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195.悩める獅子

言葉を交わす必要は無かった。


空蝉の魔法力許容量は、今の俺には充分だ。


七つの理論魔法を高レベルの精度と威力で同時展開しながら、俺は融合体に斬りかかる。


「見えているぞレオ! 聖遺物と一体となったオレ様に隠し立ては無駄だ」


「いくつ見えているかにもよるな」


「なに? フン! そういった駆け引きやハッタリが通じるものか。オマエの狙いは重力制御系の魔法でオレ様の動きを封じるという手だろう?」


それで全てを看破した気でいるのなら、おめでたい。


返答せずに空蝉を振るう。狙いは相手の首だ。融合体は空蝉の刃を掌で受けるが、刃に仕込んだ消滅魔法がその手ごと、のどをかっ斬った。


「ば、バカな……この肉体に傷を付けるなんて……」


唖然とする融合体に俺は立て続けに五連撃を打ち込んだ。胸を穿ち、胴を分断し、四肢を落とす。


わざと重力魔法を見せてそちらに気を逸らし、空蝉の刀身に消滅魔法を多重展開したのだ。


魔法式を武器に込めるという概念を持たなかったウォルターは、気づきもしない。


高位魔族相手なら、今ので終わっているはずだった。


全身をバラバラに寸断されようとも、融合体は余裕の笑みだ。


「まさか回復魔法を使うことになるとは思わなかったぜ」


ばらけた水晶片が一つに集まり、再び人の形を成す。


が、その形状はどことなくいびつだ。手足の長さが左右で違っている。


人の形を失い、まるで魔族のような刺々しいシルエットへと融合体は再構成された。


俺は見せるために展開した重力魔法の式を解除すると、再び魔法式を構築する。


もう一度七つの魔法を用意した。本来なら選択肢が多いに越したことはないのだが、融合体に通じる威力や精度を求めると、空蝉の力を借りても七種が限界である。


俺に適合していることもあり、以前に借りた第三王女の宝剣よりも、魔法の威力も精度も段違いだというのに、融合体を倒しきれない。


「ンフー! では今度はこちらから行くぞ」


融合体は魔法力の塊を無造作に放った。斥力場で防いでなお、その威力に押し込まれる。


「そうらそうらそうらああああ! ひざまづけええええ!」


上から押しつぶすような重圧を受ける。重力制御で中和することができない、魔法力の塊による攻撃だ。


おそらく、俺が魔法式に介入してくると見越して、この攻撃方法をとっているのだろう。


純粋な魔法力そのものを振り回すなんて、厄介にもほどがある。


「ブッ潰れろおおおおお!」


頭上から巨石のような魔法力が振り下ろされる。まるで空が落ちて来たかのようだ。


「悪いが防ぐばかりが魔法じゃないんだ」


常に相手の行動に合わせて、複数の選択肢を用意しておく。


用意した七つの魔法の中から、俺は短距離瞬間移動を選択した。


融合体の打ち下ろした巨人の拳のような魔法力塊が、クレーターをさらに広げる。


その破壊の中心に、俺の姿は無い。


「なんだぁ? 粉みじんに吹き飛んだのか?」


首を傾げた融合体の背後に瞬間移動すると、振り返りざま弧を描くような一撃でその首をねる。


宙を舞う融合体の首が、瞬時に石のように濁った。


消滅魔法ではラチがあかない。魔族の得意とする破壊魔法も先ほど見せてしまった。


そこで第三の系統とも言える即死級魔法――分解を刃に込めて打ち込んだのだ。


竜族が得意とするこの魔法は、物質や魔法力の結びつきを解きほぐしてバラバラにするという特性を持っている。


対応する結合魔法によってその結びつきを維持することでしか防ぐことはできない……はずだった。


「ハーッハッハッハ! オレ様はまた一つ賢くなったぞレオ! 取り込んだこの人間の知識があれば、未知の魔法も解析できる!」


融合体の首がふわりと浮かび上がり、それを肉体がそっと手に取った。


石化の兆候は消え失せ、首は元の輝きを取り戻す。


初見の魔法に対応したっていうのか。


「こいつはますますもって化け物じみて来たな」


つい、本音が漏れた。


なにより異変を……いや、脅威を感じたのは融合体の言葉だ。


こいつは“取り込んだこの人間の知識”と言った。主体がウォルターから、他の“何か”に移りつつある。


融合体は嗤った。


「しかし、今のはなかなかおもしろい。あのような移動ができるとはな」


フッと、融合体の姿が消えると同時に、地表付近が騒がしくなる。


研究棟の内部には逃げ遅れた研究生や教授たちが残っていた。


俺は斥力場を階段状に配置して、クレーターの内部から一気に駆け上がる。


オーラムが胸を手で押さえてその場にうずくまっていた。ジゼルが回復魔法を使っているようだが、不得手なのだろう。ほとんど効果は無いようだった。


そして、そんなオーラムを背に守るようにして、クリスが突然地表に姿を現した融合体と対峙する。


融合体が「やれやれ」と、肩を上下に揺らした。


「クリス研究生。そこを退きたまえ。オレ様が用があるのはそこの王族の小娘だ」


「言われて『はいそうですか』と、素直に従うと思うかしら?」


気丈な態度でも声はかすかに震えている。


俺は空蝉に消滅、破壊、分解の三種の理論魔法を宿らせた。


