200.孤独に集いし仲間たち
マーガレットは魔法騎士団に随伴する形で、ユグドラシアに凱旋した。しかも、俺の良く知る二人を連れてだ。
プリシラとフランベルが、マーガレットと一緒に馬車に揺られてここまでやってきたのである。
オーラムの逗留先の館が一気に騒がしくなったな。リビングで合流するなり、プリシラが金髪を揺らして俺に抱きついてきた。
「レオっち久しぶりじゃん! 超久しぶり感あるし」
「まだ一週間も経ってないだろ」
俺の腕に巻き付くようにしてプリシラは胸を押しつけながら、首を左右に振った。
「えー!? 三日も会えなかったら久しぶりでいいんだよ?」
どことなく、ソファーに掛けているオーラムとクリスの視線が……痛い。
「ともかく、落ち着いてくれプリシラ。というか、なんで連れてきたんだマーガレット?」
ゆるりと優雅な足取りでリビングに姿を現すと、マーガレットは俺の問いかけには答えず、まずはオーラムの前にひざまずいた。
「この度の招請、光栄の極みです。王家のため王国のため、この身と知識のすべてを捧げることを誓います」
「楽にしてください。普段通りで。その方が捗ると思いますから」
オーラムの許しを得てから、マーガレットは「では、僭越ながら」と、立ち上がり、ニッコリ俺に微笑んだ。
「学園長から諸々事情は訊いているわ。二人を連れて来たのも、学園長からの指示よ。エミリア先生はお留守番だけど、レオ君に『どうかご無理をなさらないでください』って、言付かってきたわ」
マーガレットは「無理をするために、あたしが呼ばれのにね?」と、付け加えた。
ずっと、リビングに踏み入らず入り口付近でもじもじしている少女が一人――
「れ、レオ師匠……ぼくが来て迷惑かな?」
らしくもなくフランベルはしおらしい。そういえば、彼女は王家やお姫様に憧れを抱いていたんだった。
緊張しているのかもしれないな。
「フランベルさんも、こちらへ……」
オーラムが王女らしく気丈さを保ったまま、フランベルを呼び込んだ。
「し、失礼します!」
びしっと背筋を伸ばしてから一例すると、フランベルもリビングの一員に加わった。
プリシラと正反対にガチガチだ。
俺に抱きついたまま、プリシラが告げる。
「あのねレオっち! 学園が大変っていうか……みんな寮じゃなくて、学園の敷地で寝泊まりすることになったの。これって……やばいことが起こりそうだからだよね?」
どこまでプリシラとフランベルが知らされているかは解らないが、隠し立てれば余計に不安になるだろう。
「ああ。だけど、安心してくれ。それをどうにかするのが大人の役目だからな」
うんと頷くと、プリシラはそっと俺の右腕を解放した。
「レオっちのこと信じてる。学園のみんなもそうだよ」
フランベルもうんうんと、大きく首を縦に振った。
「レオ師匠がいなくなって、みんな寂しがってるんだ。早く帰って来てって」
「そこまで慕われているものか? ただの管理人だろ」
つい、言葉が漏れてしまった。
フランベルは小さく首を左右にさせる。アイスブルーの瞳がじっと、俺の顔を見据えた。
「師匠と直接関わり合った生徒だけじゃないよ。交流戦の時も、フローディア姫さまにアルジェナ姫さまを救った時も、みんなすごいって思ってたんだ」
プリシラも続けた。
「そーだよレオっち。学園で姿を見ないって、精霊魔法学のせんせーや、魔法武器用具室のおじさんや、図書室の司書のおねえさんも、あとサモン委員会のラルク会長とか、全然面識無いのに、工学科の先輩があたしにレオっちのこと聞きにきたりしたんだよ?」
工学科というと、ゴーレムファイト部のフランツか。
「そうか。俺の事を気に掛けてくれてるんだな……みんな」
頷きながらプリシラは心配そうに眉尻を下げた。
「うちらにできること……あれば何でも言ってよね?」
フランベルからも熱い視線が俺に注がれた。
「ああ。ええと……俺の無事を祈って欲しい」
そんな言い方しかできなかった。
プリシラとフランベルは互いに顔を突き合わせると、同時に頷いた。
