199.命を賭して
オーラムが滞在する館に戻ると、ちょうどユグドラシアの学部長たちと入れ違いになったらしい。
今回の事態についての協議をオーラムがとりまとめたあとだった。
館のリビングで、オーラムがソファーに掛けたまま小さく息を吐く。
「父の名代としての役割を、わたしは果たす事ができたでしょうか」
心細そうにするオーラムの隣に、クリスが腰掛けてそっと両手でオーラムの左手を包むように握る。
オーラムの左腕には、変わらずη・ベネトナシュ製の金属環がはまったままだ。
融合体がこの地を去ったこともあり、彼女の念心魔法は完全に封じられた状態にあるのだが、着けっぱなしだった。
クリスが気落ちするオーラムを真剣な顔つきで励ます。
「ララちゃんは、とてもがんばってたと思うわ」
俺がリューネを連れて戻ったのは、そんなやりとりの最中だった。
「どうやらそっちも大変だったみたいだな」
クリスが顔をあげて俺とリューネに告げる。
「お帰りなさい二人とも。こっちはこっちでなんとかしたわ。といっても、私もララちゃんも借りてきた猫みたいだったけど……」
オーラムから手を離しながら、クリスの視線が部屋の隅で控えるメイドに向けられた。
王女護衛の責任者でもある彼女は、悔やみきれないという顔だ。
彼女がユグドラシアの学部長たちとの折衝を行う姿が、容易に想像できた。
「お疲れのところ済まないが、融合体攻略の算段をまとめてきた。二人とも聞いてくれ」
俺の言葉にオーラムが瞳をかすかに潤ませる。
「レオさま。わたしにできることがあれば、なんなりと申しつけてください。今回の一件は、わたし自身の至らなさにも原因があります。なにも出来ないかもしれませんが……」
「そうか。じゃあ王家からの要請ってことで、ジゼルにη・ベネトナシュの使用許可を取り付けてくれないか?」
オーラムは一度、自身の左腕に視線を落とす。
金属環は不思議な光沢を静かにたたえていた。
「η・ベネトナシュというのは、このリングの材料ですよね?」
「ああ。それとユグドラシアの全施設の使用許可。あと、ここに呼んでほしい人間がいるんだ」
「わ、わたしが呼んで来てくださる方でしたら……」
うつむき気味のオーラムに俺は笑いかけた。
「オーラムからの招請なら、喜んですっ飛んでくると思うぜ」
「どなたでしょうか?」
俺は小さくせき払いを挟んでから告げた。
「エステリオの薬学科部長マーガレットだ。本名は違うんだが、それで通じるはずだからな。ちょっと、こっちに出張してやってもらいたいことがあるんだ」
「わかりました。ええと……」
すぐに部屋の隅に待機していたメイドが一礼した。任せてしまって良いだろう。
魔法都市と魔法都市を結ぶ情報伝達系の魔法があればいいのだが、今からマーガレットを呼んで“例の物”を作ってもらうにはギリギリだな。
それでもあいつなら間に合わせてくれるに違い無い。
俺自身が調合しても良かったのだが、俺は俺でやらなければならないことがあった。
クリスがソファーから立ち上がり、俺に詰め寄る。
「それで、融合体を倒す具体的な方法は?」
「リューネの話だと、奴は現在再生中。あと二日ほどで活動を再開し、今度は俺を倒せるだけの魔法力を“様々な者”から取り込んで、決戦を挑みに来るって話だ」
「それじゃあ迎撃作戦ね! 腕が鳴るわ! ところでええと……コレなんだけど」
クリスは教鞭を手にした。デフロットの遺品だ。
リューネが「……自分にはそれは受け取れない。君に使って欲しい」と、クリスに譲渡したため、今は暫定的にクリスが預かっている……ということになっている。
ショートソードよりもクリスに向いているかもしれないな。
俺はクリスに告げた。
「それはしばらくクリスが使ってもいいんじゃないか? 落ち着いたら学園長に返しに行こう」
デフロットの事を思ってか、クリスの眉尻が下がる。
「ええ……けど、それじゃあレオはどうするの?」
俺はゆっくりと呼吸を整え直して、オーラムとクリスに告げた。
「融合体の迎撃は二段階の作戦で行く。まず、決戦場所はそうだな……王家の竜狩りが行われる荒野だ。そこで俺が独りで戦う」
オーラムが小さく身震いした。
「お、お一人で……ですか?」