クリスに迫る融合体の頭上まで足場を伸ばして駆け上がると、そこから飛び降り唐竹割で一刀両断する。


真っ二つになって左右に分かれながら融合体が倒れるのを確認すると、俺はオーラムを左肩に担いだ。


「レオ……さま……急に力が……」


融合体の得体の知れない魔法力に当てられたか……目の前で護衛を打ちのめされたショックからか……その両方かもしれない。


「もう大丈夫だ。心配はいらない。すぐに安全な場所に運んでやるから」


長距離の瞬間移動には時間がかかる上、魔法力の暴走が起こりやすい今のユグドラシアでは使いがたい。


俺は建物の壁際へと走る。


クリスがジゼルを抱きかかえて追従した。


「クリス様、あ、あの……」


「足がすくんで動かないんでしょ? 私とレオに任せて」


勇ましく告げるクリスを先導しながら、俺は壁めがけて消滅魔法を放った。


が、流石に内部での事故を想定した作りだけあって、二重三重に壁は結界で守られている。


さらにそれらを強化するように融合体が結界を檻のように張り巡らせていた。


出入り口付近は黒山の人だかりで、何人もがその檻の破壊に挑んでは、失敗している。


「クリス! 俺に掴まれ」


「アレをやるのねレオ」


察してくれるあたり、やりやすい。彼女は俺が空蝉を握る右手の手首を軽く掴んだ。


この檻のような結界が構築されたのは、まだ融合体がこの魔法を学習する前の話だ。


ブンッ! と、空間を震えさせて、俺たちは壁の向こう側へと短距離瞬間移動した。


建物の外に出る。


街全体を囲む巨大な壁の全体に、外界とユグドラシアを遮断するように結界が発動していた。


もともとあった防御用のそれを、融合体が書き換えたのだ。


研究棟の壁などとは比べものにならない厚みだった。


あいつを倒さない限り、誰もこの街から出ることはできない……か。


俺に抱えられたまま、オーラムがゆっくりと息を吐く。


「レオさま……もう、大丈夫です」


「大丈夫なわけないだろう」


「わたしの責任です……こうなってしまったことは……」


俺は小さく頭を左右に振る。今は悩んでいる時間さえ惜しい。


「なあクリス。この壁の向こうまで俺がお前たちを跳ばす。ただ、俺一人の力で瞬間移動させるには安定しない。だから、お前も俺に合わせて短距離瞬間移動を使い、この分厚い壁の向こうまで二人を運んで欲しいんだ」


俺はそっとオーラムを降ろす。クリスに抱き上げられたままのジゼルも、地面に降り立った。


クリスは計算尺を手にじっと俺を見据える。


「わ、私も残って戦うわ!」


「それができる相手じゃないことくらい、対峙してわかっただろ」


クリスは返答に窮した。


ジゼルが告げる。


「足手まといにしかならない私がこのようなことを申し上げるのも、差し出がましいとは存じますが……レオ様が力を振るうには、それが一番なのではないでしょうか?」


悔しそうに拳を握りしめ、クリスは小さく頷いた。


オーラムが涙をこぼしながら俺を見上げる。


「わたしの未熟さが招いたことです。どうかレオ様……ご無理はなさらないでください」


「俺が無理をしなきゃ収まらないだろ」


「なにかできることはないのでしょうか?」


今のオーラムは、心の容器から感情が溢れてしまうほどにいっぱいいっぱいだ。


何もない……とは言いづらい。だから一つだけお願いしよう。


「わかった。街を出たらできるだけ遠くに逃げてくれ。そして……俺の無事を祈っていて欲しい。離れた場所にいても、きっと祈りは届いて俺を守ってくれるさ」


「は、はい……」


力無くオーラムは返答した。


「よし。良い子だ。それじゃあ向こうに跳ばすぞ」


クリスは顔をあげて「移動距離の増加と補正は任せて。二人は私につかまってちょうだい」と声をあげた。


クリスを挟むようにオーラムとジゼルが寄り添う。


俺が短距離瞬間移動を発動させようとした刹那――


クリスが笑った。


「勝ってね……レオ……」


その声の余韻を残して、三人の姿が目の前から消える。


これが最後とは思いたくないが、相手が相手だ。


研究棟の建物側に振り返りながら、空蝉の柄を両手持ちにした。


「まさか三種の魔法を同時に打ち込んでくるとは……下等生物らしからぬ技術じゃないか! 人間の知識や魔法技術というものは実に興味深い」


研究棟の壁をすり抜けるように、水晶のように透き通った肉体が姿を現した。


「あれが俺の限界だと思うなよ?」


最後の切り札――反魔法剣アンチマジックソードが通じるだろうか。


時の扉に手を掛けるあの技なら、この化け物を滅ぼせるかもしれない。


だが、もしそれが上手くいかなかった時には……。


融合体が腕を組んで胸を張った。


「ホホウ! では次はどういった魔法を教えてくれるんだレオ先生? オレ様が知らない力をもっともっと見せてくれるんだろう?」


聖遺物は魔法を吸収し、さらにその特性を強化して拡散する。


ここまで選択を誤り続けてきた……俺は、この化け物をさらに強くしかねない。


それでも今は立ち向かうしかなかった。

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