201.想い託して
館に戻ると、出発の準備は進められていた。
囮として馬車が複数用意される念の入れようだ。それらの馬車は空で、魔法騎士の中でも見習いの若い連中が護衛を装って付いて出発した所だった。
館の二階にある私室から、オーラムは先立つ空の馬車を見送って、そっとカーテンを閉じると俺に振り返る。
「次の馬車で発つことになりました」
部屋には俺とオーラムの二人きりだ。どうしても、二人きりで話したいことがあると、俺だけが彼女に呼ばれた格好だ。
「そうか。本当は俺が護衛できれば良かったんだが……」
あくまで融合体の第一目標は俺である。一緒にいればヤツにとっては手間が省けるだろう。
それに、俺にもユグドラシアでやらなければならないことがあった。
「レオさま……わかっています。どうか、わたしのことは気になさらず、成すべき事を成してください。みんなを……守ってください」
不意に、凛としていた表情が崩れた。
瞳を潤ませ涙をため込み、少女は俺に歩み寄る。
「怖いのか……いや、怖くないわけがないよな」
得体の知れない化け物が迫ろうとしている。オーラムを守るために、幾人が犠牲になるかもしれない状況だ。
自身の死も、そういった人々の死も、オーラムの心にのしかかろうとしていた。
彼女を救えるのは……俺しかいない。
ぐっと涙が落ちるのを我慢するオーラムに手を差し伸べて、俺はそっとたぐり寄せる。
「お兄ちゃん……本当は……離れたくないです」
オーラムは俺の導くままに、胸に顔を埋める。
震える彼女の声と身体と心を、ぎゅっと強く抱きしめた。
沈黙が訪れた。
聞こえるのは俺とオーラムの呼吸する、かすかな音だけだ。
「わたしに生きる価値はあるのでしょうか?」
胸にズシンと刺さる言葉だ。
王家に生まれ、その重責を背負いながらも、魔法を使えず悩み苦しみ、それでも第一王女として務めを果たそうとしてきた。
そんなオーラムにとって、融合体の魔法を自分の命と引き換えに封じることができるかもしれないというのは、天命に聞こえたかもしれない。
「お前が自分に生きる価値が無いと言うなら、俺がそいつを与えてやる。だから……絶対に死なせやしないし、自分から犠牲になろうだなんて考えるな」
「……ですが」
俺はうつむくオーラムの顎をそっと優しくあげる。
彼女の涙がこぼれ落ちる前に、笑顔で返した。
「俺を誰だと思ってるんだ? 魔王を倒した勇者様だぜ? 勇者の役目は人を守ることだ」
「は、はい……勇者さま」
不安に揺らいだオーラムの瞳に、かすかながらも希望の光が戻った気がした。
「あ、あの……勇者さま……え、ええと……ご武運を!」
オーラムがそっとかかとを上げて背伸びをすると、その麗しい唇が俺の頬に触れた。
「お、おう。任せておけ。今ので勇気がみなぎってきたぜ」
恥ずかしそうにオーラムがうつむくと、私室のドアがノックされた。
どうやら、出発の時間のようだ。
慌てて俺から離れると、オーラムは涙をぬぐって気丈な顔を作るのだった。
◆
館の中庭で護衛の騎士たちが鞍に跨がり、馬車の出発準備も整った。
帰りの客車には、プリシラとフランベルも同乗する。
「レオっち! しっかりね!」
「師匠の勝利を祈ってるよ!」
オーラムに続いて、二人が俺に手を振ってから客車に乗り込んだ。来てすぐにとんぼ返りだが、二人のおかげで俺も余計な緊張がほぐれたな。
クリスが客車に向かう足を止め、振り返る。
ここで彼女ともお別れだ。
「ねえレオ……」
「なんだクリス? 悪いが一緒に戦うっていうのは無しだぞ」
先にくぎを刺すと、彼女は不機嫌そうにほっぺたを膨らませた。
が、すぐにそれを溜息に変えて、彼女はじっと俺の瞳をのぞき込む。
「そうやって、いつも独りで誰かを守ろうとして……私は……そんなレオの力になりたい。できることならレオを守りたい。それができるだけの力が無いことは解ってる……だから……悔しいの」
それは仕方の無いことだ。いくらクリスが優秀といっても、まだエステリオの一年生なのだから。
「そうだな。あと二年くらいは学ばないと俺は越えられないぜ。まあ、その二年の間に俺ももっと成長するかもしれないから、よっぽど努力しなきゃ追いつけないだろうけどな」
「な、なによそれ。少しくらい足踏みして待っててくれてもいいじゃない?」
「けど……クリスがもっともっとがんばれば、二年で俺を越えるかもしれない。俺がみっちり指導すれば、昔の俺なんて目じゃない成長をする……いや、させてみせる」
かつての勇者を越える存在にクリスなら、きっとなれるはずだ。
彼女はゆっくりと深く静かに頷いた。
「だったら、ちゃんと帰ってきてね……。かつての勇者みたいに、世界の危機を救ってどこかにふわっと消えてしまわないで。レオ先生に教わるのを楽しみにしてるんだから」
「ああ。約束する」
最期にクリスと固い握手を交わして、俺はオーラムたちの出発を見送った。
護衛の騎士団に先導されて馬車が動き出す。
かすかな寂しさと、いくつもの願いと想いを残して。
◆
館の中庭にぽつんと立つ俺の元に、来客があった。
リューネ・ショーメイカーだ。彼女は理論魔法学部所有の馬車を館まで回してくれた。
