207.明日へ
次に目を覚ますと、俺はベッドの上にいた。
「ここは……どこだ?」
俺のベッドの脇に、長い黒髪の少女がたたずむようにスツールに腰掛けていた。
「目を覚まされたのですねレオ様」
ユグドラシアで別れたジゼルだった。彼女は読みかけの本にしおりを挟む。
「なあ、俺は……生きてるみたいだが……」
全身を包帯でぐるぐるに巻かれていた。
「はい。どうやら無茶をされた反動で、魔法による治癒を肉体が受け付けないとのこと。安静にして休養することでしか、今はレオ様の傷は癒えないとのことです」
世界が終わりを迎えていないということは、俺は聖遺物を完全に滅して融合体を撃破できたのだろう。
安堵の息とともに、ジゼルにもう一度訊く。
「そうか。で、ここはどこなんだ?」
「王都の病院です。今日はたまたま、私がこうしてそばにいましたが……お目覚めになられたことを、私から皆さんに伝えましょう」
温かい陽光が窓から射し込んでいた。
小鳥のさえずりも聞こえる。
手足はぐったりとして、自分の意志では動かせない。しばらくはこのベッドの上か。
トントンとノックの音が響いた。
「ちょうど交代の時間ですね。目覚められて早々、名残惜しいですが、一旦失礼いたします」
席を立ち、俺の顔をのぞき込むようにしてから、小さくウインクをした。
「事後報告で申し訳ございませんが、η・ベネトナシュの正式名称が改めて獅子鋼となりましたことをお伝えしておきますね」
「あ、ああ。そういう約束だったもんな」
「それと、レオ様が鍛えた獅子鋼の剣はこちらで回収してあります。お返しすることもできますが……」
「好きに使ってくれていい。折れていても、なにかの研究材料にはなるだろう」
「ありがとうございます。では、そのように手配させていただきますね」
一礼して長いスカートの裾を翻してジゼルが部屋を出ると、入れ替わりに現れたのは小柄な少女だった。
その少々やぼったくもあった特徴的な前髪は、綺麗に切りそろえられている。
真鍮色の瞳を露わにして、俺の元を訪れたのはリューネだった。
「……目が覚めたのか?」
「ああ。それよりずいぶん印象が変わったな?」
「……この髪型は変だろうか」
伏し目がちに視線を背ける彼女が、どことなくいじらしい。
「よく似合ってるよ。前よりもずっと良い」
「……ほ、褒められても困る。そういうのには慣れていない」
頬を赤らめつつ、リューネはベッドサイドのスツールに腰掛けた。
「ユグドラシアから、わざわざ来てくれたのか?」
「……気遣いは不要だ。自分から行かせて欲しいと志願した」
そう呟きながら、彼女は手荷物から一枚の書類を取り出した。
書面を俺に見せて続ける。
「……君をユグドラシアの理論魔法学部長に推す声が多くてな。他の三学部長も承認どころか、歓迎するという。まだ歴史の浅いユグドラシアだが、もし受けてもらえるなら最年少学部長だ。デフロット学部長も、きっと喜んでくれるだろう」
首を左右に動かすこともままならない。
が、気持ちはすでに決まっていた。
「悪いな。俺のやりたいことはエステリオにあるんだ」
リューネは一度眉尻を下げたが、頷いた。
「……ああ。こちらが無理強いなどできるはずもない。それに君ならそう言うだろうと、予感はしていた」
書類を丸めてリューネはくずかごに投げ捨てた。
そんな彼女に尋ねる。
「なあリューネ。お前の魔法は戻ったのか?」
「……元の半分ほどといったところだ。すべてを失う覚悟でいたから、驚いている」
真剣な顔つきを崩さずリューネは俺に告げた。
「それじゃあ、これからどうするんだ?」
「……ユグドラシアを追放になるかと思っていたが、遺物の研究チームに呼ばれた」
「おいおい、まさかまた、あんな化け物を掘り出しやしないだろうな?」
リューネは深く頷いた。
「……旧文明の遺跡などの調査を行えば、遺物やそれに近い危険な存在に遭遇する可能性は否定できない。研究チームはその対策のためのものだ」
「そうか。リューネが加われば安心だな……」
目覚めたばかりだというのに、少し話しただけで急速に睡魔が俺の意識を包んでいった。
「すまない……もう少し……眠る……」
「……ゆっくり休んで欲しい。君は……自分にとっても英雄だ」
まぶたを閉じた瞬間に、意識は深い闇の底へと落ちていった。
◆
次に目を覚ますと、いきなり金髪の少女が俺に抱きついてきた。
「もうぅ! レオっちってばチョー心配したんだかんね!」
「うぐッ! 苦しいぞプリシラ」
少女は涙目で俺にまくしたてる。
