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26.その日の借りは、その日に返す

二人カラオケを四時間ぶっ続けた。


プリシラは歌も上手くて、どれだけ歌っても声の質が変わらない。

こっちは途中で喉が痛くなっちまった。


店を出ると外は夕暮れだ。オレンジ色に街並みが照らし出されていた。


「歌も上手いんだな。今日はプリシラに驚かされっぱなしだ」


プリシラは自慢げな顔つきだ。


「別にこれくらい普通でしょ? つーかレオっちは下手だよね」


「うるせぇ! 気持ち良く歌えたもの勝ちなんだ。さてと、今日はそろそろ……」


プリシラがほっぺたを膨らませた。


「えー!? もう終わりなの!? せっかく町に来たのにぃ」


「寮の門限破りを管理人がさせるわけにはいかないだろ。俺の立場も少しは考てくださいお願いします」


「急に敬語になるなんて、レオっちってば変なのー」


楽しそうに笑いながら、プリシラが荷物でふさがった俺の腕をとる。


密着すると、ぷりんとした感触が俺の二の腕を圧迫した。


大人をからかいやがって……。


プリシラは無邪気に顔を近づけてきた。


「もうちょっといいじゃん! ほらほら、もっとサービスするよ?」


ぎゅーっと抱きついてくるプリシラの顔が、夕日に染まって真っ赤に見える。


「こらこら。だいたいプリシラは俺のことを、男として『無い』って断言しただろ」


「あ、あれは他のメンツもいたし……それに、今日でレオっちがいい人ってわかったから……って、なに言ってるんだろあたし」


焦ったように早口でまくし立てると、プリシラはうつむいた。


ほんの少しの沈黙を挟んで、彼女は落ち着いた声のトーンで呟く。


「えっとね、だから、もう少しだけ……こうしてたいな」


プリシラはとても良い子だし、心を開いてくれるのは嬉しいけど、俺にはコーチとしての責任がある。


「暗くなるとガラの悪い連中も増えるから、日が落ちる前に王都を出るぞ」


わざとらしいくらいドライな感じで言うと、プリシラは口元を緩ませた。


「ちぇー。レオっちってば、本気になるかと思ったのに、案外冷静だし」


「なッ!? お、お前! 俺を試したのか!?」


小悪魔っぽくプリシラは微笑んだ。


「あたしのこと好きになっちゃったら、それはそれで良かったけどね」


また誤解を招くような言い方をして。それも嘘なんだろ。まったく。


プリシラは続けた。


「せっかくレオっちを独り占めできたのに……あ! そうだ! またそのうち付き合ってよ! 約束してくれたら、今日はこれくらいで勘弁してあげる」


「わかった。そうだな……次は交流戦のあとだぞ」


「うん! 約束だからね!」


話がまとまったところで、歩きだすと……俺たちの前に男たちが立ちふさがった。


言ったそばから出てこなくてもいいだろ! ガラの悪い連中め。


前に八人。後ろに五人。左右の細い路地にも二人ずつ。気配を消す気もないらしく、足音だけで総数が把握できた。


わざとか? 念のため、気配を消している伏兵の可能性も考慮しておこう。


「おうおう探したぜぇ! にーちゃんよぉ」


先ほど、俺に膝で顎をかちあげられた男が詰め寄ってきた。


あれで懲りないとは、学習能力が無い連中だな。


瞬間――。


男たちの集団の中から、呪文のような声が聞こえた。


どうやら魔法使いが紛れこんでいたらしい。これもある意味、伏兵か。


ランクDの感情魔法……催眠だった。


感情魔法は言語を介して、相手の精神に影響を与える魔法の系統だ。


俺は地面を蹴り上げた。小石が術者めがけて飛ぶ。額に小石をめり込ませ、男が倒れた。


が、一瞬遅い。


感情魔法は発動した後だった。


油断した。


まさか、こういう連中の中に魔法使いが紛れ込んでいるなんて。


地方都市じゃ考えられない。


魔法使いは善人であれ悪人であれ、それなりの地位をしめるものだからな。


町のチンピラになりさがるやつが出てくるのも、人口の絶対数が多い王都ならではか。


そういえば、校則違反や不法な行為をして、学園を追われた魔法使い崩れが、王都の裏の社会に拾われるなんて噂もある。


相手の催眠の魔法を読み解き、囁くような小声で抵抗の言葉を口にする。

無効化は即座に完了した。


が、問題はプリシラだ。


彼女は無抵抗で棒立ちになり、男の一人に後ろから羽交い締めにされると、ナイフを首筋に突きつけられた。


術者が倒れたこともあって、プリシラはすぐに意識を取り戻したのだが、後の祭りだ。


「ちょ、いつのまに……つーか、さわんないでよ! マジ死ね!」


物理的に攻撃するのは苦手なプリシラだが、相手によっては容赦のない口調になる。


