202.新月の決戦場
強化型四番魔高炉に、炎と風が吹き荒れる。
用意された金床と鎚は、七連星工房の特注品だった。
これもある意味では魔法武器のようなものだ。
耐魔法許容量の高いオリハルコンをベースに作られているため、俺が全力で打ち込んでも“たわむ”ような弱々しさがない。
助けてくれるのは道具だけではなかった。
燃料となる石炭は、それこそ希少品の最上級高純度のものだった。宝石をくべて燃やしているようなものだ。
そうして生まれた炎によって、獅子鋼は形を変えていく。
この手に持ちうる全ての技術をつぎ込んで剣のそれへと近づくのだ。
俺がこれまで手にした全ての剣の構成を、知識の奥底から引きずり出した。
フランベルとともに作った蒼月や、そのオリジナルとなったエステリオの秘蔵品。
フローディアの宝剣に七連星工房が誇る空蝉。
魔族から奪った魔剣や、俺自身が召喚された異界で見聞きし、触れた武器。また、異界から召喚された存在が手にしていた装備品に、果てはゴーレムファイトの機体の角まで。
それらの優れた部分に加えて、先日、魔法力の塊によって仮想具現化させた聖剣を想い、最強の剣をイメージして描く。
魔法力を込めて、打ち、叩き、鍛える。
命の一部をその刃に練り込むようにして、俺は無心で鎚を打ち続ける。
強化型魔高炉も鍛冶道具も燃料も、俺の力を吸い上げながらも、要望や願望や希望のすべてを叶えるべく、それぞれが最高の仕事を果たしてくれた。
◆
これが聖剣と言えるかは解らない。聖剣が聖剣である由縁は、魔王を倒したからだ。
魔王を倒す最後の一撃を見舞ったなら、それが小刀だろうと聖剣と言えた。
完成……したのだ。
華美な装飾は一切なく、その外見はどこにでもありそうな長剣だった。
刃の色は紫と、そこだけは特別だった。
結局、自分の手に馴染む形に落ち着いた……と、言えるな。それだけに、身体の一部を通り越して生まれた時から手にしていたかのように、剣は俺の手に馴染んだ。
獅子鋼の刃付けのために、ユグドラシアの工作機械を三台壊すハメになったが……そこはあとで修理を手伝うことで埋め合わせをさせてもらおう。
剣の柄に巻いたのは、はるか北の雪深い土地で精霊や神獣と暮らすという、山の民の織った布である。
錦の布は様々な色の糸が縦と横に組み合わさり、それらが身につける者を守る加護の魔法文字となっていた。
その土地の神に捧げる貴重なものらしい。
どことなく、魔法文字の印象から以前にエステリオに紛れこんだ神獣――筆神の子の事を思い出した。
鞘は無い。
それにかける時間は残されていなかったからだ。
剥き身の剣を手にして、俺は今……たった独りで荒野に立つ。
夜の闇が世界を覆い尽くし、月すらも死に絶えたようだった。新月の静けさに風さえも吹くことを止めてしまった。
ただ、月が消えたことで夜空の星々は、銀の粒をばらまいたようにキラキラと輝きを増していた。
星を繋いでいくつか星座を作るうちに、ヤツは現れるに違い無い。
まあ、そんな優雅な趣味は無いけどな。
王家が竜狩りの儀式を行う広い平野の真ん中で、剣を手にして瞳を閉じると祈るようにその瞬間を待った。
ヤツの存在は皮膚感覚でわかる。
まもなく、ここに姿を現すだろう。
そっと左手を胸に当てる。
上着のポケットには、マーガレットとユグドラシア魔法医学部が総力を結集した魔法薬の小瓶が入っていた。
瓶の中身は漆黒だ。
こんな時に思うことでもないのだが、正直……あまり美味そうではない。
いや、元々そういうオーダーだ。味どころか、どれほど副作用があるかもわからない。
俺の身体は毒と感じれば、それを消そうとする力が備わっている。
