196.祈りの声の届く時
空蝉に三種の即死魔法をランダムで配置した。
融合体がいかに強くとも、吸収したウォルター・ショーメイカーは戦いに関して素人だ。
隙だらけなのは、何も再生できるからというだけではない。
防御も回避もこいつはできないのである。その必要もないと高をくくっているのかもしれない。
ならば魔法ではなく、必殺技が有効だ。
俺は切っ先を融合体に向けて弓のように引き絞る。
「なんだその構えは? オレ様にはもう剣に込めた魔法は通じないぜ?」
融合体は余裕の笑みだ。
俺は大地を蹴った。力強く踏み込み、間合いを詰める。
その踏み込んだ足から腰、そして肩へと回転の力を腕にまでつなげて、ひねりから生み出す。
真牙螺旋突き――空蝉の性能も相まって、力の全てを遺憾なく切っ先に乗せることができた。
融合体の胸をえぐるように刃が貫通する。
手応えは充分だ。突きの威力に加えて、ランダム配置した三種の即死級魔法が、融合体の全身くまなく行き渡り、消滅し、破壊し、分解する。
威力だけなら反魔法剣以上だろう。
ぽっかりと胸板に穴が空いた。奇しくもそれはデフロットと同じ心臓のあたりだ。
その穴を中心に、透き通った肉体が磨りガラスのように濁ると、融合体の全身に細かな亀裂が走った。
まるで落とした瞬間の、砕け散る間際で時間を止めたグラスのようだ。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
悲鳴とも獣の鳴き声ともつかない、絶叫が木霊した。
やった……か?
俺が剣を引こうとした瞬間――
ヒビ割れた手で融合体はその刀身を両手で掴んだ。
「い、今のは効いたぞレオ・グランデ。どうやらオマエから学習するよりも、オマエ自身の力を得た方がより進化できそうだな」
これでも倒しきれないのか。
刃に再び魔法を展開し、強引に引き抜こうとした刹那、融合体の胸の穴が埋まると空蝉に通わせていた俺の魔法力が途切れた。
「ン~~なるほど高純度の素材だけでなく、加工技術によって強度や魔法力への耐入力性能を引き上げるなんて、チマチマした小技だがよく思いつくものだ」
空蝉を抜くことができない。刀身の一部が……水晶化していた。その侵食はみるまに刀身全体へと広がると、ついには柄にまで到達し、握る俺の掌にまで達する。
本能的に危険を感じて、俺は空蝉を手放した。
「おっと。リューネの力だけでは少々物足りなかったので、オマエの力もオレ様の一部にしてやろうと思ったのに、せっかく上位存在が差し出した握手から逃げるなんて失礼じゃないか?」
みるまに融合体の肉体に、空蝉は溶けるように吸収されてしまった。
あと一秒、判断が遅ければどうなっていたか。
しかしまずいな。直接触れるのも危険ということか。
魔法武器を失い効果の弱まった身体能力強化魔法によって、身体がぐっと重たくなった。
実際に質量が増減しているわけではないが、恩恵というのは失ってみると感じ方が顕著になる。
融合体の右手が刃のような形を成した。腕の長さが左右でちがったのだが、長かった右腕がますます長くなった。
「今度はこちらから行くぞレオ。死なない程度に動けなくなったところで、ゆっくりとオマエを喰うことにしよう。おっと、この肉体はグルメでな。本来であればこれ以上、下等な人間と交わるつもりは無かったのだが、オマエやあの王族の娘のような、高い魔法力の持ち主だけは例外だ。さあ、オレ様の一部となることを光栄に思うがいい」
融合体は無造作に右腕を振るった。鞭のようにしなる腕そのものが剣である。
普通の剣士のそれとは間合いが違い、その軌道を読みづらい。
だが、融合体の動きは素人だ。紙一重で避けようとせず、充分に間合いを取れば大ぶりな攻撃をかいくぐることができた。
拳に斥力場と魔法力塊を込めて、こちらから懐に飛び込むと数発、拳を叩き込む。
「グヌッ!? なんだとッ!」
融合体の身体が後ろに跳んで、背後にあった研究棟の壁にめり込んだ。
俺が退くとばかり思い込んでいた相手の盲点を突いたわけだが、二度は通じないだろう。
奇襲の策もネタ切れだ。
虎の子の空蝉まで奪われてしまった。
「そろそろ決着を付けようじゃないかレオ? オレ様の勝利というフィナーレでな!」
すぐに身体を起こして、融合体は右腕を無造作に振り回しながら俺に向かってくる。
刃と化した右腕がめちゃくちゃにデタラメに宙を舞い空を斬った。
乱雑な連撃は、時として予想していない動きをする。
俺の頬を刃がかすめた。
右肩に裂傷が走る。
左足の大腿部が切り裂かれ、足が止まった。
高位魔族相手にこういったことは日常茶飯事だったが……。
このまま死ぬだけならまだしも、こいつの糧にされるなんてまっぴらごめんだ。
地面に膝を着くと融合体の攻撃が止んだ。
「脆いなぁ下等生物の肉体は。治癒魔法を使いたいなら待ってやるぞ? そうすればもう一度遊べるんだからな」
「お構いなく」
