197.その力を手にして
獅子王は融合体の元に疾駆すると、懐に入りながら巨斧を大きく後ろに引いた。
それを一気に真一文字にスイングする。
「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
雄叫びを上げながら、融合体を打ち据えた。アダマンタイト製の斧の重量を、そのまま威力に上乗せするような一撃だ。
ガギン! と、金属が硬質な融合体の胸を穿った。
アダマンタイト自体の切れ味は、並の魔族を相手にするには充分だ。
にも関わらず、融合体を切断するまでには至らなかった。
獅子王の振り切った一撃に、軽く後ろによろめきながら融合体は嗤う。
「この程度じゃあ話にならんな」
融合体はそっと、胸から脇腹のあたりまでえぐるように生まれた溝に触れる。
みるまに傷はふさがった。が、獅子王も嗤い返す。
「なぁに。我が貴様を倒してしまっては、レオ殿の活躍する機会を奪ってしまうからな」
ちらりと俺に目配せをすると、獅子王は再び融合体に斬りかかる。
融合体もそれに空蝉で応戦した。
刃と刃が火花を散らし、二つの影は激しく打ち合う。獅子王は劣勢だが、己の守りを捨てて嵐のように斧を振るい続けた。
その間に俺は回復魔法で治療を終える。
「もういい獅子王! 下がってくれ! そいつは相手を吸収して力を奪うんだ!」
「ハッハッハ! 奪えるものなら奪ってみるがいい! 女神の祈りと加護がある限り、我は不滅なり!」
漆黒のたてがみを振り乱して獅子王は戦う。
普段、俺が呼びだした時とは別人だ。
これも女神の祈りの力なのだろうか。
なら……それに賭けてみるのもいいかもしれない。
念心魔法を構築すると、俺はオーラムの存在を意識した。
彼女の心に語りかけるようイメージし、集中する。
(――オーラム。聞こえるか?)
反応はすぐに返ってきた。
(――お、お兄ちゃん! 無事なんですね?)
(――お前が呼んでくれた助っ人のおかげでな)
オーラムの心の声が震えた。
(――え、ええと……わたしがお兄ちゃんになにかできたんですか?)
やはり自分でもオーラムは何をしたのかわかっていないようだ。
(――ああ。ありがとうオーラム。そこでもう一つだけ御願いがあるんだが……昔の俺の事は覚えているか?)
(――はい! けど、姿は変わっても、あの頃とお兄ちゃんは変わりません! こうしてみんなのため力を尽くして……)
心の会話は嘘がつけない。こう、思考していることさえも、オーラムに伝わっているかもしれないな。
(――ええと、お兄ちゃんは嘘をつけないんですか?)
余計な事を考えるとますますオーラムを混乱させてしまいそうだ。
よし……決めたぞオーラム。俺は念心魔法で言葉を紡いだ。
(――オーラム。俺に力を分けてくれ。勇者だった頃の俺を……取り戻させて欲しいんだ)
(――ど、どうしたらいいんですか?)
祈ってくれればそれでいい。俺もうまく言葉で説明できなかった。
(――わかりました。あの頃のお兄ちゃんに、もう一度合わせてください! 祈ります……もう一度……いいえ、何度でも!)
