慣れた武器系統じゃないと……」


新しい一歩を踏み出すのが、まだ恐いみたいだな。


「フランベルはなんで自分の剣術が我流なのか、考えたことはあるか?」


「そ、それは……人に習ってもうまくできなくて……剣術なんて大層なものじゃない。自分にできる動きをしてるだけなんだ。ぼくの技なんて、全部でたらめだよ」


「でたらめ? 結構じゃないか! お前は自分の身体にあった剣を自然体で編み出し続けている。肉体の“動きたい方向”がわかってる人間なんて、そうそういないぞ。お前の剣はお前が開祖だ」


「か、開祖だなんてとんでもないよ! そんなこと言われても、ぼくは……」


落ちこんだように、フランベルはしゅんとなった。


「無理に他人のやり方にに合わせる必要はないんだ。だから、この打刀だって自由に振るえばいい」


俺はそっと打刀をフランベルに差し出した。


フランベルは大きく首を左右に振る。


「いきなり違う武器なんて、使えるとは思えないよ!」


実験室での失敗が、まだ尾を引いてるな。俺は打刀をスッと彼女の眼前にもっていく。


「やる前から諦めるな! 一歩踏み出してみろ! お前の才能をお前自身が信じてやれ」


「ぼくの……才能?」


「そうだ。今までうまくいかなかったすべての事は、ただお前に向いていなかっただけだ。そういうことが何度も、何回も続いたから、お前は自分の才能の全部を信じられなくなってるだけさ」


フランベルはいっそう深くうつむいた。


「大丈夫だ。俺が保証する」


「レオ……師匠……」


ゆっくりと顔をあげたフランベルは、恐る恐る手を伸ばした。


「受け取れ。これがお前の新しい力だ」


俺の差し出した打刀を手に、フランベルは恐る恐る鞘から刀身を抜き払った。


「これを……ぼくが使うの?」


「ロングソードは返却だな」


「ぼくに……使いこなせるかな?」


「できるさ。変わるんだ。フランベル」



月明かりを浴びて妖しく光る刀身を、フランベルは魅入られたように見つめてから……決意の表情とともに、そっと小さく頷いた。

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