「……どうやら、無事に発ったようだな」
相変わらずの口振りに、どことなくホッとする。最初に会った時にはずいぶんと驚かされたが、単に彼女は不器用なだけだったと、今なら解る。
「ああ。魔法医学部の方でも、総力を結集してくれている。そっちはどうだ?」
「……魔法工学部に話は全て通してある。詳しいことは向こうで訊いてほしい」
俺が「わかった。ありがとう」と謝辞を述べると、リューネは顔を上げて、カーテンの向こうの真鍮色の瞳で俺を見据えた。
「……レオ・グランデ。君にはウォルタ-・ショーメイカーが持たなかったものがいくつもある」
愚兄でも兄さんでもなく、改めてフルネームでその名を口にしたリューネに、覚悟を感じた。
「……その全てを君から奪おうとするだろう。君はそれを守ろうとするだろう。だが……誰もが守られるばかりではいられないのだ。本当に君が……どうしようもなくなった時には、助けを求めてほしい。こんな言い方しかできないことがもどかしいが……自分にはそれができなかったから。それでどうにかなるかはわからない。どうにもならないかもしれない。それでも君には……君のような人間には、救いの手が差し伸べられるべきだ。そうでなければ、この世界はあまりに残酷すぎる」
リューネの想いを俺は受け取った。
「そうだな。痛い時には痛いって叫ぶよ。我慢は身体に悪いもんな」
笑顔で返すとリューネは「……茶化さないでほしい。自分は真剣に訴えている」と、少しだけ語気を荒くした。
「悪かった。いや、ありがとうなリューネ」
「……では出発だ。これ以上、一刻も無駄にはできない」
待たせていた馬車の客車に乗り込んだのは俺だけだった。
「一緒にいかないのかリューネ?」
「……自分にはやるべきことがある」
「責任を感じて自殺なんて考えるんじゃないぞ」
「……うっ」
まさか、図星だったのか。
「俺にウォルターを止めて欲しいなら、あんまり不安にさせないでくれ。俺が帰って来た時には、ちゃんと笑顔で出迎えてくれよ」
「……承知した」
リューネのその言葉を信じよう。
ほどなくして馬車は走り出す。向かうは強化型魔高炉と、多種多様な金属素材や宝石類に高度な彫金のための機材が揃う魔法工学部だ。
◆
魔法工学部の四番――強化型魔高炉の前に、黒いドレスに人影が大量の資材とともに俺を待っていた。
「お待ちしておりました。レオ・グランデ様」
初めて出会った時のように、恭しく少女は一礼する。
「待たせたなジゼル。準備は万端ってところか」
今回の作業は俺独りで行う。彼女がしてくれた手はずのおかげで、集中して作業が進められそうだ。
そっと頭を上げると、ジゼルは続ける。
「当工房からも急ぎ取り寄せ、ユグドラシアの金属資材もすべて最高グレードのものだけを厳選いたしました。ただ、試作分ということもありη・ベネトナシュが用意できたのは、一振り分……失敗した場合、換えが無いことだけは事前に申し上げさせていただきます」
「わかった。気合いを入れて一発で成功させるよ」
金銀宝石、ミスリルにアダマンタイトにオリハルコンと、素材は潤沢でどれも一級品。その中にあって、紫色の光沢を放つインゴットがη・ベネトナシュだ。
さっそく作業に取りかかろうかというところで、ジゼルが素材の前に立ちはだかった。
「レオ様。このような申し出がぶしつけなことと重々承知しておりますが、どうか一つ、契約をしてはいただけないでしょうか?」
「改まってどうしたんだジゼル? 契約って言われても……まあ、履行できるかはともかく、条件を言ってみてくれ」
小さく頷いてから、ジゼルはユグドラシアに来て以来、ずっと抱えていた長いケースを開いて見せる。
中身は空だ。
「まず、当工房の英知と技術の結晶である空蝉の仇を取っていただきたいのです」
おれが奪われてしまった七連星工房の秘蔵品だ。空になったケースからは怨念のようなものさえ感じられた。
「そういうことなら任せてくれ」
ジゼルはさらに続けた。
「それともう一つ……η・ベネトナシュはあくまで開発のための名称で、正式なものではありません。そこで商品化にあたり、レオ様のお名前を拝借したく……」
「はあ?」
思わず変な声が出た。が、ジゼルは意に介さない。
「レオ様の勝利の暁には、この金属を獅子鋼と名付けさせていただきます。代償として、素材の代金は戴きません。救国の英雄の名を冠した獅子鋼は、七連星工房にさらなる利益をもたらすでしょう」
「おいおい。王国の危機だっていうのに、ずいぶんと商魂がたくましいな」
「それが商売人というものです。そのためにも、どうかこの国をお救いください。人が滅んでは商売はできませんから」
すがすがしいくらいにきっぱりと言い切って、彼女は笑顔を浮かべた。
「ああ。もちろんだ。こいつで……聖剣を復活させる」
獅子鋼のインゴットを手にして、俺は口を滑らせる。
「かつて世界を救った勇者のそれに比肩するような、素晴らしい一振りの完成を祈っております」
「お、おうよ!」
剣を鍛え、魔法薬を調合し、融合体との戦いの場を整える。
決戦の時は近づきつつあった。