が、ナイフの先端を首筋に当てられて、彼女の顔から血の気が失せた。


「あたしに用があんでしょ? レオっちは関係ないし」


自分が危機的状態にあるのに、俺の心配してる場合じゃないだろ。


プリシラは優しい子だ。こいつらに傷つけさせるわけにはいかない。


男たちのリーダー格が俺の目の前に立ちふさがった。


「おうコラにーちゃんよぉ。逆らったらどうなるかわかってんだろうなぁ?」


俺は両手に持った紙袋をそっと地面においた。


それだけで、男たちの何人かは過剰反応的にビクつく。


そういった連中を怯えさせないよう、ゆっくり両手を上げた。


「降参だ。好きにしろ。ただし、プリシラには手を出すな」


「良い心がけだなぁ、にーちゃんよおおおおおおおおおお!」


リーダー格の拳が俺の左頬を打ち抜くように殴り抜けていった。


続けて二発、三発と殴打される。


「やめて! レオっち逃げて!」


痛みには慣れている。屈辱感はあるが、この程度じゃ俺は死なない。


しかし、このまま殴られて済むんだろうか。


プリシラの視線もあった。


先ほどのように、相手の魔法への抵抗くらいならバレはしないだろう。


感情魔法は相性もあって、相手に100%かかる類いのものじゃないからな。


かといって、こちらから魔法戦を仕掛けるのはまずい。


俺はエステリオの管理人。平民のレオなのだ。


派手に魔法を使おうものなら、プリシラにバレる可能性もある。


高度な理論魔法なら、苦手とするプリシラには看破できないだろうけど、結局、消滅系とまではいかなくとも、いきなり連中が斥力場で吹っ飛んだら、プリシラにバレかねない……。


うーむ、判断を誤った。


術者を倒さず、もうしばらくプリシラには催眠状態でいてもらった方が、動きやすかったかもしれないな。


「おらどうしたよにーちゃん! 反撃したきゃすりゃいいんだぜ? 女がどうなってもいいんならだけどなああああああああぁぁぁッ!?」


人質を取られた状態という想定での戦闘経験には、正直乏しかった。


“ぼっち”だった昔の自分が恨めしい。


「レオっち! あたしはどうなってもいいから!」


プリシラが……泣いている。


そんな顔をさせたのは、俺のミスだ。


何かきっかけさえあれば。


一瞬でいい。連中……というより、プリシラの気をそらしてもらえれば、どうにでもできるんだが。


「うるせぇ! コイツをシメたら、次はテメェで楽しませてもらうぜ!」


男たちがゲスな笑い声を上げた。


その時――。


「グルルルルルル! ワウワウッ!」


うなり声とともに、一匹の犬が物陰から飛び出すと、プリシラを羽交い締めにしている男の腕に噛みついた。


さっき、彼女が助けたワンコだ。


「このクソ犬がああああ!」


羽交い締め男がナイフを手から落とした。


受けた恩は返したと言わんばかりに、犬は路地裏へと走り去る。


全員の視線が犬に集まっている間に、俺は地面に魔法を打ち込んだ。


突然の地鳴りと振動に、男たちの動きが止まる。ほんの一瞬だが、一同の動きを止めるには十分だった。


土属性の精霊魔法だ。自然現象に近いため、理論魔法のような痕跡も残らない。


俺は地面を蹴った。

プリシラを羽交い締めにしていた男に掌打を浴びせ、倒れたのを確認する前に別の男の頸動脈に手刀を喰らわせる。


一呼吸置かず、三人、四人と倒していき……。


それ以上は数えるのを止めた。


俺とプリシラを取り囲んだ連中が、地面に転がる。


「な、なんだテメェはっ! なんなん……ぐあっ」


最後にリーダー格の顔面に拳を叩き付けた。


リーダー格はくぐもったうめき声とともに、地面に倒れ伏す。


俺はゆっくりと、整えるように息を吐いた。


「ったく……管理人にゴミ掃除の仕事を増やすなって言ったのに……」


振り返るとプリシラが目を真っ赤にさせていた。


潤んだ瞳から涙がぽろぽろ落ちる。


「ごめんねレオっち……あたしのせいで……そんなにされて!」


「恐かったろ? もう大丈夫だ。そもそも、プリシラのせいじゃないんだし。俺が買ったケンカだよ」


顔は腫れたが、こんなもの怪我のうちには入らない。


なにより、プリシラに怪我が無くて良かった。


回復魔法で傷を消すことはできる。それでも、心に負った傷までは癒やせないからな。無事でなによりだ。


プリシラは何度も首を左右に振った。


「けど、あたしが自分の力で身を守れたら……こんなことになんなかったし」


「ちゃんと自分の力で守れたじゃないか。あの犬は、さっきプリシラが助けた奴だろ? 間接的かもしれないけど、お前の優しさがあったから、あの犬だって助けに来てくれた。それはプリシラの力だ」


