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203.戦端

ゆっくりと空から降り立ったのは、全身が透き通った水晶でできた巨竜だった。


夜空を覆い尽くすほどの翼をたたみ、首を下げて俺と獅子王を見下ろすようにする。


その頭部には目も鼻もない。


顔の下半分が裂けるように、巨竜は口を開いた。


「見るが良い。このオレ様の新たな姿を! 人間の肉体などという矮小なものに、到底収まるものではなかったのだ!」


まるで唸りを上げる暴風のような声が荒野に広がった。


「すっかり変わり果てて、ますます人間離れしやがったな」


「ノンノン……超越したんだぜ!」


まだ人間の言葉が通じるだけマシか。


しかし、その言葉を放っているのがウォルターの人格かすら怪しくもあった。


見ればドラゴンの肉体のあちこちから、獣の角のようなものや、獣の四肢にも似た器官が生えている。


それらもすべて水晶化しているのだが、まるで消化されきれずに残ってしまったようだった。


幸運にも、人間のそれらしきものはない。


恐らくだが、取り込む相手を融合体は吟味することを覚えたのだろう。


たとえば俺やオーラムのような、高い魔法力の持ち主だけを狙う……というように。


俺は巨竜化した融合体に、剣の切っ先を向けた。


「御託を並べるのはもう充分だろ? 始めようじゃないか?」


巨竜はわらった。


「何かと思えば、性懲りもせず、剣でオレ様と戦おうというのか? 笑止! あれからしばらく迷ったが、オマエの力を取り込むのはやめだ。念のため、きっちりと殺しきっておこう」


巨竜の口が大きく開いた。


すかさず俺は斥力場の壁に加えて、熱を遮断するため水の精霊を壁にまとわせる。


特別に意識していなくとも、獅子鋼の剣が俺の力を余すところなく魔法に伝え、精霊魔法はウンディーネが無数に具現化して、俺を守るように扇状に展開した。


「獅子王! 俺の後ろに下がれ!」


「承知した!」


直後、巨竜の口から熱線がほとばしる。


ウンディーネを蒸発させて、俺の張った防壁に火花が散った。


勢いが弱まる気配は無い。


「れ、レオ殿! いきなり大ピンチではないか!?」


「これくらいで慌てるなよ獅子王」


薄く速く強くしなやかに、256枚の防壁を重ねて、その合間に水の精霊魔法を挟み込む。


相手からは一枚の防壁にしか見えないが、その強度は256倍以上だ。


こんな芸当ができるのも、完全に俺の手に馴染むように作り上げた、獅子鋼の剣のおかげだ。


「グルアアアアアアアアアッ!」


巨竜の咆哮が熱線をさらに加速させた。


一瞬で133枚を抜かれたが、それでも半分近く残っている。


「何だ、その程度かよ……自称上位存在?」


つい挑発したくなるのは生来の癖だな。


それでしてきた後悔も少なくないが、ハッタリも含めて、敵の冷静さや余裕を崩して動揺を誘うのは勇者時代からよく使った手だ。


「グルアアアアアアアア!」


巨竜はますます叫ぶ。熱線は大気を焼いて光を振りまき、こちらの防壁がさらに100枚ほど吹き飛んだ。


「レオ殿おおおおおおおお!」


先程までの不敵さを投げ捨てるように、獅子王が声を上げた。


駆けつけてくれてもらって悪いが、どうやら俺一人でカタがつきそうだ。


いつでも追加の防壁を展開できるよう、準備していると。


不意に、熱線の勢いが弱まった。


いかに強力な竜を取り込んでも、融合体の力が無限に湧き出るわけではない。


みれば、巨竜のぽっかりあいた口の周辺は、己が放った熱線の火力に耐えきれず、焼けて溶けてボロボロと崩れていた。


巨竜が叫ぶ。


「なぜだ!? なぜオレ様がオマエごときをくびり殺せない?」


「竜や魔物を喰い散らかしたくらいで、俺に勝てると思ってんじゃねえよ。そんなものは今まで散々、俺だって倒して来たんだ」


左手で上着のポケットから小瓶を取り出すと、密封している蓋を親指で弾くように飛ばして、中身の漆黒を煮詰めたような液体を一気にあおる。


ここからはもう、後戻りはできない。


一瞬、胸を貫かれたような痛みが走った。


これから襲う副作用へのプロローグってところだろう。


この一戦分、薬効が保てば御の字だ。


マーガレットの調合した秘薬は、かつて俺が作ったそれを純度と完成度で超えていた。


力が……暴走する。


さらに加えて、融合体の影響で俺の魔法力はどこまでも膨れ上がっていった。


それを獅子鋼の剣で制御する。


オリハルコンの耐魔法許容量と、アダマンタイトばりの強度がそれを受け止めきった。


他の魔法武器では耐えきれず崩れ去っていたに違いない。


俺は時の魔法の詠唱を奏でる。


思考は文字となり、言葉は声となり、うたは魔法となってこの荒野全体に響き渡った。


荒野の中心からその端まで、巨大な魔法陣が広がっていく。


全系統魔法を駆使して、俺は時の神の領域に手を伸ばすと、その力を自分自身に宿した。


かつての全盛期を誇った勇者へと戻る。


金色の前髪が揺れた。


自分では確認できないが、瞳の色は碧眼だ。


少しだけ視点が下がるのは、このあと身長がさらに縮むからだ。


背後から獅子王の驚いたような声が聞こえた。


「れ、レオ殿……なのか?」


振り返らずに返す。


「こいつっは十年くらい前の姿で、この頃はレオ・グランデと名乗っていなかったんだが、それでも俺は俺だよ」


「ぬう、恐れ入った。先程までのレオ殿とは、文字通り別人ではないか」


驚いているのは獅子王ばかりではない。


「お、おお、オマエはああああああああッ!?」


口の損傷を自己修復しながら巨竜が吠える。


融合体に取り込まれたウォルターの知識には、王都に建つ巨大な像の記憶も残っていたに違いない。


「よくもまあ、勇者を過去のものにしてくれようとしたなウォルター? お前がこんなことをしなければ、俺は静かに過去の遺物になれたんだぜ?」


皮肉混じりに告げるなり、俺は短距離瞬間移動巨竜の目前まで飛ぶと、獅子鋼の剣に魔法力を込められるだけ込める。


突然、なんの前触れもなく現れた俺を巨竜が認識するよりもはやく。


俺は魔法式にも依らない純粋な魔法力の塊を、振り下ろすように巨竜の脳天めがけて叩きつけた。

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