フランベルが俺に向き直り告げる。
「レオ師匠……わかったよ。ぼくらはこのまま王都に戻って、学園でみんなが不安にならないよう、エミリア先生を手伝うよ」
「ああ。よろしく頼んだぞ。戦いの前に二人の顔が見られただけで、勇気が湧いてきたぜ」
二人とも、俺の返答を最初から解っていたようだった。
クリスが立ち上がった。
「それじゃあ、私たちは王都までオーラム姫様の護衛ね」
フランベルは腰に提げた蒼月の柄に軽く触れる。リミッターのリングは解除済みだ。
一撃限りだが、フランベルが全力で放つ一閃には、高位魔族を倒すだけの火力がある。
プリシラも神妙な面持ちで頷いた。
今の彼女なら、呼びかければ獅子王が力を貸してくれるだろう。
「今回限り」と言いながら、漆黒の獅子と眷属たちが、王都帰還組を守ってくれる姿が目に浮かんだ。
加えて、まだ経験は浅いがフローディアが集めた新生魔法騎士団が護衛する。
そしてオーラムの隣には、デフロットから受け継いだ教鞭を手にしたクリスが付くのだ。
融合体の動きについて正確に知る術は無いが、オーラム自身が融合体が去って以降、俺が作ったη・ベネトナシュの金属環を着けずとも、念心魔法が漏れ出る事はなくなっていた。
ヤツが力を取り戻した時に、その予兆を一番に感じるのはオーラムかもしれない。
マーガレットが口元を緩ませた。
「ふふふ……せっかくだからハーブティーを用意してお茶会もしたかったけど、善は急げともいうし……レオ君、さっそく医学部で話を訊かせてもらうわね」
ずっと黙って部屋の隅に控えていたメイドが「では、皆様は出立の支度を」と、促した。
マーガレットが頷く。
「大丈夫よ心配しないで。ちょっとレオ君を借りるけど、出発までには返してあげるから」
そう言うと、マーガレットは俺に手を差し伸べた。
「おいおい、なんだその手は?」
「手を繋いで行こうかと思ったんだけど、嫌なのかしら」
「男と手を繋ぐ趣味はないぞ」
「あらぁん意地悪ね。けど、そんな所も素敵よレオ君」
身をよじるようにして、マーガレットは先にリビングを出る。
後に続く俺に、一同の視線が集まった。
「ちょっと行ってくるが、ちゃんと戻ってくるから」
軽く手を振って、俺は薬学科の魔女を追った。
◆
元々、ここの出身ということもあって勝手知ったるなんとやらだ。
魔法医学部には馴染みも多いらしく、マーガレットが姿を現すと、これから彼女……もとい、彼が行う調合の助手を買って出る者が幾人も現れた。
医学部長も顔を出し、マーガレットに戻ってこないかと言い出す始末だ。
「うふふ♪ 今はそれどころじゃないのよ。ちょっとレオ君と二人だけにしてもらえるかしら?」
実験器具の並んだ研究室から、他の人間を追い出してマーガレットは俺に改めて尋ねる。
「それで、あたしをユグドラシアに呼んで何を作れっていうのかしら?」
「この前の秘薬を頼みたいんだ。いや、あれ以上のものだ。身体への負担を軽減するのではなく、薬効を最大限に引き出して欲しい」
「自殺をしたいというには、ずいぶんと高価な毒薬になりそうね。副作用でどうなるかわからないわよ?」
「構わない」
短く、平然とした口振りで返すと、マーガレットは至極平静な顔つきのまま「わかったわ」と呟いた。
「前に作った経験もあるし、ユグドラシアの資材と機材なら濃厚で純粋なのを、短時間に調合できるわね。とびっきりぶっ飛んだお薬ができるかもしれないわ」
「すまない……マーガレット」
口元を緩ませて「そこは『ありがとう』でしょ?」と、マーガレットは言う。
「そうだな。ありがとう」
俺の返答に満足げに頷いてから、マーガレットは機器や機材の点検を始めた。
手を動かしつつ、俺に視線を向けずに訊く。
「また独りで背負い込むつもりなのかしら?」
「こうして力を貸してもらってるんだから、独りじゃないだろ?」
「この貸しは高く付くから……返せるようにちゃんと生きて帰ってらっしゃい」
それ以上、俺たちの間に言葉はいらなかった。