十年ほど前に、魔族と戦ううちに手に入れた能力だ。
その力をフルに発揮しても、この毒薬を飲めばどうなることか……。
目を見開く。
もう一度だけ、王都の方角に視線を向けた。
まるで誰もが眠ってしまったように、魔法都市に明かりはなく静かである。
ただ、外壁には強固な結界魔法が多重に展開していた。
その周辺で、王国軍が防衛の布陣を敷いているのだろう。
おそらくエステリオも、生徒たちを学園の敷地に収容して防御を固めているに違い無い。
「……近づいてきているな」
自然と言葉が漏れた。
身体の中の魔法力がゆっくりと……だが、確実にふくれあがり始めたのだ。
この魔法力増加の影響は間違い無く、聖遺物の……いや、融合体の接近によるものだ。
またぼっちか。まあ、魔王を倒すまでそうだったのだから、何も変わらない。
やることは今まで通りだ。
(――いや、違うな。独りには違い無いが、ぼっちは言い過ぎか)
たくさんの人たちの協力があって手にした剣と秘薬と決戦場。
俺はそれを託された代表だ。
だから、独りであっても孤独じゃない。
ゆっくりと呼吸を整える。
まだ、融合体を目視するには至らない。
ますます魔法力は増幅していった。
「とはいえ、やっぱり独りはしんどそうだな」
ここに来て誰が聞いてくれるわけでもない愚痴を口にした途端――
目の前の荒れ地に魔法陣が浮かび上がった。
それは召喚の魔法陣だ。
呼んだつもりは無いのだが、漆黒の巨大な影が姿を現した。
「水くさいではないかレオ殿」
「獅子王……お前、この前はその……悪かったな」
黒いたてがみを揺らして、腕組みをしながら獅子王は笑った。
「ハッハッハ! あれしきのこと、なんともないぞ。まあ、二番煎じと言うなかれ。我はあの化け物に取り込まれることはないのだろう?」
ろくに説明もしていないのに、獅子王は前回の戦いから融合体の特性を学んでいた。
「ああ。あいつは幻体は壊せても、おそらくその力を奪うことはできないだろう」
「では、我に頼るが良い。レオ殿に何かあっては、小娘どもが悲しむであろうからな」
プリシラやフランベル、それにクリスの代わりに援軍に駆けつけてくれたというわけか。
「もともと死ぬつもりなんて無いって」
「それは命をなげうつ者が良く口にする言葉だ。我を安心させるために嘘はいかんな」
図星というほどじゃないが、半分くらいは当たっているかもしれないな。
獅子王は腕組みを解いて、真剣な顔つきで俺に訊く。
「それで勝ち目はどうなのだ?」
「準備は万端。五分五分ってところだ」
「勝率五割か。悪くない……」
口元を緩ませると、獅子王はどかりとその場にあぐらをかいた。
「急に座り込んで、どうしたんだ?」
「まあまあ、レオ殿。我に付き合え」
座り込んだ獅子王を中心に召喚の魔法陣が生まれ、下から引き上げるように獅子王は巨大な酒瓶を取り出した。
盃を二つ。その一つを俺に差し出すと、獅子王は酒を注ぐ。獅子王の手にはお猪口のようだが、俺には片手で持つには大きいくらいだ。
自身の盃にも透明な清水のようなそれを満たして、獅子王は新月に掲げた。
決戦直前で文字通り酔狂なことだと思うが、こういうしきたりはどんな世界にもあるらしい。
俺も腹を据えて、獅子王の正面にあぐらをかいて座り込んだ。
見よう見まねで盃を掲げる。
「次に交わすは勝利の美酒ぞ!」
獅子王の言葉に俺は返す。
「ああ。もちろんだ」
同時に酒をあおる。
俺の身体は毒を打ち消す。決戦を前に酒も毒と見なせば身体が勝手に浄化を始めるのだが、不思議と酔えたような気がした。
新月の向こうから、巨大な影が翼を上下に揺らす姿を見せたのは、俺と獅子王が飲み干した盃を投げ捨てた時だった。