「ああ。クリスも聞いてくれ。融合体は魔法による攻撃を解析しちまうんだ。こんな言い方はしたくは無いが、中途半端な実力の援軍は足手まといになる」
あえて突き放すように言う。
クリスは不満げだ。
「私も一緒に戦うわ!」
「気持ちは嬉しいんだが、お前にはオーラムのそばにいて、今みたいに守って欲しいんだ」
オーラムは困り顔だ。
「わ、わたしは大丈夫です。あ、けど……クリスちゃんが危険な目に……」
悩むオーラムにクリスの方が恐縮してしまった。
「ララちゃん、私の方こそ大丈夫だから! きっちりレオのサポートをするし、自分の身は自分で守るから」
まいったな。クリスをどう説得すればいいんだろうか。
俺が恐れていることといえば、クリスを人質に取られることだ。
そのことを……正直に話そう。
「なあクリス。融合体との戦いは、どういったものになるか予想も付かない。ただ、シアンやフォルネウスとの戦いとは比べものにならない苦しいものになる」
クリスがじっと俺を睨みつける。
「だったら、余計に誰かの助けが必要でしょ?」
「その誰かを守れずに……例えばクリスが融合体に取り込まれるようなことになったら、俺は融合体と戦えないかもしれない」
エメラルド色の瞳に宿っていた、かすかな苛立ちがフッと消えた。
呟くような小声でクリスは告げる。
「私ごと倒せばいいわ」
「できるわけないだろ。それに……クリスの力を融合体が得れば、ますます手が着けられなくなるからな。お前の観察眼や魔法のセンスをあいつが手に入れたら、魔王みたいな化け物の完成だ」
クリスは言葉を失った。
俺の言葉にリューネも無言で頷く。
「だから俺が独りで倒さなきゃならないんだ。まあ、その準備をこれからユグドラシアで始めるんだが……」
クリスはわなわなと口元を震えさせた。
「それじゃあ、もしレオが取り込まれたら……」
「その時は俺が融合体の意識を乗っ取って、誰にも目の触れないような遙か彼方に転移魔法で飛んでいくさ……っと、もちろん、そんなつもりはさらさら無いから安心してくれ」
少女は俺の顔に両手で触れた。
いつも怜悧さがどこかに感じられるクリスらしくもなく、泣き顔だ。
「だから……まあ、俺がいなくなったら、後のことは頼むぜクリス。何せお前は俺の最初の生徒なんだし、技術も能力も努力も……勇者に匹敵する才能の持ち主だからな。俺が言うんだから間違い無い」
クリスは首を左右に振った。長い髪を振り乱し、彼女は叫ぶ。
「私にレオの真似はできても、レオの代わりなんて務まらない! 勇者になんてなれないわよ! そんなお墨付きいらないから……だから……」
俺はにっこり笑う。
「戦うななんて言ってくれるなよ。俺の長所なんてそれくらいなものなんだから」
突然クリスは俺の頬に充てた手を離すと……胸に飛び込むように俺の身体を抱きしめた。
オーラムもリューネもメイドも見ている前で。
「お、おいクリス! ちょっと……あの……ええと……」
どうしていいのかわからず、されるがままだ。
彼女は俺の胸に顔を埋めて泣き続ける。
それからしばらく、クリスが落ち着くまで俺はその場に立ち続けた。
◆
取り乱したことを謝罪して、クリスはやっと少しだけ普段の彼女に戻ることができた。というか戻ろうとして無理をしているのが見え見えな感じだ。
いたたまれない。オーラムの見ている前で、俺に抱きついて泣いた事がよっぽど恥ずかしかったらしい。
ソファーに掛けると、クリスは軽めの自己嫌悪に陥ってしまった。
オーラムがそんなクリスの頭を撫でる。
「クリスちゃんも辛かったんですね。泣きたいときには泣いてもいいんですよ」
「う、うう……恥ずかしいからもう言わないで。でないとオーラム様って呼びますよ?」
「は、はい! ごめんなさい!」
どういう要求の通し方だよまったく。
ほんの数日で、クリスはすっかりオーラムと仲良くなっていた。
王女受けが良いのも勇者の資質……なんてことはないか。
俺は改めて二人に告げる。
「まあ、俺が融合体と戦って、奴がまた逃亡した場合はオーラムを狙う可能性がある。が、そこまで追い詰めていれば、クリス……お前がアルジェナやフローディアや魔法騎士と連携して、奴を倒してくれ。全員一斉に飽和攻撃を仕掛ければ、融合体が対応仕切れなくなってなんとかなるだろう」