フッと、オーラムとの繋がりが消えた。
それと同時に、俺の空っぽの手にかすかな「重み」が生まれた。
どうやらオーラムの祈りは、とんでもないものを呼び寄せたらしい。
魔法は願いを叶える力……か。
聖遺物の暴走と融合体の誕生で、この地の気脈は乱れて今や、暴走状態にある。
オーラムにもそれは影響しているに違い無い。
彼女の願いと祈りは、俺の手中で形を成し始めた。
獅子王が与えてくれた十数秒という時間を、チャンスに変えて俺は掴む。
自分自身でもその姿形をイメージし、オーラムの祈りと合わせて一つにした。
獅子王は融合体に圧倒されつつある。猶予は無さそうだ。
戦闘技術においては獅子王と融合体の経験の差は歴然だった。
だが、それを差し引いても融合体の戦闘力は黒き獅子の奮迅さえも凌駕する。
当初から勝ち目の無い戦いだということは、獅子王もわかっていたらしい。
「レオ殿……そろそろ我が幻体が限界を迎えようとしているぞ」
「悪いな……いや。ありがとう」
「レオ殿に素直に感謝されると後が怖い」
皮肉を言うくらいの余裕を獅子王は見せた。
全身を融合体の空蝉に切り刻まれて、それでも獅子王は立ち続ける。
融合体の口元が忌々しげに歪んだ。
「なんだ……なんだなんだなんだなんだなんなのだ!? オマエがレオを庇ってなんの得がある? 汚らしい獣人風情が! なぜそうまでしてレオを守る! 庇う!」
獅子王は巨大な斧を振るって返す。
「この肉体は仮初めだ。いくら傷つけられようが痛くも痒くもない。が……戦友にして我が一族の恩人でもあるレオ殿の危機を、見過ごすことこそ我が心の傷となる!」
すでに振るい続けたアダマンタイトの斧の刃は、ボロボロに欠けてしまっていた。
融合体の刃が翻る。
「オマエはオレ様にとって害悪でしかないぜ。その耐久力には価値があるが、斬っても触れても情報が得られない……不愉快だ!」
どうやら融合体は、幻体から力を吸収するなり解析するなりということはできないらしい。
自分から弱点を口にしてくれるなんて、良いところがあるじゃないか?
獅子王が斧を投げ捨てた。
「レオ殿……準備は整っているだろうな? 幻体とはいえ、我がここまで時を稼いだのだ」
俺は手の中に生まれた柄を両手で握りしめた。
その重みは昔のままだ。
まさかこんな形でオーラムの祈りが俺に力を与えてくれるとはな……。
いや、これしか無かったのだろう。この異形の化け物に勝つためには。
かつて魔王を打ち倒し、その肉体を完全に滅ぼして消えた……聖剣。
俺の手に甦ったそれは、あくまで擬似的に再現された魔法力の塊である。物質というよりも魔法が質量を持ったモノというべきか。
だが、例え本物でなくとも、手に触れた感触はあの頃と同じだった。
今の俺に扱いきれるかはわからない。
いや、無理だろうな。明らかにオーバースペックだ。
それでも今は、この一振りに託すしかない。
魔法力を込めると一気に“持っていかれそう”になった。
魔法力だけでなく生命力まで吸い上げられるような感覚だ。
ジゼルには悪いが、空蝉とは根本的に違う。人間の技術を越えた先の力が聖剣には宿っているのだから。
「どうやら……行けそうだな」
身体から聖剣を通して自身の命そのものが流れ出ていくような状況で、自然と口元が緩んでいた。
事前に示し合わせたわけでもないのに、獅子王が動く。
得物を捨てて融合体に正面から向かっていった。
その意図に俺も気付いて、聖剣を握り直した。突きの構えである。合わせて魔法式を複数同時展開した。
命が続く限り、いくらでも魔法を使える――それでこそ聖剣たり得る。
突然の獅子王の特攻に、融合体がヒステリックな声で返した。
「いい加減に消えろ! 消えろ消えろ消えろおおおおおお!」
空蝉の刃を嵐のように放つが、融合体の攻撃はどれも獅子王に触れると弾かれた。
俺が融合体の攻撃に合わせて、獅子王の身体に刃が触れる前に斥力場で剣檄を防いだ結果だ。
