29.接近する過去
クリスたちが授業を受けている間、俺は管理人の仕事をせっせとこなした。
片付けられそうなところから順次進めていって、放課後までにはほとんどの仕事を終わらせる。
武器用具室の清掃中に、魔法工学専攻の生徒が手がけたであろう“新作”を見つけた。
「ちょっと見てもいいか?」
寡黙な武器用具室の主は無言で頷いた。
無口な男だが、俺を嫌っているわけではないらしい。
まあ、たぶん平民の管理人に興味が無いんだろうな。顔は知っているがお互いに名前も知らない。そんな関係性だ。
お許しが出たのでちょっと見せてもらおう。
採用された新作は――打刀だ。
ずいぶんとマニアックな趣味だな。一般的な両刃の長剣と違って、王国では珍しい。魔法武器となればなおさらだ。
俺も我流だけど、刀剣術を鍛えたっけ。
鞘から抜いてみると刀身は綺麗に透き通っていた。
たぶん、クリスのショートソードを手がけた奴だろうな。確証は無いが雰囲気が似ている。
「こいつを扱えそうな生徒はいるか?」
「…………」
用具室の主は、注意深く見ていないと解らないくらい、かすかに首を左右に振った。
「そっか。せっかく出来が良いのに残念だな」
「…………」
主は頷く。
当分引き取り手は現れないだろう。
打刀を元のラックに戻して、俺は掃除を終えると用具室を出た。
◆
来賓があるというので、続けてお茶汲みだ。
魔法薬学科教員のマーガレットがブレンドした、カモミールのハーブティーを淹れて応接室に運ぶ。
「おや、君か」
応接室にはギリアムと、見慣れない紳士風の男の姿があった。
紳士は白髪交じりのグレーの髪で、立派な髭を蓄えている。
瞳の色は深い紫色だ。魔法使いか。
「お茶をお持ちしました。失礼します」
早々に立ち去ろうとしたところで、ギリアムに呼び止められた。
「いやぁ聞いているよ。エミリア先生のクラスのコーチをがんばっているそうじゃないか。立派なものだ……が、しかし平民が魔法使いに、いったい何を教えるというのかね?」
「失礼します」
「はっはっは。本当に失礼だね君は。礼儀知らずな君には少々もったいないのだが、せっかくだからこちらの紳士を紹介してあげよう。かの名高き四賢人のお一人、名門アプサラス家の当主。軍師ガンダルヴァ・アプサラス殿だ」
俺は軽く会釈をした。
この手の紳士は苦手だ。
さっきから俺を値踏みするような視線が恐い。平民の俺なんかに見るべきものは何も無いだろ。
ガンダルヴァは終始無言で、ギリアムが続けた。
「さすがの君も萎縮して声も出せないようだ。まあそれも仕方ありませんよ。私はエリートという、王国の未来の至宝を預かる責任ある立場ですから、そのご家族である貴人とお会いすることもしばしば……あ! ちょっと待ちたまえ」
「お茶が冷めるので、俺はこれで」
紳士の視線とギリアムの呼び止める声を振り切って、俺は逃げるように応接室を出た。
ブルッと背筋に悪寒が走る。
あれが四賢人ってやつか。
ギリアムクラスのシアンはアプサラス家の養女だと言っていた。
確かに似ても似つかない。
黒髪黒目のシアンと、白髪交じりのグレーの髪に、深い紫色の瞳のガンダルヴァ。
四賢人の一人がわざわざエステリオに足を運ぶ理由は、やっぱり娘の事なんだろうか?
ま、俺が気にすることじゃないな。
あとで応接室の片付けに行かなきゃならんのだが、少し時間をおいてからにしよう。
――三〇分後。
カフェテリアで水漏れがあったというので、そちらの応急処置をした。
どうやら水の精霊が暴走したらしく、きちんとした修理には専門家が必要そうだ。
総務部を通して業者に依頼し、俺は応接室に戻った。
ギリアムもガンダルヴァも部屋におらず、安堵しながらお茶を片付ける。
空になったティーセットをお盆に載せて応接室を出ると、廊下に紳士が待ち受けるように立っていた。
「君……どこかで会ったことはないかね?」
「え? さ、さあ?」
気配隠蔽か透明化の魔法でも使っていたのか。突然出てきて心臓に悪いだろ!
「失礼、いきなり話しかけてしまって。先ほどは口うるさいのがおってな。落ち着いて自己紹介もできなんだ。ガンダルヴァ・アプサラスだ」
紳士はそっと俺に手を差し伸べた。
「すみません。両手がふさがっていて」
「おっと、重ねてすまない。いやしかし……どこかで見たような顔に思えるんだが……」
「レオ・グランデです。管理人をしています」
「そうかそうか。いやはや……お茶、ありがとう。良い香でとても気に入った」
「お褒め頂いて光栄です。ブレンドをした者も喜ぶと思います」
「ああ、よろしく伝えてくれたまえ。それでは失礼」
紳士は満足げに笑うと、長い廊下の奥へと消えていった。
あっぶねえええええ!
あれくらいの年齢なら、十年前はギリギリ現役の軍人だろ?
こっちは覚えてなくても、向こうに知られてる可能性はある。
なんとかうまく、ごまかせたっぽいけど……王都にも近いんだし、ああいう人物が学園にやってくる可能性も考慮すべきだった。
今後は気をつけないとな……。
ともあれ、残りの仕事をちゃっちゃと片付けて、放課後はコーチとして働きますか。