「っていうか、目が覚めたっていうから来てみたら、また眠っちゃってるしぃ」
「わるかったな。今……何時だ?」
プリシラの背後から、そっと青い髪の少女――フランベルが顔を覗かせた。
「午後二時を回ったところだよレオ師匠。今回もぼくらの知らないところで、何かすごいことをしてたんだよね?」
どうやら二人は詳しい事情までは聞かされていないようだった。
「うんしょっと! ほら、プリシラあんまりくっついてると、師匠が息できないよ?」
ずりっとフランベルに引きはがされて、プリシラはしぶしぶ離れていった。
そんな二人を迂回するようにして、エミリアが俺の手をとる。
「よかった……レオさんが無事で……え、ええと、こんな状態だと無事とは言えないかもしれないですけど」
焦り気味のエミリアは目尻に涙をため込んでいる。
「いや、生きていれば無事みたいなもんだよ。それより、学園の方はどうなってるんだ?」
ユグドラシアに向かったきり、どうなったのかろくに知らされてもいない。
まあ、俺が意識を失っていたからなんだが。
エミリアは全身で頷くように身体を揺らした。
「は、はい! 王国からの緊急避難指示は解除されて、本日は現状復帰でした。今から戻って、またその作業です。が、明日からは平常の授業に……日常に戻れると思います」
どうして避難するようなことになったのかを、エミリアもプリシラもフランベルも俺には訊かないでいる。
こちらからあえて話すようなことでもないか。
フランベルが心配そうに俺の顔を見つめた。
「師匠も元気になったらエステリオに戻ってきてくれるんだよね?」
「当然だろ」
三人は安堵の表情を浮かべた。
それからしばらく、俺が留守にしている間に起こった学園のあれこれといったことを、三人から聞いたところで、また少し疲れが溜まってきた。
「それじゃあレオっち! あたしらで学園をいつもの、元のに戻しておくからね!」
俺の体調を気遣ってか、プリシラたちは病室を去る。
戻れる場所があって、待ってくれている人がいるんだと、おぼろげに思った。
◆
日が落ちかけた頃、俺の元に二人の少女が姿を現した。
オーラムとクリスだ。
二人が何かを口にする前に、つい言葉が漏れた。
「王都とはいえ、お姫様が城を出て大丈夫なのか?」
質問に応えたのはクリスだった。
「それなら問題無いわよ。明日、学園長にお返しすることになっているけど、この教鞭を手にしている私が護衛についているんだもの」
クリスはデフロットの形見を腰のベルトに提げていた。
ああ、これなら確かに一軍を引き連れているようなものだ。
融合体との戦いにもクリスは参加して、彼女の力はさらに増している。
オーラムが申し訳なさげにうつむいた。
「こうしてまた、守られるだけの存在になってしまいました」
彼女はそっと、手首に着けた獅子鋼の金属環に触れる。
「お姫様には守ってもらう権利があるんだ。気落ちすることなんて何もないだろ?」
「う、ううっ……念心魔法を使いこなせるようになりたかったです」
聖遺物の消滅とともに、オーラムの魔法力の暴走も完全に収まったというわけだ。
それならもう、獅子鋼の金属環をつけていなくてもいいんだが……。
「魔法力が暴走しなくなったんなら、そいつはもうお役ご免だな」
オーラムはさっと身を引いて腕を隠すようにした。
「だ、ダメです。これは……外さないと決めたから……」
クリスが心配そうに「着けていると何か悪影響があるということはないかしら?」と、俺に確認した。
「それなら問題は無いぞ。まあ、気に入ってるなら無理に外せとは言わないから。警戒するなって」
俺の言葉にオーラムは、ほっと安堵の息を吐いた。
クリスが苦笑を浮かべる。
「それで、身体の調子はどうかしら?」
「そいつがまだなんとも言えなくてな。昔は宿で一晩寝泊まりすれば、どんな深傷も全快したのに……歳はとりたくないもんだ」
「一晩でなんでも治る方がおかしいのよ」
「なあクリス。復帰まで少しかかると思うが……それまでみんなを頼む」
明るい栗色の髪を縦に揺らして「ええ、任せておいてちょうだい」と、少女は笑顔で返してくれた。
とりあえず一安心だ。
あれだけの事があってすぐに、早々大きな危機なんて訪れやしないだろうし。
時間もできそうなので、ここにいる間にエステリオの生徒向けの理論魔法学の授業内容でも考えるとするかな。
聖剣も祈りの力も失ったが、これから先にもっと多くのものを得て、それを今度は他の誰かに与えられるようになるかもしれない。
勇者から先生になるってのは、きっと悪くない選択のはずだ。




