31.克服できない弱点
術者自身が魔法を唱えてすぐに「あばばば」状態になったため、全員の症状はすぐに治まった。
正気を取り戻したエミリアが、いの一番に頭を下げる。
「ご、ごめんなさい! わたし……本当にダメ教員です」
クリスもプリシラも不意打ちだったため、がっつり感情魔法にかかってしまったようだ。
俺はエミリアに言う。
「今のは事故だから、気にするなって。俺の方こそ慣れないことをさせて、すまなかった」
クリスとプリシラも「専攻する学科ではないのだから、仕方ないです」やら「ドンマイ! エミっち先生! 気にしないで!」とフォローする。
「レオさん……みなさんも……」
ん? フランベルはどうしたんだ?
「あばばばばば」
「おいフランベル。もう感情魔法は解けてるぞ」
俺は声を掛けると、フランベルはビクンと身体をびくつかせた。
「……ハッ!? え、ええと、何? 何が起こったの? ぼく、どうなってた!?」
どうやらクリスやプリシラよりも、フランベルは深く魔法にかかっていたらしい。
キョトンとするフランベルに、俺は確認した。
「エミリア先生の感情魔法で錯乱状態にされたんだ。記憶はあるか?」
「ええと……うん。言われてみれば、そんな気がするよ」
エミリアがフランベルにも頭を下げた。
「ごめんなさいフランベルさん」
「なんで先生が謝るの? ぼくの特訓のために魔法を使ってくれたのに」
「え、ええと……わたしの魔法が暴走して、みなさんにも効果が出てしまって……」
「じゃあ、師匠にもぼくと同じ魔法がかかったの? なんで師匠はぼくより早く、正気を取り戻せたの!? ねえ、なんでなんで?」
好奇心をうずかせるような、ワクワクとした視線でフランベルは俺を見つめてきた。
「俺だけじゃなく、クリスやプリシラもすぐに魔法が解けたぞ」
フランベルは不思議そうに首を傾げる。
「それってどういうことなの師匠? よくわからないよ!」
言いづらいが、事実を述べよう。
「つまりだな……フランベルの場合、他の人よりも感情魔法が掛かりやすい体質らしいんだ」
フランベルの顔が青ざめた。
「え? 掛かりやすいとダメなの?」
「そうだな。相手の簡単な感情魔法に翻弄されることになると、まともに戦うのも難しいし」
しょぼんとフランベルは肩を落とした。
「ぼくの弱点ってことか……ど、どどどどうしよう!?」
動揺するフランベルにエミリアが「落ち着いてくださいフランベルさん」とたしなめながら続けた。
「ええと、過去にも感情魔法の影響を受けやすい人はたくさんいたそうです。これは体質的なものなので、努力で改善できる余地は無いと……あっ」
言いながらエミリアが眉尻を下げる。
努力では改善できない。
生まれながらの性質ということは、克服できない弱点なのだ。
フランベルは悲しげな瞳で笑った。
「そっか、まいったな。ぼくの場合、感情魔法使いとの対戦にならないことを祈らないといけないみたいだ」
俺はエミリアに聞く。
「それって、本当に努力じゃどうにもならないのか? 例えば魔法薬で症状を抑えるとかは?」
エミリアは小さく頷いた。
「近年の魔法医学の発展で、症状を緩和する魔法薬も精製されるようになりましたが、交流戦では試合前の魔法薬使用は禁じられています」
そういえば、そんなルールだったかもしれない。
エミリアがきちんとルールを把握してくれて助かった。
危うくマーガレットに魔法薬の調合をお願いするところだ。
まあ、そうだよな。魔法薬ありのルールなら、本来の実力以上に力が発揮できちまうし、強い薬効には副作用もある。
禁じるのは当然か。
「魔法薬以外の克服方法は?」
エミリアはそっと首を左右に振った。
「それ以上のことは……勉強不足ですみません」
「そんなことないって! エミリア先生。普通は魔法薬のことだってすらっと出てこない知識だから」
ああ、フランベルに続いてエミリアまで落ちこんじまったぞ。
プリシラが頭を抱えた。
「あーん! あたしも超不安だし。ツライなー。レオっちに慰めてほしいなー」
わざとらしい口振りすぎるぞ。まったく。
「プリシラはその調子なら大丈夫そうだな」
プリシラは「けちー!」と言いながら、俺に向けてあっかんべーをしてみせた。
本当に大丈夫そうだ。もう一人はどうだろう。
「クリスはどうだ?」
「わ、私の心配よりもフランベルとエミリア先生の心配をしてちょうだい」
「心配はしてるぜ。もちろんお前のこともな」
「恥ずかしいこと言わないでよ」
ムッとしながらクリスはそっぽを向いてしまった。
二人の心配ができるなら、クリスも心配いらないか。
むしろ頼りになるくらいだ。さっそく頼らせてもらおう。
「じゃあ、次はクリスに手伝ってもらおう。プリシラは少し休憩しててくれ。フランベル、続けるぞ!」
しょんぼりと肩を落としていたフランベルが顔を上げた。
「つ、続けるって何をだい師匠?」
「精霊魔法との相性も確認しておこうと思ってな」
この確認作業も先ほどと同じ要領で進めた。
フランベルと俺が組み手をしているところで、クリスに風属性の精霊魔法でフランベルを攻撃してもらう。
感情魔法の時と違い、フランベルは風の衝撃波をかわしてみせた。
どうやら、目に見えない理論魔法や感情魔法と違って、精霊的な力が起こす物理現象なら、フランベルは反応できるらしい。
五感を研ぎ澄ませた彼女に、精霊魔法は一度も直撃しなかった。
クリスがわざと手加減したような素振りも無かったため、少しだけフランベルも自信を取り戻せたようだ。
それから個人個人の動きについて指導して、日が落ちたところで本日の特訓を終了した。
「それじゃーねー! レオっち!」
「師匠! 明日もよろしく!」
「また明日。寝坊なんてしないでよね」
「レオさん。明日もが、がんばりましょう!」
クリスら三人とエミリア先生を校門前まで見送ってから、校舎に戻る。
校舎の戸締まりを確認して、俺は宿直室に向かった。
暗い廊下を歩きながら考える。
さて、どうしたもんか。
楽な戦いとは思っていなかったが、対戦カードによっては相性の問題で、三連敗も喰らいかねない。
ギリアムクラスの代表にシアン・アプサラスは当確だが、残り二人はどういうタイプになるだろう。
シアンの専攻が戦闘実技学なら、ほか二人は召喚魔法、理論魔法、感情魔法、精霊魔法のどれかを専攻している生徒で来そうだな。
最悪なパターンは――。
クリスがシアンと対決して理論魔法の発動前に倒されること。
プリシラに召喚魔法使いが当たること。
フランベルに感情魔法使いが当たること。
この三つだ。
クリスは特訓で戦闘実技の能力も上がっている。
けど、あくまでこれは彼女の「気づき」を促すためのものだった。
やっぱりクリスがシアンを倒すなら、理論魔法しかない。
逆に言えば「気づき」さえすれば、勝ち目は十二分にあった。
プリシラが前向きになってくれたのは好材料だ。決定力は不足しっぱなしだが……。
となると、やはり早急に手を打つべきは、フランベルだな。
彼女の良さを引き出せれば、三連勝だって見えてくるはずだ。