プリシラはうつむいた。


「でも、でもぉ……」


こりゃ、相当まいってるな。俺は地面に置いた買い物の紙袋を持ち直した。


「じゃあ……俺を助けると思って、週明けからの特訓をがんばってくれないか?」


「えっ? ……う、うん。そんなことでいいなら……だけど……」


視線を上げると、プリシラは心配そうに俺の顔をのぞき込んだ。


続けて聞いてくる。


「特訓って、あの棒の武器の特訓するの?」


「それがメインだな。ただ、プリシラの得意な魔法と複合で特訓しようと思うんだ」


「だ、だから召喚魔法は……ごめんレオっち。レオっちを巻き込んで、こんなことになっちゃって……それでも召喚魔法は無理だよ。あたし、魔法言語の構文だってめちゃくちゃだし、それに……召喚獣を戦わせるなんてできないし!」


あー。俺が召喚魔法を使わせる指導すると思ったのか。


「召喚魔法はプリシラが本心から望んだ時にしよう。今回特訓するのは、もう一つの得意魔法の方だ」


「もう一つって……回復魔法……?」


プリシラはきょとんとした顔になった。


「ああ! それだ!!」


「レオっち大丈夫? 殴られて頭のネジが何本か飛んじゃった?」


「失礼な。俺は意識も記憶もしっかりしているぞ。頭をぱかっと開けてみせてやりたいくらいだ」


プリシラは首を左右に振る。


「キモグロいし。っていうかレオっち。回復魔法でどうやって戦うの?」


「使いこなせるようになるまで、ある程度訓練は必要だと思うんだけど、実は回復魔法って戦闘実技と親和性が高いんだぜ? 自分の身体に常に微弱な回復魔法を使い続けるんだ」


「え? ちょっと意味わかんない」


「まあ、こればっかりは口で説明しても、すぐに理解できることじゃないしな。習うより慣れろってところだ」


プリシラは怪訝そうな顔つきのままだった。俺は説明を続ける。


「実は、回復魔法には身体の機能を強化する、裏技的な使い方がある。肉体の強化って意味じゃ戦闘実技学とも重なるんだけど、常に心臓とか足とか、その時に力を使っている部分に『回復』を与え続けることで、体力や持久力を補えるんだよ」


「いまいちわかんないけど……つーか、レオっちって平民なのに、なんでそんなに魔法に詳しいわけ?」


「あ、えーと……前にも話した通りエステリオで仕事をしてると、いつの間にか授業内容が頭の中に入ってるんだ。今言った方法は技術的に難しいかもしれないけど、俺の見立てじゃプリシラの回復魔法のセンスは、かなり高い。訓練次第できっと物に出来るって」


授業で聞いたというのは嘘で、この裏技は俺のオリジナルなんだけどな。


エステリオでの主流は戦闘実技学で教えられる、身体強化の魔法だ。こちらは主に、瞬発力や筋力を増すための魔法である。


これを回復魔法に置き換える。


戦闘実技が攻撃的な強化とするなら、回復魔法による強化は防御的な強化ってとこだな。


似たようなことをしている回復魔法の専門家はいるかもしれないが、肉体の全体に広げた回復魔法の配分を、状況に合わせて臓器や部位に集中、制御できるのが、俺が考案した方式の特徴だ。


それを身体強化魔法と併用することで、より高い戦闘力を発揮できるようになるのである。


さすがにプリシラには併用までは無理だろうから、回復魔法の持続使用だけでも覚えてもらおう。


プリシラは小さく頷いた。


「うん……レオっちがそう言うなら、やってみる」


「よし。週明けからの特訓を楽しみにしておけよ! じゃあ、今度こそ帰るか!」


「荷物、あたしが自分で持つよ」


「それなら……じゃあ、一個ずつにしような」


俺は紙袋を一つ、プリシラに手渡した。


夕日の落ちた王都の路地を並んで歩く。


「ねえレオっち。馬車の停車場まで……手を繋いで歩いていい?」


プリシラは聞きながら、もう俺の手を取っていた。


その直後――俺の顔の腫れが少しずつ引いていく。


彼女が握った手を介して俺にかけた回復魔法は、心地よくて温かい感触だった。



帰りの馬車の中で回復魔法についてミニ講義をしていると、時間はあっという間に過ぎて、無事、門限前にプリシラを寮に送り届けることができた。

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