32.事故と報告
午前十時二十分――。
精霊魔法学の実験教室で爆発事故が発生した。
教室の窓ガラスが全て吹き飛ぶような大事故だ。
とはいえ、実験教室での事故というのはそこまで珍しいことじゃない。
俺が仕事をした半年間に、二度ほど似たような規模の事故が起こった。
一つは同じく精霊魔法実験中の暴走事故で、もう一つは魔法武器を作成する魔高炉の爆発だ。
これで三回目なので、やることは解っている。
爆発で散らかった部屋の後始末である。
被害の状況を確認して、総務部に修理の専門業者を呼ぶよう要請した。
今日は半日、掃除にかかりっきりになりそうだな。
手押し車に片付けのための用具を乗せて、校舎一階の事故現場に到着すると、生徒たちがぞろぞろと教室に戻る途中だった。
その中に、クリスとプリシラの姿があった。
エミリアクラスの生徒がやったのか。
俺が後片付けをした過去二件の事故は、ともに三年生の生徒が起こしたものだった。
より高度な課題に挑戦して、大失敗したパターンだ。
一年生のうちは課題も基礎なので、こういう事故は起こらないと思ってたんだが……。
「よお、二人とも無事だったか? 爆発と聞いたが、吹き飛んだのは窓ガラスと壁みたいでなによりだ。現場をざっくり見たところ、風の精霊魔法でも暴走したのか?」
クリスが一目を丸くさせた。
「ど、どうしてわかったの?」
「大地の精霊なら床がうねったりするし、火の精霊なら焦げ跡が残るだろ? 水の精霊の暴走なら水浸しだ」
納得したように、クリスは頷いた。
「レオならそれくらい一目でわかるわよね」
「かいかぶりすぎだ」
クリスは困ったように眉を八の字にさせた。
「暴走に気付いた時には遅かったわ。私がついていながら……ごめんなさい。同規模の精霊魔法をぶつけてうち消したんだけど、かえって事故の規模を大きくしてしまって」
なるほど。クリスが暴走を止めてくれたのか。
「クリスが謝ることはないだろ。片付けるのも管理人の仕事のうちさ」
クリスの行動には正当性があった。おとがめもないだろう。
プリシラががっくりと肩を落とす。
「ねぇレオっち。あのさ……」
事故のショックで元気がないみたいだな。
こんな時こそ、マイペースなあいつが頼りになる。
って、あれ? 姿が見えないぞ。
「そういえばフランベルの奴はどこにいったんだ? まさか実験中に居眠りをして逃げ遅れたのか? あいつに限って怪我なんてしてないと思うが」
プリシラがフルフルと頭を左右に振った。
「フラっちがやっちゃったんだよ! 今、教科担当の先生に指導室に呼ばれてて、エミリア先生も付き添いで行っちゃって……けど、フラっちは悪くないの! がんばろうとして、こうなっちゃっただけなの!」
うーん、どういうことだ?
クリスが同規模の魔法をぶつけたというが、それで力が増幅したとしても、壁まで吹き飛ばすなんて精霊魔法ランクFにできる芸当じゃない。
「本当にフランベルがやったのか?」
俺がクリスに視線を向けると、彼女は意を汲んだように話し出した。
「暴走したのはランクC相当ね。今日の実験は風の精霊魔法を渦状にして安定させるという課題だったの」
小型の竜巻か。風属性の精霊魔法の基礎だな。ただ、一年生が扱うのはせいぜい、ランクE止まりだ。
頷く俺にクリスは続けた。
「フランベルは精霊魔法が苦手だって言うけど、彼女自身の魔法力はかなりのものね。ただ、それを戦闘実技でしか制御できないみたいなの」
「なるほど。しかし、なんでフランベルのやつ、そんな無茶を……」
プリシラが吠えた。
「そんなの交流戦で勝つために決まってんじゃん!」
俺はドキッとさせられた。ああ、なんでそんなことにも気付かなかったんだ。
「それでフランベルは無理をしちまったのか。早まりやがって」
昨日の特訓で精霊魔法への反応や対応は良かったが、使うとなると話は別なようだ。
フランベルは自分を試そうとした。果敢に挑戦した。その結果がこの惨事か。
あいつ、落ちこんでるだろうな。
コーチの俺の責任でもある。もっと早く、フランベルに道を示して迷いを取り去ってあげるべきだった。
人に何かを伝え、教えるってのは難しい。
俺は指導する側の人間としてはまだまだ未熟者だ。
◆
クリスとプリシラに事情を聞いて、二人が教室に戻ったあと、俺は砕けたガラスを箒で掃き集めながら確認した。
ガラスは粉々に砕けて、細かい砂利のようだ。そのガラス片の大きさは、ほぼ均等と言えた。
一気に一瞬で、高い威力の風属性魔法が炸裂したに違い無い。
学園の建物は強固に作られている。その窓側の一面を壁ごと吹き飛ばすというのだから、相当な破壊力だ。
元々、持っている力が小さければ、暴走してもたかが知れている。
フランベルにこれだけの力を発揮できる素養がある、何よりの証拠だった。
なぜ才能を持った少年少女がエステリオに集められるのかと言えば、こういった暴走をさせないよう、力を制御する術を学ぶためって側面もあるんだろう。
だからだろう。
学園は「挑戦者の失敗」には寛大だ。これでフランベルが退学なんてことは無い……と、思う。
校舎側に通じる実験室のドアに鍵をかけて、立ち入り禁止にしてから、運べる程度の瓦礫やガラスを集めて、不燃物ゴミの集積場まで何往復もした。
昼休みに入って、事故現場の野次馬にやってきた生徒たちを追い払い、黄色いロープで立ち入り禁止にすると、俺はその場に座り込み購買部で買ったパンをかじる。
次第に生徒たちも興味を失って、ちりぢりになっていった。
時折「一年生の“寄せ集め”の連中がやったらしい」だの「その“寄せ集め”って、ギリアムクラスにケンカ売ってるんでしょ?」やら「身の程しならすぎ」といった声が漏れ聞こえた。
ケンカはこっちが買ってやったのであって、売ってきたのはギリアムだ。
まったく……。
俺がいくら説明したところで、平民の言葉に耳を傾けるような人間はいないか。
エリート教員のギリアムが正しいってことにされてしまうのが、現状だ。
それを覆すためにも、交流戦で結果を残さなきゃならない。
午前中いっぱいじゃ片付かなかったな……。
ま、今日は来客も無いようなので、作業にかかりっきりになれば、なんとかなるか。
今日も仕事はきちんとこなして、ばっちりコーチとして鍛えてやるぜ。
食べていたパンの最後の一欠片を口に押し込んで、俺は立ち上がった。