俺の思考はそのまま魔法となって発現する。擬似再現されたものであっても、聖剣の性能は現存する魔法武器とは次元が違った。
「なぜ切り刻めないいいいいい!」
悲鳴を上げた融合体を獅子王は丸太のような太い腕で包むように抱きかかえた。
「レオ殿! さあ! 準備は整ったぞ!」
「悪いな獅子王……そうさせてもらう!」
融合体が俺と獅子王の考えに気付いた時には、手遅れだ。
「や、や、や、やめろおおおおおおおおおおおおおお! オレ様を殺すのか!? この肉体はどのような魔法研究も足下にも及ばない偉業だ! 魔族の存在に怯えることなく、魔法文明を広げて世界を手にできる! それを失っていいのか!?」
俺は切っ先を獅子王の背に向けた。その向こう側にある融合体に狙いを定め……地を駆ける。
「離せ! このッ! なぜだ! なぜ振り切れないッ!?」
獅子王が口元から血を吐きながら告げる。
「今日の我には女神の加護がある。貴様如き小童に膂力で負けるものか」
俺は獅子王の背中越しに突きを放った。
幻体だということが解っていても、仲間を背中から貫くのは、あまり気持ちの良いものではない。
が、それでもやらなければならなかった。
聖剣の切っ先は獅子王を貫通し、融合体に達する。
獅子王はそっと天を仰いだ。
「……それでこそレオ殿だ」
獅子王の足下に魔法陣が生まれ、その肉体が光の粒子となって消えると元の世界に魂だけが戻っていった。
消滅した肉体の向こう側に、融合体の姿は健在だ。
その胸に俺の放った聖剣の突きが深く刺さっていた。
「な、なんだ……解析……でき……ない……なんだこの魔法武器は? いつの間にこんなものを用意した!?」
「解答する義務はない。俺はお前の先生じゃないからな……逝け」
足りないというのなら、俺の命もくれてやる。
聖剣に魂を込めて、俺は魔法式を展開した。
完全版の反魔法剣だ。
融合体は聖剣を解析し、取り込もうと躍起になっているらしい。だが、それらをすべて無効化する。
「ば、バカな……解らない! このオレ様に解けない問題など無いのに! そんなものはあっちゃならないんだ!」
わめき散らしながら、融合体は空蝉で俺の首を刈ろうとした。
が、その刃は俺に触れるよりも先に砕け散る。攻撃を受けると判断した瞬間に、意識するよりも早く斥力場が俺の身体を覆う。
薄い膜のようだが、この姿になった俺が今までに張った、どのような防御魔法よりも強固にして堅牢だ。
「あり得ない! なぜオレ様の剣が破れる!?」
反魔法剣は融合体の肉体が持つ魔法力そのものを無力化し、破壊し、存在を否定した。
「オレ様が負けるだと? 下等な人間に……」
震えながら融合体は、その指先から砂時計のようにサラサラと崩れ始めた。
「ああ。お前の負けだウォルター・ショーメイカー」
「その名で呼ぶな。この肉体の持ち主は……いや、オレ様は……お、おおおおお! やめろ! やめろおおおおお! オレ様の心はオレ様のものだ! 聖遺物よ! なぜ拒む!」
融合体は悲鳴を上げ続ける。
すでにウォルターではないのかもしれない。聖遺物に人間のような意識があるのかもわからないが、そういった疑問もすべて聖剣が消し去ろうとしていた。
「負けたのはオレ様ではない! 聖遺物の性能が劣っていたからだ! いや、ウォルターという人間の性能が劣っていたからだ! ならばもっと優秀な……やはりオマエを取り込むべきだった。いや、リューネ・ショーメイカーの魔法力が邪魔をするのだ! ウオアアアアアアアアアアアアア!」
融合体の手足が消え去り、四肢の末端から胴体へと宝石のような肉体が砂に変わっていく。
が――それがある瞬間、ぴたりと止まった。
どうやら、俺の魔法力が尽きたらしい。あと一歩のところで……。
対面する首に、あと一振り打ち込めば終わりだ。
なのにいくら絞りだそうとしてみても、もはや一滴たりとも魔法力は残っていなかった。
「どうやらオレ様を殺しきれなかったようだな?」