「そうかぁ……覚悟が決まったみたいな顔をしやがって。これ以上、オマエにできることなんてないだろう?」
俺は不敵に笑った。
一つだけある。この魔法だけは、クリスに見せたくなかった。
だから彼女が城壁の向こうにいることに、俺は安堵している。
魔法武器による補助も無く使えば、おそらく俺の命も無いだろう。
引き換えだ。
俺は理論魔法式を展開した。
時を制御する魔法体系だ。そもそも反魔法剣発動の前提として使ってきた時間魔法だが、その扉を全開にして……俺はこいつと時間の果てに跳ぶ。
行く先は遠い遠い未来だ。
もし人類が残っていれば、こいつを倒すくらい分けないほどに栄えているだろう。
その逆であっても、それ以上こいつに人間を傷つけさせることはない。
俺は右手を伸ばした。
「ほら、俺の力が欲しいなら掴めよ」
触れた瞬間、時魔法は発動……いや、暴走するように構築してある。
融合体は躊躇した。
「ハハ~~ン。何か罠を仕掛けているのか? いや、仕掛けているフリをしたハッタリかもしれないが……何か魔法を隠しているなレオ」
「触れてみればわかるぜ? それとも怖いのか」
俺は傷を推して立ち上がった。
自分から融合体の元に向かう。
近づきながらふと、思った。
まだ教えていないことが山ほどある。クリスにもプリシラにもフランベルにも。
フローディアにもアルジェナにも。
オーラムの料理もレシピ全部を食べ尽くしてやりたかったし、ジゼルにはレポートを返していない。
学園長にデフロットの最期も伝えられなかった。
エミリアやマーガレットの後輩として先生になる約束も果たせそうにない。
が、それらを守れるなら悪くないか。
俺が今日、ここにいるのも運命だ。
(――どうかレオお兄ちゃんをお守りください!)
声が聞こえた。
オーラムの心の声だ。歌うような祈りの言葉がさらに続いた。
(――お兄ちゃんを災厄から、恐怖から、痛みから、苦しみから、孤独から、悲しみから、心の中が空っぽになるような寂しさから……わたしには祈ることしかできません。捧げる魔法の力もありません。こうして思い願うだけしかできません。けれど……どうか、誰か、独りで立ち向かうレオお兄ちゃんに……力を)
どこかで耳にしたことのある心地よい旋律に、俺は思いだした。
ユグドラシアに着いた二日目の夜――
どこからか聞こえてきた、あの子守歌とよく似ている。
これだけはっきりと聞こえるなんて、リングの封印する力をオーラムは超えてしまうほどの念心魔法じゃないか。
王家の力を一番に受け継ぎ、ずっとその身にため込み続けてきたオーラムなら、仕方ない。
祈ってほしいと頼んだのは俺なのだ。
融合体が首を傾げた。
「どうしたレオ? 急に顔つきが穏やかになったようだが」
「お前には聞こえなかったのか?」
「なんの話だ? これから鳴り響くのはオマエの悲鳴だぜ。念のため、もう少し痛めつけておくとしよう」
再び刃と化した右腕を融合体が振り上げた。
まずいな。次にもう一撃を受ければ、接近して時の果てに引き込めなくなるかもしれない。
迷わず俺は融合体に向かっていった。
融合体が右腕を振り下ろす。
互角だ。俺の魔法が発動するのが先か、刃が俺の足を切断するのが先か。
いや、俺の方が早い。一歩……半歩早い。
俺の伸ばした右腕の前に、突然黒い巨体が立ちふさがった。
その見上げるほどの広く大きな背中は、融合体の刃の右腕から放たれた一撃を、漆黒の巨大な斧で弾き返す。
艶やかな黒いたてがみを振り乱し、巨体は吠えた。
「レオ殿! この獅子王を忘れてもらっては困る!」
融合体は獅子王の登場に剣を引き、軽く後方に跳んで距離を取った。
「召喚魔法か……雑魚が何体増えようとオレ様にかなうものか」
俺の構築していた時魔法の式は、自然と雲散霧消した。
獅子王の背中に告げる。
「いや……呼んでないんだが」
「レオ殿に呼ばれた訳ではない。我は女神の声を聞いたのだ」
「女神の……声って……」
「レオ殿の危機故、それを助けて欲しいと。女神より大いなる力を与えられた我は、普段、レオ殿が呼び出す幻体とはひと味違うぞ」
巨大な黒い戦斧を振るって、獅子王は振り返ると笑う。
そんなことがあり得るだろうか。いや、実際起こったのだから疑いようもない。
オーラムは獅子王と面識もなければ、獅子王を呼び出すために必要な空間座標も知らないはずだ。
魔法が人の願いを叶える力だとするなら、オーラムの願いがこういった形で発現した……ということか。
彼女の念心魔法は世界の垣根すら越えて、俺に縁のある存在を引き寄せたのかもしれない。
獅子王は融合体を睨みつけながら、俺に促した。
「しかし、レオ殿らしからぬ劣勢……いや、じつに燃えるではないか! 我は獅子王! 女神の声に導かれ、供に戦う者なり!」
漆黒のアダマンタイト製とおぼしき戦斧を頭上で振り回し、獅子王は融合体に牙を剥いて向かっていった。
黒い巨体が疾駆する間、俺は自身に回復魔法を掛ける。
どうやらこの命を賭ける判断をするには、まだ早かったようだ。