俺の言葉にオーラムがキョトンとした顔つきになった。
「レオさま。融合体はわたしを狙うのですか?」
しまった。今のは余計な事だったかもしれない。
「ま、まあ大丈夫だ。そうはさせないから」
リューネの視線が痛い。
依然、オーラムは納得がいかないのか、首を傾げた。
「ええと……答えにくいこととは思いますが、リューネさん……融合体が……いいえ、ウォルターがわたしをどうしようというのか、わかりませんか?」
突然、質問の矛先を向けられてリューネは身じろいだ。
感情を押し殺すようにして答える。
「……愚兄はオーラム姫様に認められたかった。それは一方的な依頼心からだ。勝手に裏切られたと思い込んで、復讐心に駆られている。だが、その憎しみは自身を追い詰めたレオ・グランデに対するものの方が大きいだろう。姫様は愚兄にとって、あくまで二番目に復讐したい相手だ」
オーラムの表情が引き締まった。じっとリューネを見据えると、小さく頷いた。
「では、別の質問をさせてください。ウォルターはわたしのことをどれくらい知っていましたか? わたしの……秘密は漏れていたでしょうか?」
リューネは沈黙で返した。オーラムは気丈な顔つきのまま、静かな口振りで続ける。
「もし、ウォルターが……わたしが魔法力を持ちながら、魔法が使えないということを知っていれば、おそらく融合体に取り込もうとは思わないでしょう。ですが、もしそうではなく、何も知らないのであれば……仮に融合体がわたしを取り込めば、どのような結果が予測されるのかを、聖遺物の研究者として見解を述べてください」
「……それは……」
考えるよりも先に、俺は声を上げてしまっていた。
「言うなリューネ!」
ああ、これじゃあ自白にも等しいじゃないか。
俺の言葉にオーラムはすべてを察してしまったようだ。
ああ……まったく俺という人間はどうしていつもこうなんだ。
「レオさま。やはりそうなのですね。わたしがもし融合体に取り込まれるようなことがあれば、わたしの特性を融合体は得る。つまり、魔法を使えないというわたしの弱さを、融合体に与えることができる……と」
この一言にクリスの顔が青ざめた。
理論的にあり得る……いや、その可能性が高いとクリス自身も思ったのだろう。
リューネは何も言えずにいる。ただ、俺の方に顔を向けていた。
全て託すと言わんばかりだ。嘘やごまかしも選択肢の一つだろう。
オーラムは、そんな俺の心を見透かしたように告げる。
「優しい嘘よりも真実を教えてください」
俺はオーラムに歩み寄った。ソファーに掛けた彼女の前にしゃがみ込み、その顔を見上げる。
「い、いや……オーラムが言うようになる可能性は、俺は低いと思うぞ。というか……ダメだろその案はいくらなんでも。お前はこの国の王族なんだぞ?」
「民を守るのが王族の務めです」
「だからって、命を賭けることはないだろ?」
「わたしには戦う力はありません。いつも誰かに守ってもらってばかりです。時には命がけで……」
じっと俺を見つめるオーラムに、息を呑んだ。
本気だ。青く透き通った瞳が、何よりも彼女の本心と覚悟を語っていた。
「お前に危険が及ぶようなことには絶対にさせない。最悪でも、俺があいつを……融合体を遠いどこかにもっていく」
未来へと跳ぶ技は、まだ融合体には見せていない。
オーラムはそっと首を左右に振った。
「わたしも命を賭けたいのです。隣に立って、ともに戦うことはかないません。だから……せめて……」
「オーラム……」
「わたしがいなくなっても、アルジェナとフローディアが国を支えてくれます。元々、一番最初に生まれたというだけで……わたしには何もありませんでしたから」
何も無いなんて悲しいことは言わないでくれ。
オーラムは、ゆっくりと呼吸を整えると笑顔で俺に告げる。
「わたしは……もしかしたらこの時のために生まれてきたのかもしれません。レオさまやクリスちゃんと出会えたことも、きっと……運命だったんです」
そんな運命、否定してやる。
負けられない戦いばかりが続いて来たが、今回ばかりはこれ以上、一歩たりとも引くわけにはいかなさそうだ。