首だけになり浮かび上がったまま、融合体は口元を緩ませた。
俺はニッコリ笑って帰す。
「いや、そうでもないぜ」
聖剣を空に投げ放った。
融合体の首がそれを見上げる。
惚けたように口を開いて、聖剣の行方を追う融合体。そこには、斥力場で足場を作って、飛び込むタイミングを見計らっていたクリスの姿があった。
俺の手を離れた聖剣を空中で受け取ると、クリスは上段に構えて一気に斬り下ろしながら“落下”する。
「てえええええええええええええええい!」
彼女らしくもない、珍しく気合いのこもった声とともに、聖剣を手にしたクリスは融合体の顔を一刀両断にしてみせた。
「――ッ!?」
融合体の口が何かを叫ぼうとしたが、声にはならない。
真っ二つになった当同時に、顔の形をしていたそれは、ごろんと地面に転がった。
形状は人の頭部ではなく、半分に割られた六角柱に戻っている。
融合体になる前の、聖遺物をミニチュアにでもしたような大きさだ。
一方、クリスはといえば、聖剣を一度振るっただけで魔法力を根こそぎ奪われ、重力制御で着地の衝撃を緩和するのがいっぱいいっぱいだった。
なんとか地面に降り立ったまでは良かったが、その手から聖剣が落ちる。
擬似的に再現されただけの聖剣も、魔法力の粒子に還元されて雲散霧消した。
息を荒げてクリスは俺に告げた。
「ハァ……ハァ……い、いきなり……とんでもない武器を使わせないでよ!」
「そうか? 一発だけだったけど、ちゃんと振るえてたぞ」
「あれ……なんなの? 死ぬかと思ったじゃない」
「勇者がかつて使った聖剣……を、模したものだ」
俺はそっとクリスに手を差し伸べた。
彼女は驚いたように目を丸くさせながら、俺の手をとって立ち上がる。
「う、嘘でしょ?」
「まあ、嘘みたいなものだよな。本物の聖剣じゃないんだし。それより……戻ってきてくれてありがとうなクリス。おかげで命拾いしたよ」
クリスの頬が紅潮する。眉尻はつり上がり、忘れていた怒りを思い出したような顔つきだ。
「も、もう! レオに限って死ぬなんて思ってないけど……本当に、どうなるかと思ってハラハラして……心配して……私が行ったらレオが戦いに集中できないかもって……足手まといにはなりたくなかったから……」
怒気はすぐに憂うような感情へと変わった。
「そうか……」
「けど……ごめんなさい。ララちゃんややジゼルさんを守るのが、私の役割だったのに……」
「クリスが謝ることじゃないだろ? さてと……実はさっきから、こうして立っているだけで精一杯なんだけどな……」
務めて冗談っぽく言ったのだが、クリスは笑ってくれなかった。
「レオは……勇者はあんなものを振り回してたのね……」
聖剣の感触を思い出すようにクリスは溜息を吐く。
「流石に今の俺じゃ扱いきれないな。それに、本物に近いといっても……本物の聖剣じゃないわけだし」
オーラムの祈りの産物だったから、今の俺でもある程度扱えたのかもしれない。
そんな聖剣も消え、融合体は破壊された聖遺物の残骸になり果てた。
多大な被害と犠牲を生み出したウォルター・ショーメイカーは消え、幕を下ろした……かに見えたのだが――
研究棟から少女がよろよろと姿を現した。
俺とクリスを見つけるなり彼女は――リューネ・ショーメイカーは叫ぶ。
「まだ奴は死んではいないぞ! 油断するなレオ・グランデ!」
その言葉が俺とクリスの元に届く前に、二つに割れた残骸がピタリとくっついて六角柱に戻ると、聖遺物は地中に溶けるように消えた。
「な、なんてしつこい……」
追う手段が無い。
魔法力は尽き、武器もなく、大地を穿って掘り出す術は思い浮かべども魔法として発揮することは、今の俺にもクリスにも不可能だった。
向こうも逃げるので手一杯だろう。弱り切った俺たちを攻撃することもせず、力を吸収しようともしない。
聖遺物は俺たちの前から姿を消した。
おそらく、次に現れる時は今回の比では無い厄災を振りまくと、想像に難くなかった。




